医務室ではお静かに。 作:一般適合者
『翼さん!』
『立花、下がれ!』
『二人がかりでもいいんだぜ?あたしは!』
カメラの向こう側で刃と拳を交えるのは、まだ青いと言える女の子達。なんという運命の悪戯だろうか。藤堯朔也は深く長い息を吐いた。モニタリングの手と情報を入れる頭脳を止めることはなく、ただ気持ちを切り替えたいだけだったのだ。それは隣に座る友里あおいも同じこと。司令は腕を組んだまま微動だにせず、その表情は伺い知れない。間違いなく無力感は感じているだろう。
いくら響が熱血系少年漫画主人公だったとしても、相手は女性。それも自分とそう変わらない年齢なのだ。考え無しに拳をぶつけるほど猪突猛進な思考はしていない。はず。やや心配になってきた司令室が見上げる先、轟音を響かせながら戦っているのは銀の鎧を纏う少女──雪音クリスと響だった。翼さんはどこに?周りのノイズを蹴散らしていますとも。
『ちょっ、おま、待てって!』
『待たない!君がノイズを操り皆を危険に晒すと言うのなら、私が君を止めてみせる!私は立花響!君の名前は!』
『なんっつー馬鹿力……!あたしだってやりたい事のためにやってんだ!お前みたいな頭ん中お花畑の馬鹿とは違うんだよ!その為ならいくらでも手を汚して……やる!』
『ノイズが多い……だとしてもッ!』
『任せろ立花!』
クリスにとって想定外だったのは、翼と響の連携力の高さ。あの日文字通り『拳を交えて』会話した二人だからこそできた信頼関係と、その上に成り立つ無言の連携はノイズを軽々と蹴散らすに至る。面制圧力に足けた翼の天羽々斬と、一点突破に特化した響のガングニールはノイズを障害とも扱わないのだ。
結果、ノイズを街の方へと操り翼を分断し、時に補充しながら突っ込んでくる響に対応して響を連れ帰る。誰がどう見ても鬼のような難易度のミッションを遂行する羽目になるクリスは内心半泣きだった。取り繕った外面も、容赦なく顔面を狙って放たれる拳の前に崩れそうになる。
『おま、顔はダメだろ顔は!』
『大丈夫。当たっても治るんでしょ、その鎧。なら君が名前と心の中を教えてくれるまで私は止まらない!私の手は、みんなと繋ぐためにあるんだから!』
『そうだ立花!私の心を溶かし暖めてみせたお前ならばきっとできる!銃後は私に任せ、前だけを向いて突き進めッ!』
『はい!』
翼と響の信頼関係は、まだ出会って日が浅いというのに随分と固く結ばれているようだ。なんでって?拳を交えたら分かります。純粋無垢な気持ちで言い放っているだろう響の顔が想起され、オペレーター達は遠い目をした。確かに言葉を交わすよりそっちの方が早いのかもしれない。弦十郎もややそっち側のケがあった。もう終わりだ。慎次は頭を抱えた。
素人とは思えない体捌きとキレのあるパンチは幾度となくネフシュタンの鎧を砕き、再生の痛みにクリスの動きを鈍らせる。聞いてた話と違います?いやいやクリスさん、これが現実です。だから大人しくしてください。
『そう簡単に──止まれるかっての!』
『ん、待って!』
『待てと言われて待つ奴がどこにいるッ!やってられるか、こんな所で負けられねぇんだから……!』
ノイズをこれでもかと召喚したクリスが大きく跳躍し、響たちから離れていく。撤退するつもりだろう。いかなる方法でかノイズを操ることができるとするなら、彼女を捕らえることこそ事件解決への近道。手を貸せ、響の名を呼んだ翼がそう叫ぶと刀を構えて走り出す。辺りにはノイズが残っている。それでも尚、翼はクリスの捕縛を目指している。だとするなら、自らがすべきは翼のサポートである。響は自分の役割を理解していた。
あの日ライブ会場で生き残ってからというもの、彼女の心はゆっくりと死んでいくばかりであった。周囲からの誹謗中傷に耐えきれず、命を絶とうと彷徨う日々。そんな日々に終止符を打ってくれた人が居て、その人と出会ってから自分は変わることができた。泣きじゃくる響の話を聞き、『君ならできる』と背中を押してくれた恩人のため。
『
『翔べ、天羽々斬ッ!』
『なんっだ、そりゃあ!?』
まずは一人。響は、クリスのことが少し理解できた気がするのだ。助けを求めながら一人で泣いている、ただの女の子だと理解できた。ならば後は手を伸ばし、心に触れるだけなのだ。悔しいが、今の自分一人ではこの拳は届かない。あまりに遠いその距離を埋めるとするならそれは──翼の役目だろう。重ねた両手から翼を射出し、弦十郎に教えを乞うことにした響だった。
●
「思ったよりも響さんの成長が早いですね、本当につい最近まで一般人だったんですか?」
『らしいですよ?次はデュランダルの護衛任務ですって。飛鳥さんが居たらなぁ、ってぼやいてましたよ?』
「おお、それはそれは……人手不足なんですね。私が居なくたって業務は回るはずなんですが?」
『本当に』
響さんと翼さんが大変なことになっているそうですが、私は今のんびりと空港を歩いています。スーツ姿に結った髪はキャリアウーマンに紛れていること間違いなしです!え、何故って?そりゃあ欧州へ行くためです。直行便も取れたことですし、つくづく運が良い。
そう思いたいんですが……小夜ちゃんからの通信を置いて周辺を探ってみますと、いるわいるわ。後ろに四人、前から歩いて来る集団の中に二人。小夜ちゃんの潜入がバレたって報告から随分と動きが遅かった。あの弦十郎司令が見え見えの不審者を放置しておくでしょうか?やや心配になったのですが、恐らくこれは彼自身の甘さが露呈したもの。小夜ちゃんが私と繋がっている、そう確信した瞬間に指示を出して私を捕らえるべきでしたね。
『大丈夫なんですか?』
「なんとかなるでしょう。多分?」
『あなたがそんなだから響さんがあんなことに……』
「いやいや待て待て待ってください、あれはどう考えても私じゃないでしょう。確かに私は自他ともに認める人でなし、適当なことを言ったりしますけど彼女と出会ったのはあの瞬間が初めてですよ?」
『ウソですね』
「やだなぁ、そんなまさか。鳥並の記憶力だとでも言いたいんですか?しまいには泣きますよ」
周りから見た私は、ただにこやかに電話しているだけに見えるだろう。近付いてくる気配は全てマークしているけれど、まだ未熟。本物はもっと近付くまで対象に悟られることなく任務を遂行できますからね。化け物レベルになると日常生活の一部みたいにターゲット暗殺とかしてきます。ああ怖い。
なので私も私なりに自衛しようと考えた訳だ。ガラガラと引くスーツケースの中には私の研究資料が満載されている、まあ最悪私が無事なら中身がどうなったとて問題ない。夜逃げみたいに見えるのはご愛嬌。データ保存してない以上こうなるのも当然なんですよね、データはハッキングで盗まれたりしますし。だから記憶力を鍛える必要があったんですね?
「それじゃ、また後で」
『はい、待ってますよ』
電話を終え、搭乗口へ向かう足を早める。音を立てるスーツケースが煩わしいので持ち上げながら、かっちりと着込んだスーツのポケットに手を突っ込んだ。中に収められているモノを確認しトイレへと身を躍らせた私は個室の扉を閉めて息を殺す。スーツケースは置いてきた、おそらく私の計算が正しければあちらを持っていこうとするはず。
「二兎を追う者は一兎をも得ず、日本の諺です」
呟いてすぐ、スーツケースに仕掛けられたスモークグレネードが起動。私以外が触れると起動するようになっていたのですが、案の定ですね。高速で撒き散らされた煙と書類はターミナルの一角を覆うに十分で、その衝撃は搭乗待ちの客を混乱の渦に叩き込む。
尾行していた人員がどの技量なのかは分かりませんが、この混乱と煙では私の姿など捉えられないでしょう?するりとトイレから抜け出して、慌ただしくなった空港の中を小走りに移動していく。客に紛れた方が私としてもやりやすい。
「すみません、職員です」
そう言って駆け抜けた私は煙に紛れて消えていく。向かう先は、目的の便……とは違うもの。滑走路で加速を始めたフランス直行便です。最初から私が泳がされていたなんて想定済み、凡人だからこそ最大限の備えは必要ですからね。
ポケットから取り出した結晶を割ろうとした時、後ろから近付いてくる誰か。厄介事は本当にゴメンですけれど、こうなったら仕方ありませんよね。髪を解き急停止して振り向いた先には、こちらへと走ってくる黒い服の人達が三人。私ってば人気者、そうやって呟きながら手を握る。
「待──!」
「有給バンザーイ!待遇改善!」
目の前が光に染って消えた後、瞬きすれば私は岩に囲まれていた。
「あれぇ!?私の優雅なフライトは!?」
高山地帯にいる、そう理解してから軽い浮遊感と共にやってきた風の勢い。あまりに強いそれに為す術なく、私の身体は吹き飛ばされそうになった。やめてよね、私一人がこんなところに放り出されて無事でいられる訳ないでしょう!
「何らかの方法ですり替えられた、もしくは裏切り者?いえ……っく、随分と風が強い!私はただの医者なんですけども、そこんとこどう思いますか風さん!どうでもいいなんて言わないでね!」
ふざけているけど抵抗はしない、むしろ目的地に向かうのであればこのまま風に"乗った"方が都合がいい。ほぼ全体重をかけて向き合っていた、吹き降ろす風に私は身を躍らせる。要は長いジャンプを繰り返していく様なもの、既にヒールのピンはへし折った。荒れる大気を切り裂くように、私の身体は斜面を舞い降りていく。
「現在位置はおそらく欧州、腕時計との時差を考えるとここは……アルプス山脈だったりしますかね?あの街には見覚えがありますし、何より『彼』が言っていた景色に一致します。それにしたって随分と手荒な歓迎になってますね、嬉しくて涙が止まりません」
「派手に登場、風に乗り空を翔るか異邦人」
「うわ、どなたです?」
「マスターからの命だ。お前を迎えに来たぞ飛鳥・レヴィ・オウス。お前の医療技術が欲しいとか」
300メートルほどをひょいひょいと跳躍して下山した頃、私の隣に現れたのは派手な服装と髪色をした……自動人形でした。関節を見ればすぐに分かりますが、これは見事な自動人形です。今すぐにでも解剖して調べたいところなんですが、そうも呑気なことは言っていられない様子。
早い話がスカウトですね。私のような凡人なんて本当に必要なのかは分かりませんが、ともあれ力を貸して欲しいと言われたら嬉しいものです。折角ですからお話でもどうですか、派手でイケてるお姉さん。しない?そう……あ、でも褒めたのは本心ですよ。うん、嘘なんてついてないです。
「ワタシのセンスは最先端……!」
「で、私は私で用事があるんですけども……もしかしてこのまま連れていかれる流れですか?それなら連絡入れてからにしたいんですけど」
「1分だ、派手に入れておけ」
「あいさー」
連絡先を開いてコール。あ、もしもし司令?旅行先で捕まっちゃったんでしばらく帰れません。はい、はい、身代金は要らないらしいんでしばらくしたら解放されると思います。留守中になんかあったら私の部屋の伝言板に書き留めておいてください。では。
「小夜ちゃん、私です、レヴィさんです。逆スカウトが来たのでしばらく行けなさそうです。被検体についてはそのままで。私が向かうまで持たせておいてくださいね」
『すごく今更なんですけど、レヴィさんって凄まじい二枚舌なんじゃないですか?紅茶いります?』
「あははぶっ飛ばしますよ」
『冗談です。でも私たちにも限界はありますからね。あと1年でケリをつけないとタイムアップです。何とかして手早く帰ってきてください』
「はいはい、了解です。それじゃ、風邪ひかないようにお願いしますね。……ちょっと余裕持たせてくれました?」
「派手に1分、ワタシの裁量だ」
早くも仲良くなれた気がします。会話しながら降り続けた山はもうすぐ麓です。用事が済んだのでもう大丈夫ですよと手を振ると、派手な彼女(生物的に言うのなら無性別だし生物ですらありませんが外見と声色で判断しました)は私を抱え上げました。もうこんな年齢じゃないんですけどね。
「行くぞ、マスターの居る場所へ」
「あっ、はい」
GXまでは基本的に主人公ちゃんサイドです。
Gまでは本編と変わんないからね、しょうがないね。
見たいんですかね、本編とそんなに変わらないフォギア?