転生して霊媒師になった俺、やたらと退魔師や妖にビビられる   作:暁刀魚

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第15話 蝉時雨は古ぼけた社に降り、雨音が聞こえる

 夢を見ていた。

 それは、俺がまだ幼かった頃のことだ。

 

 蝉が鳴いている。

 うだるような、しかし後のことを思えばまだ大したことはないと言える暑さの夏。

 一人、俺は人気のない道を歩いていた。

 正確に言えば、一人ではない。

 俺は霊魂――この頃は、まだその呼び名を知らなかったが――を追いかけていたのだ。

 

 霊魂、死した人間の魂が、あの世へ行くことができず彷徨っている姿。

 その形は様々で、人の形をしていたり人魂の形をしていたりする。

 正確に言うと基本は人魂で、よく視線を凝らすと人の形が見えてくる感じだろうか。

 まぁ、これは俺だけの特性で、普通の人間は人魂にしか見えないのだけど。

 

 霊魂を成仏させようとしていたのだ。

 普通の霊魂なら、あの世への行き先を教えれば成仏してくれる。

 だけど、その霊魂はどういうわけか俺の言葉に答えず、一直線にどこかを目指しているかのようだ。

 その霊魂を追いかけているうちに、気がつけば人里から離れ。

 俺は山奥のアスファルトがひび割れた、古臭い道を歩いていた。

 

 やがて、霊魂はある場所で一度だけ止まる。

 そして道をそれた。

 見ればそこには――

 

「……階段」

 

 石畳の階段があった。

 殆どが苔むして、ひび割れて。

 もうほとんどそこに足を踏み入れる人間はいないのではないかという。

 そんな階段の奥に、鳥居が見える。

 

「神社があるのか」

 

 もう何年も前に建てられて、ずっと放置されていそうなその神社。

 ただ、鳥居の大きさからして規模はそれなりにありそうだ。

 霊魂が階段を上がっていくのに合わせて、俺もそれを追いかける。

 子供の体力だから、少し息が切れる程度でそこまで疲れるということはない。

 うだるような暑さも、未来の猛暑を思えば我慢できないほどではなかった。

 

 そして、階段を登りきり。

 俺はそこで神社を見る。

 思った以上に立派な神社だった。

 古い、という印象は否めないものの。

 朽ち果てているなんてことはない。

 強いて言うなら、時間に取り残されている。

 何百年も前に、下手したら千年以上前の神社が、時間の経過を止めてそのままここにあるかのようだった。

 

「……すごいな」

 

 こんな場所があったのか、と。

 少しだけ感心しながら。

 俺は霊魂を探す。

 すぐにそれは見つかった。

 だけど、その霊魂は――彼女の手の中に収まっていた。

 

 チリン。

 

 鈴の音が鳴る。

 

 俺は自分がどこにいるのか、一瞬だけわからなくなっていた。

 河の中にいるのか、神社の中にいるのか。

 霊魂の悪意に鈍感な俺ですら、そこが神聖であるということがすぐに分かったのだ。

 

 緑がかった美しい水流のような白い髪。

 幼い少女の容姿でありながら、どこか大人びた妖艶さを感じる顔立ち。

 真っ白な着物の少女。

 

 カタン。

 

 下駄の音がする。

 

 ――その時ようやく、俺は自分がいるのが古ぼけた社なのだと言うことを思い出した。

 本来なら人のいるはずない場所に、人間離れした少女がいる。

 きっと、人ではないだろう。

 

 だからこそ、だろうか。

 思わず、見惚れてしまうくらい美しかった。

 

 霊魂はそんな彼女の手に収まって。

 ゆっくりと、この世から消えようとしていた。

 彼女が送ったのだ、すぐに分かる。

 そんな彼女が――

 

 

「――あなた、名前は?」

 

 

 ふいに、俺へ問いかけてきた。

 

「……サトル。鞍掛サトル」

 

 俺は、特に臆することなく答える。

 どこかその言葉には、万物を見通すような観察の色が混じっていたが。

 別に、臆するようなことはないのだ。

 

「……君は?」

 

 だから問い返す。

 そこで始めて、彼女は顔を上げた。

 感情を感じさせない、こちらを見定めるような瞳。

 端的に、その口から。

 

「――(リツ)

 

 リツ、その名がこぼれた。

 

 世界が透き通るような感覚を覚えた。

 新たな人生に生まれ変わって、霊魂と呼ばれる存在が見えるようになって。

 それでも、俺の人生はそこまで大きく変わることはなかった。

 劇的に前世よりもいい生活ができているというわけでもなく。

 かといって、それを変えようという行動力もない。

 だからこそこのとき俺は――

 

 

 初めて、人ならざる存在に触れたのだ。

 

 

 俺にとって、霊魂は人の延長線上でしかない。 

 妖鬼や神魔といった、人ならざる存在と触れ合ったのはこれが初めてだ。

 だから――美しいと思った。

 この世のものではないかのようだった。

 

「貴方は――」

「ええと……その」

 

 こちらに視線を向ける少女――リツに俺は少しだけ困った様子で返す。

 そうだ、今は彼女に見惚れている場合ではない。

 

「……ありがとう」

「……? どうして貴方が、礼を言うのかしら」

「その霊を、導いてくれたからだよ」

 

 本来なら、俺がやるはずだったことを、彼女が代わりにやってくれた。

 その行動の真意が何であれ、俺は善意を受け取ったのだ。

 だったら、それには善意で返さないと。

 そんな俺の言葉に、リツは――

 

「……ふふ」

 

 少しだけ、笑みを浮かべた。

 

「変な人ね」

 

 愛らしい笑顔だ。

 

 それが、俺とリツの出会いだった。

 こうして出会った俺達は契約を結び、霊魂を除霊し今に至る。

 

 ――ああ、本当に。

 この頃から俺は、リツにいろんなものをもらってばっかりだ。

 そんな俺は、果たしてリツに返せるものが、一体どれくらいあるんだろうな?

 

 

 ◯

 

 

 不意に、雨の音で目を覚ます。

 少しだけ不快な湿気と、雨の地を叩く音。

 たしか俺は、少しの間休憩を取るつもりで横になって、そこで懐かしい夢を見たんだった。

 でもなんだって、今になってあの頃の夢を?

 そんな疑問は、枕の柔らかさとまぶたを開けた先の視界が氷解させた。

 

「あら、起きちゃったかしら」

「――リツ」

 

 美しい翡翠のような色の混じった白の髪をなびかせて、リツが俺を見下ろしていた。

 どうやら、感触からして膝枕をしてくれていたらしい。

 

「ごめん、ありがとう」

「別にお礼なんて必要ないわ。それより、こんなところで寝てちゃだめよ。休むにしてもベッドに行きましょう?」

「ちょっと休むだけのつもりだったからな……」

 

 時計を見れば、眠っている時間は三十分と経っていない。

 リツがやってきたのも、そこまで前ではないだろう。

 俺はゆっくり起き上がると、ノビをしてからソファに座り直す。

 

「今日は、何をしに来たんだ?」

「あらぁー? れーばいしさんは私が理由がなきゃ事務所に来ないとおもってるの?  ひどいんだー」

 

 気がつけば、リツが俺の膝の上に座っている。

 楽しげに、パタパタと足を揺らしていた。

 

「そういうわけじゃないけどさ」

「んふふ、れーばいしさんに会いたかったの。その顔、いっつも素敵だって思うの。えへへ、好きよ、れーばいしさん」

「……ありがとうな」

 

 果たして、本当にリツは俺のことを好ましく思ってくれているだろうか。

 なんて、珍しくナーバスなことを考える。

 このジトッとした雨と、出会った時の夢が原因だ。

 俺にとって、アレはほんとうの意味で自分が始まった瞬間だ。

 転生しただけの、霊魂が見えるだけだった俺の前に現れた特別な存在。

 その始まりを思い出したことが、俺を少しだけ気だるくしていた。

 

「……雨、止まないな」

「そうね……もう、三日目になるかしら?」

「ああ、なんとなく……嫌な雨だ」

 

 雨は、もう三日間もこの街に降り注いでいる。

 正確には降ったり止んだりを繰り返していて、そんななんとも言えない天気が長く続いているのだ。

 ただ雨脚はさほどではない、なんてことのない雨だ。

 

「でも、私はいいのよ。サトルと一緒にいられれば、雨でも、雪でも、私は構わない」

「そうなのか?」

「ええ。だってとってもとっても幸せなんだもの。私はサトルが特別よ? サトルが私に幸せをくれた。この感情も、この願いも、この平穏も、ぜんぶぜーんぶ私の幸せ」

 

 そう言って、リツは両手を大きく広げてから俺に抱きついてくる。

 お互いの身体が密着して。

 心音は響いてこない。

 リツの身体は少しだけ温かく、けれどもどこか冷たい。

 人の温度ではないのだ。

 

「こんな時間が、ずっとずっと、続けばいいのにって思ってる」

「……」

「当たり前に明日が来て、願うまでもなく太陽が空高くに昇る。穏やかな時間に感謝して、沈んでいく太陽に感謝と惜しさを覚える。そんな普通で当たり前の日常」

 

 抱きついているリツが、どんな表情をしているのかが見えない。

 俺は、それにどう答えればいいのか少し考えてしまっていた。

 リツがこんなふうに、当たり前の日常を愛おしいと口にするようになったのは最近だ。

 

「――おかしいわよね」

「それは……」

 

 ミクモちゃんがやってきて、俺の事務所はとても騒がしくなった。

 それまでは用事がある時しか来ていなかったロウクが、用事もなくやってくることが増えて。

 少しずつ、リツがこういうことを口にするようになったのだ。

 

「私は神よ? 人ではない。そんな幸福、神にとって普通だと思う?」

「……そんなことは、ないだろ。普通、いいじゃないか。神様が普通を願ったって」

「あはは、貴方が言うと少し変ね」

 

 そう言って、リツは顔を上げた。

 笑みを浮かべている。

 子供らしい、しかしどこか大人びた笑み。

 だけどどうしてだろう、その笑みが、どこか崩れてしまいそうに思えるのは。

 そんな笑みを、リツは浮かべている。

 

「ねえ、この世で最も平凡と異常を同時に抱えている、私の大切な契約者さん?」

「……そうだな」

「私ね、本当に幸せなのよ。だって――この幸せには私にとって――」

 

 

 その時だった、事務所の電話がけたたましく鳴り響いたのは。

 

 

 静寂が破られた。

 なんとなく、そんな気がした。

 リツは俺の膝の上からはなれて、ソファの側に出現する。

 俺はすぐに立ち上がって、電話の方へと駆け寄っていった。

 電話番号を確かめる――相手は、宗屋さんだ。

 

「――もしもし、鞍掛霊媒事務所です」

 

 そうやって電話を取った俺に、宗屋さんは語る。

 その内容は、とても単純。

 

 

 三日前から、理由のわからない意識不明の患者が何人か病院に運び込まれている、という情報だった。

 

 

 雨脚は、少しずつ強くなり始めていた。

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