医務室ではお静かに。 作:一般適合者
待て次回
その9
「ガングニールの変質による相互理解の促進……実に興味深いですね。私も研究者の端くれです、未知には心躍らざるを得ない。データはありますか?もしくは報告書……なんでもいいです、判断材料が欲しい」
『──藤堯』
「感謝します藤堯くん。後で良さげなデートスポットでも紹介しますね。それともディナーの方が?」
『ぶっぐッッッ』
『きゃあ!ちょっと何してくれるんですか飛鳥さん!』
「あははすみません」
私がキャロルさんに捕まって?スカウトされて?からしばらく。日本ではとんでもない事態が起こっていたようです。私の城は瓦礫に埋もれて地の底に、了子さん──フィーネは死亡したとの知らせが入ってきました。残念ですね。あの人が居たのならこの事象の解明も進んだでしょうが……現状、私に頼るしかないとは。
けらけらと笑う私が向き合うのは、険しい顔の弦十郎さんたちが映るモニタ。薄暗い部屋は私に宛てがわれた新しい医務室です。まだ改装途中なのでこちらのカメラは繋いでいません。逆探知も、おそらく叶わないでしょう。だからこその余裕を見せながら、送られたデータに目を通す。
「見る限り、響さんの放つフォニックゲインは対人戦闘において高く発生していますね。対ノイズではなく対人、本来なら想定されていない方法でこそ真価を発揮している」
『君の考えを聞こう』
「伝承が変質するには、ある程度の理由が必要です」
架空の人物が実在するように改変されるのならば、それは後世において『存在した』と扱われ広く普遍的な認識となる必要がある。逆に、実在した人物が空想であったとするなら証拠を消すのが手っ取り早い。文献を抹消し、口伝を歪めることで可能になる。
長い時間が必要であることは別として、プロセスに関わってくるのは『ヒトの認識』なのだ。笑いながらそう言ってのける。プラシーボ効果という例がある。ただのビタミン剤を風邪薬として処方すると体調が快復した、そんな話は有名だろう。認識によるバグとも言い換えられる。
「今回の事例なら、ガングニールという伝承が響さんの認識によって歪められ変質した……そう仮定することも可能です。あくまで仮定です、今まで戦いを知らない女子学生でしたからね。心理学者でもないし、彼女の内心なんて私には察せませんけども」
『要するに、未知の現象だというわけか』
「んー、そうですね。もし可能なら響さんともっと話してみたかったんですが……ルナアタック事変でMIAなんでしたっけ?残念ですよ。私が連絡する理由も無くなってしまいましたね」
『ああ。また連絡してくれても構わないが、我々もこれから忙しくなる身でな。そう簡単に返事ができるとも限らない』
「はいはい、了解です。早く助けに来てくださいね」
『善処するよ』
すげなく躱されて通信を終える。あれは私の裏切りを疑ってる、というよりも確信して捕まえに回ってるって雰囲気です。それならそうとハッキリ言っていただきたいのですが、大人の事情というやつですね。送られてきた報告書の中には、ルナアタック事変のものも含まれていました。どう見ても表向きの内容なんですけれど、指摘するか迷いましたよ。
「泳がせて、通信から居場所を割り出すという事でしょうか。誘拐なんて言い訳でよくもまあ未だに私のことを放置するわけです。護災法の成立はまだまだ先だと聞きましたし、これは国としての動きではないと」
「お前の居場所を探れば、協力者も見つけられるからな。あの男も阿呆ではないということだろうさ。もっとも、逆探知したところで見つけられるのは廃村だけだろうが」
「あら、レディの部屋にノックもなしですか?秘密の一つや二つ、隠されていてもおかしくないんですけれど」
「お前の場合は殺風景すぎる。医務室にしたってもう少しデザインを変えてもよかろうに。許可は出しているはずだが?」
傲岸不遜という言葉が似合うキャロルさんは、私の部屋に入るとすぐにベッドで寝転がるんです。それも私の寝床の方です。いや、医務室っていうのも便宜上ですし、何より治療すべき『人間』というのは私一人ぐらいなもの。確かに私の自室と言えば自室ですが。
「で、どうでした?」
「シンフォギア装者、及びフィーネの生存についてか?無駄だ無駄、オレの探査ですら引っかからなかったんだから探しても見つからん。というか本来ならそんな事をする時間など無い。無理矢理探してやってるんだから感謝の一つもしたらどうだ?」
「ええ、感謝はしていますとも。それはそれ、これはこれという話ですよ。見つからないとなれば本当に行方不明……いえ、少なくとも翼さんは生きているはずです。アーティストとしての風鳴翼は今後も活動予定ですからね?逆説的に生存が確認できるんですよ」
「となれば残り二人も健在、か。やはり面倒な存在だなシンフォギア。オレの敵ではないが、奇跡とやらを起こされては困る。早めに始末しておくべきか?」
私の布団を抱えながら、キャロルさんはこちらに視線を向けました。同意を求められているのか意見を求められているのか。よく分からないので首を傾げておきました。怒られたので失敗です。
「まだ貴方の札は足りていない……時期尚早というやつです」
「ま、無難だな。オートスコアラー共が動くにしても余裕を持たせたい。オレ個人的にも手札は不足している。データも時間も素材も足りんとは、まさにお前の言う通りだな?」
「まさしくその通りですよ。手伝っていてアレなんですからね、完成はもっと先になりそうな予感がしてなりません」
ちらり、と見た先には散らかった作業台。正面の壁にはクリアケースに収められた聖遺物の欠片がある。キャロルさん、作業するのはいいんですけど私の部屋でやるのやめてもらっていいですかね?
「断る」
「すげないなぁ」
●
ところ変わって、ここは日本。当然の事ながら健在であったシンフォギア装者の
「ウェル博士は私が守る、立花と雪音はノイズを!」
「はい!」
「任せな!」
ガツンと一撃、迫り来るノイズを拳で払う響の背中はクリスによって守られる。トンネルを越えてもなお襲い来るノイズに業を煮やしたクリスと響による合体技は、中に待機していたウェル博士と翼たちを大きく転倒させるほどの衝撃を発生させた。波を越えたと判断した二人が合流すると、頭を打ったのか目を回しているウェル博士が居た。
「ああ、博士!?」
「だ、大丈夫ですよ。少し頭を打っただけです。最前線で戦い続ける君たちに比べれば軽い怪我ですね。それより、戦況は如何です?」
「ノイズの波は引いたようですね、今のうちに目的地まで向かいましょう。何が襲ってきても守ってみせますから、安心してください!」
「ったく、ソロモンの杖ってのはどうしてこうも狙われるのかね?ノイズを操れるのはこいつだけだろ、他に手段はあるのかよ?」
「聞く限りでは存在しない。だからこそ気を抜くなよ。ノイズの狙いがソロモンの杖だとするのなら、今まで以上に警戒を強める必要がある」
油断なく警戒を続ける翼が刀を構え、ウェル博士を護衛している。安全な場所に蹴飛ばしてやってもいいのだが、本人がどうしてもこの場所で戦いを見たいとせがむのだ。相手は生化学者として超一流、護衛対象の要望はなるべく聞き入れるようにと指示されている。そうでなければ強引に避難させているのだ。
不愉快そうに顔を歪める翼の警戒もあってか、散発的な攻撃を除いてノイズの襲来はほとんど止まったらしい。安心したような歳下二人がウェル博士に話しかけられているのを遠目に見ながら、翼はギアを解除する。再び発生したノイズの出現にはソロモンの杖が関わっているはず。しかし杖そのものはケースの中に保管されており、触れる者はいない。ならば何故?
(判断材料が足りない……一振の剣でしかない私程度では理解することも叶わないのね)
「翼さん、翼さん?ライブに向けての準備はいいんですか?」
「無論だ。今すぐに開催しろと言われても問題ないほどには整っているとも。こちらの無理を通して日を伸ばしているのだ、不格好なパフォーマンスなど見せられないからな」
「そりゃそうだな。相手はアメリカのトップアーティストなんだろ、翼さんの相手にゃ丁度いいってもんよ。あたしらの先輩に釣り合うのか、むしろあっちが心配になっちまうぜ」
難しい顔をして固まった翼、その肩を叩いて戻すのは響だ。アメリカで人気急上昇中のトップアーティスト、マリア・カデンツァヴナ・イヴとの合同ライブなど。響としては是非とも観にいきたいものである。というかチケットを取ってある。未来と響、そしてリディアンに編入したクリスの三人分を手配してくれた緒川さんには頭が上がらない。
「私、すっごく楽しみなんですよ!ああ、翼さんとマリアさんのライブなんて……これ以上のものは存在しないでしょうね!」
「お前の基準は軽すぎるんだよ。あたしがカラオケで歌っただけで感動してるようじゃ、ライブ当日なんて干からびちまうんじゃないか?泣きすぎてな」
「えー、有り得そうだからやめてよー」
「ははは、仲睦まじいのは良いことですね。ルナアタックの英雄ともなれば、この程度の窮地は軽いものといったところですか?」
ウェル博士が笑って、右手を差し出した。
「改めて、護衛に感謝を」
「はい!ウェル博士も、お仕事頑張ってくださいね!」
「その杖、お前に任せたからな。くれぐれも悪用なんかするんじゃないぞ。その時はあたしが責任もって始末してやる」
「勿論ですとも!英雄に任されたのであればこちらとしてもやる気は十分、これ以上ない研究成果をお見せしましょう」
「よし、終わったな。本部に帰還するぞ」
皮肉にも、これが彼との最後の会話となる。次に響たちが彼を目にするのは、果たしていつになるのやら。帰ってゆっくり休める、ヘリの中で談笑する響たち。とりあえず未来と一緒に寝るとしよう、そうやって考えていた響の考えは甘かったようだ。
「あれ、友里さん……なんか基地が燃えて」
『三人ともすぐに戻れッ!基地がノイズに襲撃されている!』
「何だと!」
「おい、早く戻れ!このままじゃ杖が!」
これまでになく焦った弦十郎の通信を受け、慌てて引き返すヘリの中。特に焦るクリスの想いとは裏腹に、つい先程まで静かだった岩国基地は業火と炭に包まれていた。シンフォギアを装着してノイズを蹴散らそうにも、既に遅すぎる。基地の人員はことごとく炭化し崩れ去り、ウェル博士とソロモンの杖の所在もまた不明。
「翼さん、あたしは……」
「気負うな雪音。お前のせいではない。何者かは分からずとも、この事態を裏から操る不遜な輩が隠れていることに違いはない」
「友里さん、ウェル博士は?」
『現在確認中、けどこれじゃ……』
『装者はノイズの残党を掃討しつつ、生存者を探して救助するんだ!いいな!まだ生きて、助けられる命を救ってみせろ!』
「──あたぼうよッ!」
駆け出していくクリスの背中を追う二人。果たしてこれからどのような運命が待ち受けているのか、翼にも響にも想像することはできない。だけど少なくとも、今は目の前の災害をなんとかするのが先だろう。
「おい、大丈夫か!すぐに助けてやるからな!」
「あ、ありがとう……もうダメかと思ったよ」
「馬鹿野郎!いい歳した大人が簡単に諦めてんじゃねぇ!」
少なくとも、クリスはそう信じている。
「クリスさん、頑張ってますね」
「心境の変化というやつだよなあ」
「それにしては色々変わっている気もしますが……」
「うんうん、依存気味なのは良くないよな」
「貴方がそれを言いますか?」
「えっ」
「えっ」