ミホライとあの子が同じチームだったら   作:皆夢の月虹

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二人とトレーナー『真剣勝負』

 

 

     ♢

 

 

目覚まし時計のアラームが響く。右手を伸ばしてアラームを止めて、すぐに隣のベッドを見る。ニシノフラワーさんは起きている様子はなく、私に背中を向けていた。

 

静かにベッドから起き上がり、軽い朝食を取ってから洗面、歯磨き、寝癖直しと朝のルーティンをこなし、部屋でジャージに着替える。朝練の準備を整えて寮の出口へと向かった。ドアを開ける時も廊下を歩く時も慎重に。寮を出るまでは物音を最低限にするのが最重要ミッションである。

 

ようやく玄関まで到着して、ウマ娘用のランニングシューズに履き替える。蹄鉄が緩んでいないか、靴紐に問題はないかとチェック項目を確認していた時だった。

 

「おはよう、ブルボン」

 

声を掛けられ顔を向けると、寮長のフジキセキさんが立っていた。少しゆったりとしたティーシャツにショートパンツの寝間着姿だが、整った容姿で優しく微笑んでいる為か見栄えの良さが目立っていた。

 

「おはようございます。フジキセキさん」

 

「今日も精が出るね。これだけ努力できる子はトレセン学園でも珍しい方だ。 君のデビューが私も楽しみだよ」

 

「ありがとうございます。ところで、何かご用でしょうか?」

 

「おっと、ごめんね。君にお手紙が届いているんだ」

 

「手紙、ですか?」

 

フジキセキさんは私に封筒を差し出してきた。そこには少し丸い丁寧な字で『果し状』と記されていた。

 

「果し状。目的の相手に渡し、勝負する事をオーダーするものと理解しています」

 

「君はそれだけ周囲からライバル視される存在って訳だね。君の机に置いておくから、後で読んでみるといいよ」

 

「了解しました。ありがとうございます」

 

「それじゃ、頑張ってね」

 

フジキセキさんは手を振って背中を向ける。その背中を見つめて少しばかり考えた後、私は彼女を呼び止めた。

 

「すみません。フジキセキさん」

 

「ん? なんだい?」

 

微笑みはそのままに振り返ったフジキセキさんに、私は首を傾げながら聞いた。

 

「どうしてそんな楽しそうなのですか?」

 

するとフジキセキさんの目が少しだけ開いたように見えた。けれどすぐ元に戻り、彼女は吹き出すように笑った。

 

「顔に出ていたか。私とした事が失敗だね」

 

「もしかして、その果し状と何か関係が?」

 

「イエスとも言えるしノーとも言えるかな。当たり前だけど中身は見てないからね。何が書かれているかまでは知らない。でも、この果し状は私が受け取ったから差出人は知ってる」

 

フジキセキさんは手に持った果し状を示す。それから、またとても楽しそうに微笑んだ。

 

「だからかな、何だかとても素敵な事が起きる予感がするんだ」

 

予感と言いながら、フジキセキさんの顔にはどこか確信めいたものがあった。一体あの果し状は誰から渡されたのだろう。

 

それからフジキセキさんと別れて私はトレーニングに向かったが、数パーセントほど集中を欠いた。

 

 

―――――

 

 

朝のトレーニングを終え、シャワーを浴びて部屋に戻ると、ニシノフラワーさんの姿は部屋に無かった。植えている花のお世話に行ったのかもしれない。

 

よいタイミングだと思い、私は自身の机に置かれた果し状を見つけると、丁寧に封を切って中身を取りだしてみた。便箋が一枚だけ入っていた。

 

『ミホノブルボン様へ

日頃からお世話になっています。ライスシャワーです。

突然このような物をお送りしてしまい大変申し訳ございません。封筒にもある通り、  この度はブルボンさんに果し合いを申し込みたく、ご連絡をいたしました。つきましては、本日の夜十八時頃、日暮れのタイミングでグラウンドにお越しいただけたら嬉しいです。もしお忙しい場合は、お手数ですが私に連絡をいただけると助かります。基本自分の教室にいると思いますのでお声がけください。よろしくお願いします。

ライスシャワーより』

 

いつの間にか頬が緩んでいることに気がついた。封筒の文字と同じ丁寧で読みやすい字、その上果し状と言うには随分と物腰柔らかな文面に若干の齟齬があり、それが可笑しかった。果し状というより、友人へのお手紙と例えた方が正確な気がする。所々に前の文字を消した微かな跡があることからも、精一杯言葉を選んで書いてくれたのだろう事が伺えた。

 

しかし、一体どう言う事なのだろう。ライスシャワーさんの印象からしても余りこういう事をされる方には思えない。まだ出会って二日目だからデータが少ないのは間違いないが、彼女の独断行動とは思えなかった。

 

だとすれば、誰かがこの果し状を出すようにとライスさんに進言した人がいるはずだと思った。その人物はすぐに思い至った。

 

「ライスさんのトレーナーさん……」

 

呟いて、おそらくそれは間違いないと分析する。後はどうしてこんな事をしたのかということだが、それは約束の時間にあって聞けば良い事だと考えた。ライスさんのトレーナーというだけで、まだ話したことも会ったこともないが、多少の信頼をその方に私は抱いていた。

 

便箋を綺麗に折り畳んで再び封筒の中にしまった。その時に部屋のドアがノックされた。

 

「どうぞ」

 

私がドアの向こうに言うと、ドアが開いて向こうからフラワーさんが入ってきた。

 

「ブルボンさん。戻ってたんですね」

 

「ええ、つい先ほど。ニシノフラワーさんは、お花のお世話でしょうか?」

 

「はい! もう少しで花開きそうな蕾があって、すごく楽しみなんです」

 

いつもニコニコとしているフラワーさんだが、好きな花の話になるとその笑顔がさらに輝いて見えた。見た目や雰囲気も相まってか、どこかライスシャワーさんの面影を感じた。

 

「フラワーさん、今日は帰りが少し遅くなるスケジュールに変更するので、よろしくお願いします」

 

「そうですか。分かりました。トレーニングですか?」

 

「いえ――」

 

私は首を振ってから言葉を続けた。

 

「果し合いです」

 

「え?」

 

フラワーさんはその丸い目をさらに丸くさせていた。

 

 

     ♢

 

 

夜のグラウンドには既に照明が灯り、昼間とは打って変わって静寂が辺りを包み込んでいる。夜間に訪れるのは初めてではないが、目的の違いからか僅かに気持ちが高揚しているのを検知した。

 

グラウンドに視線を落とすと、ライスさんはすぐに見つかった。隣にはおそらく彼女のトレーナーであろう男性が立っていた。こちらが下りていこうとすると、二人は私の事に気が付いたようでライスさんは手を振ってきた。私は少し急いでグラウンドへと下りた。

 

「ブルボンさん!」

 

「お待たせしました、ライスさん。それと、ライスさんのトレーナーさんでよろしかったでしょうか?」

 

「うん、こうして話すのは初めてだね。よろしく、ミホノブルボン」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「ご、ごめんなさい! 急に呼び出したりなんてして」

 

ライスさんのトレーナーさんに軽く会釈すると、ライスさんが、隣から謝罪をしてきたので今度は首を振った。

 

「問題ありません。元々個人での夜間トレーニングを計画していましたので、それがライスさんとの合同トレーニングに変わっただけです」

 

「ご、合同トレーニング?」

 

首を傾げるライスさんの様子を見て認識違いをしたかと考え、私は確認のため再び聞いた。

 

「果し合いを希望との事でしたので、私達ウマ娘にとっての果し合いということから、一対一での模擬レース、と判断したのですが」

「あ、そっか。ライス、模擬レースはトレーニングというより実戦って気持ちだったから。ブルボンさんにとっては、あくまでトレーニングなんだね」

 

「はい。私にとって実戦というのであれば、トゥインクルシリーズのレースがそれに該当します」

 

私がそう返すと、ライスさんは優しい笑顔を浮かべた。

 

「やっぱりすごいなブルボンさん。ライス、まだ誰かと一緒に全力で走るってなると緊張しちゃうのに」

 

「いえ、トレーニングを本番と想定して行う事は良いことです。ライスさんの考え方はとても参考になります」

 

「そ、そんな。ライスなんてただ弱気なだけで……」

 

「私の方こそ、トレーニングの向き合い方がライスさんよりも甘く――」

 

「二人とも、そろそろ話を進めていいかい?」

 

私の言葉を遮ってライスさんのトレーナーさんが聞いてきた。その表情は少し苦笑をしているようだったが、声音はとても穏やかだった。

 

「あわわ、ごめんなさいトレーナーさん! つい!」

 

「謝ることじゃないよ。ほら顔上げて。改めて今からする事を説明するから」

 

トレーナーさんの口ぶりからやはりと思い、私も続けて口を開いた。

 

「今回の件は、やはりライスさんのトレーナーさんが考えた事ですか。果し状を見た時、そう予想しておりました」

 

「それなら話が早いね。ブルボンの言う通り、これから二人には模擬レースをしてもらいたい」

 

トレーナーさんが私とライスさんの顔を交互に見ながら言った。チラリとライスさんの顔を見るといつの間にか真剣な顔に変わっている。どうやら模擬レースのことは聞かされていた様子だ。

 

「了解しました。それで、距離などの条件は決まっていますか?」

 

私の質問を聞くと、トレーナーさんは待っていたかのように口角をさらに少し上げた。そして少しだけ勿体つけたような声で言った。

 

「芝、右回り二○○〇メートルだ」

 

私は少しだけ息を呑む。芝の右回り二○○〇メートル。当然それはクラシックの初戦、皐月賞の条件だ。自分の夢の第一歩であり、最初にしてとてつもなく大きな壁だ。

 

私の様子を見たトレーナーさんがさらに言葉を続けた。

 

「色んな所から聞いたよ、ブルボン。三冠ウマ娘になるのが夢なんだね。自分がどれだけスプリンターとしての才能があろうと」

 

私は間髪入れずに頷いた。

 

「はい。クラシックレースへの出走はどうあっても変更不可能です」

 

「そうか、でもねブルボン。君が断ってきたトレーナー達の言う事は間違いなく正しいよ。短距離路線なら君はほぼ間違いなく大成する才能を持っている。それを捨てるには余りにも勿体ない。分かってくれているとは思うけど、俺達は決して意地悪をしている訳じゃない。現実に寄せた話をしているつもりだ。それが俺達の仕事でもあるからね」

 

「……つまりトレーナーさんも、同じ意見という事ですか」

 

心中が陰る。ついトレーナーさんの顔から視線を外し俯いた。昨日からもう何度も聞かされた言葉がよぎる。短距離路線。才能。勿体ない。現実、現実、現実。

 

そんな事、言われなくてもずっと昔から理解していたことだ。それでもトレセン学園なら、例え一人であったとしても、応援してくれる誰かがいる。私と父の夢を一緒に追いかけてくれる誰かがいる。何も根拠なく信じていて、今日まで見つけてもらおうとしていたけれど……。

 

誰も、いない。

 

無意識にジャージを握り締めていた。もう季節は春から夏へと変わり始めているのに一つ吹いた風は冷たかった。

 

すると、視線の外、上の方からトレーナーさんの声が降ってきた。

 

「いや、俺は君に夢をめざして欲しいと思ってるよ」

 

「……え?」

 

思わず顔を上げた。優しく静かに笑っているトレーナーさんがまっすぐ私を見つめている。彼の言った言葉が前後の内容で繋がらず、少し理解が遅れてしまう。

 

「申し訳ありません。理解が少し追いつきません。どういう事でしょうか」

 

「あくまで俺一人の思いとしては、君には夢を追いかけて欲しいと思ってる。でも、それが生半可な気持ちで言っているだけならば、俺はトレーナーとして間違いのない選択を勧めなければいけない。君の事を応援すればいいのかそうでないのか、今日はそれを直接確かめたかったんだ。君の思いがどれだけ強いのかを見たい」

 

「私の、思い……」

 

再び視線を下に、手を胸へと持っていく。私の夢は絶対に捨てられない必須条項だ。間違いなく思いは強いと言い切れる。けれど、それはあくまで私の主観だ。この思いが周囲から見れば強いとは言い難い可能性だってある。いや、むしろそうだったからこそ、私の思いは誰にも届かなかったのではないだろうか。

 

「ブルボン」

 

トレーナーさんが私を呼ぶ。顔を上げてそれに応えた。

 

「君がどれだけ本気でその夢を追っているのか、どうか俺に見せてくれないか?」

 

芝二○○〇メートル。正直、走り切れるイメージはまだ湧かない。少しずつ走れる距離を伸ばしている今の私にとっては未知の領域だった。

 

でも、初めてだった。今まで私の夢なんてすぐに否定されていた。けれどトレーナーさんは私の夢を応援してくれようとしていた。私が本気であるならば。口下手な私が言葉で本気を伝えるのは正直難しい。でも私の走りで本気を伝えられるのなら、今度こそ、届くかもしれない。私と父以外の誰かに。

 

「……分かりました。走ります」

 

首肯して見せると、トレーナーさんは少し口角を上げて頷き返した。

 

「よし、じゃあ二人とも、準備してくれ。一対一の真剣勝負だ」

 

真剣勝負と言われ、自然と目がライスさんの方を向く。彼女も私の事をじっと見つめていた。その瞳に力が込められていた。応えるように私も顔を引きしめ直した。

 

 

     ♧

 

 

教室のドアを静かに開ける。鍵をかけられる前で本当に良かった。よりにもよって明日提出の宿題ノートを学校に忘れるとは、あたしも耄碌しただろうか。なんて言うと絶対お年寄り達に怒られるだろうけど。

 

窓側の一番前にある自分の席のところまで行き、机の引き出しを確認する。案の定ノートが一冊だけポツンとそこに残っていた。鞄にしまう際、見事にこいつだけ掴み損ねたようだ。あたしは宿題ノートを取り出して鞄の中に今度こそしまった。とりあえず無くなっていた訳ではなくて安心した。

 

安堵の息を漏らすと、何の気無しにあたしは窓の外を見た。窓際席の習性か、時折こうして顔が窓の外を向くことがあった。もちろん普段は何を見るでもないのだが。

 

しかし、その時は違った。窓の外にはグラウンドが広がっていて、よく見ると誰かがいるのが分かった。ウマ娘が二人と大人の人が一人。ウマ娘の方は片方がミホノブルボンだと言うことだけ分かった。順当にいけば、私と同期になるだろう才気溢れるウマ娘だ。大人の人はおそらく男性だからトレーナーだろうか。ブルボンはスカウトを断ったと聞いているから、もう片方の子の担当か?

 

すると、ウマ娘の二人はグラウンドで並び、そして出走時の構えを取った。今から模擬レースをしようとしているのだと理解する。

そろそろ帰らないとまずいのだが、あたしはどうしてもその二人から目が離せなかった。理由は正直分からない。ただ、見なきゃいけないと何故かそう思った。

 

窓に手を付けて張り付くように二人を見つめる。少しそのまま待っていると、二人は同時に走り出した。

 

 

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