転生して霊媒師になった俺、やたらと退魔師や妖にビビられる 作:暁刀魚
俺の普段の業務に、周辺住民からの頼まれごとというものがある。
具体的に言うと、こうだ。
「だからねえ霊媒師さん、昨日から財布が見当たらなくなっちゃって。ああ小銭入れの方ね。ひ孫からもらった大切な物なのに、失くしちゃうのはいやだよお」
「それは大変だねえおばあちゃん。前に見せてもらった奴だよね、それならすぐに探せると思うから、ちょっと待ってて」
今、俺が相手をしているのは近所にお住まいのご老人、トメさんだ。
御年九十歳のご長寿お婆ちゃんである。
この年でも週に一回はマレットゴルフに行く健勝っぷりなのだが、流石に年には勝てず物忘れが多くなってしまっているそうだ。
「これでよし」
「おっきい鈴だねえ、それで何をするんだい?」
俺は戸棚の中から、一つの大きな鈴を取り出してくる。
それは神棚についている鈴と全く同じ形の、サイズが大きい代物だ。
言うまでもなく、リツから頂いたものだ。
「これを鳴らすと、周りの霊魂が寄ってくるんだよ」
「へええ凄いねえ」
本気で信じているのか、孫みたいな年齢の俺が大層なことを言うから感心しているのか。
読み取れないトメさんの言葉を他所に、俺は鈴を何回か鳴らした。
すると、するりと壁をすり抜けて一つの霊魂が鈴の方にやってくる。
最近は本当に三号霊魂の数が増えたから、ちょっと呼べばすぐ来てくれるからありがたい。
俺はその霊魂に、ある頼み事をする。
「これでよし、と」
霊魂は俺の頼みを聞いて、もう一度壁をすり抜けてどこかへ行ってしまった。
結果が出るまで十分くらいはかかるだろう。
その間は、トメさんと色々話をする。
内容は、簡単に言えば最近この街で起きてる出来事の噂だな。
「そう言えば、宗屋さんがまーた町で心霊現象が起きてるってぼやいてやね。霊媒師さんは何か知ってる?」
「んや、初耳だねえ。宗屋さんが言ってたってことは、そのうち俺の方に連絡が来るんだろうけど」
宗屋さん。
この町に古くから続く有力な一族、宗屋家の現当主。
好々爺という言葉がよく似合うおじいさんで、なんと彼には霊感がある。
というか宗屋家自体が昔はこの辺りで活動する退魔師で、今は色々あって退魔業はやってないけど退魔師時代の名残りで霊魂を視ることができるのだとか。
ただ、これに関してはいいことばかりではなく。
霊を視れるということは、霊に気付かれやすいということだ。
そのせいで二号霊魂に呪われていたところを俺が助けたのが宗屋さんとの関係の始まり。
以来、彼からの頼みで街のあちこちにいる霊魂を除霊したりしている。
宗屋さんが心霊現象の存在を察知したということは、街のどこかに二号霊魂がいるということだ。
とすると、俺にお鉢が回ってくるに違いない。
「まあ、宗屋さんから話が来たら、俺がなんとかするよ。そのための霊媒師だからね」
「ありがとねえ、そうだ。持ってきたお菓子はぜひ食べてね」
「こっちこそ、美味しくいただかせてもらうよ」
お婆ちゃんのお菓子……昔懐かしい麩菓子に視線を向けつつ。
こういうお菓子はリツが好きなので、リツにお供えすればいいだろう。
「っと、来たかな」
しばらく話をしていると、さっき頼み事をした霊魂が帰ってきた。
その霊魂から結果を聞く。
「なるほど、ありがとう。それじゃあ、君はあっちに行けば大丈夫だから」
俺が何もない場所を指差して、霊魂へ促す。
霊魂から少しだけ感謝の念を感じて、俺はそれに手を振って返した。
「わかったよおばあちゃん。一階の箪笥の下にあるみたい」
「あれまあ、そんなところに? 道理で見つからないわけだ。じゃあ早速、帰って探してみるかねえ」
目を丸くしてから、トメさんは朗らかに笑った。
つられて俺も笑顔で返し、トメさんを見送る。
「さすが霊媒師さんだよお。このお礼はあとでたっぷりさせてもらうからねえ」
なんて言われて、とりあえず今日の来客はこれでおしまいだろう。
わざわざ俺の霊媒事務所にやってくる人なんて、そう何人もいないのだから。
霊媒師としての収入は、主に宗屋さんの依頼と退魔寮からの依頼、その他諸々の三つで賄っている。
先ほどの失せ物探しでも、そこそこお金をいただいてはいるがそれでも毎日の生活には全然足りない程度だ。
そして退魔寮からの依頼はちょっと打算的なものも多いので、受けるかどうかは吟味しないといけない。
その他の依頼も、依頼者は千差万別、中には悪意を持って依頼してくる輩もいるので油断は禁物。
その点宗屋さんは街の霊魂に関するものだけだから信頼できる依頼ばかりだ。
この事務所も、幽霊が出るからと買い手がつかなかったものを除霊を条件に格安で譲ってもらったものだしな。
ちなみに、先程俺が霊魂に何をしたのかと言えば簡単で、霊魂に探し物をしてもらっていたのだ。
霊魂は物理的な壁や床をすり抜けることができる。
それを利用して、普通なら探せない場所を探してもらうのである。
そのお礼として成仏する方法を彼らに教えているわけだ。
俺が指さしたのは、あの世への行き先である。
これに関しては、割と合理性があって。
三号霊魂になる人は、真面目な人が多い。
非科学的なことを信じず、善意よりもお互いの利を重んじる。
そして、あの世への行き先がわからず道に迷っているのだ。
だからこちらが対価を求めて、その報酬として行き先を教えているわけだな。
だっていうのに、ミクモちゃんからは「バカじゃないですか?」と言われ。
ロウクからは「お前は鬼か」とブーメランを投げられ。
そしてリツからは「霊魂に頼み事をするのなんて、あなただけよ」と言われ大不評である。
いい方法だと思うんだけどなぁ。
◯
近所のおばあちゃんのトメさんから「心霊現象が街で起きている」と聞いたその日の夜。
宗屋さんから「二号霊魂が街にやってきているようだから、除霊してやってくれないか?」と連絡が来た。
無論、否はないので早速これを除霊するべく、俺は行動を開始した。
ただここで問題が一つ。
二号霊魂の居場所がわからない。
街の何処かにいると言っても、それが何処かまでは特定できないのだ。
そこで俺は、失せ物探しに使った鈴を身に着けて出かけた。
町内を移動する際に使用する原付に乗って、街の中を走り回る。
からんからん、と乾いた音がする。
服に鈴を身に着けているから、風に煽られて何度も鈴が鳴るのだ。
ちなみに、結構音が響くものの、周囲は俺に目を向けることはない。
鈴に、音を鳴らしても周囲の視線を集めない特性があるからだ。
情報化社会の昨今、人々に知られないよう活動する退魔師にとって認識阻害は必須技能だ。
俺もそれに違わず、使用する護符や呪具には注目を集めない認識阻害をかけてもらっている。
自分ではかけられないので、主にリツにやってもらっていた。
なんてことを考えていたからだろうか。
「――ちょっと」
ふと、後ろから声がした。
その瞬間、周囲の音が時間ごと停止したかのように一瞬だけ沈黙。
すぐに鈴の音がなって、再びそれ以外の音も戻ってきた。
「どうしたんだ? ――リツ」
俺は、視線を向けることなく言葉を返す。
今は運転中だからな。
「なんで、こんなことしてるのよ」
「なんでって」
少し、不機嫌そうなリツの声。
きっと後ろでは、リツが唇を尖らせているに違いない。
「霊魂を集めてるんだが」
「あら、あらあらあら、れーばいしさんったら、私の気の所為じゃなくて本当にそんなことしてたの? くすくす、いけない人」
それから、今度はとても楽しそうにひとしきり笑う。
今、リツは俺の原付の荷台に、普通の人間ならとても危ない状態で乗っているだろう。
そのうえで、”今の”リツならパタパタと足を振っているだろうから、危険極まりない。
まぁ、リツは実体を持たない――持つこともできる――ので、俺の原付がバランスを崩すことはないのだが。
「――バカじゃないの?」
そして剛速球ストレートで罵倒された。
まぁ、自分でも結構どうかなぁと思うようなことをしているが。
「私の鈴ってぇ、こんなことに使われるためにあなたの手にわたったのぉ?」
「こんなことじゃないって、これは必要なことなんだよ」
具体的に何をしているかといえば、先程言った通り、霊魂を集めている。
「霊魂って、基本的により大きな霊魂のところに集まる習性があるだろ?」
「ええ、ええそうね? 今まさに、霊魂を集める特性のある私の鈴によってたかっているわ?」
現在俺は、町中をウロウロしている三号霊魂を集めて、それをトレインしている状態にある。
後ろを見れば、それはもう結構な数の霊魂が集まっていることだろう。
「で、鈴の音が止めば霊魂は別の霊魂の元へ向かっていくんだ」
「じゃあじゃあ、それで向かっていく先にお目当ての霊魂がいるってことなのぉ? れーばいしさんったらてんさーい」
「まぁそんなところ」
「――バカじゃないの?」
再びの剛速球ストレート。
まぁ、いつものことである。
俺は手元にある手段で、いい感じの方法を考えているだけなのに。
ひどい言われようだ。
それはそれとして、リツが来たならわざわざ鈴を鳴らす必要はないな。
俺は原付を人気のない場所に向ける。
寂れた地方都市なので、少し道をそれればすぐに人の通らない山道に入ることができた。
「よし、このあたりでいいだろ」
「あらあら、今度は何をするつもりなの? サトルったら、大道芸人みたいね」
「絶対ろくなことしないと思ってるだろ」
「ええ」
バッサリ切り捨てるリツは置いておいて、俺は周囲の霊魂を見る。
結構な数集まっているが、まだ数が足りないな。
鈴の音で霊魂を集めることができるが、絶対に全てを集めきれるわけではない。
集めた霊魂が、ふとした拍子にどこかへ行ってしまうことも多々あるのだ。
シンボルエンカウントのゲームで、プレイヤーを見つけると追いかけてくるモンスターを集めようとしても、いくつかは途中で追跡をやめてしまうようなものである。
「このまま霊魂を解放しても、散り散りに霧散するだけだ。方向性を見極めるためにもう少し集めたい」
「また無茶を言うー。れーばいしさん、私の鈴じゃ流石にそれは無茶よ?」
「だから、リツに集めてほしいんだ。こう、神気で」
「――は?」
完全に素で返された。
でも聞いてほしい、きちんと狙いあってのことなのだ。
霊魂が集まるのは、何も強大な霊魂だけではない。
神の神気や、妖鬼の妖気でも集めることが可能だ。
なので、リツに手伝ってもらおうというわけ。
「リツの神気なら、それはもう山程集まるだろ」
「…………」
その言葉を聞いて、リツはしばらく目を丸くした後。
「――アハ、アハハハハハ! アハハハハ!」
狂ったように笑い出す。
「もう、最高! れーばいしさんったら、私にそんなお願いをする人はこの世であなただけよ? 私を誘蛾灯にしたいってことでしょ! 最高すぎるわ! あはははは!」
「……まぁ、そうだな」
「――でも、ダメ」
「ダメか」
「ダメよぉ、だって、私ってばそんなに安い女じゃないんだもの」
そう言って、リツはその場でくるくると回って見せる。
どこか、優雅なステップは貴族のご令嬢のようだ。
とはいえ、リツの手を借りれないとまた原付で霊魂を集めることになるので手間だ。
なので俺は、ある方法を取ることにした。
具体的には――
「……トメさんから、美味しい麩菓子をもらったんだが」
餌で釣る。
「――やるわ」
即決であった。
◯
「まったく、失礼しちゃうわ。私みたいなレディをお菓子で釣ろうなんて。そんな見え透いた魂胆で、私が乗ると思うの?」
「さっき乗るって言ったよね?」
「乗るけど」
乗るんだ……
みたいなやり取りをしつつ、少しだけ場所を移す。
そこは田舎の道を歩いているとたまに見かける、小さな社だ。
この街の社は全てリツのものなので、社であれば場所は問わない。
そもそも、先程俺達が話をしていた山道でも、何ら変わらずリツは神気を解放できるのだが。
単純に本人の気分的な問題で、社の前を場所として選んだ。
「それじゃあ始めるわよ。麩菓子、忘れるんじゃないわよ」
「というか、リツが来るかもと思って持ってきてるけど食べる?」
「えへへ、私、れーばいしさんのこと、だーいすき♪」
普通の人間ならすごい変わり身の早さだが、リツの場合はどちらもリツの一面でしかない。
一枚の写真が連続しているかのように、瞬く間にその在り方が切り替わっていくのだ。
それはそれとして、麩菓子を渡せば喜んでそれを頬張った。
「んー、ふわふわで美味しいわ。至福の味よね」
「美味しいよな」
二人で持ってきた麩菓子をいただいて、それからリツがぺろりと指を舐めてから視線を鋭くする。
ふわりと浮き上がって、光の角と尾を生み出す。
この状態が、リツの神気を解放している状態なのだ。
「ふふ、人懐っこく飛びついてくる子猫みたいね」
「神にとっては、人の霊魂も人懐こい子犬みたいなものか」
「そうね。ああでもダメよ、男の霊魂はダメ。私に触っていいのはサトルだけなの」
リツはそんなことを言いながら、よってくる霊魂を選り分けている。
やがて集まった霊魂が、リツを取り囲みふよふよと周り始めた。
そんな時である。
『シャ――――!』
木の陰から、一匹の猫が飛び出してきたのは。
……いや、猫じゃないな。
尻尾が二つある、猫又というやつだ。
「おっと」
「あら?」
リツに向かって飛びかかってきた猫又は、ひらりとリツが身を翻したことで躱される。
その後、着地して俺達の方を威嚇してきた。
言葉を発さないということは、三号妖鬼か。
妖鬼のうち、言葉を喋れるようになるのは二号妖鬼からだ。
「子猫が飛びついてきたが」
「こういう子は求めてないのっ」
頬を膨らませて、子供みたいに駄々をこねるリツ。
人懐こい猫を所望していたが、出てきたのはそれとは正反対の猛猫である。
まぁ、気持ちはわからないでもない。
と想っていたら、今度は猫又がこちらに飛びかかってきた。
「今度は俺か」
「は?」
猫みたいな目になるリツの横で、俺は飛びかかってきた猫又を手で受け止める。
というか、思い切り腕に噛みつかせてそれを抑えた。
護符があるので、牙が俺に届くことはない。
「ちょっと! サトルから離れなさいよ、泥棒猫! 雌猫の分際で、サトルに触れていいわけないでしょ!?」
「落ち着いてくれリツ。今から撃退するから」
そう言って、俺は懐からあるものを取り出す。
小さいスプレー缶だ。
「……ねえれーばいしさん? その手に持ってるものは何? なんだかその中から、私の気配がするのだけど?」
「ああうん、リツの神気をこの中にいれてあるからね、これくらいの妖鬼ならびっくりして逃げ出すはずだ」
「いや、ちょっとま――」
プシュッ。
神気が霧状になってふきつけられ、猫又はそれを浴びて苦しそうにうめいた。
そうすると、猫又は俺から飛び退いてその場を離れようとする。
「待ちなさい」
「あっ」
そして、首根っこを掴まれてリツに持ち上げられた。
猫又はしばらく暴れていたが――
「――黙れ」
リツが神気を全開にして脅しつければ、途端に何も言わなくなってしまった。
命乞いをするように、きゅーんきゅーんと鳴いている。
「この首を刎ね飛ばしてあげる、うふふふふ。素敵な血しぶきをあげてちょうだいね?」
「待った待った、落ち着けリツ! そんなことしても意味ないだろ!」
「ダメよ、私はあなたの契約者なのよ? 契約者が攻撃され、それを神魔が見逃したとあっては、メンツというものが立たないの」
そう言いながら、首を引きちぎろうとするリツを何とかなだめる。
というか、マジで落ち着いてくれ。
さっきから神気を全開にしすぎて、集まっている霊魂の数がすごいことになっている。
「その契約者たる俺がそれを望んでいないんだ。だからいいだろ?」
「ダメよ、だって私自身がこいつの首をはねたいんだもの」
「そんなことより、麩菓子まだあるから、な?」
「…………」
そこで、リツの手が少し緩んだ。
考え込むようにして、しばらく黙りこくる――が。
「……やっぱりダメよ、私はお菓子につられるような俗な神ではないの。こいつには厳正な裁きが必要よ」
「完全に私情じゃないか! ああもう、黒飴も上げるから、どうだ?」
「…………黒飴」
よし、食いついた。
パッとリツが猫又を離す。
猫又はしばらくこちらを警戒した様子で見た後、そそくさとその場を離れていった。
「もう……味噌パンもつけないとダメよ?」
「わかったわかった。それと、霊魂を集めてくれてありがとうな。これだけあれば、十分二号霊魂の場所を判別できるだろう」
さて、ここまで来るとリツの好みについてどうしても一言言いたくなるが言ってはいけない。
以前リツのことを老婆扱いしたロウクが見るも無惨な姿になった悲劇を忘れてはいけないのだ。
妖鬼って首飛ばされても生きてる場合があるからすごいよね。
それはそれとして。
「……集めすぎたから、ある程度成仏させちゃおう」
「……そうね」
この間、リツに成仏してもらった数より、ずっと多い数の霊魂が集まっている。
まずはこれを何とかしないと、そもそもこの場から動けそうにないのだった。