転生して霊媒師になった俺、やたらと退魔師や妖にビビられる   作:暁刀魚

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第9話 人は人に救われる

 灯台下暗しとはよく言ったものだ。

 人間、頭の良いことを思いついたつもりでも、その考えに思考が囚われて肝心なことを忘れるということはよくあることだ。

 具体的に言うと、今の俺。

 

「ねーえ、ねえ? れーばいしさん? れーばいしさんの事務所って、霊魂を集めやすい場所なのよ?」

「……まぁ、事故物件ではないけど、元は心霊現象が起きるせいで買い手のつかなかった物件ではあるね」

 

 そう、俺の鞍掛霊媒事務所はかつて第二号霊魂が取り憑いていた。

 そのせいで起きる心霊現象、もしくは霊障と呼ばれるそれによって人が寄り付かない場所になっていたのである。

 代わりに、霊魂が引き寄せられる場所と化していた。

 俺はそのことを、すっかり忘れていた。

 

「くすくす、どうしてかしら。私の集めたかわいい霊魂達が、あなたの事務所に殺到していくわ?」

「えーと、それは……」

「――いるわよね? 二号霊魂。あなたの事務所に」

「……みたいだな」

 

 そう、灯台下暗し。

 俺はすっかり、自分の事務所の三階がかつて二号霊魂の取り憑いていた場所であることを忘れていた。

 その名残で、時折霊魂がその三階に取り付くことも。

 すっかりと。

 

「さぁ、私とサトルの愛の巣に、無断で入り込んでるおじゃま虫さんを祟り殺してあげましょう?」

「もう亡くなられてるから、祟り殺すのはやめてあげて」

「はーい。でも、麩菓子はもう一個もらうわよ?」

 

 わかってるよ、と返すと「れーばいしさん好きっ」と抱きつかれた。

 周囲に人目はないし、仮に見られてもこの光景を異様に思われることはないが。

 それはそれとして、人目が気になるので俺はそそくさと事務所の中に入っていく。

 

「……少し空気が変わったか?」

「…………」

「リツ?」

「……いいえ? このふざけた空間に対して、少し空気が変わったとしか認識しないあなたのおめでたいところに、心底感心していただけよ」

 

 そう言って、臭いものを見るような顔でリツが俺を睨む。

 どうやら、よっぽどとんでもない霊障空間になっていたらしい。

 こんな場所で一般人が生活するのは、自殺願望でもあるのだと言っているようなものだ、と。

 だが俺は、なんとなく嫌な気配を感じるな、くらいしか違和感を感じないのだ。

 

「そうはいっても、昨日トメさんも遊びに来てくれたぞ?」

「トメおばあさんは特別よ、長い人生経験によって一つの悟りを得ているの。ああいった老人はこれくらいの霊魂で動じることはない」

「まぁ、あの人はそうだろうけど」

 

 怖いもの知らずというか、人生を楽しむ術を余すことなく知っているというような人だからな。

 

「でも、畏れはある」

「……」

「あなたとは違う、ごくごく普通の人間よ」

 

 そう言って、リツは三階へと階段を駆け上がっていく。

 一段とばしに、勢いよく。

 俺もそれを、一段ずつだったり一段飛ばしだったりと勢いをつけながら追いかけた。

 

「ついた」

 

 カタン。

 下駄の音が何も無い空間に響いて、リツが俺に振り返る。

 俺もすぐに追いついて三階にやってくると、そこには無数の三号霊魂を周囲に浮かべる人型の霊魂の姿があった。

 三号霊魂は、基本的に人魂の形をしている。

 対して二号霊魂は、人の形をしていることが多い。

 妖鬼における三号と二号の違いと同じだ。

 

『――――アア』

 

 ゆらりと蠢く二号霊魂。

 見た感じ、その姿はやせ細った女性に見える。

 ひどく不健康な印象の、三十代の女性。

 

『――アア、アァ、アア……アア!』

 

 何度も、呻くようにこぼしながら、頭をかきむしる霊魂。

 その動きに呼応するかのように、周囲の三号霊魂がこちらへ殺到してきた。

 二号霊魂の周囲にあつまった三号霊魂は、二号霊魂の怨みに影響を受けて人に害を与えることがある。

 言い方はアレだが、二号霊魂が三号霊魂を飛ばして攻撃してくるようなものだ。

 

「……意味がないよ」

 

 俺はそれを、回避することなく正面から弾いていく。

 これ自体はリツの護符の効果だが、仮に俺を三号霊魂が襲っても俺に害を与えることはない。

 基本的に霊魂の攻撃は、霊魂が肉体を通り抜けた際に肉体が感じた畏れが霊障として現れる。

 その結果、体内から出血して吐血したり、体の一部が腐ったりするのだ。

 俺は畏れを抱かないから、どれだけ霊魂が体を通り抜けても支障はない。

 

『カエシテ――カエシテ! カエシテエ!』

 

 そのまま、鳴くように喚く女の霊魂の前に立つ。

 対して女の霊魂は、俺を責めるように両手で俺の体を叩き始めた。

 本来なら、この張り手一つで内臓を持っていかれるような畏れを彼女は発しているのだろうが。

 

「……ごめんな、アンタの感情は俺には届かないんだ」

『ドウシテ! ドウシテナノヨオ!』

 

 会話になっているようで、なっていない。

 霊魂は基本的に生前の再現だ。

 俺はそんな彼女を、素早く観察していく。

 腕に切り傷、体の普通なら見えないような場所に打撲痕。

 それから……首元。

 続いて、俺は自分の体を叩き続ける女の手に意識を向ける。

 その中から――観察して解った情報を元に、必要な情報を探っていく。

 

 ――よし。

 

「……なぁ、そんなことをしても意味はないよ」

『ナンデ!』

「ここは君の家じゃないからだ」

 

 ピタリ、と女性の手が止まる。

 それから俺は、核心を告げた。

 

 

「それに君の子供は――生まれるはずだった子供は、すでに成仏している。安心してくれ、その子は道に迷っていたりしない」

 

 

 その言葉に、女性は上げた手を少しずつおろしていき、肩を落とす。

 それから少し、体を震わせて――

 

『――ゴメンネ』

 

 涙を流しながら、

 

『――――ウンデ、アゲラレナクテ、ゴメンネ』

 

 その場から消えていった。

 

 

 ◯

 

 

「……あの人は多分、普段から恋人か旦那に暴力を受けていて、そのせいで子供を産めなかったんだと思う」

「そう」

 

 女の霊魂が成仏した後、残った三号霊魂もあの世への行き先を伝えて俺は除霊を終える。

 階段に腰掛けて、事が終わるのを待っていたリツに声を掛ける。

 

「それなら、よかったわ。私はあの女にできることはないもの。むしろ、私があの女と相対したら嫉妬で祟ってしまうでしょうから」

「ある意味、慈悲深いのかな?」

「神こそ、慈悲というのは惜しみなく与えるものよ」

 

 二号霊魂の――それも、若い人の霊は除霊してもあまりいい気分にはなれない。

 その人の恨みつらみは本物で、けれども俺にはそれを共感することができないからだ。

 赤の他人である上に、共感の源である畏れが俺にはないのだから。

 

「……初めてここを訪れた時のこと、思い出さない?」

「思い出す……かなあ」

 

 俺は、リツの隣に腰掛けて荷物の中から麩菓子を取り出す。

 受け取ったリツが、袋を開けて美味しそうにいただくのを見ながら、過去のことを思い出した。

 

 俺がこのビルにやってきたのは、今から一年前のことだ。

 宗屋さんの紹介で、この空きビルを紹介してもらって。

 それから、ビルに取り憑いた霊魂の除霊を請け負った。

 たしかあの時に除霊した霊魂は――

 

「――宗屋さんの、親友だったかな」

「このビルの、もうひとりの持ち主、ね」

 

 珍しく、リツが俺の言葉へ補足する。

 リツは過去に起きた出来事を忘れることはないが、個人のパーソナリティを想起することは殆ど無い。

 なにせリツにとって、人とは遍く愛するものであり、個人への愛は俺だけに向けられるものだからだ。

 あえて個人を意識するということは、非常に稀なことである。

 

「似ていると思わない?」

「似ている? ええと」

「親と子の親愛よ」

 

 ああ、と納得する。

 確かにそれは、少し似ている。

 宗屋さんとその親友は、兄弟分のようなものだったらしい。

 宗屋さんが弟で、親友が兄のような関係だ。

 二人は幼い頃から一緒で、大人になった時も一緒に事業を始めるくらいの親密な仲だった。

 そうして最初に二人が事務所を構えたのが、このビルだったのだ。

 

「あの女性が子供に向ける愛情は、恋愛感情を伴わない純粋な親愛の情。宗屋のおじいさまとその親友と一緒よ」

「まぁ確かに、近しいものではあるかもしれないな」

 

 正確には、親が子へ向ける愛情と、兄が弟へ向ける愛情は少し違うものだとは思うが。

 大事なのは、それがリツにとって好ましい感情であるということ。

 

「……私、宗屋の人間は嫌いよ。土足で私の領域に踏み入って、我が物顔で支配者面をする」

「まぁ、そのせいで退魔寮との折り合いが悪くなったわけだしな」

「責任は全て向こうにあるでしょう? 私は悪くないんだから」

 

 そうは言いつつも、結果として退魔寮を退けたことで自分の領域を全て自分で管理することになったことを、リツは後悔しているのだろう。

 むくれるように、頬を尖らせた。

 

「でも、宗屋のおじいさまは別よ。彼は、立場に驕らず他者と善い関係を築いたから」

 

 とはいえこれはリツの宗屋に好意的な側面が顔を出しているから、こういう反応をしているだけだ。

 もし仮に、宗屋さん以外の宗屋家の人間がリツの前で不遜な態度を取れば、即刻その人は祟り殺されるだろう。

 まぁ、流石に俺がいればそういうことにはならないだろうけども。

 

「それに、だからこそ……」

「だからこそ?」

「だからこそ、その親愛を踏みにじらないあなたのやり方に感謝しているの、サトル」

 

 そう言って、麩菓子を食べきったリツは立ち上がる。

 俺も合わせて立ち上がり、後方を振り返った。

 

「私は別に、退魔師という存在が嫌いなだけで、退魔という方法自体は嫌いじゃない。ただあなたの除霊というやり方の方が好きなだけ」

「除霊も退魔も、やっていることは同じだしな」

 

 どちらも霊魂を成仏させているという意味では、結果は変わらない。

 まぁ、俺の除霊は対話で、退魔師の退魔は”戦闘”であるという違いはあるものの。

 

「だから、これからもれーばいしさんは、私の大好きなれーばいしさんでいてね?」

「努力するよ、そういう契約だからな」

 

 ――このビルに入っていた事務所は、かつて宗屋さんとその親友が二人で立ち上げたものだ。

 それから二人は、多くの困難を協力して乗り越えてきた。

 親友が、事故で亡くなるまでは。

 以来、宗屋さんの親友はこのビルに取り憑いて、他の人間が事務所を使えないようにしていた。

 それはある意味で、宗屋さんと自分の大事な思い出を守っているかのようで。

 宗屋さんが「退魔」を頼まなかったのも、きっとそれを汲んでのことだったのだろう。

 だけど――

 

「……」

 

 俺は無言で顔を伏せ、祈りを捧げる。

 ――だけど、宗屋さんは俺に除霊を頼んだ。

 それどころか、除霊の後その事務所を俺に譲ってくれたのだ。

 俺はその意図を、きちんと受け取らないといけない。

 だから、さり際に一言。

 

「――いままで、本当にありがとうございました。これからは、俺がこの事務所を守っていきます」

 

 宗屋さんの親友に、除霊の際かけた言葉をもう一度かけて、俺はその場を後にした。

 

 

 ◯

 

 

 あの霊媒師くんに「宗屋さん」と呼ばれている私に限らないが、宗屋の人間は短命であると有名だ。

 といっても、そこまで短命というわけではない。

 人によって四十から五十、中には六十まで生きる人間もいる。

 加えて、宗屋の人間は自分が短命な理由をはっきりと理解していた。

 

 宗屋の人間は元が退魔の一族であり、それ故に今も霊気を多少なりとも受け継いでいるからだ。

 霊気を受け継いだ人間には霊感があり、霊を視認しやすい。

 結果として、視てはいけない霊――凶悪な二号以上の霊魂――を目にして呪われやすいのだ。

 加えて、立場ある人間は恨まれやすく、妬まれやすい。

 この二つの性質が悪い方向に作用して、宗屋の人間は呪い殺されてしまうのである。

 

 無論、改善の試みは為された。

 そもそもの原因は、神魔”(リツ)”の縄張りに入り込み、支配者として君臨したことだ。

 もっとも、根本的な原因はその際に供物として人柱を捧げようとしてリツの怒りを買ったのだということは、今はもう失伝してしまっているが。

 ともあれ、それゆえリツに赦しを請うことはかねてからやってきた。

 逆にそれがリツの逆鱗に触れていることには気が付かず。

 退魔師を頼るという方法も、当然試した。

 だが、退魔師にしてみればリツの土地に分け入り、自分たちが丸ごと嫌われる原因となった宗屋家を助ける理由はない。

 かくして宗屋家は、改善が為されることなく短命の呪いを背負い続けてきた。

 

 正直なところ、根本的な原因は宗屋の立場にあると私は考えている。

 宗屋はこの土地の支配者であり、有力者だ。

 その権勢は昔から変わらず振るわれており、自分は恵まれて当然という驕りが常にあった。

 だからこそ周囲から妬まれ、呪われてしまうというのに。

 そもそも呪われる原因を排除しようとしないのだから、宗屋家の短命が解呪されることはない。

 

 だから私は、そうはなるまいと誓ったのだ。

 少なくとも周囲に対して、自分だけでも優しくあろうと。

 そう振る舞ったのだ。

 何より、もう宗屋が王である時代は終わった。

 これからは、いくら宗屋が街の有力者であると言っても無制限にその権勢を振るえるわけではない。

 自分たちの力で、生きる糧を築く時代なのだ、と。

 

 幸いにも、私は周囲の人間には恵まれた。

 友人たちはかつての老人を他の人と別け隔てなく扱い。

 親友もできた。

 その親友は、いずれは二人で大きな仕事をするのだと私に語ってみせた。

 そんな親友に、私は常々こう言っていた。

 

「きっと、私のほうが先に死ぬだろうから、後のことを頼む」

 

 ――と。

 

 

 だが、どうしてか、先になくなったのは親友の方だったのだ。

 

 

 事故という、霊魂のかかわらない不測の事態によって。

 それからというもの、私はすっかり色々なことがどうでもよくなってしまった。

 結果、少しずつその体を霊魂の呪いに蝕まれていったのだ。

 そんな時だ、幼い少年――鞍掛サトルに出会ったのは。

 当時はまだ私は老人というほどの年齢ではなかったが、すっかり老け込んでしまっていた。

 そんな私を気遣って、少年だった頃の霊媒師は声をかけてきたのだ。

 

 ただ、何も偶然声をかけたわけではない。

 この霊魂が見えるという少年は、とある霊魂から私のことを知ったのだという。

 それが誰であるか、私は言われるまでもなく気付いてしまった。

 そしてすぐに、霊媒師は答えを告げる。

 

「その霊魂は言っていました、先に亡くなってしまって、すまなかった……と」

 

 彼の霊魂は、私を守ろうとしていたのだ。

 守護霊という考え方があるように、霊魂の中には人を霊魂の悪意から守ろうとする者もいる。

 ああ、と私は理解した。

 そもそも、宗屋の間違いは周囲を下にみていたことだ。

 もしも周囲の人間と対等に接して、善意を向けていれば。

 善意は自分に返ってきていただろうに――と。

 

 それを教えてくれたのが、霊媒師の少年だったというわけだ。

 

 霊媒師、鞍掛サトル。

 前世の記憶があるという彼は、それ故に霊魂と対話することができるのだという。

 それが恐ろしいことだというのは、私にだって解る。

 退魔という概念を根底からひっくり返す、とんでもないものだと。

 加えて、あの神魔リツと契約しているというのだから驚きだ。

 しかも、その関係は完全な対等。

 本当に凄まじいことしか、彼はしていない。

 

 それでも、私は考えていた。

 彼の根底にあるのは、間違いなく善意だ。

 人に善意を与え、その善意が返ってくることを期待する。

 そんなどうしようもなくお人好しな在り方である。

 

 好ましく、それ故に危うく。

 そして何より、支えたいと思うような在り方だ。

 かつての自分にそっくりだと、そう想ってしまう。

 ああ、なるほど。

 親友が自分を守ってくれた理由は、そこにあったのだ。

 

 だからこそ、私は親友の遺してくれた善意に。

 霊媒師の彼に。

 自分もまた、善意で返そうと思うのである。

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