転生して霊媒師になった俺、やたらと退魔師や妖にビビられる   作:暁刀魚

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第14話 神は憤慨する

 妖鬼ギガニの目的は、至って単純。

 霊媒師鞍掛サトルを始末すること、だ。

 ロウクのことなどどうでもいい。

 いや、ギガニとしてはどうでもよくはないが、あくまでついでである。

 

 畏れを知らないあの霊媒師は、妖鬼にとっての天敵だ。

 だからこそ、それを疎む妖鬼も少なくない。

 最悪なのが現在の妖鬼の世界において最も脅威とされる勢力と霊媒師の関係が良好なことだ。

 妖鬼の天敵と最強の妖鬼が仲良しこよし? 冗談じゃない。

 それ以外の妖鬼にとって、この二つは明確に目の上のたんこぶだった。

 だからこそ、どちらかを排除することはギガニが所属する妖鬼勢力では目下最大の目標だったのだ。

 

 そのうえで、ギガニはある提案をした。

 自分ならばあの霊媒師を排除できる、と。

 理由は二つだ。

 一つはこの土地を守護する神魔”(リツ)”の休眠周期をある程度ギガニは推測できること。

 数百年前、神魔リツと零号霊魂タツメが衝突した際に、漁夫の利を得られないかとその衝突を観察していたことがある。

 その時の情報で、リツの社の場所と休眠周期はある程度あたりがついていた。

 

 そしてもう一つが――海外の退魔勢力との繋がり。

 この国の退魔勢力は古風な文化に囚われているため使われていないが、海外では銃火器も普通に退魔の道具として使われている。

 銀の弾丸(シルバーバレット)は、その筆頭だろう。

 その伝手を使って、狙撃手と狙撃銃をギガニは手に入れた。

 

 一号霊魂の霊障は物理法則にも干渉する。

 そうすると、通常の霊障に対する防衛手段の他に、物理攻撃への防衛手段も必要となるのは知っての通り。

 それと同じことを、霊気や神気の影響を受けた弾丸でも引き起こすことができるのだ。

 

 そして霊媒師には、物理攻撃に弱いという弱点が存在する。

 彼が普段持ち歩いている護符は全て霊障に対抗するためのもの。

 物理攻撃へ対処するには、「龍人形」と呼ばれる形代を”呼び出す”必要があった。

 故に、意識外からの狙撃による不意打ちで、理論上容易に霊媒師は殺すことができる。

 どんな凄腕退魔師も、銃弾には勝てないという。

 とても身も蓋もない話だった。

 

 ――かくして、霊媒師は頭を撃ち抜かれて即死する。

 

 

 ()()()()()

 

 

 一瞬、ギガニは自分の目の前で起きた現象を理解できなかった。

 霊媒師の頭が撃ち抜かれた瞬間、彼の周囲に複数の龍人形が同時に出現した。

 そして、ギガニがその意味を理解するよりも早く――

 

「……あー、いったいな全く……」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 一度斃れた男が、何事もなく起き上がる。

 そんな事実、いくらこの男が何でもありでも普通はありえない。

 そう、普通なら。

 

「……驚いた顔をしてるな。でもまぁ、無理はないか。何、簡単な話だよ。龍人形は基本的に自動操縦なんだ。決められたことを決められた通りにこなすことが一番得意でね」

『は……?』

「簡単だよ。俺が即死するような怪我を負った瞬間、龍人形が起動して。()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

 こいつは、なにを、いっているんだ?

 理解が、追いつかない。

 ギガニは眼の前の存在が理解できない。

 今、自分が置かれている現実を受け入れられない。

 

 ――怖い。

 

「俺は弱い、ひ弱な人間だ。ヘタをしたら簡単に死んでしまう。だから、それに対する対策はそこそこしてるんだよ」

 

 眼の前の人間に対する畏れが、ギガニを支配していく。

 体中から、冷や汗のようなものが溢れ出す。

 背筋が凍りつき、身動きが取れなくなる。

 

「代わりに、霊魂以外への有効な物理的攻撃手段に乏しくてな。そういう時は――」

 

 その瞬間。

 

『ウォオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!』

 

 この場を支配するもう一つの咆哮が、ギガニにあることを理解させた。

 ――もう、自分は詰んでいるのだと。

 だが、それでも。

 

『う、……撃て! ロウクを撃て! ヤツは毒で弱っている。ヤツさえ仕留めればこの場から逃げられ――ガッ』

『グォォオオオオオオオッッ!』

 

 ギガニの頭が、()()()()()()()()()()()()()で噛みちぎられた。

 

「龍人形の治癒は、やろうと思えば妖鬼にもできるんだよ。ロウクはもう、毒を受けてない」

『ガ、アアアアアッ! ガアアアアアアアアアアアアアッ!』

「それと、もう一つ。――リツは起きている」

『ア? ガ、ア! アアアアアアアアアアアアッ!』

 

 一瞬、更に理解できない単語をギガニは聞いた。

 ここに来るまで神魔リツに動きがないということは、今のリツは起きていないということのはずだ。

 だが、ギガニは失念していた。

 もう一つ、リツが動かない可能性がある。

 眼の前の男が、動かないように事前に言っておいた場合だ。

 

「君と組んでる人間を探すために、待機してもらってたんだ。君の相方が行動を起こしたら、すぐ気付けるように。まさか頭を撃ち抜かれるとは思わなかったけどね」

『ア、ア……』

「君はともかく、君の相方には色々と聞きたいことがある。死んでもらっちゃ困るんだ。おかげで、リツをなだめるのには苦労したよ」

 

 今でも、捕まえた人間を祟り殺そうとしててやばいんだから、と。

 

「じゃあね、ギガニ。もし生まれ変わったら――その時は、君が善良な道を歩けるよう祈っているよ」

 

 かくして、ギガニは痛みに悶えながら。

 ロウクの牙によって、噛み砕かれた。

 

 

 ◯

 

 

「サトルのバカ! また無茶ばかりして! 今日という今日は本当に許さないから!」

 

 事務所に戻ると、リツがカンカンに怒りながら出迎えてくれた。

 普段だったらもうちょっとのらりくらりと躱すところだけれど――

 

「――ごめん、本当にごめん。俺が油断してた」

「死んでたらどうするのよ、本当に!」

 

 今回ばかりは、俺の油断が原因だ。

 大抵の即死には対応できるのが龍人形の強みだけれど。

 まさか本当に即死に対応することがあるとは思ってもいなかったのだ。

 

「次からは、魔と相対する時は龍人形を常に展開するようにする。そうすれば、今回みたいなことにはならないだろ」

「そもそも、なにか行動を起こす時は人形を使いなさい! どうせ、普通の人間には見えないのだから! それくらいがちょうどいいわ!」

「……わかった、そうする」

 

 リツの言うことは尤もで、今回ばかりは完全に俺が悪い。

 いくら俺が畏れを知らないといっても、脳天をいきなりぶち抜かれたら少しは驚く。

 周りもこうして心配させてしまうし、龍人形は控えさせておくことにしよう。

 

『くああ、まぁいいではないか。そうして霊媒師が油断した結果、向こうも油断して馬脚を現したのだ。龍人形が傍に控えていたら、撃ってこなかっただろう』

「だまりなさい駄犬。そういう考え方をするから、れーばいしさんが無茶をするのよ。今回は偶然だけど、この人のことだからいずれ意図的にやるわよ!」

「それは……」

「否定しなさいよ!」

 

 いやだって、想像したら実際にありそうなんだもの。

 それが最善かつ確実な方法なら、あえて死んだように見せることだってするし。

 何より龍人形にはそれができる。

 とはいえ、流石にここまでリツを心配させて、次やらかしましたとか言われたら本気で監禁とかされかねない。

 

『……それで、そこのミノムシはどうするのだ?』

「ミノムシて……」

 

 そろそろ話が一段落したと見て、ロウクが話題を移す。

 ミノムシというのは、事務所の床に転がっている呪符でぐるぐる巻にされた人間のことだ。

 俺の頭を撃ち抜いたやつである。

 

「当然、このまま祟り殺す。足先からじわじわ腐らせるのよ」

「やめてやれって。さっきからさんざん脅されて、もう意識ないじゃないか」

「あらあら、これ一つの命で私が手を打つっていってるのよー? むしろその方が、慈悲に満ちていると思わない?」

「思わない。とにかくこいつは、どこか信頼できるところに処理してもらう」

 

 そもそも、だ。

 

「リツが人を殺したなんて、周囲に思わせたくない。ただでさえ君は零号神魔なんだから」

「……もう、考えがあるのはわかったわよ」

『チョロいな』

 

 ――風の切る音。

 ロウクの顔のすぐ横に、刃のように鋭い呪符が突き刺さった。

 そこ、俺の事務所の壁なんだけど?

 

『ヒュッ――』

「次言ったら、わかってるわよねー?」

 

 無言で首を縦にふるロウク。

 こうなるとわかってるのに、どうして口にしてしまうのか。

 

「それで、信頼できるところって? れーばいしさん、まさか退魔寮なんていわないわよねー?」

「それも選択肢ではあるんだが……まぁ、宗屋さんだろうな」

「……でしょうね」

 

 まず、こいつを任せる先として考えられるのは退魔師か宗屋さん。

 退魔師の場合は、新世代派か退魔寮か、御鏡家なんて選択肢もあるな。

 まず新世代派は却下、銃火器を操る海外の人間とか処理できるコネがまだ彼らにはない。

 退魔寮もダメ、お偉いさんと少なからず繋がりがあるから処理はできるだろうけど、連中はあんまり信用できない。

 銃弾なら俺を殺せるとか、本気で考えそうだ。

 まぁ、銃弾なんて現代的なもの使えないという、凝り固まった風習の方が勝ちそうだけどな。

 

「いちおう、御鏡家も悪くはない選択肢なんだよ」

「そう?」

「退魔師の中では、俺に比較的優しいし。ただ……」

「ただ?」

「……多分、お偉いさんとのコネはそんなにない」

 

 御鏡は地方の退魔師だ。

 俺との繋がりができたことで、ここ最近は存在感があるものの。

 普段なら、正直退魔師のなかでそこまで重要視される立場ではない。

 江戸と京の都に有力どころが集中しすぎとも言う。

 

「となるとまぁ、やっぱり宗屋さんだな」

「御鏡の連中より、宗屋のおじいさまの方が、そういったつながりがあるのも不思議な話だけど」

「考え方が柔軟だからな、宗屋さんは。また迷惑をかけてしまうことになるが……その分は、彼の頼み事を優先して解決して補填しよう」

「それだと、いつもとなーんにもかわらないんじゃない?」

 

 そうとも言うが。

 どこかからかうような視線のリツから目を逸らし、退屈そうなロウクの方へと視線を向け。

 それから……

 

「後まぁ、今回の件で少し思いついたことがあるんだ。せっかくだし試してみたいんだけど、それをするには結局宗屋さんの助けがいるしな」

「それ、ぜーーーーーったい碌でもないことでしょ」

 

 さてな、と返す俺の視線の先には。

 今回の下手人が持ち込んで、今は事務所の壁に立てかけられている”得物”があった。

 

 

 ◯

 

 

 その後、霊媒師は宗屋の老人に連絡を取り。

 霊媒師は老人と直接会うことになった。

 簀巻きとその簀巻きの得物を抱えて出ていった霊媒師を見送ってから、ロウクは口を開く。

 

『先ほど、おかしなことを言ったな、神』

「あら、貴方の存在ほどおかしくはないわ」

『喧嘩を売りたいのではない』

 

 至極真面目な声音で。

 普段の単純――精一杯配慮した表現――なロウクからは考えられないくらい。

 落ち着いた物言いだった。

 

 

『なぜ、霊媒師の死を心配した?』

 

 

 端的かつ、直球で。

 結論からロウクは問いかける。

 

「…………」

『貴様ならわかっていたはずだ、あの程度では霊媒師は死なん。我とて、それはよく解っている』

 

 だからこそ、あの場でためらうことなくギガニを喰えたのだと、ロウクは言う。

 事実、アレが霊媒師でなければもう少しロウクは心配していた。

 ミクモが撃たれていたら、狼狽どころではない。

 まぁ、そのミクモは基本常に警戒を怠らず、頭を狙撃されても防御術式で即死は免れるだろうが。

 

『それに、だ。貴様と霊媒師は契約関係にあるだろう。その魂は、死ねばお前のものだ』

「正確に言えば、彼が死ねば私と彼は二人で一柱の神になる」

『ふん、どっちも同じだろう。我がいいたいのは――』

 

 退屈そうに鼻を鳴らして。

 普段であれば、絶対に許されないような物言いをして。

 それでもロウクは続ける。

 今のロウクには、眼の前の存在がとてもつまらないものに見えるからだ。

 

『本来の貴様なら、いっそ()()()()()()()とすら思っているだろう』

 

 それが、この神の本質だったはずだからだ。

 そもそも人ではない神は傲慢なもの、他者を慈しむことも愛することもあれど。

 気遣うなんてこと、普通はない。

 

「それも、私の一つよ。そしてこれも、私の一つというだけ」

『その一つの中に、これほどつまらん人間臭い感情があるのだ。はっきり言うが、今の貴様は異常だぞ』

「……そうかもしれないわね」

 

 そして、ロウクは知っている。

 魔と呼ばれる存在が、人間らしい感情を抱いてもろくなことにはならないと。

 

『やめておけ。貴様はもう人ではない。そもそもあの霊媒師だって人並みはずれた存在だ。それを人と同じように愛そうとするのは――』

「――うるさい」

『貴様を不幸にするだけだ』

「うるさい!」

 

 叫びとともに、リツの角と尾が現出する。

 だが、ロウクは何も恐ろしくない。

 

『神に愛された人間は、神の力に堕落する。それ故に最終的に人と神は災厄として排される。だがもし、人間に強靭な忍耐力があればどうなる?』

「…………っ」

『神の寵愛を受け入れ、その力を正しく使う存在を、貴様はなんというか知っているだろう?』

 

 ああ、つまらない。

 本当につまらない。

 

『――()()、だ。霊媒師のような人間は、英雄と呼ばれ神の傲慢な愛すらも受け入れる。そうすると、どうなるか』

「やめて」

『今のお前が、その答えだ。神は人に絆され、()()()()。そんな神と人間の関係はいつだって決まっている。貴様も――』

「やめて!」

 

 リツの言葉を無視して、ロウクは告げる。

 

 

『貴様も霊媒師(えいゆう)のために、命を捨てるのだ』

 

 

 これだから人間は。

 これだから人間にかぶれた魔は、つまらない。

 

 

 ◯

 

 

 ――夜、雨が降っている。

 一人の女が、急ぎ足で家に帰ろうとしていた。

 

 今日は雨の予報なんて出てなかったのに。

 

 傘を持たずに出た過去の自分を後悔する。

 雨脚は、更に強くなっていった。

 

 こんなことなら、コンビニで傘でも買ってくるんだった。

 

 そこまで強くはならないだろうと判断した、過去の自分を後悔する。

 水たまりを跳ねる女の足音だけが、響いていた。

 

 それにしても、車も人も全然いない。

 

 閑静な街の中とはいえ、ここまで人がいないことはそうそうない。

 すくなくとも、車は数分に一台は行き交うのが普通のはずだ。

 だというのに、それすらない。

 少し、おかしい。

 けれども今は、そんなことを考えている余裕はない。

 女は先を急いだ。

 

 そんな時だった。

 

 

 ぴちゃん、と自分とは別の足音が水たまりを揺らす。

 

 

 ふと、視線の先に少女が映った。

 年の頃は十とそこらの、幼い少女だ。

 白いワンピースのようなものを着ていて、目元が見えないくらい長い黒髪。

 少し不気味だと、女は思いつつ。

 今はそんなことより、家に帰るのが先決だと先を急ぐ。

 

 ああしかし、気付くべきだったのだ。

 この少女は一体いつからそこにいた?

 この少女はどうして傘を差してもいないのに平然としている?

 この少女は――一体何なのだ?

 

 気付いていれば――女は逃げられただろうか。

 否、それは不可能だ。

 もとより雨の中を走り続け体力も気力も消耗している。

 そう()()()()()()()のだから、当然だ。

 

 ”それ”は、そもそもそんなふうに女を弱らせる必要はなかった。

 突如として現れ、喰って、そして消えればそれでよかったのだ。

 だが、”それ”はそうしない。

 何故か?

 決まっている。

 

 ――あ、れ?

 

 ふと、少女の横を通り過ぎようとした女は、ふらりとその場に倒れ込む。

 仕事の疲れと、雨の中を走ったことのダブルパンチか? なんて。

 本人は冷静に思考しているつもりで。

 しかし実際は、この異様な雰囲気から目を逸らし続けている。

 

 無音、無音、無音。

 雨は降っている。

 足を動かせば水たまりが揺れる。

 けれど、それだけ。

 それ以外の音が、光が、気配が。

 全てが消え失せた世界の中で走っていたことを、女は気付いていない。

 

 やがて倒れた女は、意識を失った。

 死んではいない。

 殺せば、気付かれてしまうから。

 あくまで魂を奪っただけだ。

 

 何故そんなことをするのか?

 決まっている。

 

 

 ――この霊魂が、ただただ悪辣なだけだ。

 

 

 黒い髪の少女。

 雨とともに現れ、人を喰らい殺す。

 ただ、それだけの霊魂。

 

 

 零号霊魂、台津芽(タツメ)

 

 

 夜は静かに、人々は迫りくる台風の目に気付かず。

 嵐は、すぐそこまで迫っていた。

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