転生して霊媒師になった俺、やたらと退魔師や妖にビビられる 作:暁刀魚
我はロウク、一号妖鬼である。
言うまでもなく、我は強い。
妖鬼同士の争いでも、退魔師との喧嘩にも負けたことがない。
若輩だと我をバカにするモノもいるが、そんな若輩にも勝てぬ輩に傾ける耳などないのだ。
人を食ったことがないという欠点こそあるが、そんなものは今どきの妖鬼なら当たり前のこと。
そもそも人を食うだけで本気で退魔しにくる退魔師がいかんのだ。
昔から、人食いの妖鬼には絶対に容赦しないのが、退魔師というもの。
我とて負けるつもりはないが、やるからには必勝を期す必要がある。
今は機を窺っているだけだ。
とはいえ、妖鬼は人の畏れを食べる存在。
最近の妖鬼は人を食べる手段がない。
ゆえにこそ、人が元来持っている畏れを横からかすめ取るしかないのだ。
方法は二つ。
人間どもが心霊スポットだとかいう、霊魂を怖がるための場所に潜み、やってきたバカな人間の恐怖感情を食うこと。
もう一つは人の生活に入り込み、人が潜在的に抱いている死への畏れを少しずつ食らっていくこと。
はっきり言って、屈辱的だ。
昔の人々は妖鬼を常に畏れていた。
夜の影を妖鬼として畏れ、不可思議な物音を妖鬼として畏れ。
妖鬼は、百鬼夜行としてこの国すべてを支配し練り歩いていたのだ。
そんなかつての全盛期を知らずに、我は生まれた。
父上も母上も、偉大なる大妖鬼。
特に父上は零号妖鬼――この国において、知らぬものはいない存在だったのだ。
今は、完全に母上の尻に敷かれて、呑んだくれているダメ父上だったとしても!
とにかく。
我はその時代を取り戻したいのだ。
しかし障害は多い。
今では数を減らしつつあるとは言え、退魔師の技術自体は衰えていない。
どころか、最近の退魔師どもは旧世代の退魔師が使わないような連絡手段を使ってこちらを追い詰めてくる。
連中は厄介だし、旧世代の退魔師とて老獪、油断はできぬ。
故に我は、神魔の加護に目をつけた。
神魔。
この世界に存在する、自然現象の化身。
ないしは人の信仰によって神として定められた存在。
あるいは、神を脅かす伝説上の悪魔。
妖鬼との違いは、”命”を持たないということだ。
神魔は生きていないし、死んでもいない。
ただそこに在る存在、それが神魔。
何にせよ、その力は本物だ。
そんな神魔は、人に加護を与える事がある。
その加護は退魔師ではない人間に、妖鬼や邪悪な霊魂を退治する力を与えたり。
神魔そのものを害するために使われるのだ。
そして、加護を与えられた人間を妖鬼が喰らえば、その加護を妖鬼は奪うことができる。
これならば、退魔師に対抗する力を得ることができる。
加護を与えた神魔とは絶対に相いれぬ仲になるがそれでも、加護を奪えばその分神魔の弱体化になる。
そして弱体化神魔を逆にこちらが喰らえば更に力を得られる。
一石二鳥ではないか。
完璧な作戦である。
そんな折、神魔と契約し加護を得た人間の噂が我の耳に飛び込んできた。
名を鞍掛サトル。
後に、霊媒師となるあの男だ。
我がやつの噂を知った時は、まだ学生だったので正確には霊媒師ではないのだが。
まぁ、分かり易いので霊媒師と呼ぶことにしよう。
聞けばこの霊媒師、退魔師でもなんでもないただの人間だという。
実際、退魔師なら持っているはずの霊力も、霊術に対する心得もない。
だったらなんだって、神魔はこいつを選んだのか?
我は全く以て疑問だった。
契約したのは、神魔"
あの一帯を、千年以上支配している零号神魔。
なるほど確かに、零号神魔というのはとんでもない存在だ。
加えて龍神、龍というのは神魔の中でも特に強力な神魔として知られている。
だが、リツには信仰がなかった。
とっくの昔に人々から忘れられていた、名もなき神魔だったのである。
神魔にとって信仰の力は何よりも大事。
それを持たない神魔など、たとえ零号であろうと取るに足らぬ。
何より、所詮零号など嫁の尻にしかれている呑んだくれだ、故に我はリツに本気で勝てると思っていた。
霊媒師を食い殺し、加護さえ奪えばなんてことはない、と。
しかしそれは、霊媒師と出会った時点で破綻することとなる。
我と霊媒師の出会いは、真夜中のことだった。
人のいない公園で、霊媒師は霊魂を成仏させていたのである。
そこに我は割って入った。
無防備だ、何一つ我を阻むものがない。
――実際には、奴の持つ龍神の護符に、我が気付いていなかっただけなのだが。
ともかく、その時の我は本当に躊躇いなく奴を食い殺すつもりだった。
奴と、目が合うまでは。
目があった瞬間、奴を我が恐れた?
ありえぬ、奴の眼は本当に凡庸で才などまったく感じられない。
覇気とて、毛ほども感じることはできなかった。
では、何があったのか?
逆だ。
なかったのだ。
奴の眼には、突如として現れた我への”畏れ”が。
人間ならば、誰しもが持っているはずの、死に対する恐れが、全くと言っていいほど存在していなかったのだ。
死を畏れない人間などいない。
恐怖しない人間ならいる、そもそも人は死を自分で選べるのだから。
だがそれは、根源的な死への畏れとはまた別のもの。
だが、眼の前の男にはそれがない。
心の底から、本当に死を畏れてはいないのだ。
死というものを、ただあるがままに受け入れているとでも言えばいいのか。
「――妖鬼? 珍しいな。こんなところで何をしているんだ?」
『何をしている……だと? 我が貴様に襲いかかったのを理解できなかったのか?』
「ん、ああ。まぁ危害は加えられていないからな。リツの守りもあるし、なんてことはないさ」
本当に、なんでもない様子で男――霊媒師は語った。
少しだけ驚いた様子だったが、それは突如として現れた我に対する純粋な驚愕であり畏れではない。
我を前にして、見知らぬ異人に声をかけられたかのような態度を見せている。
ありえない、我は一号妖鬼だ。
その威圧を正面から人が浴びれば、畏れ竦み上がるに決まっているのだから。
たとえ退魔師であっても、できるのは”耐える”ことだけ。
耐えるということは、畏れを意識したということ。
なのにこの霊媒師は、その素振りすら見せていない――!
『ふざけるなよ、我は……我は一号妖鬼、ロウク! 貴様をくらい、その加護を奪う!』
「俺を食べる? 止めといたほうがいいと思うが――」
霊媒師の言葉を待つことなく、我は霊媒師に襲いかかった。
その鉤爪は、見えない壁に阻まれる。
龍神の加護、流石にそれは本物ということか。
だが、この程度の壁を破れぬようでは、我は龍神も、退魔師達も滅ぼせぬ。
続けざまに鉤爪を突き立てる。
しかし――
『なぜだ! なぜ破れぬ! 我は一号妖鬼ロウクであるぞおおお!』
「一号妖鬼に攻撃されるのはこれが初めてだが……立場上、一号霊魂を除霊しないとはいけない時もあるからな。そうなると、これくらいの守りは当然だ」
『一号霊魂だと……そんなもの、己ぇ!』
言葉の上では、まるで気にした様子はなく我は攻撃を続ける。
しかし、内心には動揺があった。
一号霊魂を除霊した? つまり成仏させた?
この凡庸で何も無い男が?
ありえない。
しかし、それを絶対と断じられない程度に、眼の前の霊媒師は異常だ。
あまりにも、我の攻撃に対して泰然自若としすぎている。
「それにしても……ロウクと言ったね。君はなかなかすごいな、俺に対して攻撃を仕掛けてくる妖鬼は今までいなかったのに」
『それは、奴らが脆弱すぎるだけだ! 我は、奴らとは違う!』
「……なるほど、若いのか。といっても、それでも俺よりは年上なんだろうけど」
『ふざけるなぁ!』
見透かされている。
我のことを、その何も畏れのない瞳で観察している。
そう感じた時。
ゾクリ、と我は確かに畏れを感じた。
ありえない。
畏れを覚えるのは、人間だけだ。
妖鬼は畏れない。
神も、人間も、何に対しても!
「……妖鬼は、畏れを抱けない」
思考した瞬間。
霊媒師は、こちらを見透かしたかのように言葉をこぼした。
「なるほど、前にリツから教わったが、こういうことだったのか」
『な、何を言っている……!?』
「妖鬼は畏れを喰らう存在だろう? そんな妖鬼が、自分で畏れを感じてしまうのは一種の矛盾だ。だから、妖鬼は畏れを抱けないようにできている」
それは、確かにその通りだ。
我はそれを当然のことだと考えていたが、こうして霊媒師に畏れを感じた瞬間。
霊媒師がそれを指摘した瞬間。
すると、それがなぜかとても恐ろしいことのように思えてくる。
「でもそれは、妖鬼が畏れる対象がこの世界に存在してないだけなんじゃないかと、今考えたんだ」
『そんなもの……いるはずがない!』
「だけどお前は、俺に畏れを感じているみたいだが」
『――――ッ!!』
その瞬間、我は飛び出していた。
その言葉に怒りを抱いて。
ありえぬと、否定するために。
そうだ、そのはずだ。
決して、恐怖を押し殺すためなどではなく――
しかし、それは障壁に阻まれた。
当然だ、我は龍神の守りを突破する力を持っていないし、状況は何も変化していない。
ただ、我自身が畏れを抱いた。
それだけだというのに――
「ロウク、俺に手を貸してくれないか?」
ふいに、声がする。
「はっきり言って、リツの性格を考えたらリツは君を許さないだろう。多分、結構ひどい末路を迎えることになる」
『あ、あ、あ……』
「でも、俺にこうして攻撃してくる妖鬼なんて初めてなんだ。その勇気を買って、俺の除霊に協力してほしい。一号霊魂を除霊する時だけでもいいからさ」
そうすれば、リツに君を殺させないよう俺からお願いするから。
そんな言葉が、我の意識に染み渡っていく。
――理解した。
理解、してしまった。
人間は、妖鬼にとって餌だ。
しかしそれは、人間が畏れるからにすぎない。
畏れを抱かない人間は、むしろ逆。
この男にとって、妖鬼は餌に過ぎない。
才能もなく、霊力もなく、戦う力は他人任せ。
そんな、凡庸極まりない人間は、しかし――
――この世の、ありとあらゆる妖鬼の天敵である!
そう、理解した時。
我は霊媒師に、腹を見せて服従を誓っていた。
めっちゃモフられた。
死ぬほど気持ちよかった。
霊媒師好きぃ……はっ! 違う、これは違うからな!