「魂がすり減るまで鍛え上げたんだ! 君はここでボクが止める!」
「ほざけ! 凡夫の分際で上からの物言い……やはり俺はお前が気に入らねえ!」
しとしとと冷たい雨が降る。
ケンイチとハーミット、その再戦の物悲しさを語るように。
終わりは近い。だがしかし、名勝負を汚す唐突な闖入者の声。
「そこまでだ白浜! 妹が大事なら木偶に徹することだな!」
「お、お兄ちゃん!」
声の主は廃教会の二階部分に。
張り出し廊下に腰下ろす、第四拳豪 戦う参謀ロキ。その側近の20号。そしてその懐に囚われている白浜ほのかの姿。
敵から意識を外す致命的な隙もお構い無しに、両者は弾ける様に反応する。
「ほ、ほのか!?」
「ロキてめえ……なんの真似だ!? 俺の戦いを邪魔すんじゃねえ!」
「おいおい二人とも同じ事を言わせないでくれよ。
白浜が動けば妹の安全は保証しない。こいつぁ拳聖様の勅命だ!」
ロキはただ最適解の戦術を打っただけ。悪びれる様子も無い。
ハーミットが危うくなれば人質で脅し、ケンイチを無力化させれば良し。
ハーミットが自力で勝てば尚良しの二段構えだ。
拳聖の名を騙り、子供を攫う行為も全ては組織をここまで追い詰めた白浜兼一を潰すため。
(裏で宇宙人共が邪魔できぬよう、一騎打ちのお膳立ても整えた。
オーディーンにもハーミットにも、感謝こそされど文句を言われる筋合いは無いね。我ながら完璧な策だ)
本心から自画自賛するロキ。その余裕は、直後消し飛ぶ。
「あ"ーオレ抜きで盛り上がってやがんな」
皆の耳から雨音を掻き消す、上位者を気取るような声。
悠然と廃教会に踏み入れる少年の姿に、ロキが初めて血相を変え目を泳がせる。
「貴様……金剛阿含!? 何故ここに!?」
「金剛君……!」
あり得ない。
金剛阿含という男は合理と打算で動くはず。
この状況を知っていたとしても、ロキの計算ではここに現れるはずがないのだ。
イレギュラーはロキの疑問など歯牙にも掛けず静かに問う。
「
意図の読めぬ不可解な問い。
ロキはその場の主導権を渡すまい、と不敵に微笑む。
「誰がひろしだ! はっ……まさか人質などという手を使う俺が、弱いとでも言いたいのか?
決まっているだろう。力,知恵,資質,全て俺は白浜を凌駕している!」
「だろうな。お前の方が才能は上だ」
鼻で笑うこと無く、無表情で肯定する阿含。
予想外の反応とその静かなプレッシャーに、ロキは自然と飲まれていく。
「……!? だったらなんだってんだ。くだらない挑発のつもりか!?」
「オレに及ばないとはいえ、才能持ってるやつが凡人相手に狡い真似すんな。
力できっちり凡才をすり潰すのが、
人質を盾にして勝っては、敗者に言い訳の余地を残す。
凡人が才ある者との地位を覆せる、などという望みを抱かせてはならない。そのためにもお前は真正面から戦え。
阿含の言い分をまとめると、こんなところか。
勝手に乱入してきた敵対者から、一方的な指図紛いの批判を受け、あまつさえ格下扱い。
網メガネ越しにも、苛立ちから顔が朱に染まっていくのがありありと見て取れた。
「……お前の都合など知ったことか! 白浜も、ハーミットも、金剛も動くな!
2階に登ろうとしたら、その時点で白浜の妹がどうなるかわかってるな!?」
「……お前こそわかってんのか? オレが来た時点でお前の作戦は破綻してんだよ」
「はっ、わけのわからない事を言ってお茶を濁そうって魂胆か? ……いや、お前まさか……!」
ロキの背筋が凍る。
阿含に見抜かれた人質作戦唯一の弱点、それは他ならぬ
この一帯は治安が悪く、元々無能寄りだった警察のフットワークも鈍い。
この状況におけるラグナレクは、まさに水を得た魚。
だが無辜の子供が負傷したとなれば、話は別だ。
SNSで拡散や暴露でもされた日には、さすがの警察も重い腰を上げ、ラグナレクを本格的に捜査する。
そうなれば大きな地の利は失われる。その原因がオーディーンと拳聖の耳に入るのはまずい。
ケンイチだけなら、可愛い妹の身に構わず歯向かうなどありえないが、阿含は違う。
ほのかがどうなろうと懐は傷まず、あまつさえアクシデントの責をロキに押し付けられる。
脅しのカードであるはずのほのかは、もはや今となってはロキの地雷でしかない。
その考察にロキが至ったことを、表情から阿含も察し上機嫌に笑う。
「クク……察してくれて助かるよひろし君。パワーも、知略も、上には上がいるってこった」
両者の思考に追いつけず、己の主と阿含を交互に忙しなく見比べる20号。
その横でギリ、と歯を食いしばりながらもロキは静かに整理する。
まだこの時点で、ロキは戦闘の勝敗に影響していない。
ハーミットがタイマンで勝てば何の問題も無い。負けても、責任は全てハーミットにある。
ならば最小のリスクで――
「チッ……仕切り直すぞ20号。ハーミット、偉そうに大口叩いて負けやがったら承知しないぞ!」
「ロ、ロキ様待ってー!」
「ロキ、てめえいつまで仲間ヅラしてやがる! 後で必ずぶっ殺す!」
「ほ、ほのか!」
ほのかをその場に置き去り、ロキ達はあっさりと逃走する。
その後美羽達も合流し、ほのかの保護も完了。
かくして金剛阿含という異物の介入により、白浜兄妹の危機は一段落した。
続けてハーミットが、ラグナレクの脱退をその場で告げる。
「元よりラグナレクは、俺が征服者になるための踏み台でしかなかった。
ロキはクソ野郎だが有能だ。今回の一件だけで懲戒破門はされないだろう。
奴をぶっ潰すためには俺が抜けるしかない」
「谷本君……今回は君も巻き込まれた被害者だったんだね。僕は誤解していた。
それに金剛君も、ほのかを助けてくれてありがとう。これで安心してほのかを連れて帰れるよ……」
「「勘違いすんな」」
ハーミットと阿含の言葉が重なり、安堵しきっているケンイチを刺す。
「ラグナレクを抜けたことと、この勝負は何の関係もない。俺はお前が気に入らねえ!」
「こっちは負けた時の言い訳に、妹を利用させねえためにやったんだ。
フェアな条件で今度こそきっちりハーミットにシメてもらえ」
退路を塞ぎ、嘲笑う2人の逸材。
ケンイチが新島達と同じく呆れかえるのも無理は無い。
が、観念したかのように笑い、ほのかを美羽に預け立ち上がる。
「まったく……とんでもないよ君達は。わかった。こうなったら……とことん付き合うまでだ!
たのむほのか、今度はどうなっても最後まで大人しく見守っててくれ」
ロキからほのかを救うため、ケンイチないしハーミットが負傷する未来も起こり得た。
だがしかして
「"烏龍盤打"!」
手刀。手刀。掌底からの、手刀。
もはや接近戦はただのリスク。徹底すべきは遠距離攻め。
ケンイチの寸勁は侮れないが、離れていればガードの猶予はある。
危険を排除したハーミットの堅実な攻撃が、着実に削っていく。
(さっきの双纒手をすごい警戒されている……。
ガードを崩すとなると、トールさんをまぐれで倒せた"あの突き"を打つしかないか!
でも、どうやって距離を詰める? どうすれば"あの突き"を確実に成功させられる? ……あれ、僕今楽しんでる?)
容赦ない雨が体表を冷やす。
一方で、思考と集中により、脳と丹田が熱を帯びる。
ほのかは救えた今、もう対峙する理由はない。飽くまで義理として戦っているだけ。
なのにハーミットと再戦を続けられる事実。
それが生来争いを好まぬはずのケンイチを高揚させる。
「ほーうこれはこれは……」
「みてえだな……」
理解できず小首をかしげる美羽。
一方で新金白連合の面々は、微笑ましい光景を見守る様子でひとりごちる。
無言で理解り合えたのは男達だけ。
梁山泊の師匠やラグナレク――。遥か遠いゴールや倒すべき宿敵、対等の友はこれまでもケンイチにいた。
だがそれとは別に、とうとう現れたのだ。
超えなければならない、頭を下げてでも挑みたい同世代の目標というものが――それも同時に2人。
「むっ!?」
鈍い着弾音ではない。甲高い炸裂音。
骨同士が互いを拒絶する様に、爆ぜ火花を散らす。
ケンイチのガードが、虚実を交ぜたハーミットの攻撃を完全に捉えた。
(っと! 谷本くんの攻撃……防げた!?)
二度に渡る阿含との組手の中、無意識での学びがカチリとハマった。
速度ないしリーチで勝り、ファイトIQも高い相手の傾向。
どう自分を攻め崩すか。どの軌道の攻撃を無視してはいけないか。
そして、どう抉れば凡人が悶え苦しむか。
想定外の事態から、初めて生まれたハーミットの硬直。
全身は痛み口からはしたたる血の味がする。呼吸は乱れたまま回復する兆しはない。
ケンイチの戦闘不能は間近、つまりはこれが最初にして最後の勝機だ。
前進し、死地へと踏み込んだケンイチの両手が身体に触れる、と同時――
「はっ!」
空手の突き,柔術の体捌き,中国拳法の勁力,ムエタイの要訣。
ケンイチという個の中で生まれ、結晶化した突きが炸裂。
交通事故の様な衝突音が、雨音を掻き消し爆ぜる。
「ぐおおッ!」
その一撃はハーミットの身体を、そして阿含の精神を穿つ。
(クク……やっぱてめーは凡夫から生まれた
いいぜ。今度こそ、その不具合をオレが直々にすり潰して……)
凡才が至ってはいけない火力。今度こそどう料理してくれようか。
思いを馳せるあまり、阿含は見落とす。
「ふ、二人とも……もうやめて!」
身を乗り出した悲痛なほのかの叫び。ハーミットの目に小さく光が戻る。
「かえで……俺は……俺は負けん!」
「がっ!」
倒れるのをただ待つだけだったはずの、ハーミットが持ち直した。
放たれた手刀は、やぶれかぶれの一撃。しかし確かな執念が宿り、ケンイチの顎を的確にえぐる。
「あ"ー?」
阿含に状況を飲み込ませる猶予など与えず、戦いは決着を迎えた。
(なんだ最後の? 何耐えてくれちゃってんの?
あの一撃から息を吹き返せる要素なんか無かったろ。……理解らねえ)
辛うじて意識を残したが、地に伏し動けぬケンイチ。
最後までダウンを拒否しながらも、直立したまま意識を消失させるハーミット。
この場をコントロールして
三者三様、勝ち誇る者などいなかった。
雨中廃教会の決闘、勝者ここに不在のまま――終幕。
下書きチェック時間確保のため9話は17日に投稿いたします