転生して霊媒師になった俺、やたらと退魔師や妖にビビられる 作:暁刀魚
――朽土果が消え去れば、その土台であった大地も消え去る。
俺とシオンちゃんは、宇宙に取り残されるわけだ。
空気も何も無い空間で、二人きり。
龍人形がいるおかげでこの状況でも問題なく活動はできるものの、このままでは地球に戻れない。
とはいえ今は――
『――終わったねぇ』
「終わったな」
二人で、消えていった朽土果を見る。
最後まで自分勝手な神のまま、あいつは消滅した。
そのことに思うことは今更ないけれど、そのせいか後に感じるのは疲れだけだ。
それでも確かに、俺達は零号神魔を、殺せぬ神を――殺した。
『霊媒師さん、なんだかすごいことしちゃったね』
「皆が力を貸してくれたおかげさ。もちろん、シオンちゃんもな」
前回のタツメもそうだったが、零号を相手にする時は自分の持てる全てを使い切る必要がある。
そのうえで、誰一人失うことなく勝利できたのは、幸運としか言いようがなかっただろう。
いやまぁ今回は、死を相手どるが故に死が”軽かった”という側面もあるが。
『それで……さ』
「ああ」
シオンちゃんが、俺の方に向かって降りてくる。
やがて、朽土果が消滅した場所に降り立つと、俺の方を見た。
『――アタシはこれから、どうなるの?』
それは、これからの話。
シオンちゃんは霊魂だ、何れ霊力を失い消滅する。
これが零号霊魂ならば長く存在することもできるだろうが、基本的に霊魂とはその霊力に限界があるのだ。
だからこそ、シオンちゃんにも限界は存在する。
「そうだな、霊力が尽きればシオンちゃんは消滅する」
『……だよね』
「そして本来なら、シオンちゃんは消滅すれば朽土果に取り込まれるはずだったんだ。――そう、
『だった……?』
――ここまでは、すでにシオンちゃんにも話した内容だ。
これ以降は、実際に朽土果を討伐するまでは憶測の域を出ないため、口に出さなかったのである。
下手に希望を保たせて、シオンちゃんをがっかりさせたくなかったから。
「シオンちゃんは、どうして自分が食事”だけ”できなかったか、解るか?」
『いや、うーん……わからないけど』
「答えはとても単純で、
もっと正確に言えば、食事というものを朽土果が理解できなかったから。
視覚、聴覚、触覚、嗅覚は朽土果にも備わっている感覚だ。
だが、味覚だけは備わっていなかった。
食事を食べたことがなかったからである。
「つまり、シオンちゃんは純粋な霊魂じゃない。朽土果に
『つながってる?』
「そう。だから身体機能が朽土果に準じてたんだ。そしてそうなると、朽土果が消滅したとき、ある逆転現象が起きる」
先ほど、俺がシオンちゃんに言った通り。
シオンちゃんが消滅することで、朽土果に取り込まれるなら――
「今のシオンちゃんは、朽土果を取り込み
うっすらと、だが。
今のシオンちゃんからは、神力が感じられる。
以前から、シオンちゃんは霊魂としては明らかにおかしいのに霊力以外の力を感じることができていなかった。
それは霊力以外のリソースを朽土果がつながりを通して奪っているからで。
こうして朽土果が消滅したことで、それを取り戻したわけだ。
まぁ、そもそもは海士蜘蛛がシオンちゃんを特殊な霊魂に”改造”したことが今のシオンちゃんを形作っているわけだけど。
何にしても、結論は一つ。
『それ……って』
「ああ、シオンちゃん――君はもう、消滅を恐れる必要はない」
なにせ今のシオンちゃんは、神――消えることのない自然そのものなのだから。
まぁ、ここは宇宙だからあまり変なことをすると消えてしまうのだけど。
『ふふ、そっか……私……これからも明日を夢見てもいいんだ』
「ああ。神になれば自分の身体構造をある程度いじれるようになるだろうから、味覚の問題もいずれは改善するだろうな」
『ほんと!? 身体構造をイジれるってことは、こう……ボンキュッボンになっちゃったりも!?』
「いやまぁ、できるけど。……やっても虚しいだけだぞ」
と、リツが言っていた。
何より、人から神になったタイプの神魔は、なんだかんだ生前の肉体が一番しっくりくるらしいからな。
『うぐぐ……というか、アタシ達これからどうやって地球に戻れば?』
「シオンちゃんは、多分自然と自分の”社”に戻ると思う。多分、あの山中の忘れられた社かな」
『おおー……あそこを秘密基地にできるってこと? 楽しそうだなぁ』
「必要なものがあったら、言ってくれ。用意できるものは用意するから」
『あ、それは遠慮しておきます』
なんでさ。
そんなに変なものを持ってくると思われてる?
……まぁ、否定はできないな。
『あ、否定できないって考えてるでしょ』
「……なぜ解った?」
『流石に解るよ、これでも結構な付き合いだもん』
言われてみると、シオンちゃんが事務所にやってきてから、もうだいぶ立つんだな。
『……最初、あの事務所にやってきた時。アタシって、正直将来のことって不安でしか無かったんだ』
「そりゃまぁ、当たり前じゃないか?」
『かもね。……でもそれが、皆のお陰で楽しくなって。消えたくないと思うようになった。これって、きっといいことだよね』
「――それこそ、当たり前だ。断言するよ」
理不尽に奪われた明日を、シオンちゃんは取り戻した。
消えたくないという当たり前の願い。
それをシオンちゃんは――叶えたのだ。
『ん……なんか、体が引っ張られてる気がする』
「……先にシオンちゃんが、向こうに戻ることになりそうだな」
『あはは……またね、霊媒師さん。絶対に会いに来てよ?』
「ああ、もちろんだ」
きっと、リツも、ミクモちゃんも、ロウクも連れて。
もう一度、君に会いに行くよ。
シオンちゃん。
だから――
「おはよう、シオンちゃん」
その言葉に、シオンちゃんは、
『お別れにおはようの挨拶なんて、なんだか変だけど。……その方が、幸せな気がするね』
泣きそうになりながら。
『おはようございます! 霊媒師さん!』
朝日のような笑みを浮かべて、星に還っていった。
◯
――かくして、宇宙には俺一人が残された。
何も無い暗闇で、足元に地球が見える。
さて、俺もそろそろ帰らなければ行けないな。
とはいえ、この状態から一体どうやって帰るのか? という話。
いやまぁ、時間をかければ龍人形が地上まで俺を運ぶことも可能なのだけど。
もっと、単純な方法がある。
「――まったく、本当に無茶をするわね、サトル」
一人だった空間に、もう一人。
いや、一柱の神が現れた。
俺と契約を結んだ、比翼の鳥。
リツが、俺に抱きついて首に腕を回してきた。
「リツがいるからだよ」
「さっきまで、シオンにアレだけそれらしいことを宣っていたのに、今度は私までくどくつもりかしら? くすくす、れーばいしさんってば、悪い人」
「そんなんじゃないって」
シオンちゃんを助けたのは、そうすることが当然のことだからだ。
それは頑張る理由にはならないし、理由にしてはいけない。
「俺にとって、リツこそが行動を起こす原動力なんだから」
「だまされない、だまされないわぁ。れーばいしさんのそういうの、ほんっとうにうんざりしちゃう」
「……満更じゃないくせに」
「なっ……! なにいってるのよ!」
声が明らかに浮ついていたから指摘したら、リツはそれはもうわかりやすくすね始めた。
「私はね、貴方に無茶なんてしてほしくないの! それはずっと言っていることでしょう!?」
「それこそ、最近ようやく口にしてくれるようになったことじゃないか」
「もう一度、あの不毛な喧嘩をやりたいのかしら? ここで?」
「ああもう、悪かったって」
いくらなんでも、宇宙で俺がリツに対してできることなんてほとんどない。
逆にリツは、俺を殺してしまってもいいなら、いくらでも俺を攻撃する手段があるのだ。
「……いーえ、許さないわ。サトルがこれからもずーっとずっと私と一緒にいてくれないなら、一生許さないんだから」
「それは……もう許してるも同然じゃないか?」
「なんですってぇ?」
まぁ、そんなこと俺もリツも微塵も考えていないわけだが。
そうやって、しばらく言い合いを続けて――
「……ふふ」
「……はは」
「なんだか、こうやって二人きりで話をしていると、終わったって気がするわね」
「同感だ」
俺は身を捩って、体を地球へと向ける。
先ほど――朽土果を滅ぼすまでは、日本だけが何やら異様な気配に包まれていたのだが。
今は元に戻った様子である。
「……綺麗ね」
「ああ、俺もこうして宇宙から地球を眺めたのは初めてだが……本当に綺麗だ」
「あら、貴方ならどこかで宇宙から星を眺めた経験があると思ってたわ」
「流石にそれは、俺を過大評価しすぎだな」
まぁ、これからは星を眺めた経験があると言えるようになってしまうわけだが。
なんて考えると、途端におかしくなってしまう。
「ははは」
「もう、何がおかしいのよ。……帰ったら、今度は長い長い後始末が待ってるのよ?」
「それは……言わないでくれよ。今から気が重いんだからさ」
「ふーん、だ。せいぜい苦しめばいいのよ。れーばいしさんが無茶したつけを、いっぱいいっぱい払えばいいんだわ」
なんてことを言うリツだが、結果として俺が忙しくなったら暇になるのはリツだ。
そうすると、またその時に文句を言ってくるのだろうが。
まぁ、そのときはその時だな。
それにしても、後始末に気が重いのは本当だ。
なにせ今回のことの発端は、リツの暴走である。
暴走を許してしまった俺にも責任はあるのだから。
そこからなんやかんやあって朽土果を滅ぼしたら「どうしてそうなるんだよ」と総ツッコミを食らうことは想像に固くない。
「まずは、旅館をチェックアウトして事務所に戻らないとな。戻る前にシオンちゃんに挨拶もしていきたいし」
「……そういえば、私達ってまだ旅館に泊まっていたのね。なんだか、あまりに長い一夜すぎて、すっかり忘れてたわ」
「珍しいな、リツが温泉を忘れるなんて」
さすがに零号神魔と対決したら、そうもなるか。
「それで、当然朝風呂を浴びる余裕くらいはあるのよね?」
「どうだろうなぁ、戻ったらすぐに電話攻勢だろうし……その応対をしてたら、すぐに時間になってるかもしれん」
「……私が一人で入るのは勝手よね。なら、そうするわ」
「そうしてくれ。家族風呂があるような旅館でもないしな」
なんだかしょぼくれたような様子のリツ。
これは結局、根負けして俺とミクモちゃんも風呂に入るコースになりそうだなぁ。
ま、それはそれでアリかもしれないけどさ。
「それにしても、長い一夜……か」
「どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ。そろそろ戻ろうか」
「そうね」
そうして、俺が促すとリツが転移を始める。
宇宙は神の影響範囲外だ、転移も一瞬で目的地に……というわけにも行かない。
何度も転移する必要があって、時間がかかる。
それが理由で、シオンちゃんがいなくなってからリツがたどり着いたわけだし。
とにかく、そうやって幾度かの転移を経て――
俺達は、地上に戻ってきた。
そこで、あるものを見る。
「――見ろ、リツ」
「……これは」
俺達は――
「もう、朝だ」
水平線から登る、朝日を見た。
長い一夜を終えて、また明日が来る。
俺達はその瞬間を見たのだ。
ああ、それは――
「ふふ……今日は、いい一日になりそうね」
「……だな」
空に明日が、浮かんでいるかのようだった。