「こちらになります」
「ありがとうございます」
「いえ。必要な物があれば言って下さい。では」
大淀は扉を閉めて退室する。それを聡は目で見送った後、改めて部屋を見渡す。
「ある程度は物が揃っているか」
ここは先程まで聡がいた鎮守府の管理室であった。本来、ここには憲兵等が在中する場所である。しかし、この鎮守府には提督と艦娘が管理しており、他の者達はいない。いわゆる、空き部屋であった。
管理室には家具が揃っており、聡が一晩過ごすには問題ない。嬉しいことにテレビもあり、時間もつぶせる事が出来る。
「拓郎提督には感謝だね」
なにぶん、聡は帰る場所がなかったのである。それを拓郎提督に伝えた所、この場所をあてがってもらった。
「そろそろ、夕食の時間だけど・・・・・・どうすればいいのかな?」
強欲の権能がある聡は、食事を必要としない。しかし、普段から食事はしっかりと取っていたので、食べないというのは何か違和感がある。その時である。
「ちーっす。食事を届けに来たよー」
「ちょっと、鈴谷! いきなり扉を開けるのは失礼ですわよ!」
ノックもなしに、いきなり扉が開くとそこには二人の少女がいた。何やら食事が乗ったお盆を持っている。
「えっと・・・・・・」
「ほら! この方も困っていますわ!」
「ええー、別にいいじゃん」
「殿方のお部屋に入るのなら、最低限の礼儀をかかなくてはいけませんわ!」
「熊野は堅いなー」
と、何やら二人で盛り上がる。それを聡は、どうすればいいのかと見ていると、
「あ、自己紹介がまだだったね。私は、鈴谷。こっちのうるさいのが、熊野だよ」
「誰がうるさいですか!」
「そういうのだよ」
「むきーっ!」
正直。聡は、「何だこいつら」という感想しか持てなかった。若干、引いていると、
「大淀さんに頼まれて、ご飯を持ってきたんだ。机に置いておくね」
鈴谷はこの部屋にある机に食事の乗ったお盆を置く。それで、用が済んだと思っていた聡だが、
「ねえねえ。金剛さんを救ってくれたって本当?」
鈴谷が聡に聞いてくる。それに対して聡は、
「本当だ。僕の力を使って、深海棲艦を倒したんだ」
「へえー、強いんだね」
「まあね。僕はサテラに愛されているから。その気になれば、この世界を滅ぼす事だって出来るんだよ」
「うわ・・・・・・」
聡の言葉を聞いた熊野がどん引きする。
「うんうん。厨二病ってやつだ」
「鈴谷! 思ってもそういう事を言ってはいけませんよ!」
「まあ、これぐらいの年代の人は誰だって煩うし。いい経験だと思うけど」
「はあ・・・・・・」
うるさい女達だな。というのが聡の正直な感想だ。あまりにも、うるさくするのなら聡にだって考えはあるが、食事を持ってきてくれた恩はある。ここは、黙っているべきだと思っていたが、
「・・・・・・で、あれが君の力?」
「力?」
「ほら、榛名さんと長門さんを模擬戦で倒したじゃん。砲撃は効かなかったし、一方的に勝っちゃったでしょ?」
「まあ、強欲の権能の力だね。僕にはそれしかないけど、僕にとって脅威となる存在はいないと言い切れるね」
「へえ、自信があるんだ・・・・・・ねえ、君って何者?」
「魔女教大罪司教『強欲』担当。宮下聡だよ」
知っている? と、鈴谷は熊野を見るが、熊野は首を横に振った。
「ま、いいや。一応、お礼を言っておくね。金剛さんを助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「・・・・・・あの時は、すごく悔しかったよ。自分の何も出来ない不甲斐なさに」
「鈴谷・・・・・・」
「本当に、ありがとう」
素直に面と向かって感謝を伝えられた聡は、あまり感謝された経験がないため、少し気恥ずかしく思う。
「でも、びっくりだよ。艦娘達の間でも噂になっているんだよね。あの人は何者だって」
「言ったじゃないか。僕は、敬虔なる魔女教徒だって」
「はいはい。分かったよ」
まるで、友達に話す様に鈴谷は言う。どこか、調子が狂うなと思う聡。
「まあ、いいや。私たちは、もう行くね。じゃあね。ほら、熊野」
「わ、分かりましたわ。失礼しますわ」
二人は部屋から退出する。そのタイミングで、早速聡は食事に手をつける。
「カレーか。まあ、好きな方かな」
そう言えば、海軍は金曜日にカレーが出るという事を聡は思い出す。色々あって忘れていたが、明日は土曜日だ。
最も、聡にとっては前まで曜日に囚われない生活を送っていた。明日は、何をしようかと考えるのであった。
「ふう・・・・・・」
風呂につかりながら聡は一息つく。ここは、鎮守府内の男湯だ。聡が住んでいた家の風呂よりも大きい。最も、四人ぐらいしか入るスペースしかないのだが。
そうして、今日の疲れを癒やしながら聡は考える。
「色々とあったなあ。サテラに魔女因子を渡されて、異世界に飛ばされた。飛ばされた先は日本だと思ったけど、似ている様で全く違う世界だった。福音書の記述通りに行動しないといけないって強制力もあるし・・・・・・さて、これからどうなるんだろうなあ」
まあ、なる様になるだろうと聡は思う。それよりも、新たな福音書の記述の方が大事だ。
「『今は、拓郎提督の指示に従え』肝心なのは『今は』って所だよなあ。その時が来たら、別に従わなくても良いって意味がありそうだし。その場合は、新たな記述があるのかなあ」
まあ、福音書の記述の真意など本当の意味では聡には分からない。ただ、福音書には『幸福』が訪れると言う。原作のリゼロで、その様な事が書かれていた。最も、
「サテラの幸せは、僕の幸せだ。サテラと福音書が繋がっている以上、僕はその通りに行動するだけさ」
それ以上でも、それ以下でもない。そう改めて考えている時だった。
「お、聡も入っていたのか」
拓郎提督が風呂場に入ってくる。聡は、「ええ」と答えると。
「今日は色々と疲れただろ?」
「ええ、まあ」
そんな会話をしながら、拓郎提督は体を洗うと、
「隣いいか?」
「どうぞ」
浴槽に入ってくる。聡は少し隣のスペースを空けた。
「ふう・・・・・・」
拓郎は肩まで湯船につかると、一息もらした。両手でお湯をすくって、自分の顔に浴びせる。そして、拓郎は聡を真っ直ぐ見ると、
「・・・・・・聡」
「何ですか?」
「俺の方でも色々と考えたが・・・・・・やはり、君の力を借りたい」
「いいですよ」
拓郎の言葉に即答する聡。拓郎はその反応に苦笑いすると、
「いいのか? 君が俺に力を貸すと言うことは、表舞台に出る事になる。深海棲艦に唯一対抗出来る人間としてだ。お前は困らないのか?」
「特に」
「なるほどな。剛胆なやつだ」
拓郎は笑う。それに対して聡は、
「あなたが、『指示』するのであれば、僕はそれに従います。それ以上でも、それ以下でもないです」
「・・・・・・それが、君の言う『福音』だからか?」
「そうですね」
「君の言っている事は正直、突拍子もない事だ。突然、異世界に飛ばされ、不思議な力を与えられた。福音の記述の下、それに従わないといけない。ただ・・・・・・」
「ただ?」
拓郎が言いずらそうにする。しかし、拓郎自身は言わなくてはいけない。
「聡は・・・・・・自分を見失っていないのか?」
「・・・・・・」
「これだけは言わせて欲しい。気に触るのはもちろん覚悟してだ。君が与えられている役割のせいで、自分自身、何をして良いのか分かっているのか? 自分の意思を殺してまで、それを成し遂げないといけないのか?」
聡は似たような事を、金剛に言われたことを思い出す。
『あなた・・・・・・演じていますよね?』
しかし、拓郎の言葉を聞いても聡は揺れ動かない。なぜなら、
「魔女教大罪司教『強欲』担当。宮下聡ですからね。僕自身、福音の記述があれば、正直他はどうでもいいですからね」
そもそも、ここで怒った方がいいのだろうか。と、聡は思ったが、拓郎の真剣な問いに同じく真剣に答えなくてはいけない。
そう。聡はいたって真剣に答えた。しかし、拓郎は残念そうな顔をして、
「そうか・・・・・・悪い。俺はそろそろ上がるよ。明日から忙しくなる。今日は、ゆっくり休んでくれ」
拓郎はそう言うと、浴槽から出て風呂場を後にする。
「・・・・・・自分を見失うか」
聡が小さくつぶやいた言葉だったが、風呂場なので、酷く反響するのであった。