転生して霊媒師になった俺、やたらと退魔師や妖にビビられる 作:暁刀魚
その夜、俺はリツと軽く酒を飲み交わしていた。
珍しいこともあったもんだ。
俺はあまり飲む方ではないし、リツもそれは同様。
温泉旅行みたいな特殊な環境でもないと、あまり晩酌の機会がないのが俺達だ。
「んふふ、いいお湯だったわ。相変わらずこの宿は最高ね……」
「大丈夫かリツ、普段より酔いが早い気がするが」
「ええ? そんなことないわよぉ、サトル。私はいつもこんな感じ……」
ちょっと顔を赤らめながら、明らかに酔ってる感じのリツ。
神様が酒で酔うのか、と思うかもしれないが。
案外酔いやすい方の神が多いのではないだろうか。
元々、神は祭りや宴の類が好きで、酒をガンガン飲む神が多い。
リツみたいに、人に無関心を貫いているような神でも、祭りがあれば酒を飲む。
そうなると、神は祭りの雰囲気に酔うのだ。
肉体を持たない分、精神がその場の雰囲気に影響を受けやすいのだろう。
酔っている側面が強く顔を出す、ということでもあるので非常時には即座に冷静さを取り戻すのだが。
「くすくす、くすくす、れーばいしさーん、もっと呑んでもいいのよぉ?」
「よせって、子どもっぽい側面で酔っ払うのは絵面が悪い」
「あらあら、硬いんだから。ほら、もういっぱい注いで上げる」
「うおっと」
それにしたって、今日のリツは酔いすぎだ。
普段なら、飲酒は自分のペースでやるタイプなのに。
しかもなんかこう……距離が近い。
俺の方にしなだれかかるように……ほんと近いな?
「……リツ? なんで今日はそんなに距離が近いんだ?」
「えー? 元々私達の距離って、こんなものでしょう?」
「いや、そうかもしれないが……それにしたって近すぎだろこれは」
「……むう、鈍く育てすぎたかしら」
何の話だ?
とにかく、この状況で俺まで冷静さを欠くのはまずい。
酒はこのくらいにして、今日は早めに眠るとするか。
「リツ、俺はそろそろ寝ようと思うんだが」
「あら、一緒に寝てくれるの?」
「一緒に寝てるだろ、同室だぞ?」
「うふふ、夫婦だものねぇ、うふふ」
部屋割りは俺とリツが同室で、ミクモちゃんとシオンちゃんが同室だ。
絵面的に端から見て大丈夫なのかと言えば、そこら辺はいくらでも誤魔化しが効くからな。
……言ってることだけ見ると最低だな?
実際には俺のほうが遥かに年下なんだが。
ともあれ、俺達は旅館の人からは夫婦だと思われてた。
以前来た時は恋人同士って見られてたから、進歩してるらしいな、これ。
「でも、ねぇ」
その時だ。
リツの手が、俺の方に回される。
そのままゆっくりと、俺の上にのしかかる。
リツは、肉体を持たないから重さはない。
けれど、確かにそこにリツがいる存在感は、感触から伝わってくる。
……なんだか、その顔が潤んでいて。
妖艶、を通り越して。
「夜は、まだ長いと思わない?」
艶やかな、色を持っていた。
そのまま。
「……ねえ」
俺を、リツは押し倒してくる。
腰掛けていた座椅子が横にズレて、俺達は畳の上に転がった。
……なんだろう、この。
「サトルにとって、私って何?」
今のリツから感じる違和感は。
「俺とリツは……契約関係だろ?」
「”それ”だけじゃ不満だって、言ったら?」
リツは、基本的に自分から積極的に行動を起こすタイプじゃない。
こちらの行動を、躱しながら少しずつ受け入れるタイプだ。
迂遠と言うか、遠回しな言い方を好むというか。
純粋に好意を伝えると、喜んではくれるけれど。
正面から本気で伝えても、避けられてしまう。
ようするに、ぶっちゃけ面倒くさい。
「私は――不満よ。貴方と私は、比翼の鳥。常に並び立って、離れることはない」
「だったら――」
「だからこそ、私は貴方がほしいの、サトル」
だけど――ああでも。
言葉自体に嘘はない。
神が嘘を嫌うというのはあるし。
多分、避けていたってリツはいつも俺のことをこれくらい思っている。
だからこそ、違和感はあっても。
リツはリツだ。
「ねえ、サトル」
リツが、ゆっくりと俺の耳元に顔を近づけて。
艶やかに、囁いてくる。
ああ――これは、アレだ。
「私と――溶け合いましょう?」
リツは、暴走しているようだ。
普段のリツらしくない、直接的な物言い。
でも、だからといってリツ以外がリツにこんな行動を取らせることはできないだろう。
ようするに、普段抱えている感情を爆発させないと、こうはならないのだ。
――まずい。
「――サトル。サトル。れーばいしさん。ねぇ、ねぇ」
リツがこんなにも不安定になることはすくない。
肩を開けさせて、馬乗りになって。
舌なめずりをしながら、顔を赤らめて俺を見下ろしてくることなんて。
早々ない。
だからこそわかる。
これは、なにかまずいことが起きている、と。
思い出されるのは、昼間の出来事。
なにやら違和感を感じた様子のリツが、手首を押さえていた。
多分、あの時だ。
アレがリツに何かしらの干渉を齎して。
そして、今宿を観察すれば、わかる。
明らかに、気配が先程までと一変していた。
俺は霊的存在の探知には疎いのだが、それでも解ってしまうほどに。
いや、わからないはずがない。
なにせ、この状況を作っているのは――リツなのだから。
「ねぇ、サトル――私とこの世界で、永遠に愛をささやきあいましょう?」
リツは今、この宿を支配する形で、因習村を形成している。
そう、判断する他無かった。
◯
この状況を因習村と表現するのはおかしいのだが。
信仰を集めるためという動機部分以外は、理屈としては因習村なのでそう呼称する。
ようは「神が目的を持って異界に人を隔離する」ことがこの世界における因習村の定義だからな。
リツの場合は、俺と永遠にこの世界で生きるため。
これは外部――十中八九、朽土果――の干渉でリツの感情が暴走してしまっただめだが。
問題は、そもそも零号神魔の本体が作成した因習村は、とんでもなく厄介だという点だ。
朽土果の分体が作った因習村は、力の規模から行っても他の神魔が作成した因習村とそこまで違いはない。
だけど仮に、本体の朽土果が因習村を形成したら。
はたしてその被害はどれほどになるか。
リツが現在形成している因習村を例にとって、説明すると。
まず、リツは現在この旅館全体を自分の支配下に置いている。
俺とリツが永遠に暮らす世界を作るため。
結果として、旅館にいる俺達以外の人間――ミクモちゃんや旅館の従業員――はおそらく眠りについていることだろう。
俺達の逢瀬をジャマさせないために。
それ自体なら、他の神の因習村でも起こり得る自体だ。
だが、問題はそれがだんだんと拡大していくということ。
神とは自然そのもの、中でも零号神魔は長く存在している分”世界への影響力”みたいなものが高い。
そんな神魔が異界を作ると、勝手にその異界が拡大してしまう。
リツの作ったこの因習村は、何れ世界を覆うだろう。
俺とリツ以外の全ての存在を眠りにつかせ、俺達だけが永遠にその世界を生きるのだ。
ようするに世界が滅ぶ。
それが、まず
そうだ、零号神魔が暴走すれば、世界が滅ぶなんてことはまさに序の口。
零号神魔の異界がやっかいなのは、過去にすらも影響を与える点だ。
リツと俺しか生きていない世界が、
この星も、宇宙も、何もかもが。
まず最初に現在が滅び。
現在が滅んだことで、未来が閉ざされ。
そしてゆっくりと過去をも侵食していく。
過去はすでに確定している事象だから、過去の人間はその”変遷”に気付くことはないし。
抵抗することもできない。
しかし、何よりも厄介な点はそこではない。
最も恐るべき点は、その状態が、異界を作った神にすら有害であるということだ。
やがて何もかもが塗り替えられた世界で、残された神は朽ちていく。
自身を形成する自然そのものを塗り替えてしまったからだ。
もしもリツがそうなった場合、そんなリツに囚われた俺も同様に朽ちていく。
異界が世界を覆った時点で、俺はその異界の一部となるからだ。
なんというか、零号神魔の異界は世界の法則すらも塗り替えてしまうんだよな。
「俺とリツだけが永遠に生きる世界」に世界が塗り替えられて。
俺という存在は、世界の法則そのものになる。
それはもはや生きているとは言えないだろうし、過去の塗替えによって朽ちていく神と運命をともにするのは自然の摂理みたいなものだ。
零号神魔以外の神が作る異界、因習村なら。
それはあくまで世界の一部だ。
破壊すればもとに戻るし、世界を侵食することもない。
だが、零号神魔のそれは違う。
あまりにも絶対的で、世界すらも歪める新たなルール。
そんなもの、歴史ある神魔が作っていいはずがないし。
それを作りかねない神魔である朽土果は、だからこそ封印されているんだろう。
そんな異界が今ここに。
――寄りにもよってリツの手で作られてしまった。
「――私はね、ずっとずっとずうっっと、こうしたかったのよ」
「……そうだな」
俺を押し倒したまま見下ろして、リツは笑みとともに告げる。
「私は貴方以外何もいらない。貴方には私以外何もいらない。それって、とても自然で、当たり前で、ゆらぎない事実だと思わない?」
やがて、ゆっくりとリツがその体を俺にしなだれかからせて。
身体を、頬を、弄ってくる。
誰にはばかることもなく、ただただ自分の情動に突き動かされて。
――これは、結局のところリツの偽らざる本音。
朽土果は、ただ背中を押しただけなのだ。
リツが俺と出会ってから、抱えている想い。
我慢している、情動にほかならない。
だからこそ、思う。
この情動に身を委ねてもいいのではないか、と。
リツにとって、俺が世界よりも優先されるように。
俺にとっても、リツよりも優先されるものはそう多くない。
ただ、それは世界を滅ぼしてまで、叶えていい願いではない。
むしろ、俺にとってはその逆。
もしも世界を救うために、俺とリツの二人が犠牲になればいいのなら。
リツがそれを望むなら、きっと俺はそれに付き合うだろう、と。
そう思うのだ。
「――だから、リツ」
ごめん、と心の中だけで謝る。
今のリツに言っても、その言葉は届かないから。
――零号神魔の生成した因習村を破壊する方法は、基本ない。
なぜなら、そもそも因習村を破壊する方法が作成した神を合一化するしかないからだ。
そして合一化は格上の神が格下の神に対して行うもの。
零号神魔を合一化できる神はいない。
ただ、唯一。
リツに限っては――というか、この状況に置いては。
一発で因習村をどうにかする方法があった。
それは――
「……リツ、ちょっと酒臭いぞ」
「…………はぁ!?」
リツを怒らせて、冷静にさせることだった。
◯
理屈としては至って単純で、怒りによって意識がそれれば暴走状態よりも冷静さを取り戻せる。
そうなれば、後はリツ本人に因習村を解除してもらえばいい。
外部からの干渉では合一化以外に因習村を破壊する方法は基本存在しないが。
神が自分の意志で解除する分には、何一つ問題は起きないからな。
んで。
一応言い訳をさせてもらうと、俺だってこんなことやりたくはなかった。
リツに恥をかかせるだけだし。
でもそうしないと世界が滅んでしまうなら。
やらかしたのはリツなのだしやるしかない、と思っただけで。
それはそれとして。
「れーばいしさん!? サトル!? ねぇ、いきなり何言い出すの!? ねぇ!?」
「ごめん、ごめんって。いやほんと、ごめんって」
リツはめちゃくちゃ怒った。
やらなくてはいけないことと、それによって発生する感情はまた別ということだ。
特にリツは面倒……感情表現豊かな神様であるからして。
「いくらなんでも、あそこで言うことじゃなくない!? 雰囲気ぶち壊しじゃない!」
「雰囲気ぶち壊さないと世界がヤバかったんだからしょうがないだろ。というか、リツだってあんなバカみたいなタイミングで世界滅ぼしたくないだろ!」
「う……そ、それはそれ、これはこれよ!」
リツがたじろいだのを見て、俺はリツを抱えながら起き上がる。
「とにかく、せっかくの雰囲気を台無しにしたことは謝る。今度また温泉旅行に行こう、な?」
「そんなんで私の機嫌が治るとでも?」
「――次は草津行こう」
「許すわ」
というわけで、リツの機嫌は何とか治った。
そして、機嫌が治ると今度はリツが恥ずかしさで死にたくなってくる。
「それにしても、これ……何してるのよ私……」
「まぁ、まぁ。まだ取り返しはつく範囲だ。異界はいつでも消せるしな」
「……私ってやっぱり、サトルの負担にしかならないのかしら」
この落差が、いかにもリツって感じだ。
さっきまでの異様な雰囲気から、いつも通りのリツが戻ってきて安心する。
百面相というわけではないが、神様ってのは側面がいくつもあるから。
ころころと表情を変えてくれるのが、なんだか一緒にいて楽しいのである。
「そんなことないさ。それに、朽土果から干渉を受けたってことは、朽土果から接触されたってことだろ?」
「……そうね」
「色々と、解ったこともあるんじゃないか?」
「もう、またそうやって実利の話ばかりする。サトルって、いつもそうよね」
いいながら、寂しそうに俺に手を回してくるリツ。
それをなだめるように、頭を撫でつつ。
「……正気に戻る直前まで、朽土果はこの状況を見ていたわ」
「それはまた……性格の悪いことで」
自分の策が上手く行ったから、高みの見物をするつもりだったのだろう。
祟り神というのは、基本的に邪悪な性質が強い。
ゆえにこそ、この状況は笑いが止まらなかったはず――
「……私があそこまでやるとは思ってなくて、焦ってたみたいね」
――なんてことは一切なかった。
どうやらリツが因習村を形成して世界を滅ぼすまでやるとは思っていなかったらしい。
「俺を押し倒して、身動きを取れなくさせる……くらいの目論見だったのか?」
「そうみたいね。でも、変よね。人を愛した神なんて、愛した人間と永遠になりたいって誰でも想ってることでしょう?」
「……そこまで強く想ってるのは、リツくらいなのかもな」
少なくとも、完全に朽土果にとっては想定外だったようだ。
ってことはあいつ、ほんの気まぐれみたいに放った一手で詰みかけてたのか。
零号神魔の異界が広がれば、同じ零号神魔でも対抗できないからな。
「……気まぐれ、どうかしら」
「なにか思うところがあるのか?」
「私達があの場所を訪れることは、偶然だったと思うし。それを好機と思っただろうことは事実」
でも、それだけじゃない気がするとリツは言う。
「そもそも、違和感があったのよ。以前に私達が因習村に囚われた時も――その時は、私が狙いだったと思ってたけど、本当にそう?」
「違うとすると……まさか、俺が狙いなのか?」
「すくなくとも、前回はそうだったのではないかしら」
確かに、そう言われると。
リツを朽土果がどうこうしよう、というのは一見それっぽい話だが。
効率が悪いようにも見える。
相手は零号神魔、普通の人間を因習村に”取り込む”よりも難易度は圧倒的に高い。
まだ、俺を取り込む方が難易度は低いのではないだろうか。
なにせ肉体だけは、あくまで普通の人間だからな、俺は。
「でも、それだったら今回は俺を押し倒させるだけ、ってのはおかしいだろ。もっと直接的に、俺をどうにかするために行動していてもおかしくない」
「考えられるとしたら――」
「……時間稼ぎか」
思い返せば、この場にはもうひとり。
取り込むのにちょうどいい人間がいる。
すなわち――
『ええと、あのぉ。そろそろアタシも話に混じってもいいっすか……? 二人のお時間を邪魔して申し訳ないんスけど……』
――と、その時だった。
シオンちゃんが、壁を貫通して俺達の部屋に入ってくる。
……シオンちゃんもしかして、リツが形成した因習村の中でも動けてた?
ってことは、あの状況を見てた……?
「――――」
あ、リツが完全に恥ずかしさで停止した。