ここは、とある海上。そこには、海の上に立つ少女達の姿があった。
「はあっ・・・・・・はぁっ・・・・・・」
しかし、少女達の姿は傷を負い、満身創痍の状態であった。各々、立つのがやっとで、肩で息をしている。
その内の一人である、金剛は目の前にいる自分達の敵を睨み付ける。たった一体だというのに、明らかに自分達よりも格上の相手であり、傷一つすら受けていない。正直、勝てる見込みはないだろう。
「くっ・・・・・・」
「お姉様!」
「だ、大丈夫デース・・・・・・これしきの事デ・・・・・・」
後ろにいた金剛の姉妹である榛名が叫ぶ。そんな彼女は、金剛以上に、ボロボロの姿だ。だからこそ、金剛は頼れる一番上の姉として、榛名よりも前に立たなければいけないと思った。大好きな妹を守るために。
・・・・・・いや、榛名だけではない。自分の後ろには、他の傷ついた少女達もいる。仮に自分が犠牲になったとしても、彼女たちを守ろうと思った。この中で、一番強い自分ならできると確信して。
「応援は呼んだのデース・・・・・・後は、私が頑張るだけなのデース・・・・・・」
フラフラとした足取りだが、何とか金剛は足を踏ん張る。そして、大丈夫だ。と、安心させるため、金剛は榛名に微笑んだ。
「全員、撤退するのデース! ここは、私が食い止めるのデース!」
「お、お姉様・・・・・・」
そして、この言葉で榛名は金剛の考えに気づいてしまう。姉が自分達を逃がすために、一人で敵に立ち向かおうとしている事に。
「そ、そんな・・・・・・お姉様!」
「榛名さん! ここは、引きましょう!」
近くにいた少女の一人である、鈴谷が言う。
「で、でも・・・・・・お姉様が!」
「ここで、撤退しなければ全滅です! 金剛さんが時間を稼いでいる間に!」
「お姉様!」
海面をフラフラとした足取りで、榛名は金剛に近付こうとする。しかし、榛名の肩を片手で鈴谷は抑える。
「榛名さん!」
「い、いや・・・・・・お姉様ああああ!」
榛名が暴れる。鈴谷は羽交い締めにして、押さえ込もうとするが、自分よりも力の強い榛名を完全に押さえ込む事が出来ない。
「熊野!」
「わ、分かったわ!」
鈴谷はとっさに、近くにいた姉妹である熊野に助けを呼ぶ。なんとか、二人で榛名を抑え込むことが出来、撤退を始める。
それを見ていた金剛が、
「榛名・・・・・・元気で」
と、榛名に最後の別れを告げる。
「いやああああああ!」
絶望した榛名の絶叫。しかし、鈴谷と熊野にかまけている時間はない。金剛が時間を稼いでいる内に撤退をしなければ、全滅は免れない。
嫌がる榛名を無理矢理引っ張って、鈴谷達は金剛に言われた通り、撤退する。彼女に背を向けて。それを見送った金剛は、改めて敵を見る。
「さあ・・・・・・来るのデース・・・・・・」
何が何でも、ここで倒れる訳にはいかない。自分達は、『艦娘』であり、目の前にいる人類に仇なす『深海棲艦』を、ここより先に通す訳にはいかない。
深海棲艦は、ニヤリと笑う。そもそも、深海棲艦とは意思の疎通は取れない。破壊の限りを尽くすのみだ。しかし、金剛には分かる。自分をここで轟沈させるという余裕の笑みだった。
加えて、未確認の深海棲艦だった。金剛は自分が知る限り、この様な個体は初めてだった。
強いとは分かり、絶望的な状況。だが、そう易々と倒れる訳にはいかなかった。
「最後のお仕事デース! 皆・・・・・・後は頼んだのデース!」
金剛の艤装である砲塔を、深海棲艦に向ける。そして、最後ぐらいは、華々しく散ろうと金剛が考えている時だった。
その青年は、突然現れた。
「福音書の記述通りに来たけど・・・・・・ここで、合っているのかな?」
「え・・・・・・」
そこにいたのは、平凡な青年だった。平均的な男性の身長に加え、平均的な男性の体型をしている。その青年の髪が真っ白な白髪でなければ、群衆に紛れこめば、すぐにでも忘れそうな顔。
『ただの青年』という単語が、しっくりくるほど特徴のない青年だった。
そんな青年は金剛と同じく、海面に立っていた。何やら黒いローブの様な物を身にまとっている。不思議と、この風が強くなる海だというのに、全くローブは風に揺れていない。
「あ、あなたは・・・・・・」
「うおっ! ボロボロじゃないですか⁉ 大丈夫ですか⁉」
「えっと・・・・・・」
青年が慌てて、金剛の元に駆け寄る。近付いて金剛の傷の具合を確かめると、思わず青年は顔をしかめた。
「ああっ・・・・・・痛そう。でも、傷は深そうじゃないな。これなら、大丈夫そうだ」
そう青年が言うが、金剛は既に轟沈一歩手前だ。見た目では、青年が言うように深い傷は負っていない。しかし、それは艦娘が持つ特性上の話しであり、人間で言う所の瀕死に近い。艦娘の見た目は少女達の姿をしているが、最後の最後まで戦うことの出来る、『兵器』なのだ。普通の人間とは生まれる過程も違えば、生き方も違う。
「っと、聞くのを忘れていた。君が金剛って言うの?」
「な、なぜ私の事を・・・・・・」
「あ、やっぱり合っていた。なんとなく、こっちの方向だと思ったし・・・・・・と言うことは、あれが深海棲艦っていう存在かな」
一瞬、自分を助けに来た応援だと金剛は思ったが、なにやら雰囲気が違うことを感じとった。そもそも、青年は見たところ艦娘ではない。では、なぜこの場所にいるのだろうと、疑問に思った。
「とにかく、今すぐにでも安全な場所に連れて行きたい所だけど・・・・・・」
目の前にいる深海棲艦を青年は見る。自然と、金剛を庇うように青年は前に出た。
「あいつが、許してくれなさそうだね」
「・・・・・・くひっ」
そこで、深海棲艦は言葉を発した。ニタニタとした笑みを浮かべて。
深海棲艦は茶番が終わったかと、待っていたようだった。どうせ、青年一人が増えた所で自分を倒す事が出来ないだろうと、絶対の自信が溢れていた。
思わずその姿を見て、青年はため息を吐く。
「はあ・・・・・・その自信どこから出ているのかな・・・・・・」
ボリボリと青年は面倒くさそうに頭を掻く。その呑気な姿は、場違いだと言えるだろう。そして、相手を全く脅威にすら感じていない、明らかな余裕が青年にはあった。
そして、青年は再び口を開く。
「ねえ、僕は『金剛を深海棲艦から救え』って、福音書に記述があったから、ここに来たのであって、別に君と戦闘する意思はないよ?」
「・・・・・・ガガグッ、ギガッ!」
青年の言葉を聞いて、何やら言葉らしき物を発する深海棲艦だったが、当然青年には理解出来ない。
「・・・・・・あれ? 言葉が通じないのかな? ハロー、ナイストゥーミーチュー」
と、かなりの日本語訛りのある英語を話す青年。もちろん、深海棲艦は答えない。
「・・・・・・参ったな。意思疎通がはかれないのか・・・・・」
青年はため息を吐く。
「そもそも、いきなり別の場所に飛ばされるし、福音書と『強欲の権能』があるし、福音書の記述通りに行動しなくては行けないって、なぜか本能レベルで刻まれているし・・・・・・」
ブツブツと青年は独り言を言う。その姿を見て、やっと金剛は意識を取り戻す。
「Hey! 人がこんな場所に来ては行けないのデース! は、早く逃げ・・・・・・」
「ガアアアアアアッ!」
流石に青年の行動に業を煮やしたのか、深海棲艦は咆哮を上げると、自身の砲塔を青年に向ける。それを見た、青年が呆れたように再びため息をつくと。
「あー・・・・・・やっぱり、戦闘になるか。仕方ない。なるべくなら、穏便に済ませたかったけど・・・・・・」
それでも尚、青年は余裕そのものであった。そして、青年は一歩前に出る。明確に自分の敵となった相手を捉えて。
「な、何をするのデスか?」
「うん?・・・・・・ああ、福音書の記述の妨げになる相手を、ここで野放しにする訳にはいかないからね。倒すしかないでしょ」
と言っても、と青年は続けて、
「僕は、平和主義だからね。あんまり、こういうのは向いていないって言うか・・・・・・ほら、別に加虐趣味って訳じゃない。人が傷ついている姿を見るのは好きじゃないし、基本困っている人がいれば助けたいとすら思う。でも、状況がそれを許してくれない・・・・・・難儀な物だよ」
急に饒舌になって、ペラペラと話す青年。それを見た金剛は、一瞬この青年の頭がおかしくなったのではないかと思ってしまった。それに、今この青年は深海棲艦を倒すと言った。不思議な方法で水面に立っている青年を気にはなっていたが、そもそも深海棲艦を倒すには、艦娘の攻撃しか効かない。現代武器では傷一つつける事すら深海棲艦にはできないのだ。
ドンッ!
そして、そんなやり取りをしていた間に深海棲艦は砲撃する。金剛が言葉を発する時間すらなかった。砲撃された砲弾は、人間の目には到底捉える事のできない速度。しかし、金剛には見えていた。真っ直ぐに青年に向かっている砲弾が。思わず、その後に見るであろう光景を想像してしまい、目をつぶった。
そして・・・・・・
「おおー、いくら効かないという絶対の自信があるとはいえ、最初だからな。・・・・・・ちょっと、ビビったよ」
「・・・・・・え?」
金剛が再び目を開くと、信じられない光景が広がっていた。確実に砲弾の直撃を青年は受けたというのに、傷一つすら受けていない状態でそこに立っていたのだった。
「流石、強欲の権能。チート能力だよ、チート能力」
うんうん、と青年は腕を組んで頷く。
「ガアアアアアッ!」
そして、砲撃で青年を仕留める事の出来なかった深海棲艦が再び咆哮する。今度は、連続で砲撃を何度も放った。
しかし、
「だから、効かないって」
呆れたように青年はそう言う。それは、異様な光景だった。金剛の目には、砲撃が目で見る事が出来る。だからこそ、青年に砲弾が直撃したというのに、砲弾が着弾と同時に力を失って海に落ちている。まるで、青年に砲弾が触れた瞬間、全てのエネルギーを失っているかの様だった。
「・・・・・・さて、少し力を試すか」
そう言って、青年が右腕を軽く下から上に振る。 すると、
「ガアアアアアッ!」
気づけば深海棲艦の右腕から、血が吹き始める。・・・・・・いや、腕が吹き飛んだのだ。飛んだ腕は空中をクルクルと周り、海に落ちる。深海棲艦は痛みで失った腕を押さえ、膝をつく。
「ど、どういう事デスか・・・・・・こんな事って・・・・・・」
金剛は理解が追いつかない。分かったのは、青年が何かをして、深海棲艦に攻撃を与えたとう事実だけだった。
「やっぱ、すげーな。強欲の権能・・・・・・さて、あんまり苦しませるのもあれだし、さっさと終わらせるか・・・・・・じゃあね」
青年が今度は、片手を軽く横に振る。
「ガッ・・・・・・」
そして、深海棲艦の短い悲鳴の後、胸から下が両断される。それで、終わった。
グラリと深海棲艦は倒れると、海に落ちていった。
「・・・・・・ふう」
青年は息を吐く。それを、呆然と見る金剛。
「よし、これで邪魔者もいなくなった。福音の記述通りに出来たな。うん」
満足気に頷く青年。おもむろに、青年は何やら黒い装丁の本を取り出し、ペラペラと捲る。
「えっと、まずは一つ目だな。新しい記述もないし・・・・・・とりあえず、任務オーケーって事だよな? つまりこれからは、自由行動でいいのかな?」
ブツブツと青年は独り事を言う。そして、パタンと本を閉じると、金剛に顔を向けた。
「どうやら、大丈夫そうだ。傷ついている君を、そのままにする訳にもいかないし、とにかく安全な場所まで送るよ」
「あ、あなたは・・・・・・何者なのデスか?」
その言葉を聞いて、青年は少し困ったと考え込む。
「うーん・・・・・・そうだな・・・・・・っ⁉」
突然。青年は何かに気づくと、黒い装丁の本を取り出して、本の中身を読むと、ニヤリと笑う。その笑いが、なぜか金剛にとってすごく恐ろしい物に感じた。
そして、金剛の問いに青年は答えを出した。ローブをはためかせ、胸に手を当てて堂々と。
「魔女教大罪司教、『強欲』担当。宮下(みやした)聡(さとし)」
そして、この青年・・・・・・宮下聡によって、この世界は大きく動き出すのであった。