医務室ではお静かに。 作:一般適合者
ぬるっと無印終わりました
「立花、今なら聞けると思うのだが」
「はい?何でしょうか?」
「あー、あたしも気になっててさ。二人で話し合った結果なんだ。もし気に入らないなら答えなくていいんだけどよ」
レヴィが何処かへと誘拐された後、それでも時は巡る。ルナアタック事変と名付けられた一連の騒ぎを収束させた英雄たちは、一箇所に集められて集団生活を強いられていた。妙に綺麗なマンションの一室はレヴィの自宅だという。ほとんど帰ってないからセーフだと本人が返事してきたので使うことになったらしい。何故か背後から轟音が聞こえたらしいが、弦十郎は何も聞かなかったことにした。
デュランダルの護衛にて合流したクリスも含めた三人のシンフォギア装者たち。のんびりしながら出前を取りつつ休養している彼女たちだが、こんな状態でも日本政府にとってはかなりの厄ネタだ。世間的には消息不明にした方が良い、そう説明された響は大切な人に会えなくなるのも連絡できなくなるのも嫌だと泣いていた。そこまで大事ならもっとちゃんと話してやれよ。
初めて会った頃とは似ても似つかないクリス。処遇が決まった途端にツッコミを入れたクリスの立ち位置は、装者三人の中でも常識人枠に収まることになった。現に申し訳なさそうに響の隣に腰を下ろしているのだから。随分変わったと思うのは、翼のお節介だろうか。決して響と殴り合ったからとかではないと信じたい。
「それはいいんだけど……クリスちゃん、なんか随分変わったよね。初めて会った時なんてウニみたいにツンツンしてたのに。……お寿司食べたいな」
「それは、あれだよ。あの時のあたしには思う所があったっつーかさ。歌で世界を平和になんかできねぇって思ってたんだよ。お前と戦ってるうちにそんなことはないって分かったんだけどな」
「まさか、雪音も立花の拳で分からせられたクチか。やはり立花の拳は文字通り皆と分かり合うためにある拳なのだな。私もそうだったから……」
「それはいいだろ!それよりも本題に戻すけどよ、『心を知る』だっけか?なんでそんなこと目的にしてんだ?」
ソファに腰掛けた響と、その顔を覗くクリス。やや距離が近い二人を台所より翼が静かに眺めていた。差し込む光も相まって、翼の心中は穏やかだった。奏を失ったことも、レヴィが居ないことも、了子の裏切りも、今だけは静かに受け止められそうだ。
閉じられたままの寝室、その扉の向こうに引きこもったままの
「それを拳一撃で理解されてしまっては……な」
「あたしも……つ、翼さん、も!っ……お前より長く生きてんだ。人生の先輩としては聞いてやらなきゃなって思うわけだよ。こうやって静かに過ごせる時間があるなら、尚更にな?」
「クリスちゃん、翼さん……」
「私の弱さが、今まで戦いを知らなかった立花をこちら側へ引き込んでしまった。だから頼れるところは頼ってほしい。一人で抱え込むよりも、皆で背負ってこそ前へと進む事ができるのだからな」
「私は……」
拙いながら、コーヒーを差し出した。二人の対面に腰を下ろした翼は、扉が軋む音を耳にして浮かんだ笑みをカップで隠す。彼女としても、やはり気になるところではあるのだろう。だから、自分は静かに待つ。クリスに詰め寄られながら顔を赤くしてテンパっている響がいたとしても。待て、それは近すぎる。立花には小日向がいるだろう。浮気ではあるまいか。
「えっと、私は……あのライブで生き残ってからずっと虐められてたんです。机に落書きされたり物を隠されたり捨てられたり……そんなのは日常茶飯事でした。家族にまでそれが及んでいるなんて思いもしませんでしたけど、私が弱いからだって我慢してたんです」
「生き残った、だけで?それは──」
「雪音、お前の境遇は私たちも知っている。だからこそ今は……今は、立花の話を聞いてやってはくれないか。私とて許せない気持ちはあるのだ」
「──続けますね」
響の話は止まらない。始まりは、クラスメイトの親が巻き込まれて死んでいたことを知ってからだった。その後から虐めは始まったという。なぜお前だけが生き延びたのか。そんな詰問から始まった子供同士の喧嘩はやがて波紋を呼び、いつしか響は孤立していったという。
国が生存者に対してのみ補償金を出したのも良くなかったらしい。そこについては翼が補足していた。足元に落ちていた──否、寝室の彼女が滑らせたのだろう資料には詳細が記されている。遺族よりも遥かに高額な補償金は、その内訳が世間に出ることを想定されていなかった。
「だが、心無いジャーナリストがそれをリークしたらしい。結果として世論は生存者とその家族に対して激しいバッシングを始め、政府は後手に回りながらも彼らの保護を行った……私も、叔父様から聞いた話だ」
「だけど、うちは特殊でしたから。私の傷とか、色々。それもあってなかなか保護も行われなくって……家族にも、迷惑かけちゃって」
「立花の家にまで暴徒が訪れたという記録も残っている。繰り返される投石や張り紙、落書き……耐えられなかった父親は一人逃げ出し、残されたのは立花と母上、祖母の三人だったそうだ」
「んだよ、どういうことだよそれ!別にお前は悪くなんかねぇ、むしろ守られる側なんだろ!ラッキーだったとしても責められる謂れなんか……」
顔を白くしているのは、クリスだけではない。思い出したくない過去を語っている響も、それを知らずに激しく拒絶しようとしていた翼も同じ。ただしクリスに関しては、強い怒りと失望に支配されているようにも見える。自らの境遇と響の過去に重ねるところがあったからだろうか?震える響の手を握り、クリスは肩を震わせていた。
「こいつは、何も罪がないのに……ただ生き残っただけなのに、救われただけなのに?それなのに責められて、親も逃げ出して、辛いまま生きてたって言うのかよッ!なぁ、なんでだよ!なんでこいつがこんな目に遭わなきゃいけないんだ!」
「人の意識とは、流されやすいもの。早い話が、響ちゃんは生贄にされたのよ。私もあの時二課に居たから知っているわ。上からの命令で、響ちゃんを保護するのは最後にするように、と。もう私は私だったけれど、それでも強い不快感はあったわ」
寝室からの声はそれっきり。ただ淡々と述べられた言葉は震えている。改めて感じる、響の危うさ。彼女の強さの裏側には、そんな過去があったとは。決して自分と比べるわけではないけれど、それでも二人の心は冷えている。響と分かりあったからこそ、この今があるのかもしれない。
「もう無理だって、私の話を聞いてくれたのは未来だけだったんです。でも未来も虐められそうだったから自分から離れて、初めて分かったのは私の弱さでした。私は一人じゃ何もできないんだ、じゃあもう生きている意味なんかないやって思って。ふらふら街を歩いていた時のことでした」
あの日は雨だった。響は振り返る。土砂降りの雨に打たれながら、ただ自暴自棄のまま彷徨っていた時ある人に出会った。その時の自分は酷い顔だったと思う。壊れかけの心と睡眠不足も重なって、今にも死にそうな顔をしていたらしい。
「『知人に似ている』って傘をさしてくれた人がいたんです。凄く高そうな傘で、服も綺麗で、自分が濡れても構わないからって。優しい顔をしていました。私を騙して無理矢理犯そうとするわけでもなくて、本当に善意から私を助けてくれた人でした」
『人はいつまでも変わらない。だからこそ、人の心を知るために旅をしているところなんです』
『あなたが話してくれた過去は、辛い過去です。私も未だ世界を知らない身ですが、それでもあなたが悩んで、苦しんで、死を望んでいることは理解できました』
『見る限り、あなたは誰かを信じることが出来なくなっている。本来守ってあげるべき大人が、その責務を放棄している。……とても残念です。私にできることは、こうして話を聞き、身体を温め、励ましてやることだけ。行く末を見届けられないのは残念ですが、また会うこともあるでしょう』
「初めてあんなに泣いたと思います。知らない人の前で号泣するって、今考えるとすごく恥ずかしいですけど……少なくともあの瞬間だけは、私はあの人に救われたんです」
「そんな人、いるのか?本当に?」
「信じ難い話だが、立花がそう言うのであれば真実なのだろうな。こういう話において立花は嘘をつかない、そうだろう?」
「昔の話をしてくれって言ったのは二人ですよぅ!」
『あなたにも生きてほしい。生きて、心を知ってほしい。私よりもずっと時間が残されているあなたであればきっと、もう一度立ち上がることができるはずです』
「どうして初対面の私にそんなことを言ったのか。まだ理由なんて分かりませんけど、あの人にもう一度会った時胸を張っていられるような人間でありたいなって。私はそう思って今まで生きてきたんです」
沈黙。
「あ、あれ!?翼さん!?クリスちゃん!?」
「立花……お前は真の防人だ。折れた心を打ち直し鍛え上げたその姿、私の目指す頂と言ってもいい。何かあればすぐ相談するんだぞ。未熟な我が身であっても、頼れる先輩であるということを示させてくれ」
「響ぃ……お前って奴ァ本当に……強いやつなんだな……!」
「うわぁ──!?クリスちゃんが壊れたァ──!」
「困ったことがあったらホントなんでも言えよな、あたしが全部ぶっ潰してやるからな。これがあたしにとっての陽だまり、かぁ」
寝室の人は静かに息を引き取った。響ちゃんがいい子すぎる。そしてまた復活した。とりあえず自分の過去を清算しよう。具体的にはアメリカで暴走し始めてるあいつらとか。謹慎兼拘束期間を終えた先を見越した動きを始めた寝室の人は置いておくとして、翼とクリスは響を挟んで頭を撫でているのだった。
●
「翼とのファーストコンタクトから始まりデュランダル護衛事件でのクリスくんの加入、あのフィーネとすら分かり合った響くん……彼女の拳とは一体何なのだ?ガングニールを体内に宿しながらデュランダルの精神汚染にすら抗った融合症例……それだけとは思えんが」
「こんな時、レヴィさんがいたらなぁ」
リディアンが崩壊したため、仮説司令部に詰めて事後処理を行っている弦十郎たち。残念ながら医務室も深い地の底に埋まってしまったのだが、残されていた資料は回収することができなかった。たどり着くための道がすべて崩落しているのだから、さしもの緒川であっても調査は不可能であったのだ。
『あ、もしもし?元気してます?』
「この声は、飛鳥くん!」
『どうもどうも。なんか知らない間に大変なことになってたみたいですね。私は監禁されてるので報告書でしか知りませんが……なるほどなるほど、これは……響さんの強靭な意思がガングニールそのものを変質させている?いやいやともすれば……残留思念?』
「どういうことだ」
『SOUND ONLY』と表示される画面を睨みつける弦十郎たちを察してか、レヴィは軽く笑いながら言い放つ。
『ガングニールに宿った奏さんの意識、それが響さんのガングニールを歪め変質させ……新たな概念を生み出したのかもしれません』
「どうも、キャロルパパのイザークです」
「翼の相棒、奏さんだぞ」
「そして私たちが──」
「あ、お二人は待機しててくださいね」
「医務室と言うにはあまりにも白すぎた……って訳だ」
「私たちここで出番終わりなんですか?」
「嘘だぁ、イザークのおっさんなんかまだ先だぞ」