100年に一人の天才と史上最強の弟子   作:やぶゆー

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61話 反転

 

 気の掌握と黒閃により、桁違いに増幅された無拍子の一撃。

 達人級の水準に到達するほどの威力を正面から受け止めた阿含は──

 

八門遁甲 第五門 "杜門" + 再定義二式 はがねタイプ "鉄塊・剛"

 

 肉体への反動と負荷が危険水域に及ぶ第五段階までリミッターを外し、増幅した気を硬質化させ、腹部へ集中させていた。

 最強の矛と盾の衝突。

 その衝撃が密な室内の空気を振動させ、美羽とオクタヴィアの肌と耳朶を強かに叩く。

 

「あ、阿含さん……さすがにこれは……」

 

「なんて一撃だ……阿含!」

 

 2人の懸念は、攻撃を受け止めた阿含へと向けられる。

 だが、すぐにそれは杞憂であったことを思い知らされた。

 

「うぐっ……」

 

 全身へと跳ね返った衝撃に、思わずケンイチが顔を歪め後ずさる。

 まるで大地に拳を撃ち込んだ様な、異様な手応え。

 気血を固めた逆鬼やアパチャイの肉体を殴った時に、良く似た手応えがあった。

 三戦(さんちん)立ちで不動のまま構える阿含は、冷や汗を流しながらも底知れぬ微笑みを絶やさない。

 

 残り──3秒

 

「さすがにかなり痛えな」

 

(そのセリフ、言いたいだけじゃんか!)

 

 内心ツッコミつつも、ケンイチは状況の逼迫を察知していた。

 "黒閃"とは偶発的に起きる現象であり、狙って出せる技ではない。

 先程の一撃は、白浜兼一という武術家が、今宵此度出せるはずの最大出力を偶(・)然(・)上(・)回(・)っ(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)。

 それが通用しなかったという事は──

 

(ボクの攻撃では……阿含君を倒すことはできない)

 

 勝ち筋の大半を消され、思考が一瞬止まったケンイチの頬へ、阿含の拳が叩き込まれる。

 本来ならば、気の掌握により阿含の攻撃に含まれる気を防ぎ弾くはずだった。

 だが着弾の瞬間に衝撃が腔内で増幅、爆散する。

 頑強を誇るはずのケンイチの肉体、そして意識までも削り後方へ吹き飛ばす程だった。

 

"二重(ふたえ)の極み"

 

「おごっ……!」

 

 なんとか態勢を立て直したケンイチの視界に、深く前傾した阿含の後頭部が映り込む。

 抜刀していた刀を鞘に納め、足裏に収束させた気を雷の如く爆ぜ解放した。

 

雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃(へきれきいっせん)

 

「あっ」

 

 "ただ前に突進して居合切りを放つ"

 それだけの阿含の動きを見たケンイチは、即(・)座(・)に(・)勝(・)利(・)を(・)諦(・)め(・)た(・)。

 

(この速度と気の充実……師匠達の……達人の攻撃みたいだ。今のボクに回避はできない。

そして喰らえばおそらく峰打ちだろうと一撃で戦闘不能になる。この時点で、ボ(・)ク(・)の(・)勝(・)利(・)が(・)消(・)え(・)た(・)事(・)は(・)確(・)定(・)し(・)た(・))

 

 全身にスパークを纏わせながら、抜刀する阿含の動きがケンイチにはスローモーションの様に映っていた。

 梁山泊で揉まれ続けたケンイチの動体視力は、土壇場で達人級の動きに対応できる程に磨かれた。

 だが、見るのと実際に避けられるのでは、難易度に天地の差がある。

 回避,防御共に不可能だと察したケンイチは──

 

「うおおおっ!」

 

 反射的に前進を選択する。

 それは見守るオクタヴィアと美羽が戦慄する一手だった。

 

 残り──2秒

 

(なっ……それでは阿含の攻撃がクロスカウンターとなって叩き込まれる……威力が倍増してしまうぞ!?)

 

(そうか、ケンイチさんは阿含さんの攻撃を防げないと判断して、中途半端な守備を撤廃した。ケンイチさんの狙いは……相打ち!)

 

 だが2人はその攻撃に対する認識を、"勇猛"から"無謀"の2文字へ即座に切り替えた。

 ケンイチの攻撃が今の阿含に通用しないことは、先ほど証明されたばかりではないか。

 それを最も痛感しているはずの本人は、阿含と接触する刹那、走馬灯の様に思い出を巡らせていた。

 

『ケンイチ、あんだけ金的とコ(・)レ(・)は警戒しろって言っただろうが!』

 

『ヒトは感覚の八割を視覚に頼っている。奪われるのは致命的だよ』

 

『アパパパ、ムエタイでもこ(・)の(・)攻(・)撃(・)は有効よ! でも危険だから練習では使わないよ!』

 

『武器使いは素手より容易く部位破壊を行え……る。警戒をなるべく解くな……よ』

 

『相手が格上だろうと決まれば一気に戦況が傾くほど、これは有効的かつ反則的(チート)ね。活人拳のケンちゃんがこれを使うならば、それはよっぽどの時であるはずね』

 

 師匠達とのやりとりが脳裏に蘇る。

 技術として教わってはいた。

 それでも、ずっとこれだけはヒトに使うまいと一人心に決めていた。

 だが逆だ。使うなら今。

 いや、今日のために自分はこの技を教わっていたのだ、とケンイチは確信する。

 雷速の抜刀術から放たれた刀が、飛びかかったケンイチの脇腹をめり込み侵食する。

 0.5秒後には、気血を貫き肉体を破壊し、容赦なく戦闘不能に追い込むだろう。

 その間僅かに残された猶予に縋り付くよう、ケンイチの左手が伸ばされる。

 それは美羽達の眼には、無駄な抵抗,悪あがきに映っただろう。

 その掌が、阿(・)含(・)の(・)残(・)る(・)右(・)目(・)に(・)覆(・)い(・)被(・)さ(・)る(・)ま(・)で(・)は。

 

(おい……まさか!)

 

(ケンイチさんの狙いは……)

 

 "目潰し"

 

 そのワードが2人の掌に浮かぶと同時──

 

 残り──1秒

 

"流水浸透水鏡掌"!

 

 あらゆる中国拳法の達人、馬剣星の絶招。

 寸勁と浸透勁の複合により、外部と内部を同時に破壊する一撃が阿含の眼窩を包囲する。

 今のケンイチの技量をもってすれば、威力でオリジナルに劣るとは言え、剣星の技を再現する事は不可能ではない。

 強力な気血の鎧を剥がし、剥き出しとなった阿含の眼球へ全力の勁が叩き込まれる。

 必死の形相で自身へ飛びかかるケンイチ。

 それがこの島における阿含の右目が捉えた、最後の光景となった。

 

「ッ……グッ!」

 

 だが、同時に阿含の愛刀がケンイチの脇腹とアバラをを完全に食い破り、戦闘不能を通り越す深手を負わせていた。

 

「グオオオアアアッ!」

 

 阿含は手で右目を覆い、ケンイチは吹き飛ばされ、遅延して襲いかかる激痛にのたうち回る。

 見事なまでの相打ちの形となり、両者に確かなダメージが刻まれる。

 

(は、初めてケンイチさんの攻撃が、阿含さんに当たりましたわ!)

 

(阿含……!)

 

 2人の意識は真っ先に阿含の右目に集中する。

 既に左目を失った阿含が、右目にも深刻なダメージを受けたのならば──。

 その危惧を予期していたかのよう、苦痛を押してケンイチが言葉を絞り出す。

 

「し、心配は……要らない。

ボクが阿含君の眼に流し込んだ気は……そう長く保たない。後で視力は回復するはずだ」

 

 勝つのではなく、無力化させる。

 ただそれだけに殉じ、ケンイチは見事天賦相手に完遂した。

 その偉業に、対立側であるオクタヴィアまでもが感嘆させられていた。

 

(そうか……この島の戦いの間だけ阿含を機能停止させれば、それで白浜の目的は達成される。悔しいが、視力を失ってしまってはこれ以上は……)

 

「ク……ククク……」

 

 低く冷たい笑い声が拠点に響いた。

 それは安堵に浸っていた美羽を。

 計画の頓挫に気落ちしたオクタヴィアを。

 終生の目標であった阿含と痛み分けの形に終わり、満足していたケンイチの肝を等しく冷やす。

 

「あ”ーオレの左目は死んでたのはわかってたよな。死角の左側から攻め立て続けりゃ、もうちょいダメージを受けずに済んだはずだが……おめーは終始真正面から向かってきたな」

 

 顔の大部分が手で覆い隠され良く見えない。

 それでも薄っすらと阿含の口元が三日月に吊り上がっているのが、垣間見える。

 

「そう……だね。1秒でも早く……1cmでも近く、ボクの拳を近付けることしか考えてなかったや」

 

「そうかよ……。確かにオレの右目は、おめーの捨て身でしばらくオシャカになっちまったな。

だが、機能停止したと決めつけるにゃまだ早えんじゃねえの?」

 

 この期に及んでまだ侵攻を諦めていないというのか。

 不敵な笑みを絶やさぬ阿含を、ケンイチが慌てて言葉で静止する。

 

「よ、よしなよ。いくら阿含君でもその状態で戦うのは……」

 

 その指摘は正しい。

 ケンイチはかつて盲目の拳士、ルグと拳を交えたことがある。

 彼のケースから、全身の気を体外に展開し、周囲の探知に用いる技術がある事は知っている。

 だが、視覚情報は光の速さで伝達されるのに対し、気の感知は僅かに遅延が生じるという欠点がある。

 ルグは長年の経験から聴覚,触覚と併用する事でそのタイムラグを緩和していたが、たった今失明した阿含が今すぐその境地に達するのは、流石に無理があるだろう。

 その状態で妙手以上の武術家や、遠距離からの銃火器攻撃を相手取るのは無謀と言える。

 

「それに、生物の気は感知できても無機物の把握まで出来るとは……」

 

 ケンイチに続き、阿含を説き伏せようとした美羽の言葉が途切れる。

 ザワ、と彼女の全身を得体の知れない感覚が襲い、反射的に総毛立っていた。

 武術の才能という一点において、阿含をも凌駕した叶翔。

 DオブD決勝で彼の動きすらも読み切り、完璧なゲームメイクで手玉に取り勝利を納めた。

 その阿含が、目潰しを果たして想定できなかったのか。

 それはあまりにも都合の良い話なのでは──

 

「戦いが始まった時、闘気を特殊な脳内物質に変換した。未(・)来(・)を(・)視(・)る(・)た(・)め(・)に(・)な(・)。

あらゆる選択をシミュった結果、ケンイチに勝ち目は無かった。

オレの右目を狙う。唯一それだけが引き分け択だった」

 

 この男は一体何を言っているのか。

 皆が顔を見合わせ、動揺する中お構いなしに口上は続く。

 

「才能の欠片もないその脆弱なスペックで、よくこの答えに辿り着いた。

そんなおめーだからこそ、こ(・)れ(・)を初披露するに相応しい。

気の運用 第四階層 第(・)二(・)世(・)代(・)継(・)承(・) "複合タイプ"」

 

 仰向けに倒れ朦朧とするケンイチが、阿含を見上げる。

 その視界には、2種類の闘気がぼんやりと映り込んだ。

 一つは深紫色の神秘的な雰囲気を持つ。

 達人が探索や索敵を行う時に用いるオーラに近い。

 そしてもう一つは、半透明の黒い闘気。

 まるで生命の内部に、魂に干渉するような仄暗い輝きを放っている。

 2つの気が交わり凝縮し、阿含の頭蓋,脳髄へと集束されていく。

 

「ッッ……グッ!」

 

 既に戦いは終わった。

 だというのに、阿含は脂汗を流しながら余裕のない表情で気張り、歯を食いしばる。

 そう、今まさに阿含は天賦と持て囃される頭脳を極限まで稼働し、先の2つの気を融合すべく、演算と精製作業を繰り返していた。

 やがて、阿含の脳内という小さな密室で新たな気が膨大な処理の果て、生まれる。

 その力が、蛮刀使いの凶刃により、未来永劫光を失ったはずの左眼に絡み作用した。

 

 吉川将吾との戦いで、気の接続という新たな運用を開発。

 

 叶翔との死闘で、気の機械学習という規格外のシステムを立ち上げ。

 

 闇の達人との戦いで、気の性質変化に目覚め、覚醒する。

 

 これら一つ一つが、"100年に一人の天才"と語るに相応しい所業──で(・)は(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)と(・)し(・)た(・)ら(・)。

 ケンイチ、そして美羽は思い知らされる。

 全ては今日のための前フリ。ただの序章に過ぎなかったのだ、と。

 

「再定義二十六式 ゴースト + エスパー タイプ "反転術式"」

 

 

 




次回は月曜投稿予定です
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