鍛冶摩を応急手当する千影を拠点に残し、ケンイチと美羽はひたすら基地を突き進む。
敵の総本陣手前、最終防衛拠点の一角に着いた時、ケンイチが感知した戦いは終わっていたようだ。
室内は不気味な静寂が包みこんでいる。
ひらけた空間の中央。
静かに横たわる人間に気付き、2人が駆け寄る。
「やあ、白浜君、風林寺さん……しくじったよ……」
「真野さん!?」
「こ、この傷は……」
本巻警部に代わり、ユーステッド島を捜索する任務を共にしていた公安の謎多き男。
突入後に別行動を取っていたが、裸一貫の単騎でここまで忍び込んでいたようだ。
だが真野の総合戦闘力は、ケンイチよりやや劣る程度。
強者蠢くこの島で単独で動けば、こうなることは火を見るより明らかだったはず。
床を濡らす、流れ出る血の量と傷の深さ。
ケンイチ達は叶翔の時に得た経験から、致命的な状態であると察し、息を呑む。
「一人で達人と交戦したんですよね……なんでそんな無茶を……」
「白浜君達のこれまでの戦いは以前から調査していた。さっきの戦いも陰ながら見ていた。……ガラにもなく影響を受けてしまったよ」
ケンイチ達と視線を合わせぬまま、真野がかすれた声で空を見上げボヤく。
「白浜君からは、遥か昔に忘れてしまった信念と勇気を。
そして金剛少年からは、限界など感じさせない自信に満ち溢れたあの頃の気持ちを。
気付けば敵の中枢を叩き、一秒でも早くこの戦を終わらせよう、と勇み足をしてしまった。
我ながらなんと愚かな……。しかし、これが"死"か。
この職に就いてから死ぬのなんてどうとも思わなかったのに、君達や梁山泊の方々に感化された今、死が何より怖い」
少しずつ力が抜けていく真野の手を、ケンイチと美羽が握る。
2人の悲痛な面持ちを見て、真野がくたびれた様に笑った。
閉心術を極め周囲に
「ふふ、そんな顔をしないでくれ。この世界に希望を感じたからこそ、の恐怖さ。
感情が無いかつての私のままなら、厭世観のままこの世に絶望して去っていただろう。今逝けて幸せだ」
死の手前に絞り出したそれは、強がりではない本心なのだろう。
国のため汚れ仕事を不平も漏らさず、率先して受け続けてきた。
荒みきった彼の心は、最後に少しだけ救われたのかもしれない。
「白浜君、風林寺さん。ここから先の敵は達人級がデフォルトだ……気をつけろ。
そして梁山泊の皆さんとは真逆の思想かもしれないが……光と闇を行き来してきた人間として、言葉を遺すよ。
この戦い……ぜひとも君達に勝って欲しい。
だが、"ユーステッドと闇が勝てばこの世は悪くなる。だから……自分達が勝たなければならない"という考えは……捨てるん……だ」
「えっ……一体どういう……?」
ケンイチ達は真意を確かめるべく神妙に、続く言葉を待つ。
「あっ……!」
「真野さんっ!?」
だが、話の途中で残酷なほどあっさりと、まるで眠るように真野が事切れた。
彼とは所詮、知り合って1ヶ月足らずの関係でしかない。
それでも彼に待ち受けた結末が、死合いにより昂ぶっていた2人の闘気と血の気を凍てつかせる。
叶翔を看取った時に似た喪失感を抱え、ケンイチと美羽は──
***
先ほどと相も変わらず、重症のフォルトナが壁際に倒れ込んでいた。
接近した阿含を見上げると、ニヤリとしてみせる。
「ほう……"おめでとう"じゃな」
「あ"ー?」
「これでも武を愛した達人じゃぞ。お主の背中から漂う剣気から、殺人剣の悲壮と覚悟くらい感じ取れるわい。先達者としての祝福じゃよ」
阿含は的はずれな指摘に対しては、肯定するように鼻で笑う。
忌々しそうに小さく舌打ちしたということは、そういうことなのだろう。
「あっそ。んじゃーご祝儀代わりにアンタの力、もらってくぜ」
気の運用 第三階層 "Akashic Recordへの権限委譲"が、闇の蛮刀使いから力を奪った様に、フォルトナの強大な気と力を解析して取り込んでいく。
「オクタヴィア……ワシの首を獲るなら、今が最初で最後のチャンスじゃろう」
「ッッ……」
殺人を意識したオクタヴィアの手に思わず力が入る。
肩をギュッと掴まれた阿含が、呆れたように鼻を鳴らした。
「あ"ー? オレらを脳筋扱いすんな。首謀者のてめえは吐かせるために、生け捕りは必須だろうが」
だがその反論は予期していたのだろう。
服の中に隠し持っていたガジェット一式を、惜しみなく阿含へと差し出す。
「その必要はない。タブレットとメモリに、ワシの命など一瞬で価値が無くなるほどの
このセキュリティカードを使えば、端末の操作も、拠点も往来も自由自在じゃ」
フォルトナの態度はあまりにも殊勝過ぎて、怪しさすら感じる。
だが命乞い目的ならまだしも、この男は逆にここを終着の地にしようとしてる。
わざわざ嘘をつく意味は無い。
「……出頭して罪を償うと約束してよ。別に私はあなたの命になんて興味はない」
阿含達は先程ユーステッドの秘書から、スパルタカスら残りの兄弟はまだ生きていることを聞き出している。
兄弟さえ無事ならフォルトナを殺すことに固執しない、というその言葉に、フォルトナは小さくため息を漏らす。
「最も退屈な返答じゃな……」
と、同時に脇腹の生傷から、見る見る鮮血を床へと垂れ流していく。
「……ど、どうしたの!?」
「気血で痛覚を遮断して、止血だけやめたんだろ。あと数分もすりゃ失血で楽に死ねるわな」
あれほど恐ろしく強大で、憎しみ続けた養父フォルトナが、眼前でもうすぐ死ぬ。
その事実に強張り震えるオクタヴィアへと、阿含がスマホのディスプレイを突きつける。
「ここの拠点が安全だから先行ってろ。オレはこいつに聞かなきゃならねえことがあるから、後から行く」
「あ、ああ……」
後ろ髪を引かれる様に、オクタヴィアが拠点を走り去っていく。
その後姿を少しだけ名残惜しそうにフォルトナは見届けた。
「なんじゃ? 神父代わりに懺悔でも聞き出すつもりか? ……敵に話すことなど無いわ」
「あっそ。じゃあ
阿含が腰を下ろし同じ目線までやって来ると、フォルトナもようやく気だるそうに視線を合わせた。
「アンタ最初からこの盤面に持ってくつもりだったんだろ」
「ほぉ……何を根拠にそんな事を言う」
「1つ目。アンタの養子は数年前から誰も欠けてねえ。スパルタ君も剣闘士として頑張ってたみてえだが、アンタの匙加減一つでどうとでもできたはずだ。
2つ目。これまで狡猾に安全圏にいたアンタが、前線にノコノコ出てきた。今この状況でも救援を呼んだ気配がねえ。
3つ目。オクタヴィアにはアンタが埋め込んだ発信機だけで、ユーステッドの分は仕込まれて無さそうだった。
ここまでなら状況証拠だけで偶然もあったろうが、決定的なのが4つ目だ。
オクタヴィアはヤク打たれて
他のガキに比べて、裏切り者への制裁にしちゃヌル過ぎんだよ」
フォルトナは最初、否定するように鼻で笑っていた。
だが、まくしたてる阿含の考察に耳を傾ける内、次第に目を据わらせそして観念したように項垂れる。
「小憎たらしい程に頭が回るのう……。
……長年、裏社会の支配者と恐れられ続けてきた。
常人が目を背ける様な所業をいくらも行った。
それが奴隷の子供達にある日突然情が湧いたなど……まるで三流ドラマの筋書きじゃな」
闇の住人として生き続けるのに疲れを感じ始めた頃。
最初は金で買い叩いた奴隷に対する支配欲、独占欲だと思っていた。
だが孤児達を剣闘で使い潰す度、心にわだかまりが増していった。
とうとう子供達が5人を切った時、遅すぎた"父性"が芽生えた、と気付かされた。
「端金渡してポンと放り出すにしても、親子ごっこするにしても手遅れで中途半端な時期だわな。だから
デスパー島から逃げたあいつら捕まえたのも、最後の試練を用意するためか?」
「大体そんなところじゃ。
最初からこの男はオクタヴィア達のため、死に場所を求めていた。
その目論見がたまたま阿含と噛み合い、今があるということなのだろう。
「アンタが企てたしょうもないメロドラマのせいで、闇は大量殺戮兵器の拠点を軍事強化しちまったわけだが。そっちはどうすんだよ」
「ワシの特権アカウントを使って、コントロールルームに行けばまだ食い止められるわい。あとのことは、お主ら若いモンに丸投げじゃ……くっ……」
フォルトナの巨体がゆっくりと横たわる。
意識がもうすぐ途絶えようとしているのだろう。
「言い残すことあったら伝えてやるよ」
「渡したメモリに子供達への言葉は全部遺しておるわい。ああ……そういえばオクタヴィアに、男の趣味をもっと考えよ、……と」
「言ってくれるじゃねえか」
ケッ、と阿含が吐き捨てフォルトナも力なく笑う。
「あとはワシの力を総取りした、小生意気な
お主の才気と危うさは若き頃のワシをどこか思い立たせる。
……ワシの様にならぬよう、世帯は持て。お主にやるのは癪じゃが、
阿含は茶々を入れずに、フォルトナの言葉を神妙に聞き入れる。
才能ある者が努力の果てにようやく成れるか否か、それが達人級だ。
この男は裏社会の稼業の傍ら、ただの趣味で大した努力もせずに達人級に成り上がったという。
もしも血の滲む努力をしていたなら、どれほどの怪物に変貌したか想像もつかない。
阿含は本能的に先達を行く天賦として認識し、ある種の敬意をもって接していた。
「死ぬまで隠し通せるなら、愛人の一人くらいは許……す……」
つらつらと続いた言葉がようやく途切れる。
意識を失ったのか事切れたのか、目を瞑り動かなくなったフォルトナを──
「なんで……」
阿含の背後で、オクタヴィアがやるせない表情のまま見下ろしていた。
"去ったふりをして物陰に隠れてろ"
阿含が先程スマホに入力した指示に従い、一部始終を彼女は聞き届けていた。
「なんでもっと早く改心してくれなかったの。あと5年……いや、あと3年早くあなたがそうなってくれれば、今頃私達は……」
「そうなってたらオレも今頃リディの首斬らずに済んだわな。
それでもオレはこいつに"感謝"してるよ」
最後の一言にオクタヴィアが思わず耳を疑い顔を上げる。
言葉の通り、フォルトナを見下ろす阿含の表情に、負の感情は一切無かった。
「あくまで持論だが……毒親を成長して倒せるようになった時、ダメな奴ほど『お前のせいで!』って親を恨むんだよな。
親はガキのために試練として立ちはだかってんだから、感謝してボコりゃいいんだよ。
やり口はどうあれオレに裏社会の厳しさを教えて、権力まで残してくれた。
こいつにゃ散々苦しめられたし、許すつもりも全くねえ。
人としちゃどうしようもないクソ
恨みではなく感謝で乗り越える。
今のオクタヴィアの精神状態では、まだ受け入れ難い概念のようだ。
「どいつもこいつも、人の気持ちも知らないで勝手なことを……。
父親面して、まだ付き合っても無いのに勝手に結婚の話まで進めて……」
それでも、彼女の頬を暖かく優しい涙が伝う。
阿含はそっと肩に手を添えるだけに留めた。
「その件だが、今この状況でアンタに気持ちを問うのはフェアじゃねえ。
ここを無事に切り抜けて一段落してからだな」
フォルトナが差し出した端末一式を軽く検め、全てを終わらせるべくコントロールルームを目指す。
そんな阿含の背後から、己を呼ぶ声が聞こえた。
「……阿含君か!……大丈夫!?」
「はぁ……やっぱ最後はおめーだよな」
阿含は白浜兼一とのエンカウントを──そして
史上最強の弟子と100年に一人の天才。
2人の少年は、それぞれ想い人の女性を脇に再度相対する。
年内完結を目標に進めています
あと10話とかからず完結しますが最後までよろしくお願いします