転生して霊媒師になった俺、やたらと退魔師や妖にビビられる 作:暁刀魚
一つのことだけをリツが考えているということは、それだけ思考が単純になっているということだ。
リツの多面性が失われたのは、人間的な思考を得たことで思考が複雑になったから。
本来の神とは、もっと機能に近いもの。
人格と呼べるものはあるが、それはあくまで俺達人類に意志を伝えやすいようにするためのものに過ぎないのだ。
だから、要するに。
迷いのないリツは、かつてのリツと同じくらい強い。
いや、どころかそれ以上かもな。
水龍が四体、回避の面倒さは先程の二倍。
これでどうやって対処を――まてよ?
「……いや、むしろ四体のほうがやりやすいか?」
「は?」
俺は、思いつきをそのまま形にする。
四体いる水龍、その一体に
リツは理解が及ばないのか、一瞬だけ眼を丸くする。
だがすぐに俺が碌でもないことを考えついたと気付いたのか、対応しようとする。
「何をするつもりかしらないけど!」
だが、遅い。
俺はもう水龍の懐に入ってる。
この状況でリツは――水龍を動かしてくるはずだ。
俺が目指す水龍をその場から逃がそうとしつつ、残る三体で俺を狙う。
俺は銃弾で逃げようとする水龍を足止めしてから――勢いよく飛び上がった。
だけど、それだけじゃあ空中の水龍に届かない。
なので大変申し訳無いが――
「って、貴方ねぇ!」
「これは本当にごめん!」
こればっかりは、単純にそうするしかなかったのだ。
とはいえ、水龍にさえしがみつければ――
「よっと!」
「ちょこまかと!」
迫る水龍を、しがみつきながら体勢を変えて回避する。
思った通り、水龍にしがみつけばリツの攻撃の手が緩んだ。
「思った通りだな、リツの神気はリツ自身にも効果があるんだ。でなけりゃ龍人形は一発で消えないからな」
「そりゃあ自分で自分を殴れば痛いに決まってるじゃない! だからってこれは卑怯よ!」
「ムキになった神様に言われてもな!」
そのまま俺は、何とか水龍の上に立ち上がる。
この水龍の尾の先に、リツがいるからだ。
「ああまた、そんな無茶をする! どうして貴方はいつもそうなのよ!」
「人の武器は知恵っていうだろ、俺にはこれしかないんだよ!」
危うい足場を、駆け抜ける。
時折襲いかかる水龍は水龍にしがみついて躱し、また立ち上がって走っていく。
「その水龍、消してもいいのよ?」
「消してみたらいいさ。その時には、水弾も水龍もない無防備な状況をリツが晒すだけだ」
「距離を取ってから、また水龍と水弾を出すだけだわ」
「いいや、させないね。
「な――」
確かに、考えがないわけでもないが。
必ず足を止められるとは限らない。
でも、俺はそのブラフを通せる。
畏れのない俺は、嘘に対する動揺もない。
心理戦において、俺は絶対的なアドバンテージがあるのだ。
「……ふーん、でもぉ。れーばいしさんのことだからどーせ、そんな単純な方法じゃないのでしょ?」
「どうかな」
「またそうやって、涼しい顔をして変なことばっかり考える!」
そう言って、リツは水弾を生み出す。
あいつ気にせず撃ってくるつもりだ!
「そんなれーばいしさんに、私がどれだけ心配したと思ってるのぉ? あはは! 人の気持ちも知らないくせにー!」
「……リツの気持ちなんてずっと解ってたよ!」
「だったら、少しくらい自分を大切にしなさいよ!」
そうだ、お互い言葉にこそしてこなかったけど。
リツが俺を心配してることくらい、流石に解る。
それでも――
「それでも、俺にはリツが幸福でいる世界のほうが大事なんだよ!」
「……っ! 私の幸福には、貴方が一番真ん中にいるのよ!」
「だからこそ、リツは俺を守ってくれるんだろ! だったらその力を、誰よりも俺が信じないでどうするんだよ!」
「……っ!」
水弾の中を駆け抜けていく。
攻撃を水弾に切り替え、自分への攻撃をためらわなくなったことで、弾幕の密度は上がった。
でも、今度は水龍が俺を攻撃してこなくなった。
水龍があると視界が遮られ、俺を狙えなくなるからだ。
だったら、ここから取れる選択は一つ。
水弾に当たるのも構わず、リツに突っ込む!
龍人形の在庫が切れるより前に、リツにたどり着くのだ!
「俺が霊媒師になったのは、リツがいたからだ! ただの霊魂が見れるだけの人間が、力のない凡人が魔と対峙するにはリツの力が無いと始まらないだろ!」
「そのせいで、れーばいしさんが傷ついてるんでしょー! だったらさぁ! 私がいなければ――」
「リツがいなければ、俺はリツの愛する俺になれなかったって言ってるんだ!」
リツがいるから、俺は戦うという選択が取れるんだ。
それはリツの力があるから、だけじゃない。
俺は――
「俺は、リツを守りたいから、霊媒師をしてるんだよ!」
無数の水弾から、龍人形が俺を守る。
そんな中で、俺はようやく。
リツの目と鼻の先までやってきた。
「……そうやって私をときめかせる言葉ばっかりつかって、サトルってば変態?」
「なんとでも言えばいいさ、俺は言いたいことを言ってるだけだ」
宙に浮かぶリツに、水龍の上の俺が並び立つ。
リツは逃さない、ここで決着をつける。
さぁ、最後の攻防だ。
◯
空は晴れ渡っている。
先程までの雨が嘘のように。
ロウクは退屈そうにリツの社の方を眺めつつその場に丸くなっていた。
「よいしょっと」
『む――』
そこに、一人の人間がやってくる。
空からぴょーん、という感じで。
――ミクモだ。
「お疲れさまでした、そっちは無事に終わりましたか?」
『うむ、終わったのだろう』
退屈そうにロウクは息を吐く。
ミクモの方も、全ての処理が終わったのでここまでやってきたのだ。
「三号霊魂は概ね成仏しました。その中に混じっていた生霊も無事に回収して、肉体へと返され……目を覚ます人もでてきたとか」
『たくましいものだな』
「成仏にあたった監視の退魔師達は、報告のために本拠地へ一度帰還するらしいです」
『ご苦労なことだ』
退魔師は、基本的に車を使わない。
移動は身体強化の術式を使っての自力だ。
疲れも術で吹き飛ばせるが、精神的にはかなりの重労働だろう。
だというのにお偉いさんは自分が動かないのだから、その重労働を気にしない。
ここらへんも是正していかないと行けないというのが、新世代派の考えだ。
それはさておき、びっしょりと濡れた毛並みを撫でつつ、ミクモは首を傾げた。
「それで、霊媒師さんとリツ様はどこですか?」
「……上だ、終わったのに降りてこない」
「ということは……いよいよやりましたか」
ははぁ、と頬を引きつらせながら苦笑するミクモ。
ロウクもため息混じりに――
「……痴話喧嘩」
『ああ』
二人は思いを一つにする。
何やってんだ、あの二人――
「正直、とんでもないですよね? タツメとの対決なんて目じゃないレベルの超常決戦ですよね?」
「まぁ、正面衝突だからタツメとの対決より時間はかからんだろうがな」
正直、霊媒師とリツがいずれ何処かで喧嘩に発展するだろうなというのはミクモもロウクも解っていた。
明らかに二人が、お互いのことを思っているのにすれ違っているからだ。
「むしろ、あの状態で十年以上やってきて、いままでよく爆発しませんでしたね?」
『そうだな。我もいつ爆発するのかとずっと思っていたのだが、まさかここまでかかるとは』
ミクモは数ヶ月の付き合いしかないのでなんとも言えないが。
数年の付き合いがあるロウクからしてみれば、まさかここまで拗れるとは思わなかったのだろう。
「お互いに自罰的すぎるんですよ。どれだけ相手に不満があっても、最終的には自分が悪いで済ませちゃいますから」
『随分偉そうに語っているが、それは自分のことを棚に上げての発言ではないだろうな?』
「う……少なくとも今は自覚してますから、いいんです」
正直、ミクモも気持ちはわかる。
自罰的というよりも、善良すぎるのだ。
相手のためを思って行動し、その行動を自分の責任として背負いこむ。
そんなことを、霊媒師もリツもずっと続けてきた。
『それが今回の、タツメという神すらも脅かす敵があらわれたことで爆発した、と』
「逆に言えばあの二人の関係は、そこまで行かないと爆発しないんですね」
なら逆に相性はバッチリだよなぁ、というか。
「爆発したうえで、神様と人間のやってることが痴話喧嘩な辺り、相当お似合いなんですね」
『羨ましいか』
「……言わないでくださいよう」
少しだけ頬を膨らませて、ミクモは視線を逸らす。
身近な年上の男性に憧れるのは女子なら当然だろう、と言い訳をしつつ。
「霊媒師さんもリツ様も本当に特別なんです。神様が英雄に絆されるなんて、もう何千年も前の神話の世界でしか起きてこなかったような出来事を、現代でやってるんですから」
『霊媒師は言うに及ばず、千年も穏健な守り神をしてきたあの龍神も、相当な変わりモノだな』
正直、今の時代に神が人を愛しても、多くの場合人は堕落するだろう。
英雄になれるほど、世界はもう荒れていない。
もしくは、個人でどうにかできる範囲をとっくに越えている。
霊媒師でなければ、リツは堕ちていた。
そして何より、リツでなければ霊媒師は契約していなかった。
「なんだか、運命みたいですよね」
『運命? 臭い言葉だな』
「うっさいですね! でも、あの二人が出会うことは、まるで運命みたいだとロウクだって思うでしょう」
少しだけ羨ましそうにしながらも、ミクモは社の方を見上げる。
ロウクは、気にした素振りも見せず目を閉じた。
『そんな言葉よりも、もっと的確で、あいつららしい言葉がある』
「ほおう、なんですか?」
少しの挑発。
ロウクはそれに乗らず、端的に告げる。
『縁、だよ。人の縁を大事にする彼奴等らしい言葉だろう』
ミクモは、思わず納得してしまった。
それから悔しそうに「ぐぬぬ」とこぼす。
「……まあいいでしょう。それでロウク、貴方はどっちが勝つと思いますか?」
『神だ、人が神に勝てるわけがないだろう』
「私は霊媒師さんだと思います、人の意志を、根性を、舐めてはいけません」
それから、ミクモとロウクは痴話喧嘩の勝利予想へと話を移す。
もう事態は片付いたのだからと、言わんばかりに。
実際、空は晴れ渡り――陽の光が、霊媒師達の痴話喧嘩を見守っている。
◯
「――私が、サトルの返してくれたものに答えられなかったことは、確かに悪かったと思う」
「……」
「でも、貴方は私が一番欲しかったものは返してくれなかったわ」
お互いに、正面から向かい合い、言葉を交わす。
水龍は動かない。
ここからは、後一つで全てが終わるとお互いにわかっているからだ。
「貴方の幸福よ。私が幸福になっていいのかわからなかったのは。その資格を確認できなかったのは、貴方が幸せだと言ってくれなかったから!」
「……それは」
「一度だって、言ってくれなかったじゃない! 自分は幸せだって、貴方自身が!」
それは、たしかにそうだ。
俺は間違いなく恵まれている、リツのおかげで多くのものを得られた。
だから返そうとした、その理由は語らずに。
「男の人っていつもそう! 言葉で返すのが恥ずかしいと思ってる! こうやってお互いの言葉をぶつけ合う段階になって初めて言葉にするなんて酷いとおもうわ!」
「言葉にする方が、リツは遠慮するだろ! 俺が幸せだって言ったって、リツはそれを気にするさ! これ以上重いものをリツに背負わせたくなかったんだよ」
「それは……確かにそうかもしれないけれど! もうすでにこれだけ貰ったのに、今更そんなことをいうの!?」
リツは自分で自分を律していると思いながら、それ以上の感情を抱えてしまうタイプだ。
言葉は、言葉にすればするほど積み重なっていく。
リツの中での罪悪感は、俺が言葉を口にする度に膨れ上がっていくんだ。
「だから言葉にはできなかった、俺なりの方法で返すしかなかった! 解ってるだろ、お互いに不器用だってことくらい!」
「だったらここで全部吐き出すだけよ! もう知らないんだから、サトルのことなんて!」
そこで、お互いの緊張が最大まで膨れ上がる。
どちらも相手が動くというのを察して、自身もまた行動を起こすのだ。
「これで……終わり!」
俺の足元から、水龍が消える。
それが解っているから、すでに水龍から飛び降りていた俺の足元には、水の塊が浮いていた。
タツメのそれを真似たのだろう。
完全に真似ることはプライドが許さず。
最初から俺を包むのはいくら龍人形で守られているとはいえ俺が心配だからできず。
結果として、足元で待ち構える形になったってところか。
ああ、やっぱり。
「――そうすると、思ったよ!」
俺はその瞬間、懐から取り出したあるものを水の塊へと投げ入れる。
それは、その瞬間。
「これは……私の神気!? 違う、別のものと混ざってる!」
「龍人形の神気だよ! アレはリツのものだけど、一度加工した時点で少し違うものにもなっている!」
具体的に何をしたか。
リツが龍人形を破壊したことで、その中に溜め込まれていたリツの神気が周囲に蔓延する。
これにより、リツ以外の存在の神気が境内を満たすのだ。
ようは、タツメの時と同じ用に別の存在の力で周囲を満たし、リツの転移を防ぐのである。
ただ、龍人形の神気は多少加工されているとはいえリツの神気だ。
これ単体ではリツの転移は防げない。
だから別の存在と反応させて変化させる必要がある。
そのために、リツの神気の塊と、それ以外の力の塊が必要だった。
「投げ入れたのは……私のお守り!」
「リツの神気でできていながら、宗屋さんの古い和紙を素材に使ったことで
これにより、一気に周囲の神気はリツのそれとはまったく別のものに変質する。
これで、リツはもうどこへも逃げられない。
「だけど、近づかせない!」
しかし、リツはリツ自身を守るように水龍を四体展開させる。
これを越えないと、俺はリツにたどり着けないのだ。
だから俺は拳銃のマガジンを取り替えてから、それを――
「無駄よ、弾丸一つで水龍四体は退けられない」
「この拳銃は、物理的な威力を無視すれば――こうしたほうが威力が高い!」
投げ入れる。
「なっ――」
途端、水龍四体は容易に消し飛ぶ。
零号霊魂すら、地につかせるほどの威力を拳銃まるごとぶつけたのだ。
特に、ロウクの妖気は拳銃の方に付与されているから、拳銃をぶつけるのが最大火力になる。
「それでも――!」
「これで――!」
リツが、手を構える。
水球をそこから生み出すつもりか。
でももう、ここまで来たら構わない!
龍人形の在庫が尽きている可能性がある、それでも、突っ込むだけだ!
「リツ、俺は――!」
そして、手を伸ばす。
ここからどうやって、リツに俺のほうが強いと証明するか。
殴るとか拳銃で撃つとかは論外だ。
だから最初から――ここで俺が取る行動は決まっている。
「――っ」
そんな俺の行動に、リツはどこか意外そうな顔をして。
水弾は放たれることはなく。
俺がリツに抱きついたことで、決着はついた。
「……これで」
「…………」
「俺は、リツより強いって証明できたよな?」
「…………ずるい」
リツを地面に叩きつけないよう、背中から倒れ込み。
リツを抱えながら言う。
俺の勝ちだ、と。
「ずるい。最後の最後で、それはずるい。絶対に、もっと具体的な方法で私に勝つと思ってたのに」
「それは、さっきまでやっただろ」
「最後の最後で情に訴えるとか……ずるい!」
ずるい……って。
まあ確かに、ここで抱きつこうとしたことでリツは明らかに動揺した。
それを情に訴えたと言えば、たしかにそうなのだろう。
いや、そういう考えがなかったわけではないけどさ。
単純に――
「俺がリツを傷つけたくなかっただけだよ……悪いか?」
「悪い……悪いわ。貴方は私みたいな純朴な神を騙す、悪い人よ」
「純朴?」
「なにか言った?」
いや……
流石にこれ以上口喧嘩は御免被るので、俺は首を横に振った。
「……あはは」
「……はは」
そうして、不思議と二人で笑い合う。
どうしてだろう、さっきまでずっと喧嘩していたのに、色々言いたいことはったのに。
今は、ただ笑みしか浮かんでこない。
「……なぁ、リツ」
「なぁに?」
「――――今、幸せか?」
だから、そう問いかける。
リツは、少しだけ考える素振りを見せてから――考えるまでもない答えを口にした。
「ええ、幸せよ」
どこまでも、幸せそうな笑みで。
俺の契約者は、笑っていた。
次回で第一章終了です。