転生して霊媒師になった俺、やたらと退魔師や妖にビビられる   作:暁刀魚

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第7話 霊でも妖でも神でもなく

 鞍掛サトルという人間が――霊媒師と呼ばれる彼が人としてはあまりにも異質であることは人という枠組みから遠ざかれば遠ざかるほど感じるものだ。

 少なくとも、神魔であるリツにとって、あれほど人ならざる人間をみたことは過去に一度としてない。

 どれだけ化け物じみた人間にも、畏れはある。

 その畏れを拭い去るために彼らは強くなり、その強さでもって畏れに正面から立ち向かうのだ。

 

 ただそこにいるだけで畏れをないものとして扱う、霊媒師のような怪物は他にはいない。

 

 神魔リツの成立は、今からずっと昔のことだ。

 本当にずっとずっと昔の話、千年以上も前のことだからリツ自身当時のことはあまり覚えていない。

 食うに困った村の娘が捨てられて、川に身を投げた。

 その後、気がつけばリツは神になっていた、そんな始まりだった覚えがある。

 少なくとも神魔のリツにとって、人だった頃の小娘のことなどはっきり言ってどうでも良く。

 大事なのはリツがとても古い神で、それ故に零号神魔と呼ばれていること。

 そんなリツですら、霊媒師のような人間はこれまで見たことがないのだ。

 

 そんな霊媒師――鞍掛サトルとの出会いは、今から十年以上前。

 霊魂に誘われて、彼がリツの社まで訪れたことが始まりだった。

 社にやってきたサトルを見て、リツは直ぐに気づいたのだ。

 驚くべきことに、彼には霊気がなかった。

 霊気とは人が”魔”に対抗するための力、それがなければ人は霊魂を視認することができない。

 そもそも、霊魂を言葉で成仏させるなど尋常ではない。

 

 故に、リツが最初に感じた感情は興味だった。

 

 人が神魔から興味を向けられることは珍しくない。

 だがその結末は、往々にして不幸を呼ぶことが殆どだ。

 仮に神が人を愛してしまった場合など最悪である。

 最後に待っているのは神の寵愛によって、人が道を踏み外すことである。

 リツとサトルの関係も、始まりはそんなものだった。

 

 サトルはリツを神魔と知っても、人と同じように接した。

 リツはみためだけなら普通の人間とそう変わらない。

 だから、そういった神魔と出会った人間がそういった反応を示すことだって珍しいことではない。

 そんな神を人として扱う人に神としての孤独を慰められることで、人を愛することも、また。

 と言っても、リツが人を愛した経験はこれが初めてだが。

 

 そして、リツは自分でも意外なほどサトルに入れ込んでいた。

 少なくともサトルは、表面上はどこまでも素朴で善良な男なのだから。

 

 

 ――それが、”おかしい”と気付いたのはサトルを愛し始めてすぐのことだった。

 

 

 神魔とは、人と同じように思考しているつもりでも、人とは違う行動を取るものだ。

 リツであれば、その言動と性質は多面的に変化する。

 人間にとってその様子はあまりにも異様。

 時にはその変化の気まぐれによって命すら奪われてしまう危険な特性。

 だが、サトルはそれを前にしても態度を変えなかった。

 

 サトルが霊魂を()()畏れていないと気付いたのは、そんな時。

 

 それまでは、一見畏れてはいないように見えるけれど実際は多少なりとも恐怖を感じていると思っていたのだ。

 加えて言えば、最初のうちサトルはリツの豹変に驚いていた。

 だがそれはあくまで吃驚しているだけ、いうなればジャンプスケアに驚く反応をみせるようなもの。

 何度もそれを経験するうちに、サトルは慣れてしまったのである。

 

 そしてその頃にサトルは一号霊魂を除霊した。

 物理的な危害を加えることのできない二号、三号の霊魂と違い一号霊魂はサトルに物理的な危害を加えうる。

 だというのに、彼は全くそれを気にしなかった。

 リツの護符があったとはいえ、だ。

 リツが神魔という人ならざる存在である以上、本来なら全面的にリツを信頼することはできない。

 にも関わらず、「リツが大丈夫だと言ったから」という理由だけでサトルはリツを信頼して見せた。

 

 異常であり、異質であり、異物である。

 

 そんなサトルは、自身を「転生した」と言う。

 果たして、それが真実であるかリツにすらわからない。

 サトルの前世とサトルは完全に同じ存在ではないからだ。

 少なくとも、サトルの両親と前世の両親は別の存在であるという。

 だからこそサトルは未だに得体が知れない。

 長い付き合いになった今ですら、サトルの言葉を真であるとリツは断言できていないのである。

 

 ただ、それでもいいという思いもあった。

 サトルはサトルだ。

 人でありながら神魔を畏れず、人でありながらリツを対等の存在として扱う彼を。

 リツはもう心の底から――愛してしまったのだから。

 

 ああ、早く。

 

 早く、()()()()()()()()()()()

 

 リツはサトルと契約している。

 契約したということは、魂がつながっているということだ。

 サトルが死ねば、リツの下へとその魂がやってくる。

 そうなれば二人は真の意味で一つになれるのだ。

 何も、今すぐ死ねというつもりはない。

 リツは神だけあって、気が長い。

 いつか、サトルが何らかの方法で死んだら、それを自分のものにできればそれでいい。

 

 だからリツは、常にサトルの死を待っている。

 ああ、本当に。

 

 早く、死んでしまえばいいのに。

 

 それくらいリツは、サトルを――霊媒師を愛している。

 

 

 ◯

 

 

 リツは、霊媒師の要請で自身が祀られた神社へとやってきた。

 少し前に建て替えられたばかりの、真新しい神社。

 人はいない、人が来る場所ではない。

 ただひとり、霊媒師を除いては。

 

 カタン、カタン。

 リツの下駄が地面を蹴る音が響く。

 長い長い階段を登って、一人と一柱は神社に足を踏み入れたのだ。

 

「ようこそ、いらっしゃい。うふふふふ」

「お邪魔します」

 

 どこか怪しく、妖艶な笑みを浮かべて見せるリツに礼儀正しく返す霊媒師。

 男を閨に誘っているというのに、霊媒師はいつもどおりの態度でリツはなんだか少し不満だ。

 

「もう少し、私にドギマギしてくれないの?」

「リツのことは、かわいい女の子だと思ってるよ」

「……もうっ! れーばいしさんったら、そればっかり言えばいいと思ってる!」

 

 弧月のような笑みを浮かべたかと思えば、その直後にはすぐ頬を膨らませて不満そうに上目遣い。

 ころころと表情を変えるリツに、どこか霊媒師は楽しげな反応を示す。

 こうしてリツと話をしているのが、彼にとっては”楽しいこと”のようだった。

 掴めない人――雲のようだと、リツは口をとがらせながら思った。

 

「それじゃあ、頼めるか?」

「こんなにいっぱい。本当に最近の人の子は、神様を信じていないのね」

 

 今、神社には数十を超える量の霊魂が集まっていた。

 その全てが、三号霊魂だ。

 死を迎えたものの、死後の世界への行き先がわからなくなってしまった霊。

 本来なら霊媒師が道を教えれば、そのまま成仏してくれるはずなのだが。

 中にはこうやって、道を教えても成仏できない霊もいる。

 そういう霊に霊媒師は、物理的にこの神社へ案内するようにしていた。

 

「でも、安心して? 私はとっても優しいから。あなた達の信仰如何にかかわらず。あなた達を死後の世界に導いてあげる」

 

 彼らは魔という存在を信じていない、自分たちが霊魂であるということすら。

 そこで、リツの出番というわけだ。

 零号神魔”龍”。

 その存在を彼らに示して見せれば、彼らも魔の存在を信じざるを得ない。

 故に、送る。

 リツが彼らをあの世へと送るのだ。

 

 ――鈴の音が響く。

 

 神聖で静謐な神社の空気が、更に一段穏やかなものとなり。

 その中央にリツがいる。

 カタン、と下駄が地面を蹴る音がして。

 その姿が――ゆっくりと宙に浮かび上がった。

 

「――――」

 

 言葉はない、ただその体に、薄っすらと光の角と尾が生えていく。

 先ほど霊媒師に巻き付いてみせた、長い長い尾。

 そしてリツの神である証たる、龍の角。

 それらが完全に、顕となった後。

 リツは再び、地に足をついた。

 カタン、と下駄の音がなる。

 

「――あなた達の迷いを赦しましょう。あなた達の生を赦しましょう。あなた達の罪を赦しましょう」

 

 言葉が紡がれ、その神気が周囲に広がっていく。

 そこにいるのは、神だ。

 一柱の神。

 その神が――

 

 

「あなた達の、生きた証を――赦しましょう(認めましょう)

 

 

 その場に寄り集まった霊魂、()()()()()に言葉をかけていく。

 神、というのは人を愛し、人を悪むもの。

 その在り方は神によって異なり、時には人を愛する神ですら人を害することがある。

 リツはその中にあって、人を愛さない神だ。

 だが、人を悪んでもいない。

 ただ、認めているだけ。

 彼らが生きた人間であったということを。

 彼らが死して次なる人生へ向かっているということを。

 

「――――」

 

 ただ一人、その様子を見守る霊媒師を除いては。

 

 ――やがて、霊魂は神によって見送られ、旅立つ。

 ああして言葉をかけられてしまえば、無垢なる霊魂は神の存在を認めざるを得ない。

 彼らの中にある本能的な”畏れ”がそうさせるのだ。

 こうして言葉をかけられることが栄誉なことであり、それ故に拒めばどうなるか。

 そのことに対する畏れが、彼らにはある。

 

「終わったか?」

「ええ」

 

 全ての霊魂が送られ、霊媒師が声を掛ける。

 それと同時に、リツの体から光の角と尾が消えていく。

 あの姿は嫌いではない、でも、愛する人に見せたい姿ではない。

 彼は可愛いと言ってくれるだろうが、普通に考えれば恐ろしい姿だからだ。

 少なくとも、ミクモやロウクは人の姿をしているリツとは普通に接するが、神の姿をしているリツ相手には畏まってしまう。

 

「――ありがとう、リツ」

 

 この、素朴で純朴で、けれどもどこまでも人間ならざる感性をした霊媒師を除いては。

 神に感謝するなど、きっと彼くらいのものだ。

 正確に言えば、神に対等な感謝を捧げる人間など。

 ――それから、霊媒師は祈りを捧げる。

 それはあまりにも単純で、そして彼にしかできない祈りだった。

 

「どうか、来世では今よりも幸福な人生を歩めますように」

 

 前世の記憶がある、と霊媒師は言う。

 それが確かなら、彼は来世が今より幸福になると信じているのだ。

 それこそが、死によって命を奪われた彼らの唯一の救いになると信じている。

 

「……どうして、サトルはそんな風に彼らへ祈るの?」

「どうして……って」

 

 リツの問いに、サトルは何気なく考えてから、答えた。

 

 

「そうした方が、()()納得できるからだよ」

 

 

 ――ああ、と思う。

 確かに彼は魔を畏れない。

 尋常ならざる、人ではない者の思考をしている。

 けれども、その根底にあるのは――どこまであっても人の意志なのだ。

 人間臭い人の在り方なのだ。

 

 善意。

 

 人だけが他者に向けることのできる精一杯の祈り。

 霊魂や妖鬼が善意を向けることはない。

 神が向ける善意は一方的なものだ。

 

 だから、自分のために他者へ善意を向けると言う行為は、人だからこそ行える行為。

 仮に魔が自分の利益のために他者を助けることがあっても、それは利益のためであり善意ではない。

 

「俺と彼らは無関係で、俺は彼らに特別な感情を持ってない。だからこそ、祈るだけが俺にできるせめてもの餞なんだ」

 

 ああだからこそ、霊媒師鞍掛サトルは人間だ。

 

 霊でも妖でも神でもなく。

 ただ畏れを知らないだけの、普通の人間なのだと、リツは思った。




ここまでがプロローグ部分になります。
お読みいただきありがとうございます。
日間一位もいただきました、大変光栄です!
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