転生して霊媒師になった俺、やたらと退魔師や妖にビビられる 作:暁刀魚
俺は、雨の中を慌てて駆け抜けて病院の駐車場に停めてあった自分の車に滑り込む。
一応、車の免許だって持っているんだ、地方暮らしだからな。
車の中では、先に戻っていたリツが難しい顔で外の雨を睨んでいた。
「――タツメね」
端的に、そう結論づける。
タツメ。
零号霊魂の”台津芽”だ。
以前話題に出ていた、リツと争ったことのある強大な怨霊。
「やられたわ、肉体から魂が切り離されていた。あいつ、私の感知をすり抜ける方法を考えていたのね」
「人が殺されそうになることで警報が鳴るなら、
「ええ」
俺達は宗屋さんに紹介された病院に行って、意識不明の患者と面会していた。
本来なら無関係な人間がそんなことできないわけだが、まぁそこは宗屋さんの権力に感謝だな。
とはいえ、別に俺が行く必要はなかったのだ。
リツがその患者を、こっそり”視て”くればそれでよかった。
俺が行ったのは……まぁ、リツが心配だったからか。
ともあれ。
「殺されてないってことは、死んでないってことだろ? 魂さえ取り戻せば、あの女性は目を覚ますのか?」
「ええ、そうね。私なら可能よ。……取り戻せれば、だけど」
「取り戻すさ」
いいながら、色々と関係各所へ行っていた連絡を終えてスマホをしまうと俺は、車のエンジンをかける。
リツがそこまで言うってことは、よっぽどそのタツメって霊魂は悪辣なのだろう。
そりゃあ怨みで人を殺す悪霊なのだから当然だが。
「……以前、私がタツメと衝突したことは知ってるわよね」
「もちろん」
「その衝突以前に、宗屋の退魔師がタツメから集落を守るために戦ったことも」
そして、その戦いの末に宗屋家の退魔師が全滅。
以降宗屋家は退魔業を廃業して、地元の有力者としての側面だけが残ったのだったか。
「どれも、壮絶な死に様だった。タツメが奴らを弄んだの」
「それは……」
「聞きたい?」
「いや、止めておく。でも合点がいった。それでリツが出張ったのか」
俺の言葉に、リツは応えない。
だが、否とも言わない。
ならば是ということだ。
リツにとって、宗屋家は自分の神域に土足で入り込んできたよそ者だ。
その上、自分を無視して我が物顔でリツの神域を支配し始めた。
更には人柱なんてものを建てて機嫌を窺おうなんていうんだから、温厚なリツが怒りを覚えるのは当然だ。
「……少なくとも、彼らの人々を守ろうという意志だけは本物だった。私はそれを認めただけよ」
「でも、リツがそれを認めてタツメを撃退したからこそ、今この街は在る」
「……倒せなかったわ」
ポツリと、リツがこぼす。
激しい雨の中、俺達の車は事務所へと進んでいる。
雨中の視界はいよいよ以て眼の前すら怪しくなってきた。
ワイパーはひっきりなしにリズムを刻み、これから雨は更に激しくなることを予想させる。
「私は、アイツを痛めつけて追い返すことしかできなかった。そもそも、零号霊魂って退魔できないのよ」
「どうして?」
「どれだけ痛めつけても、不思議な程に丈夫なの。――アレは不死身といって差し支えないでしょうね」
零号神魔は、その実力はピンキリだ。
人の信仰の多さによって、大きく実力が左右されるから。
リツはその歴史の長さから零号神魔に数えられるが、信仰自体はそれほどである。
零号妖鬼も結構ピンキリだな。
こっちは個体ごとに強さの理由とか違うから、これっていう例がないんだけど。
対して零号霊魂は――とにかく、脅威としか言いようがない。
「何より、零号霊魂へ対抗するには”封印”以外の手段が未だに存在しないのよ」
「封印……か」
正直、あまり愉快な話ではない。
簡単に言えば霊魂を一箇所に閉じ込めて動けなくし、無力化することなのだが。
その霊魂は決して死んだわけではない。
もし万が一その封印が破られたらどうなるか――考えたくはない。
何よりも問題なのが――
「……論外だな、
「まぁ、現代的ではないわよね」
人柱、つまり人を捧げる必要がある。
生贄、と言い換えてもいいだろう。
しかもこれが、霊気を大量に有する退魔師でないと意味がないというのだからなおさらだ。
「少なくとも、俺は無理だな」
「ええ、貴方には霊気なんて欠片もないものね。それに、貴方みたいな異常な存在、捧げられても霊魂だって要らないって言うわ」
「はは、違いない」
なんて冗談を言ってから、少しだけ真面目に考える。
「もし仮に封印なんて自体になったとして……それが可能な俺の知り合いは……ミクモちゃんくらいか」
「それと、御鏡の当主くらいね」
「あの当主なら、ミクモちゃんに後を全部任せて自分が人柱になりかねん、あんまり考えないようにしておこう」
色々と反抗期なミクモちゃんと対立してはいるが、親ばかではあるミクモちゃんの父親のことを思い出しつつ。
俺達は、事務所にたどり着く。
「――それから」
「それから……?」
「いえ、なんでもないわ」
リツは何かをいいかけて、止めた。
俺はそれを追求しようかと思ったが、あえてせずに車のエンジンを止めて扉を開ける。
「さぁ、色々と方針を考えよう」
――零号神魔であるリツなら、人柱の代わりになるなんて。
そんなの、考える必要もないことだからだ。
+
事務所の中に変化はなかった。
窓が割れて雨が吹き込んでたりとか、そういう嫌がらせくらいは想定していたのだが。
「できるわけないでしょ、この世界にここより霊的に恐ろしい場所なんてないわ」
そんなにか、リツの社より危ないのか……
なんでも、一号以上の”魔”はここを畏れて近づかないらしい。
よくよく考えれば、確かに俺の事務所に現れる霊魂は二号までだな。
「一号以上の霊魂は物理的に現実へ干渉できるから、それで建物壊して出てきた代物で自爆しかねないからな……」
「自爆しかねないくらい溜め込んでるの?」
まぁはい、と言ったらリツの目が鋭くなった。
しょうがないだろ、思いつきのまま作ったものが八割方お蔵入りになるんだから。
「とにかく、タツメについておさらいするわよ。台風の日にしか現れないから、台風の目、もしくはタツメと呼ばれているあの霊魂を」
「ああ、頼む」
リツの言葉を聞きながら、俺は色々とスマホとパソコンで連絡を取っていく。
その間にも、リツは色々と俺の除霊の道具とかを引っ張り出そうとしていた。
「これだけ派手に動いているにも関わらず、私は一切タツメを探知できていない。これはどういうことだと思う?」
「えーとそうだな、タツメが自分の存在を隠しているのは当然として……台風の目ってことは――台風の中にいるってことか」
「流石にするどいわね、言うなればこの台風自体が一つの結界なのよ」
台風の中心の、ぽっかりと空いた空白。
正確には台風の目が存在するという概念そのもの。
そこに結界を作るのだ。
嵐の中で一箇所だけ雨が降っていない場所なんて、いかにも世界が切り離された空間――結界っぽいだろ?
「タツメにとって、自分の存在する場所こそが台風の目。だからそこが雨の中だろうとそうでなかろうと、結界を展開して身を隠せる」
「それじゃあ、そもそもタツメに接触すること自体不可能じゃないか?」
「だからこそ、アイツは退魔師からその存在を隠して、逃げおおせてきたのよ」
たしかに、だとしたら方法を考える必要がある。
そもそもタツメはどこに隠れているのか。
もしも結界そのものを”隠す”としたらどこか。
一つだけ、仮説がある。
「よし、こっちの準備は完了だ。それでタツメの隠れる場所についてだけど、一つ思いついたことが――」
あることを思いついて、考えを口にしようとした俺は顔を上げて――
「リツ、どこだ?」
リツの姿が、一瞬にして消えたことに気がついた。
◯
かつて、リツとタツメはリツの社で対決した。
リツが誘導したのだ。
当時のリツは完全にタツメを圧倒していて、両者の力関係は明白だ。
これには二つの要因がある。
一つは退魔師が、命がけでタツメを弱らせたこと。
そしてもう一つが――
「あはは、いい格好ね。貴方らしいわ」
リツが、社に腰をおろして境内のタツメを見下ろしている。
――黒い髪は足元まで伸び、目元を完全に隠している。
リツと同じ白い着物。
年の頃も近く、両者の違いはその髪色と長さ、それからリツの角と尾くらいのものだ。
二人の姿は、似通っていると言えるだろう。
その”有り様”は、あまりにも違っていたが。
『――――何故』
片やタツメの姿はぼろぼろもいいところで、今にも吹けば消えてしまいそうだ
それでも消えないからこその零号霊魂なのだが、それでも。
状況は決定的である。
「あら、まだ話す余裕があったのね」
『――――黙れ!』
その瞬間、タツメが三号霊魂を動かして死角から攻撃を仕掛ける。
リツがそれに気がつくと同時に、タツメ自身も掻き消える。
その瞬間。
「あっは、そんな攻撃で私を捕まえられると思ったの? 貴方ってばかねぇ♪」
『――――グ』
片方の手が、眼の前に出現したタツメの首を即座に掴んだ。
「こっちも、よ」
『アアアアアアアアアアアッッ!』
そして尾が後方から迫る三号霊魂を踏み潰す。
タツメの悲鳴だけが、社に響く。
「愚かねぇ馬鹿らしいわねぇ学習しないわねぇ。
『ガ、ア、グ――――』
「一つは貴方の不意打ちに気づき、一つは貴方の正面からの攻撃に対応できる」
悶え苦しむタツメを、リツは睨みつける。
「神はね、複数の側面がある限り絶対に隙が生まれないの。故に、正面からの力と力のぶつけ合いでしか神は破れない」
『そん、な――――』
「貴方じゃあ、力不足すぎるわね」
そしてタツメを、リツは
「――――」
タツメがその場から掻き消える。
しかしリツは、その手を何度か開閉してポツリと、
「……逃がした? 手応えがないわ」
そう、こぼす。
しかしだからといって、それ以上のことがリツにできるわけではない。
「……ダメね、何も掴めない。あいつは一体どこに隠れているの?」
少しだけ意識を集中させ、周囲を探るものの反応はなし。
それ以上の追跡を諦めて、リツは今後のことを考えるのだった。
――そして、今。
リツは、その時のことを思い出していた。
気がつけば、霊媒事務所にいたはずの自分が社にいる。
神は自分の支配下であれば自由に現れることができるから、それ自体はおかしなことではない。
だが、自分の意志でそれをしたわけではない。
眼の前の存在が、そうしたのだ。
『――――いやぁ』
尋常ならざるほどに長い髪。
リツと同じ白い着物。
かつてリツが彼女と対峙した時にリツが座っていた場所に、そいつはいた。
『油断しすぎじゃない? リツちゃあん♪』
零号霊魂”台津芽”。
リツは、かつての敵と再び相対していた。