転生して霊媒師になった俺、やたらと退魔師や妖にビビられる 作:暁刀魚
なんでもない昼下がり、俺の事務所に”そいつ”は現れた。
『出てこい、霊媒師』
唸るような、人ならざるモノの声。
具体的にはちょっと加工入ってる感じ。
現れたのは、蒼の獣。
数メートルはあるかという巨体の狼だった。
事務所にすっぽり収まるかという体躯が――
「……出てこいも何も、俺は後ろにいるぞ」
――俺に背を向けていた。
尻尾がゆらりと揺れている。
『なに!? 貴様、いつの間に後ろに!』
「”ロウク”が出現の位置を間違えて後ろ向きに現れたんだよ。俺は最初からここにいる」
『ぐ……おのれ霊媒師、図ったな……!』
そう言って、狼――ロウクが振り向こうとして失敗する。
デカすぎたのだ。
事務所が大変なことになるから、今すぐサイズ小さくしなさいって。
実際、ロウクは自身の身体をシュルシュルと小さくして振り向いた。
それでも人と同じくらいの大きさがあるが。
『我にこのような侮辱……許さんぞ霊媒師!』
「だから俺は何もしてないって。それで、今日は何をしに来たのさ」
『妖鬼同士の集まりで近くを通ったからに過ぎん。酒がうまかったからな、ツマミにお前を喰ってやろうというわけだ』
――妖鬼。
この世界に存在する、人ならざるものの一種。
霊魂との違いは、人が死んだ後になるのが霊魂であり、妖鬼はそれ以外であるという違い。
妖鬼は、動物が死んだ後に変化するものから、人間が生きたまま変化する霊も存在する。
他にも妖鬼同士の子供として誕生する場合。
眼の前の妖鬼――ロウクと呼ばれる狼は最後のパターンだ。
『恐怖で顔がひきつっているか? くくく、いいぞ。その恐怖ごと美味しくいただいてやるとしよう』
「はいはい。とりあえず仕事が終わったら相手するから、そこでまってて」
『我をミクモと同じ括りで扱うな! ころすぞ!』
「最初から殺すつもりだったんじゃないのか……?」
『……!!』
ロウク。
俺と繋がりのある、数少ない妖鬼の一体だ。
そもそも俺は、退魔師もそうだが妖鬼や神魔ともあまり繋がりがない。
退魔師に関しては説明した通りだけど、妖鬼や神魔もリツを避けているのだ。
そんな中で、ロウクはリツを怖がらずに俺へ接触してきた。
理由は――それこそ、ミクモちゃんと同じだ。
『貴様ぁ……! この一号妖鬼たる我を愚弄するつもりかぁ!?』
「愚弄はしてないけどさ……そんなに言うなら、口ばっかりじゃなく普通に襲いかかればいいじゃないか」
『それだ!』
「ええ……」
一号妖鬼、つまり俺が普段除霊している二号霊魂よりもすごい存在だ。
実際、ロウクは零号妖鬼と一号妖鬼の子供ということもあってミクモちゃんと同じように将来有望な妖鬼である。
ただし、年はまだ百年も生きていない若造。
リツの十分の一だぞ、これをリツの前で言ったらたとえ俺でも殺されるが。
ちなみに性別は不明で、数年の付き合いになるが人型になったことは今のところない。
妖鬼は性別という概念そのものがない奴も多いのだ。
こいつのご両親とか、父親と母親って呼ばれてるのに見た目両方女性だし、どうなってるんだろうな?
『死ねぇ、霊媒師!』
かくして、ロウクは勢いよく俺に襲いかかり――
俺に食らいつく直前で、見えないなにかに阻まれた。
『ぎゅお、なんだこれは……! 霊媒師、何をした……!』
「いや……ロウクの牙を護符として持ち歩いてるだけだけど……」
『誰だそんなものを霊媒師に渡したのは!』
「ロウクだけど……乳歯が取れたって、喜んで報告してたじゃん」
『!?』
案の定覚えていなかったのか。
ロウクは、細かいことを気にしない性格である。
バカとか言ってはいけない。
『く……妖鬼の牙を護符に使うなど……退魔師が見たら泣くだろうなぁ! 我ら妖鬼と退魔師は古くからの宿敵なのだから!』
「それは個体によるだろ。中には退魔師と協定を結んでる妖鬼だっているんだから」
『そんな軟弱な存在は妖鬼とは認めん!』
いや、君のご両親だって退魔師と一定の協定を結んでるじゃないか、とは言わないでおく。
ともあれ、ロウクの牙は実際役に立っているのだ。
俺は霊魂相手なら、霊障を受けることなく近づくことができる。
だが、強力な霊魂やロウクのように物理的な肉体を持つ妖鬼、神魔相手の物理攻撃を苦手としている。
それを防ぐうえで、一号妖鬼のロウクの牙は非常に強力である。
こういった護符をそこそこ持っているのだ、俺は霊力とかないから自前の自衛手段を持たないからな。
『硬い……この結界硬いぞ……! なぜ我の攻撃に我の牙がここまで耐えるのだ……!』
「それは秘密」
ヒントはリツ。
答えはリツが神力を注いでくれたことで強化されている、だ。
ともかく。
『ええい、仕方がない。今日はこのくらいで許してやる』
「そうしておこうな」
『……ところで、今は何をしているのだ』
のそのそと、ロウクが俺の方にやってきて後ろから俺の手元を覗き込む。
現在の俺は色々とメールを返しているところだ。
俺の仕事は忙しい時とそうでない時の差が激しい。
でかい依頼一つこなせば、ひと月分の収入が賄えてしまうくらいだからな。
今は暇な時である。
なので俺は、ロウクとの会話へ意識を向けた。
「以前除霊した霊魂に関わってた人から、これは霊障じゃないかって言われてそれは霊障じゃないですねって返す仕事」
『それは仕事なのか……?』
「できるのが俺しかいないし、アフターケアだな」
言いながら、体を寄せてくるロウク。
思わず頭を撫でる俺、ロウクは気持ちよさそうに目を細めた。
『貴様、我が来るたびにここで暇そうにしているではないか。本当に儲かっているのか?』
「儲かってるさ。ぶっちゃけ、学生のころから結構偉い人からも依頼を受けて除霊してたりするから貯蓄は多い」
わっしゃわっしゃ。
ロウクを撫でながら、片手でタイピングをしていく。
効率は悪いが、文面を考えながらだとそもそもタイピングは遅くなるしな。
今はロウクをかまっているのもあって、更に効率は悪いけどそんなものである。
『そいつらは、退魔師を頼らんのか』
「地域によるけど、退魔師の存在を知ってる偉い人ってのも、もう随分少なくなってるんだよ。このあたりはリツの影響で退魔師が少ないから知らない人も多い」
そもそも、俺が住んでいる県で大きい退魔師の一族が御鏡くらいなのだ。
それくらいリツの影響は大きいのである。
もちろん、退魔師の影響が強い地域もある。
京都とか東京とか、人の多いところはやっぱり人の手で管理する必要があるからな。
『ふあああ……それで、他にやることはないのか。結局暇なことに変わりはないだろう』
「一日に一人か二人くらいは、近所の人が失せ物探しに来るよ」
『そんなものを霊媒師にさせているのか? 暇なのはそいつらだったか』
気持ちよさそうに撫でられるロウクの、それはもう気持ちいい毛並みを堪能する。
ちなみにどうやって霊媒で失せ物探しをするのかというと、三号霊魂に頼むのだ。
霊魂は物理的な影響を受けず、壁をすり抜けたりできるからな。
失せ物探しには適任というわけだ。
「彼らとの交流も、立派な仕事なんだよ。俺の仕事は、人と関わることだから」
『人と関わる、ふん。つまらんお題目だ』
「ロウクは妖鬼なんだから、それでいいと思うけどね」
わっしゃわっしゃ。
ロウクが少しずつ姿勢を低くしていくので、それに合わせて手も動く。
あ、床に寝転がった。
まぁでかいので、椅子に座ったままでも問題なくなでることができるので問題はない。
「妖鬼っていうのは、人を喰らう存在だ。別に人のことを知る必要はないと思う」
『ごろごろ……貴様に指図されるいわれはない』
「ははは、それもそうだ」
妖鬼、その存在意義は人を恐怖させ喰らうこと。
人が”魔”に対して抱く恐怖――すなわち、畏れを意図的に食べるのが妖鬼という存在だ。
その食べ方は様々で、人を驚かせる無害な唐傘お化けみたいな存在から、ロウクのような人食いの怪物まで様々である。
いや、ロウクを人食いの怪物と呼ぶのはまた違うんだけど。
とにかく、その性質上妖鬼は人類に対して脅威となる存在である。
退魔師は霊魂だけでなく、危険な妖鬼を退魔する必要があるのだ。
これに関しては俺もできることは少ないので、お疲れ様ですって感じだな。
ただ、俺は幼い頃からリツと契約していて、リツの逆鱗に触れることを畏れてか妖鬼が襲いかかってくることもほとんどない。
ロウクくらいだ、俺を喰ってやるとかいい出すのは。
まぁそのロウクも――
『はっ、れ、霊媒師貴様……! いつの間に我をこのような屈辱的な姿に!』
――ひたすら撫でていると、こうやってお腹を見せてくれるのだけど。
しまった、気付かれてしまった。
今日は結構気付くのが早いな、妖鬼との集まりで酒が入っていると言っていたから、多少は酔っ払って気付かないと思ったのに。
『貴様……貴様またこのような! 我に辱めを! 今日という今日は許さんぞ!』
「撫でられながら言うことではない。というか、そういうことはだな――」
『ぐるるるる』
俺は作業の手を止めて、ロウクを撫で回しながら言う。
威嚇のために、俺に牙を向けるロウク。
そんなロウクに俺は――
「一人でも本当に人を喰ってから言おうな」
と、ロウクの弱点を突いた。
『くぅーん』
「おーよしよし」
『わふっ、わふっ』
誤魔化しと、撫でられることの気持ちよさで完全にワンコになるロウク。
俺もロウクを撫でることに夢中になっていた。
『……いや、しかしだな、アレだ、霊媒師』
「おーどうした?」
『くぅーん。そもそも、我以外だってそうだろう。昨今の妖鬼に人を喰ったことのある妖鬼がどれだけいると思っている?』
わしゃわしゃ。
ぶっちゃけ知っているし、この会話もすでに何度かしていることだが、俺は撫でながらロウクの言葉を待った。
『ほぼ零に等しいのだ。今の時代は人間が多すぎる! 人を食えばすぐに噂となり、退魔師の耳に入る』
「そりゃそうだ。それに、人の戸籍管理も昔よりずっとしっかりしてるからな」
『わふわふ。第一、お前が我をこのようにしたのもいかんのだ』
喉を撫で回す。
気がつけばロウクはいつの間にか更に小さくなり、俺が撫でるのに丁度いいサイズになっていた。
『ただの人が、一号妖鬼を懐柔したことで妖鬼達が貴様に震え上がっているのだぞ……!』
「それは、迂闊に懐柔されるロウクに問題があるような……後、自覚あったんだな」
『うるさいぞ! あ、そこいい感じだもっと撫でろ――』
一号妖鬼とは一体……
少なくとも、ロウクに関しては完全にペットみたいな感じになっていた。
最初のアレも、ロウクなりのじゃれ付きってやつだな。
はははういやつめ。
しかしまぁ、出会った当初はもう少し攻撃的だったというのに。
どうしてここまで言葉だけのツンデレになるのか、疑問ではある。
確かにリツ印の護符で、妖鬼や一号霊魂の物理攻撃をシャットアウトできるけど。
それ以外は本当に
不思議だ。