100年に一人の天才と史上最強の弟子   作:やぶゆー

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54話 謀略の蠢き

「阿含君……左目が……!」

 

「阿含さん!? 大丈夫ですか!」

 

 血相を変えた美羽とケンイチが真っ先に駆け寄る。

 死闘を終えた阿含は顔を手で抑えながら止血を試み、ケンイチ達と言葉を交わす。

 その様子をYOMIが遠巻きに見守っていた。

 

「鍛冶摩さん。金剛阿含は左目を失明したのでしょうか」

 

「……なんとも言えんな。周囲にそう思わせているだけのブラフの可能性もある。少なくとも現時点で左目を失った、と決めつけるべきではないだろう」

 

「どっちにしろ、今のあんたらには関係無い話だと思うが」

 

 横から割って入ったバーサーカーの言葉に、千影が小さく頷いた。

 阿含は今まさに命がけで達人を下し、手負いの状態だ。

 負傷につけこんで連戦をけしかけるのは、YOMIの誇りを汚す行為に他ならない。

 

「それより、面白いもんが見れるぜ」

 

 バーサーカーが指さす先、阿含が意識朦朧としているゴルベを掴み、引き起こす。

 

「気の運用 第三階層 "Akashic Recordへの権限委譲"――第二権限 参照権返却。"深 層 学 習(Deep Learning)"」

 

「鍛冶摩さん、アンタ納得のいかねえツラしてたよな。どうして才能溢れる阿含がここまで犠牲を払う無謀を犯したのか……。達人っつー極上のエサが欲しかったんだろうよ」

 

 あれほど強固で堅牢だったゴルベの気が、飴細工の様に脆く剥がれ解析情報として、阿含へ取り込まれていく。

 わけがわからない内に奇襲を受けたのではなく、真っ向勝負でわ(・)か(・)ら(・)せ(・)ら(・)れ(・)た(・)。

 その事実が阿含への決定的な敗北感を植え付け、解析作業に対する一切の抵抗力を喪失させていた。

 かつて叶翔から奪った、それを凌駕する力が阿含を満たす。

 全能感と充足感が全身を飲み込んでいく様は、ケンイチ達にもはっきりと見て取れた。

 だがそれは、決して勝利と強さに酔っているからではない。

 己の信念と目的へ、また一歩近づいた事への歓喜だろう。

 

「阿含君の気が一気に膨れ上がった……!」

 

「まさか……今の一戦だけで、達人の領域に手を掛けたというのですか!?」

 

「いいや、ギリギリ一歩手前だな。だが妙手の最上位レベルには間違いなく、到達しただろう」

 

 武の道で大分先を行かれてしまった。

 というのに、バーサーカーは愉快そうに笑いその光景を見届ける。

 自分ならどうやって阿含に追いついてみせるか。

 その算段を頭に思い描く作業工程を楽しんでいるかのようだった。

 

「んじゃーオレは先行くから。将吾も好きに立ち回っていいよ」

 

「ま、待って! どこに行くの!? この島に捕まった人を助けようとしているなら、ボクも……」

 

 小休止する間もなく、バーサーカーと共に何処へと去ろうとする。

 そんな阿含を引き留め、どうにか自陣に引き入れようと試みる。

 だがケンイチの前に、鍛冶摩が無音で割って入り、立ちはだかった。

 

「白浜兼一、俺はまだ健在だ。金剛阿含が身を削り、梁山泊とYOMIの決着を膳立ててくれたんだ。その苦労を無下にするわけにはいかない」

 

 梁山泊の一番弟子と、YOMIのリーダー。

 才能の欠片も無いまま、武術の世界に飛び込み勝ち続けた二人の男が、今相対する。

 

(な、なんだ……初対面だと言うのに、この男から妙な親近感を感じる。活人と殺人、その立場を抜きにして彼を無視するわけにはいかない。そんな気が……)

 

「とはいえ、お前さんは千影を正々堂々下している。俺の挑戦をそっちの風林寺に押し付けて先に進む権利があるが、どうする?」

 

 戸惑うケンイチにあえて選択権を手渡しながらも、鍛冶摩は決闘へと誘う。

 それに対してケンイチが応えるのに、さして時間はかからなかった。

 彼らの出会いは金剛阿含とのそれ以上に宿命、そして必然だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 夜のユーステッド島を包む静寂は、とうに破られていた。

 遠くで何かが崩れ、地を伝わる衝撃と轟音が地を揺らす。

 その最中、リディの視界に満天の星が見える。

 

「また……出られた」

 

 生まれついて類まれな直感と五感を併せ持つこの少女は、島に迫る尋常ではない気配を感じ取っていた。

 まるで強力な一塊の兵器が、この島を襲っているようだった。

 名も知らぬ兄ちゃん(阿含)が話していた来(・)る(・)時(・)。

 それが今なのだ、と確信し脱出を図る。

 最初にして最後のチャンス──逃せば、生還は絶望的だろう。

 警備兵が中央施設へと援軍に向かい、セキュリティも手薄になった僅かな隙。

 リディは先日と同じルートで、収容施設の外へと抜け出していた。

 仮初の自由に浸る間も無く、森林を奥へと進んだ先の目的地へひたすら走り、たどり付く。

 

「リディ」

 

「姉ちゃん……」

 

 オクタヴィアが押し殺したような声をかけ、背後の闇夜から現れる。

 

「無事合流できて良かった。早速私達も中央施設の方に向かうよ」

 

「えっ……あっちは一番危ないんじゃ?」

 

「レジャーエリアへ行こうとしても、あちらへの道は厳重に封鎖されている。

だからその前にあの男(阿含)と合流する。打算的で掴みどころが無いが、頼りになる奴だ」

 

 そのオクタヴィアの言葉から、阿含への他意や裏の意図は感じられない。

 だからこそこんな逼迫した状況にも関わらず、リディはどうしても気になった問いを投げかけてしまう。

 

「姉ちゃん、あの人が私達を助けてくれる本当の理由って……」

 

「シッ……何か聞こえる」

 

 その問いは途中で遮られる。

 2人の視界の先、島に備わっている埠頭の一つから、何やら争うような物音が聞こえてきたからだ。

 

「おら、さっさと乗れガキ共」

 

 ドスの効いた男の声に混じり、子供のすすり泣く声。

 目を凝らして見てみれば、突堤に横付けされた船へと子供達を連れ込もうとする男達がいた。

 

「あれって……あの子達、外に売り飛ばされようとしてる!?」

 

「まさか……この状況で人身売買を強行するつもりか? いや……このタイミングだからこそ、か」

 

 島にはまだまだ奴隷の子供は余るほどに残っている。

 攻め入った軍勢に見つかり有事となった際は、子供達を人質代わりに盾として使い捨てるつもりなのだろう。

 緊急事態であろうと、出(・)荷(・)に支障は無い。

 むしろ敵戦力を分散させられて良し、と上層部が判断したといったところか。

 至った推測からオクタヴィアは激昂しかける。

 それでもすぐさま冷静さを取り戻し、まずは正確な状況把握に務める。

 

「非戦闘員が2人。弟子クラスの戦闘員が1人……臨時出荷だけあって人員は少ないな」

 

 たとえ島が陥落したとしても、その前に船が出向してしまえば、この便で送り出される子供達を助け出すことは難しくなる。

 だがここで助けに入りしくじった場合は、オクタヴィアとリディの脱出も水の泡になってしまう。

 早い話、自分達と子供達どちらを優先するか、その二択を迫られている状態だ。

 

「私は姉ちゃんの選択を尊重するよ。どうするか姉ちゃんが決めて」

 

 あからさまにオクタヴィアは判断に迷う様子を見せる。

 それを見たリディの口から、反射的に追従の言葉が出た。

 本音を言えば、あの子供達も助かって欲しいに決まっている。

 だが弱肉強食と化したこの島において、リディは庇護の下に守られるだけの最下層の存在でしかない。

 自我を出して、オクタヴィアにリスクを背負わせるのは、思い憚る身勝手な言動だ。

 

「……あの子達も助けよう。リディはここから動かないで」

 

 熟慮の末、オクタヴィアは音もなく林を抜け、埠頭へと走り抜ける。

 かつて孤児だった彼女は奴隷として、フォルトナに買い叩かれた。

 同じ境遇の子供達を見て、何も思わないはずがない。

 だがそれは決して正義感に駆られただけの、短絡的な行動ではなかった。

 子供達を押し込もうとする男達の背後を取り、次々と奇襲を昏倒させていく。

 DオブDの後、フォルトナに捕られられた後も兄弟を助け出すため、あがき続けた。

 自ら見世物として拳闘場への出場を志願し、8ヶ月に渡り鍛錬を行った。

 その果て、雪辱を味わった当時の叶翔相手にも、なんとか食らいつけるレベルになった。

 そこまで成長したオクタヴィアにとって、不意打ちで男達を制圧することは容易い。

 

「皆、もう大丈夫。追手が来る前にすぐにここから離れるんだ──」

 

 確かな算段を持って助け出した子供達をなだめ、先導しようとした。

 その時、埠頭に明かりが灯る。

 

「ッ!?」

 

 真昼のような強烈な照明に、オクタヴィアは思わず身をこわばらせ、子供達は互いに身を寄せ合い悲鳴を上げた。

 同時に周囲の木々の陰から、武装した男達が一斉に姿を現す。

 あっという間に囲まれ、四方から銃口が向けられる。

 

(どうして!? 私が襲撃を仕掛けて、まだほとんど時間が経っていないはず……!)

 

 有り得ないはずの状況に、思考は否応なしにフリーズする。

 それでも隠れているリディだけを逃がそうと、気を取り直そうとしたオクタヴィアの視界に、決定的な光景が映り込む。

 ダガーを片手にぶらさげる浅黒い肌の男が、リディの肩を掴みながら闇より現れる。

 一見心もとないその体格に、強大な気を纏わせる。

 そんなアンマッチな男を見たオクタヴィアが凍りつく。

 

「ジャマダハルのオルタル・シン……!」

 

 ユーステッドによりインドから雇われた、武器組の一人。

 ゴルベと同じく達人の中では下位の実力だが、それでも今のオクタヴィアでは逆立ちしても勝てない強者だ。

 

「私の名を知っているとは光栄だな。ユーステッド氏より、今夜の商(・)品(・)輸出を妨害する者を、女子供問わず捕らえるように言われている」

 

 その言葉はオクタヴィアに、自分達が最(・)初(・)か(・)ら(・)ハメられていたのだ、と気付かせる。

 この悪魔の絵図面を思い描ける者など、一人しかいない。

 武装兵の一人が手にするタブレットに映し出された男。

 その顔をみたリディの顔から、血の気が引いた。

 

「ユーステッド……様……」

 

『やあリディ、こんな夜更けに出歩いては危ないよ』

 

 この島の支配者、ユーステッドが愛娘を諭すよう、面越しに語りかける。

 慈善家として多くの人間から称賛される、穏やかな笑顔が貼り付いていた。

 

「あっ……まさか……わたしのせい?」

 

『これだけの情報で気付いてくれたか、やはり君は素晴らしい』

 

 パン。パン。パン。

 ゆっくりと。

 まるで舞台の役者を称賛するような拍手が、ユーステッドから送られる。

 リディは小動物のように心臓を早鳴りさせながら、絶望的な表情を浮かべている。

 

『この数十分の出来事は、随分君達に都合が良い話だったよね』

 

「あの男を倒した犯人を、おびき寄せるためこんな仕掛けを用意したのか……」

 

 たまたま収容施設の警備が手薄になり、たまたまセキュリティが解除され、外に出られるようになった。

 そしてたまたま島の外へ送り出されようとする子供達が目に入り、たまたま容易く倒せるレベルの相手しか居なかった。

 少女達が仕(・)込(・)み(・)に気付いたことで、ユーステッドが満足そうに微笑んだ。

 

『ご明察。あんな低レベル人材が我が島にいた事は嘆かわしい限りだ。あやつから色々聞き取った後は反省させるため、今無給でこき使っているよ』

 

 道を間違え、2人と出くわしたところで阿含に気絶させられ、始(・)末(・)するか尋ねられた、あの間の抜けた男。

 リディの一存から、生かしその場に放置することとなった。

 だがその油断とも言えぬ仏心が、今仇となる。

 

『この島から脱出を企てている子供と、それに協力する武術家がいることはわかった。

あの日は下見だけの予定だったのか、途中で引返したようだ。

慎重で賢い人物像だと推察できる。

そして口を封じれば良いものの、わざわざあの愚か者を生かすということは、性根も優しい。

もしも子供達がこの島を卒(・)業(・)しようとしていたら、放っておけず助けるだろうね。

さてオルタル殿、2人を速やかに連れてきてくれ』

 

 無事収容施設を抜け出せたのも、人身売買の場面に出くわしたのも、全てはユーステッドの掌の上。

 オクタヴィアはこの場における完全敗北を受け入れ、力なく項垂れる。

 リディに至っては心が折れたのか、膝を崩しその場にへたりこんでいた。

 皆で逃げ出せるかもしれない、と久方ぶりに胸に灯った温かい気持ちは、とうに雲散している。

 

「……妙は真似はせず、大人しく連行されることだ。私も弟子クラスや子供を喜び勇んで手に掛けたくはない」

 

 オルタルは任務とは言え、あまり気が進まない様子だ。

 そんな彼に連れられ、2人はユーステッドの元へと引っ立てられる。

 この島に襲撃した謎の勢力が完全に未知数な以上、彼らに期待するのは根拠の無い皮算用だ。

 心の奥底で一縷の希望だけを思い浮かべ、今は大人しく従うことにした。

 

 金剛阿含──未だ素質の限界を垣間見せぬ、天賦の男が間に合えば、あるいは。

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