砂漠に呑まれつつある街……アビドスのとあるビルの屋上で、少女が一人、街を見下ろす。
長いピンクの髪は風に靡き、頭には光の輪が浮かんでいる。肩にショットガンを掛け、じっと市街地を見つめる少女——小鳥遊ホシノは、ビルの縁にそっと腰を下ろした。
「うへぇ……今日も疲れたねぇ。」
その日も、いつもの様に、ホシノは街のパトロールをしていた。かつて、キヴォトス一栄えていた場所とは思えぬ程、アビドスは年々、衰退——滅亡の一途を辿っている。砂嵐によって砂漠化していく市街……その砂を片付ける度、膨れ上がる借金。それに比例するように離れていく住民。増えていく不良たちと悪い大人。
かつて、アビドスに所属していた生徒たちも、今では完全に諦めて、自治区を去っていった。それ程までに、この地は希望が無くなっていたのだ。
だからこそ、ホシノの代で、アビドスは終わらせようと考えていたのだ。だが、新たに入学してくれた後輩たちが諦めていない手前、ホシノが諦める訳にもいかなかった。
ホシノはせめて、自分がアビドスを卒業するまでは出来る限りの事はしようと、深夜のパトロールをしているのだ。
でも、その日はいつもと違っていた。
「……何?」
流れ星が……いや、ほうき星だろうか。流れ星よりもはるかに遅く、青く輝き、光の尾を引いて、ゆっくりと流れていく。やがて水平線に沈むだろう。
——だが、妙に近い様に見えて、ホシノは胸騒ぎを覚える。
ホシノの胸騒ぎを証明するかの様に、それは水平線には落ちず、広大な砂漠に墜落した。
凄まじい突風と爆発音が、遥か遠くの市街地にいるホシノの肌を震わせる。
「うへぇ~……見に行かない訳には、行かないよね?」
ホシノは、立ち上がり、ビルの屋上から宙へと身を躍らせた。
アビドス砂漠、ほうき星の落下地点にて——
そこには、明らかに異常な物が転がっていた。
白銀の塗装。四つの手足。——ちょっとしたビル位の大きさの巨大ロボットが、ホシノの眼前に横向きに倒れていた。
「……あはは、これはちょっと……流石におじさんでも予想できなかったかなぁ~?」
ゆっくりと近づいていく。すると、胸部のあたりのハッチが開いているのが見えた。中の様子は暗く、ホシノの位置からでは詳しくは見えない。
——ミ巨大なロボットだねぇ。ミレニアムで作った試作機?……でも、試作機がこんな所まで来る?
ホシノが胸部ハッチの前まで来ると、その瞳は驚愕に開かれる。
小さな人型の少年が、座席に座っていた。病衣の様な物を着て、腕や腹部、額から血を流していた。
「君!!大丈夫!?」
急いで中に入る。意識を失っているのか、少年は返事をする事は無かった。少年の手首を取って、脈を確認する。指先に伝わる脈拍は、驚く程微かな物だった。けれど——
「まだ、死んでない……」
ホシノは安堵の溜息を吐くが、すぐに気持ちを切り替える。
「急いで病院に連れて行かなくちゃ!」
ホシノはシートベルトを外し、少年を抱えて砂漠を後にした。
「ホシノ先輩、遅いですね~。」
アビドス対策委員会。部室にて、黄色い髪を片側だけ、お団子の様にしてまとめている少女、十六夜ノノミは、窓の外を見ながらそう呟く。
「なにかあったんでしょうか。」
眉をハの字にして、不安そうに瞳を揺らす眼鏡を掛けた少女……奥空アヤネは、携帯に視線を落とす。
「ホシノ先輩の事だから、きっと寝坊でもしてるだけよ!まったく……こんなに遅くなるなんて、何してるのよ!」
怒った様子で、黒い髪をツインテールにした猫耳の少女、黒見セリカは銃の手入れをしている。
ガラ、と音を立てて、部室の戸が開く。そこに立っていたのは、灰色の髪を肩口まで伸ばした狼耳の少女、砂狼シロコである。
「……ん。みんな、ホシノ先輩と連絡が取れた。」
その言葉を聞き、その場にいた全員がシロコに詰め寄る。
「ホシノ先輩、今どこにいるんですか!?」
「ん、病院にいるって。」
シロコが、携帯の画面を皆に見せる。モモトークの画面が表示されていて、そこには、ちょっとしたトラブルがあって、病院にいる、と言った事が書かれていた。
「……一体、どういう事でしょうか?」
「……とにかく、行ってみるしかないんじゃない?」
「……そうですね、行ってみましょうか。」
対策委員会の面々は、とりあえず、ホシノが今いるDU地区の病院に向かうことにした。
電車を乗り継ぎ、対策委員会はようやく病院に着いた。急いでホシノから送られてきた病室まで向かう。
そして、病室に付き、部屋の中に入る。
「ホシノ先輩!!」
「お、セリカちゃん。それにみんなも……」
いつもと変わらない笑顔で受け答えするホシノに、セリカは安堵する。
「もう、心配したんですよ……それで、何があったんですか?」
「うーん、なんて言うか、その……」
バツが悪そうな顔で、話を切り出せないでいると、ホシノの背後に小さな影が見える。
「あら?」
ノノミが覗き込むと、そこにいたのは、小さな黒髪の少年だった。小学生くらいの子だろう。
しかし、体のあちこちに包帯を巻いて、ホシノの背中に隠れる様に小さな手でしがみついている。
「ホシノ先輩、その子は?」
「ノノミ先輩、何を言ってるの?」
「ほら、ホシノ先輩の後ろの子……」
「……ん、ケガしてる。」
ホシノが高等部を掻き、口を開いた。
「あー、この子はねぇ……拾ったんだ。」
「拾ったって……どういう事?」
「まさか……ホシノ先輩、遂に!」
アヤネの言葉を慌てて否定するホシノ。
「違う違う!!事情はちょっと、難しいんだけど……。」
ホシノは少年に「ほら、怖くないよ。」と言い、少年の頭を撫でる。その言葉を聞いた少年が、背中から顔を離す。
「この子たちは、おじさんの後輩……だから、君に怖い事はしないよ。」
ホシノは少年の方に体を向け、少年の目を見て優しく言い聞かせる。
「……はじめ、まして………ヒユって、言います。」
小さな、蚊の鳴く様な声だが、ちゃんと自己紹介をしていた。
「ん、初めまして。私は砂狼シロコ。シロコでいいよ。」
「シロコ……?」
「ん。」
「私は黒見セリカよ。よろしく。」
少年に視線を合わせる様に屈み、自己紹介をする。
「私は十六夜ノノミです。よろしくです☆」
「奥空アヤネっていいます。よろしくお願いします。」
「せりか……ノノミ、アヤネ。」
反芻するように、少年……ヒユは、名前を繰り返し言う。
ヒユはまず、セリカに視線を向け、名前を言った。
「セリカ」
「うん。」
「ノノミ」
「はい☆」
「アヤネ」
「はい!」
「シロコ」
「ん!」
ヒユは、確認するように、一人ひとり、指を指して名前を呼ぶ。
「それで、ホシノ先輩……この子、どうしたんですか?」
「……それが、分かんないんだ。」
ヒユの頭を優しい手つきで撫でながら、ホシノは話す。
「私も、聞いてみたんだけど……ヒユくん。言いたくないの一点張りでさぁ。でも、悪い子じゃないのは確かだよ。」
すると、病室の戸が開き、医者が入ってくる。
「ホシノさん。少しよろしいでしょうか。」
「あ、は~い。」
間延びした返事を返し、立ち上がろうとするホシノだったが、僅かに後ろに引っ張られる感覚がして、その引っ張ている人物を見る。
「行かないで……ホシノお姉ちゃん。」
「…大丈夫。お話を聞いて来るだけだよ。それに、私の他にも、優しいお姉ちゃんたちがいるから、ヒユくんなら、待てるよね?」
その言葉を聞き、ヒユは不安気に瞳を揺らしていた。だが、ゆっくりと、その手を離し、ぎこちない笑顔で「うん、大丈夫。」と言った。
その様子に、ホシノはヒユをぎゅっと抱きしめて、「ここには怖いものは無いからね……大丈夫だよ。」と囁く。
「それじゃ、ちょっと待っててね。」
そう言って、ホシノは医者に連れられて、部屋を後にした。
「ヒユくんの事なんですが……何らかの、薬物を投与されていたようなんです。」
医者の口から出た言葉は、とても信じられないものだった。
「……それって、どういう事ですか?」
「そうですね……この資料を見てください。」
そう言って手渡された資料に書いてあった内容は、薬の名前だろう。
「これは——」
「ヒユくんを検査した際、これらの薬物が投与されていた形跡を見つけたのです。そこに書いてある物は、全て、キヴォトスでは、使用が禁止された薬物です。」
ひゅっ、とホシノは息を飲む。
「恐らく、彼は何らかの犯罪組織に実験体にされていた可能性があります。しかも、キヴォトスでは珍しい、ヘイローのない子供……その希少性は計り知れない。」
医者は立ち会がり、ホシノに向けて、頭を下げる。
「どうか、あの子の事を保護してもらえませんか。」
その姿勢に、ホシノはさらに困惑する。
「……どうして、私なんですか?ヴァルキューレや、児童養護施設だって、此処にはあるじゃないですか。」
「確かに、その通りです。しかし、ヴァルキューレも一枚岩では無い。上層部の動きが、ここ最近きな臭くなっていましてね。それに、他の児童養護施設では、あの子を守り切れないかもしれない。ですので、どうか……」
ホシノは俯く。
——私たちの学校だって、借金やら、ヘルメット団やらで、大変だ。誰かがアビドスを狙っているのは間違いない。でも、あの子をそこに巻き込むのは……
「……ヒユくんに、聞いてみます。まずは、そこから。」
「……ありがとう。」
「おまたせ~。」
ホシノが部屋の戸を開けると、下半身に僅かな衝撃を感じた。
「……ほんとに来た。」
「凄いですね☆野生の勘でしょうか?」
ホシノは、何が何だか分からなかった。
「……みんな、どうしたの?」
そう聞くと、シロコが答えた。
「ん。その子がホシノ先輩が帰ってきたって、ドアに向かったら、丁度先輩が入ってきたの。」
その言葉に、驚きに僅かに目を開く……が、直感に優れた生徒は、確かに存在する。なので、ヒユもその類の人種なのかもしれないと思い、その事は、置いておく。
「ごめんね、ヒユくん。少し、聞きたい事があるの。いいかな。」
ホシノは、ヒユの肩に手を置く。
真面目な雰囲気を察してか、ヒユは一歩、後ろに下がる。
ホシノは、膝立ちになり、ヒユに視線を合わせる。
「ヒユくん。君の検査が終わって、退院したら、私たちの所に、くる?それとも、他の児童養護施設に——」
「——いやっ!!」
言葉の途中で、食い入るように、ヒユはホシノの言葉を遮った。
「でも、私たちのとこに来ると、危ないんだよ?もしかしたら、またケガするかも……」
「いや!ホシノお姉ちゃんと一緒が良い!!」
ヒユは、瞳を潤ませて、必死で訴えかける。「一人にしないで……!」と、声を震わせながら……
「……ホシノ先輩、連れて行っても良いんじゃない?」
シロコがそう言うと、ノノミ、セリカ、アヤネも口々に連れて行こうと口にする。
それでも、ホシノは悩んでいたが、観念したように溜息を吐く。
「分かったよ。ヒユくん……一緒に行こうか。」
「……ありがとう。」
ヒユは、柔らかく微笑んでそう言った。
「はあ、全く。」
診察室の中、医者が一人、溜息を吐く。
「自分の力の無さに、反吐が出そうだ。」
憎々し気に、窓の外を睨む。
「せめて、君のこれからの人生に、幸せがあらん事を——ヒユ……ヒユ・プロスペクト…………」
医者は、誰も知らぬその名前を、小さく呟いた。
ホシノは少年を見捨てられなかった。
少年は、一体どこから来たのか……それも分からぬまま、物語は続いていく。
なんて、気取った書き方してますが、誤字、脱字があれば、教えて頂けると助かります。
此処まで読んで頂き、ありがとうございました。