拳魔邪神 ジュナザードは武術的狂気から、数多の凶行を重ね続けた。
かつて英雄だった頃を知らぬ者から、外道と謳われはや十数年。
だが同時に、もしも神という存在がこの世にいたならば。
それに選ばれた──いや、神すら脅かしうる程の力を持つ存在でもある。
武の技量において、ジュナザードを超える者はこの世にいない。
つまりは生涯無敗を貫く最強の生物、"無敵超人" 風林寺隼人。
彼ですらも、遊び無しの全力のジュナザードと対等な条件で戦えば、単純計算で勝率は五分となる。
──はずだった。
「カッ……?」
隼人が展開した、体感時間が48倍速で加速する"漠兆の領"の閉鎖空間。
その内部で小休止すら取らず、体内時間に換算し丸一週間拳を交わし続けた。
さしものジュナザードと言えど筋肉、心肺に疲労が着々と蓄積していく。
だが同時に、ある違和感も芽生えていた。
「……我だけが一方的に体力を削られている!? まさか、有り得ぬわ!」
一方の隼人は呼吸すら乱れていない。
太平洋を休み無く横断し、世界一周できる程のスタミナを誇る無敵超人。
だがいくらなんでも、この空間の維持に膨大な気力を割きつつ、ジュナザードと全力で戦い体力で圧倒するなど有り得るのか。
まさか、何かの罠に掛けて謀ったのか? と勘繰りかけジュナザードはその線を捨てる。
まず第一に隼人が搦手を好むような武人には思えない。
それに手段を選ばず勝ちたければ、もっと悪どいやり口はいくらでもあるはずだ。
異常事態に考察を巡らせるジュナザード。
その内心を察するように、隼人が好々爺の様に微笑んだ。
だが攻め手を緩めることはなく、その双眸は力強く発光している。
「ジュナザード。お主の推察は正しい。
ワシとお主のスタミナに大きな差は無い。つまりワシの方が先に尽きるはずじゃった。
じゃが、言うたはず。ワシも23年前とは違うと。
無敵超人奥義── "幻想虚領"」
「更なる新たな奥義とな!?」
異形の仮面越しにジュナザードの瞳が驚愕に染まった。
隼人はその巨体を陽炎の様に揺らめかせながら、今までに無かった新たな気を体内から練り上げ、勾玉の形を象るよう丹田へ集約させる。
「ヒトが持つ肉体は一つだけなれど、気の運用を用いて領域を操作すれば擬似的にその制約を破棄できる。
ワシは体内に複数の独立した
(
気の運用に応用することで、心身が万全の日常生活で体力と気をオーバーヒールさせ、サブタンクとして用意していたということか。術理は理解できるが……)
ジュナザードの頬を、四半世紀ぶりに冷や汗が伝う。
隼人が披露した技は、既存の武術体系と大きく概念が異なる。
仕組みさえ暴けば、技そのものの修得はジュナザードにも可能かもしれない。
だがそこに至るまでの、独学での要件定義と基本設計は至難を極めるだろう。
一体どのような発想と経緯で隼人が考案に至ったのか──思考を巡らせたいところだが、別の問題が生じていた。
(ぬう……じっさまの思惑にハマって削られ過ぎたわいのう!
我が全力で最終奥義を放つには、これ以上スタミナを消費できん。
じっさまもそれは承知の上。虎視眈々とそのタイミングを狙ってカウンターするつもりだろう。
まさかこの我がここまで差し込まれるとは……)
これが敵国の侵略戦争ならば、自国を守る大義のため"漠兆の領"の同期を一方的に解除して、長期戦に持ち込めば良い。
それだけでジュナザードの負け筋は大幅に減るだろう。
だがこれは正々堂々と、五分以上の条件で挑まれた一騎打ち。
シラットの誇りがある以上、隼人側が抱える時の制約につけ込み、逃げるわけにはいかない。
ならば、ここからやることは決まっている。
「カカッ! 喉元にここまで手がかけられたのは、はや半世紀ぶりか。勝負じゃ、じっさま……いや、風林寺隼人よ!」
邪悪と神聖、清濁併せ呑むジュナザードの気が膨れ上がる。
離れて観戦していた新島含める、半径数百メートルの生物を警戒,錯乱させる程の圧を纏いて、炸裂した。
「"真拳
"真拳"、そして"真剣"。
超人級に至った者のみが放てる、武術界の終着地。
それは発動が正常動作した時点で、特A級達人以下の撃破が確約される程。
ジュナザードが腕を引くだけで、空間そのものが悲鳴を上げる。
"速い"、"強い"。
そんな言葉では説明できない、複雑怪奇に気を練り上げた右拳が放たれる。
だが、対するは同じく超人級の隼人。
フェイントも用いず、正直に放たれた神殺拳に対し、完璧に発動タイミングを見極めていた。
「"真拳
隼人の奥義がカウンターとなりて、突き刺さる。
一つ一つの突きが必殺の性能を誇りながら、あまつさえ練り上げた気の性質が異なる、絶対侵攻の八連撃。
それらが的確に神殺拳の威力を削ぎ、弱らせ完璧に殺し切った。
天変地異を彷彿とさせる、雷轟の様な衝突音が島に響き渡り──
「捉えたぞジュナザード……雌雄を決する時じゃ」
そして、静寂が訪れる。
隼人の奥義が一手上回り、ジュナザードの身体に少しばかりの衝撃を与える。
大した痛手は負わせられなかったが、それでも隼人は負け筋の排除を確信した。
奥義さえ凌げばジュナザード側の攻め手が無くなり、あとは単純な消耗戦で押し切れるはず。
だがそれは──
「カカッ……特A級達人すら赤子の様に吹き飛ばす、我の絶技をこうも防ぎ切るとは……まっこと見事だわいのう。
「なんじゃと!?」
ジュナザードの武術に対する狂気を、少々侮っていたのかもしれない。
距離を取って仕切り直すでもなく、必殺の間合いである至近距離へと踏み込んでいく。
技の衝突で仮面は弾け飛んだ。
独自の永年益寿法により老いが固定され、一見美青年と見紛うジュナザードの素顔が顕になる。
だがその端整な顔は、邪悪な笑みに染まりグニャリと歪んだ。
隼人の警戒と意識の外にあった左拳。
邪気とも善の気とも異なる、純粋な生命エネルギーがいつの間にか集約していた。
「カカーッ! この23年で進歩したのがヌシだけだと思うたか?
神殺拳はその身を犠牲に神と相打つ技。これは神を一方的に屠り成り代わる技よ」
ジュナザードはあえて神殺拳の発動を早めていた。
そして僅かに出力を緩めることにより、少しばかりのスタミナを確保した。
隼人の思惑を欺き、真なる最終奥義を放つため。
「"
一瞬対処が出遅れたことで、ジュナザードの左拳が丹田へと的確に吸い込まれた。
半世紀、いや一世紀以来経験していなかった、"死線"という概念が隼人の脳裏を過ぎる。
「くっ……"無影無限突き"!」
とっさの判断でカウンターの乱れ突きを放つが、技の性能,打ち込んだタイミング共にジュナザードが優勢。
一転して敗勢を覚悟した隼人であったが──
『……!?』
それは
ミサイルの様な炸裂音と共に、小柄なジュナザードの身体が遥か後方、閉鎖空間の外へと弾き飛ばされ地へと叩きつけられた。
左腕に全エネルギーを集約させたことが、仇となったのだろう。
苦し紛れの突きとはいえ致命的な威力となりて、無防備な身体へと叩き込まれた。
「ぐぅ……我の最終奥義が敗れた……!? ……そうか、しもうた!」
生涯初の敗北が、まだ信じられない。
しかしジュナザードはファイトIQ一つを取っても、並の特A級達人を遥かに凌駕する。
その悪魔的頭脳が、敗因──自身の過失を即座に導き出していた。
ジュナザードは日々、"神拳"を成功させるための修行、予行演習を怠らなかった。
だが、スタミナを大幅に消費しあまつさえ旧奥義を放った直後、という過酷なコンディションでの検証までは試していなかった。
結果気の錬成が僅かに緩み、技の発動が不完全となったのだろう。
タイミングは正常でも起動時間が僅かに遅れ、威力も半減したことで隼人のカウンターを喰らってしまった。
それが、この一連の攻防の答えであった。
「や、やった……んだよな?」
ジュナザードの全身から、闘気と戦意が雲散していく。
一部始終を見届けていた新島は武人ではないものの、それをはっきりと感じ取っていた。
「ここまで追い詰められたのは、想定外じゃった。
さすがじゃジュナザード。かつての我が友にして好敵手よ」
「カカカッ……」
一方の隼人も、決して軽くはない痛手を負わされた。
不完全だったとはいえ、神拳は危うく隼人を殺す程の暴威を誇っていた。
余裕のない表情で見下ろす隼人。
そして仰向けに大の字で倒れるジュナザードの視線が交わり、敗者が静かに笑う。
「この前、夢を見たわいのう。故郷のティダートの地で我が敗れ、殺される夢だった」
完全なる戦闘不能へ追い込むべく、追撃を加えようと振り上げた隼人の拳が止まる。
「まともに戦えば負ける要素のない、
夢とは言えあの感覚は
戦乱の硝煙が包む島の空を見つめ、ジュナザードは黄昏れながら独白を続ける。
かつてジュナザードは師から、"彼が敗れるとするならば力でも技でもなく、武への執念である"という言葉を遺された。
それを体現したあの夢の決着も、それはそれで悪くはない。
だが、やはり油断しなければ負けようが無い途方もない実力差があったのでは、どうにも物足りなさと締まらない気持ちもあった。
「我は今宵、油断も驕りもせず終始本気で真剣に戦った。
だというのに、一片の言い訳も効かぬ完敗を喫した。
臨界点が見えてしもうた、と勝手に武の世界に失望しかけておったが……その未来に確かな可能性を見たわ。
カ、カカカッ! ……感謝するぞ、我が宿敵にしてかつての友よ」
長年武への狂気に取り憑かれていた男は、邪悪さを一切残さぬさわやかな表情で敗北を享受する。
そのあっさりとした引き際に、隼人も釣られて笑った。
「ホッホ……ワシも長いこと生きたが、初めて負けを味わわせた者に感謝されたことなど、そうそう記憶にないわい。
ジュナザードよ、お主の力を今からでも正しき方向へ使えば或いは……」
諭すような隼人の言葉が途切れる。
満足したような様に目を瞑るジュナザードは、既に意識を失っていた。
途中から聞こえていなかったのだろう。
物陰から出てきた新島が、昏倒しているジュナザードへ恐る恐る視線を落とす。
「と、トドメを刺しちまわないでいいんですか、長老?」
「その必要はなさそうじゃ。此奴も殺人拳といえど、れっきとした武人。
この島の闘争における敗北を認め、例え意識を取り戻しても戦いには介入せんはずじゃ。
それより気をつけるが良い。超人ともなればたとえ気絶していようと、近づく敵意に自動で反撃する程度の力は残っておるぞ。
達人未満は迂闊に近づいただけで消し炭にされかねん。
ワシはしばし休息を取るから、新島君は先に行きなさい」
その物騒な忠告に新島は震え上がり、隼人の影へと隠れる。
余計な長居は無用、と敵の拠点に侵入すべくその場を立ち去ろうとした。
「なんと……殺人拳の超人が、活人拳に真っ向から敗れ去る日が訪れるとは」
その時、拓けた荒野と化した戦場に声だけが響く。
新島は思わずビクッと身体を震わせ、周囲を見渡す。
だが人っ子一人見当たらず、武術家特有の闘気や殺気も感じられない。
隼人の様子を伺うと、
「なんと……このワシがここまで接近を感知できなんだ……こんな事が……」
目を見開き、冷や汗を流しながらわなわなと震える姿がそこにあった。
闘気が感じられないのではない。
完璧に昂りを抑え、自然と一体化し隠匿されたある者の気が、最初から周囲全域を覆い尽くしていたのだ。
隼人がそれに気付いた時には──
「無敵超人よ。長き年月に渡り名こそ知れど、相まみえるのは今日が初めてか」
何もない虚空から、巨大な二刀を構えた老人が突如姿を現した。
その全身は漆黒の気に包まれ姿が見えない。
だが新島は直感で、ジュナザードそして隼人と同じ領域の存在であると見立てた。
そして
今宵、一人の超人は敗れ去り昏倒し、もう一人の超人は深手を負った。
つまり──
「やはりお主……あの二天閻羅王か……!」
この場に最後の超人が万全の状態で現れたのなら、それを真正面から単騎で止められる者は、今この地球上に存在しないということだ。
断罪刃頭領 世戯 煌臥之助は返事の代わりに静かに長刀を振り上げる。
重症の身体に鞭打ち、身構える隼人へと、無慈悲の一太刀が振り下ろされた。
活動報告でも連絡いたしましたが、
ストック切れのため来週より書き溜めます
ストックが溜まりましたらまた定期投稿いたします