いただいた感想見てて意外に自分でも見落としてる点あるなと思いました。
「では、はじめたまえ」
低く澄みながらも、しかしはっきりと道場に響き渡る秋雨の掛け声。
ケンイチと阿含、その2度目の組手が幕開ける。
まずはこの組手を申し出た張本人、阿含の方がおもむろに距離を詰める。
といっても、最初からまともに攻める気はさらさら無い。
ケンイチに攻撃をさせ、彼の成長進捗を測るのが目論見だ。
「ええい!」
ケンイチは初手から"最強コンボ1号"を解禁する。
これまで、ケンイチは実力者に一度も勝てなかったわけではない。
だが実情は、利き腕を負傷した武田や遥か年下の山本直樹、というハンデマッチが前提であった。
そんな中、ようやく第七拳豪という猛者を相手に真っ向から勝利をおさめ、ささやかな自信がつかないわけがない。
"山突"
ケンイチが打ち込んだ上段突き。――いや違う。
神速のインパルスが視界に捉えた実情は、中段と合わせた諸手突き。
まずは左肘で中段突きを払い、その反動で顔面への上段突きも合わせて左腕で捌く。
かつてケンイチから模倣した、"跳ね上げ鶴頭"を応用した防御術だった。
(前のよりもパワーとスピードが上がってやがんな。
どんだけ身体を追い込んだんだ、ドM野郎が)
「まだまだっ……"カウ・ロイ"!」
至近距離を保ったままの阿含へ、すぐさまみぞおち目掛けた飛び膝蹴りの追撃。
しかし才能は嘲笑う。
神速のインパルスによる超反応のガードは硬い。
(つっても、その間にオレも女遊びもしながら同等以上に成長したがな)
「くっ……"烏牛擺頭"……」
「おいおい、カウンターでも無いのにオレ相手に頭突きは夢見すぎだろ」
胸部目掛けた心意拳の頭突き、そこは阿含にとっても十分な狩りの間合い。
拳が頬に突き刺さり、ケンイチの意識が一瞬揺らぐ。
阿含は肉体に対し特別な鍛錬は一切行っていない。
日課として精々、数十分の筋力トレーニングをする程度だ。
だが"気の発動"により強化されたその一撃は、倍以上の体重を持つトール、剛体法によって鍛えたハーミットと同等の火力を叩き出す。
「おごっ……まだまだぁ!」
その後も一方的に追い込まれ、全身にダメージを蓄積しながらも、吠え立ち向かい続ける史上最強の平凡な弟子。
「……」
その信念を嘲笑うかのように、汗の一滴すら流さず的確に返り討ちにする、100年に一人の天才。
このまま続けば、番狂わせなど起きずに予想通りの結果を迎えるだろう。
だが身体能力、技術、気の運用、全てにおいて凌駕し、優勢を保つ阿含の表情はどこか晴れない。
それどころか、ケンイチの目の奥底から絶えぬ光を見る度、影が増していく。
見守る美羽は気が気ではないが、審判を務める秋雨が止めない以上は黙って見届けるしかない。
そしてこの時、両者の目論見は交わろうとしていた。
(くっ……まるで猫になぶり殺されてる子ネズミの気分だ!
金剛君との力の差を埋めるには、無我夢中でトールさんに放った、"あの突き"をまた成功させるしかないのか……!?)
(さっさとデカブツを倒した突きを見せろ。それともあれは所詮まぐれかよ)
生まれついてのモブでも無ければ、秘めた才能を眠らせていたわけでもない。
だとしたら、眼前の存在はなんだというのか。
(凡人の役割はただ天才を引き立てるだけだろ。
阿含の全身から圧が増す。
決着が近づいていることを、その場の武人達が悟る。
だが、予定調和の結末など得てして覆されるもので――
「こりゃー! もう十分でしょ! お兄ちゃんをこれ以上イジめるな!」
ピコーン!
「ほ、ほのか!?」
その場に似つかわしくない、間抜けなサウンドエフェクト。
初めて揺れる、阿含の頭。
しびれを切らしたケンイチの妹、白浜ほのかが突如飛び出し、ピコピコハンマーで阿含の後頭部を殴りつけた音だった。
「い、いけませんわほのかちゃん!」
ほのかと反対側にいた美羽――
「あっ」
(ほのか君に悪意や殺気が無かったことで反応が遅れた。私としたことが不覚……)
死角から急に飛び出された秋雨――
「横槍しちゃ……いーけないんだ。先生に言っちゃ……お」
太刀の手入れをしている最中だった、あらゆる武器と兵器の申し子、香坂しぐれ。
その場の武芸者全員の警戒を潜り抜けた完璧な一撃であった。
そして、無傷の不意打ちとはいえ生涯初のクリーンヒットを許した当事者。
阿含がゆっくりと振り返る。
無言でほのかを見下ろす表情は、今までに見せたことがないものだった。
「あっ……あうう……」
白浜兄妹は生来空気を読むことに聡い方ではない。
後に兄の方はある達人の心の地雷を踏み抜き、危うく殺されかけることになる。
そんな彼らでも、阿含の表情と雰囲気から流石に
たじろぐほのかを庇うように、ケンイチは負傷を押して両者の間に割って入る。
戦闘不能は近い。だがケンイチの集中力と眼力は組手開始時より、遥かに増しているようだ。
緊迫した空気の中、阿含はほのかとケンイチをしばし交互に見比べ、相貌からふと感情を喪失させる。
「岬越寺先生。妹の加勢があった以上、この組み手は白浜の反則負けっすよね?」
その不可解な問いは、ほのかの代わりに阿含の激昂を受け止める覚悟をしていたケンイチはもちろん、秋雨の虚をも突く。
「……? ほのか君の介入が無くとも、この組手は君が勝っていたはずだが」
「オレの勝ちならいいです。おいモブ、自分の妹くらいきっちり調教しとけや」
「あ、ああ……ゴメン」
「あたしはペットじゃないじょ……」
それ以上何も言わず、早々に道場を後にする阿含にケンイチと美羽は気味の悪さを拭えずにいた。
怒りを抑え、表面上は平静を装ったのか。
子供に逆上するだけ無意味、と合理的に切り替えたのか。
そのどちらとも異なるのか。真相は闇のまま。
(金剛阿含。若さ故の危うさを持ちつつも、隙のない才を持つ有望な若者だ。
先日の彼は、ケンイチ君の努力を否定するかの様に才能を見せつけることで、それを愉悦に感じていた。
だが、更に力の差が開いたはずの今日の組み手、彼自身がもうそれを楽しめていなかった。
それでも、去り際の彼はまるで……)
秋雨は一人予感する。阿含が秘めたる本質、底を梁山泊の豪傑達は、未だ見極められていないのではないか。
――去りゆく彼の背中が、気の揺らめきの様にどこか妖しく歪んでいた。
***
完全貸し切りの、防音パーソナルトレーニングルーム。単独作業にもってこいの場所だ。
ここを使っておいて、「集中できませんでした」なんざ甘えは通じねえ。
だが――ここで今日気の発動に失敗したのはもう5回目。
ピコーン!
丁寧に練り上げようとした気が、間抜けな音によって雲散する。
……この前の
あれはさすがにしゃーねー。オレも割り切ってた。
だが一昨日の組み手、万全の状態で気を研ぎ澄ませていた。
モブ子に背後を取られたのは、言い訳の仕様が無い失態だ。
気の概念を自覚したオレは、同年代以下相手には遅れを取らないはず。
だが事実として、抜け穴はあった。
勘だが美羽なら同条件で対応できた可能性はある。
ただ受け入れ、静かに解析を進めるだけだ。
梁山泊内で起きた失態っつーことで、あの後美羽にはきっちりモブ子に聞き取りをさせた。
モブ子はあの時、ただ無我夢中でモブ兄を守ろうとしただけ。
仔細は美羽からのLINEで把握している。
視覚外、敵意ゼロ、脅威ゼロ。
昨日の構成要素はこの三点。
おそらくカギは敵意と脅威だな。
A:敵意☓ 脅威◯
B:敵意◯ 脅威☓
Aが防げなきゃ、オレの気は危険度を察知できねえ。
Bが防げなきゃ、敵意にまるで対応できねえ。
この2パターンを実験すりゃはっきりする。
Aはエアガンにランダムタイマーの発射装置を着けりゃいいとして。
Bは美羽か戸叶辺りに頼むか。
「クク……」
無意識にこぼれる笑い。
恥を晒した。解かなきゃいけねえ
最高に不快になるはずだっつーのに、何故オレは楽しんでいる?
理解らねえ。あ、ここ貸してくれたエリアマネージャーのナギサちゃんにお礼のLINEしとこ。
明日下書きのチェック作業ができないため
8話は15日に投稿いたします。