医務室ではお静かに。   作:一般適合者

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モチベは無いけど胸の歌はあるんですよね



その11

「姉さん……ですって?いいえ嘘よ。セレナは死んだの、あの日あの場所、私の目の前でッ!」

「死んでないわ、こうして目の前にいる」

『マリア、調と切歌を向かわせます。二人の到着までに片付けなさい。セレナの生存確率は極めてゼロ。仮に生きていたとしても、今まで訓練してきたあなたの敵ではないはずです』

(分かっているわマム。確かに偽物かなんてどうでもいい……今は目の前の邪魔者を排除する。それこそが私の、フィーネとしてのマリアの役目だものね)

 

 黒いガングニールを身につけマントを靡かせて、今にも崩れそうな覚悟と共にマリアはステージに立っていた。胸の中から溢れる歌は途切れることなく旋律を重ね、本来の役目を果たさんとノイズへ向かおうとしている。槍を握った手に力を込め震えを収める。その震えが果たして何なのか、彼女はその正体も知らぬまま。

 空元気、理解していても悟られてはならない。黒に染ったのは妹も同じこと、武装もしていない身軽な彼女では及びもしないだろう。その拠り所を補強するように胸を張り、立ち向かってくるセレナを鼻で笑ってみせる。

 

「テロリズムに手を染めた姉の姿に、あの世でセレナも失望したのかしら?過去の亡霊が私に挑んでくるというのなら──この槍で貫くだけよ。生身の人間がシンフォギアに勝てると思って?」

「そうね、姉さん。確かに私は亡霊のようなものよ。あの日あの場所、姉さんの目の前で死んだはずだったのだから」

「なら、どうして今更ッ!」

「くっ、危険だ!」

 

 飛び出そうとする翼を手で制し、小夜──セレナが突っ込んでくるマリアに向けて左半身を引く。ゆっくり上げた両腕は肩ほどまでで拳を握り、太極拳のようにも見える。身体の芯がブレることはなく、開かれた瞳はただ只管に姉を貫いて逃がさない。

 どこか振り切れたように槍を突き出すマリアの動きを見定めるため、彼女はただ静かに待ち続ける。瞬き一つで極限の集中状態へ移行して、引き伸ばされた体感時間でも普段と変わらず動いてみせた。槍の行く場所、マリアの全身の動き、舞い踊るマント、そしてこちらへ向けられた両眼。どれも遅延して感じられるからこそ、思考にノイズが走ってしまう。

 

(判断材料が不足していますね、姉さんの真意が見えない。私が死んだから世界へ復讐を誓った、そんな覚悟は無い。かといって全てを諦めて私の蘇生を試みているような夢想家でもない。であるなら、やっぱりこれは……)

「消えなさい、セレナを騙る偽物!」

「──偽物なんかじゃないわ」

「これはなんと、白刃取りッ!」

「止めたというの、ガングニールを……」

「ッ、今です翼さん!逃げてください!生きた私の役目があるのなら、それは今この瞬間!姉さんのことは私が止めます、どうか信じて!」

「……承知した」

「逃がさない、くっ!」

 

 風を切り払いながら突き進む烈槍を、セレナは肘と膝で挟んで掴む。万力に挟まれたような抵抗感に、マリアは振り払えないまま動きを止めた。刹那の見切りを成功させ、あまつさえシンフォギアとの力の差を埋めてみせた動きに動揺したか。後ろにて声を上げる翼を舞台袖へと退避させつつ、動きが緩慢なマリアに蹴りを叩き込む。

 

「あなたの相手は私です」

「なるほどね……随分と洗練された動きだわ。けれど人質を取っているのはどちらか忘れた訳ではないでしょう?()()()()()()()()命令ひとつでノイズは虐殺を始めるのよ」

「マリア姉さんが、フィーネ?」

「そうよ」

 

 自信満々ではないが、それでも確信しているような口ぶりで告げられた言葉に、セレナは言葉を失った。フィーネは死んでなどいない。レヴィと離れ一人で調査し続けた彼女だけは真実へ辿り着いていた。今もフィーネは生きて二課に協力し続けている──なるほど、ルナアタックの後に動きが素早かったのはその為だったということか。

 それを知っているからこそ表情は変わらない。ソロモンの杖でしかノイズを操れないというのなら、今すぐ襲いかかるという真似はできないだろう。岩国基地での一部始終を直接見ている彼女は、現在の杖の所有者を知っている。その持ち主の性根がイカれているということも。

 

(ようやく見えてきた。乗せられている、というわけかしら。それとも自分の意思で?あの優しい姉さんがこんなことをするとは思えないけれど、フロンティア計画の立案と実行は──)

「考え事とは、余裕ね!」

「だからこそです」

 

 再び、槍は受け止められる。神をも殺す槍であっても届かない、目の前にいる妹の亡霊ですら払い除けられない己の弱さだろうか。過ぎった弱音は振り払い、三度突き出した槍は遂に見切られ蹴り飛ばされる。転がっていく槍よりも吸い込まれた視線は、セレナが胸元から引き出した鎖の先にあるものにある。それはいつしか無くした、セレナの形見のペンダントそのものだった。

 

「なら尚更にあなたを止めなければならないわ姉さん。ルナアタックの英雄たちのように、私もまた力を持っているのだから!」

「それは、シンフォギア……まさか」

 

 

 

「Seilien coffin airget-lamh tron──」

 

 

 

 向かい合う姉にとっては忘れられないだろう原風景を見せつけるように、セレナが高らかに詠い上げた言葉。胸元から迸った光は世界を銀に照らして彼女の姿を白く染め上げた。花のように身体に宿って開く輝きが明け、閉じた目を開けた時。決意に満ちた彼女は左腕から剣を引き抜き空へと高く掲げてみせる。

 膨れ上がったエネルギーを剣に変えて、天より落ちるは銀の雨。瞬きの間にノイズを消し飛ばしてみせた彼女の姿は、対峙するマリアの姿と相まって天使にも見えたという。白と黒、相反する色を身につけた二人が姉妹であるとは、なんたる運命であろう。おおブッダよ、寝ているのですか。袖より呟く翼は漫画も嗜む年頃なのである。

 

「まさか──!」

「それ以上突き進むというのなら──」

 

 炭と消えるノイズの残骸を腕の一振で起こした風にて打ち払う。光の粒子になって崩れ去っていく銀の小太刀は、観客を守るように出口への道を切り開いてみせたのだ。逃げ惑う人々が見上げる背中は、逆光にてその顔を見ることはできずとも力強く慈愛に満ちていた。

 あれは確かにセレナなのかもしれない。光に照らされる相手を見て、マリアはそう思った。空から舞い降りた調と切歌が駆け寄ってくるのを見ている目元は、自分に向けるものより随分と柔らかかったから。だがそれも一瞬、再びセレナの視線は己を射抜いて逃がさない。

 

「──私は、あなたの敵になる」

「マリア!これを!」

「ここは一旦退くデスよ!」

「調さんに、切歌さん……久しぶりとは、言ってくれないのね。武装組織『フィーネ』に所属しているのが一体誰なのか。足りなかったピースが噛み合っていく気分というのはこういうものなのかしら」

「セレナ、私は……」

「であるなら、皆さんをまとめて捕縛します。その後私も然るべき報いを受けるつもりですが、今はこの場を収めることが優先ですからね」

「マリア、逃げなきゃやられる。セレナは本気だよ」

「正直勝てる気しないデスけどね……」

 

 ゆらり、と一歩を踏み出しただけで背筋が凍る。あれは嘗て柔和な笑みを浮かべていた妹ではない、自身の往く道を阻む障害である。そう切り替えたマリアは震える脚を叩き、手渡された槍を携え進む。人質を取るという手段に出たというのに、圧倒されているのはこちら側。先程見せた動きから容易に理解できるが、撤退させてくれるような隙があるとは思えない。

 

「来るか!」

 

 彼我の間合いは数メートル。シンフォギアであればあってないような距離感だ、アームドギアの長さとしてもこちらが有利だろう。そう判断してマントを操りつつ機を窺う。確かにセレナは強く見えるだろうが、ギアを使った訓練量で言うのであればマリアの方が長い。セレナを視界に入れながら、マリアはゆっくりと足を動かして飛び込む姿勢へ身構えていくのだが。

 

「そうですねぇ」

「格下と見るから──ッ!」

 

 ふと、セレナが右手を振る。なんでもないような、虫を払うかのような動きだ。むしろ隙を見せたのなら好機。右脚に込めた力を解放させようとした瞬間、感じた悪寒に従い槍を構えた。攻めるのではなく守り、なぜ即座に腰を落としたのかは自分でも理解できなかったが──マリアの視界に映っていたのは、空。遅れて衝撃と激痛が襲いかかってくる。脚と背中、ほぼ同時にやってきた痛みは彼女の顔を大きく歪めるに十分だった。

 

「が、あッ!」

「防がれましたか」

 

 何が起きた?為す術なく叩きつけられた身体を起こそうとして見たのは、セレナの右手から伸びている蛇腹剣だ。それはちょうどマリアがいた位置、セレナの足元にゆらりと揺らめいている。姿勢から察するに、脚を取られ蹴り上げられたらしい。1秒にも満たない時間で、同時に叩き込まれたとでも言うのか。マリアは驚愕と共に、ゆっくりと脚を下ろすセレナを見上げていた。

 初速がどれだけ速くても、突っ込んでくるのなら対応はできるだろう。そうタカをくくって甘く見ていたのは己であった。マリアは自分の未熟と浅慮を悔いた。肩幅に開いたままだったセレナと、右足を前に構えた自分ではこちらが有利だったはず。だが現状はどうだ?相手は数メートルなら致死圏内と言ってもいい。手加減されていなければ死んでいた、槍の柄に走る一筋の傷が物語っている。

 

「槍を構えて正解でしたね、姉さん。私よりも実戦経験が豊富と見ましたが、やはり。直感的なものはまだ及ばないようです」

「マリアに何をしたデスか!」

「今の二撃で意識を奪うつもりでしたが、上手く防がれてしまいました。大人しく降伏してくれると、穏便に済みますよ」

「いくらセレナでも、許せない……!」

「そう、ですか」

 

「では、行きます」

 




「いい所で切ったなあ、週刊誌なら来週のが気になって仕方ないくらいのタイミングだぞ?」
「よく分かりませんが、テレビ放送のCMに入るタイミングのようなものでしょうか。あれは本当によろしくないですね」
「ま、仕方ねぇわな。必要なもんだから」
「ところで、これってCMなんですか?」
「絶対違う」
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