俺は主人公になれない   作:oir.1

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〜始まり〜

 

 

 

 

 

 

「行ってきます、爺ちゃん。」

 

パオズ山の朝は静かだ。 鳥の声と風の音だけが、俺の震える心を落ち着かせてくれる。

 

墓前に手を合わせるのは、もう習慣になっていた。 この世界に来てから、唯一“俺”を保てる時間だ。

 

「今日も無事帰ってみせるよ。悟飯爺ちゃん。」

 

俺の名前は――孫悟空。 だが、その名を名乗るたびに胸が痛む。

 

俺は悟空じゃない。 悟空の身体に入り込んだ、ただの臆病者だ。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

どこから話せばいいのか分からない。 ただ一つだけ確信していることがある。

 

これは【転生】ではない。 もっと歪んだ――憑依だ。

 

前世の記憶はほとんどない。 死因も曖昧で、家族の顔すら思い出せない。

 

けれど、ひとつだけ鮮明に残っている記憶がある。

 

ここはドラゴンボールの世界で、 孫悟空はその主人公だということ。

 

その事実だけが、俺の心を凍らせる。

 

ーーーなぜかって?

 

ドラゴンボールはバトル作品だった。 つまり、この世界は“死ぬほど危険”だ。

 

そして俺は―― その最前線に立たされる。

 

「……無理だ。絶対に無理だ。」

 

悟空はきっと、勇敢で、強くて、誰よりも優しい“主人公”だったんだろう。 でも俺は違う。 平凡で、臆病で、争いなんてしたことがない。

 

なのに――

 

この身体は、戦いを求めている。

 

敵と戦うことを想像すると、心臓が高鳴る。 恐怖じゃない。 興奮だ。

 

「……俺はそんなの望んでねぇ。」

 

拳を握ると、力が湧く。 殴れば骨が砕け、蹴れば肉が裂ける。

 

俺は怖い。 でも、この身体は笑っている。

 

 

まるで心と体がバラバラになったかのような感覚に俺は襲われた。

 

 

 

 

 

 

ーーーけど俺は……主人公にならなきゃいけない。

 

決して皆を守るためだなんて高潔な想いじゃない、ただ…ただただ俺は死にたくない。 そんな我が身可愛さのたったそれだけの理由で、俺は悟空を演じる。

 

悟空の代わりに。 悟空の身体を借りて。

 

ーーー俺は孫悟空だ。 孫悟空なんだ。

 

そう言い聞かせなければ、心が壊れてしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

「……はぁ……」

 

自分でも驚くほど深いため息が漏れた。 夜の冷たい空気が肺に入って、胸が少し痛む。

 

「どうしたんだよ?ブルマ。」

 

隣を歩く孫くんが、いつもの調子で声をかけてくる。 その声は優しい。 優しいはずなのに――

 

私は、返事をするのが怖かった。

 

「……なんでもないわよ。」

 

ただたった一言そう言うしかなかった。

 

 

 

 

 

孫くんと出会ったのは、パオズ山。 最初はただの野生児かと思った。

 

でも、旅を続けるうちに分かった。

 

常識はあって

 

優しくて

 

力を貸してくれる

 

そして、とんでもなく強い

 

……強すぎる。

 

ウーロンも、ヤムチャも、兎人参化も、ピラフ一味も。 全部、孫くんが片付けた。

 

本来なら、心強いはずだった。

 

なのに――

 

 

 

私は…その優しさが怖い

 

 

 

 

 

 

「ブルマ、疲れてねぇか?  オラが荷物持つぞ。」

 

「……ありがと。」

 

孫くんは本当にとても気遣ってくれる。

 

でも、その優しさが―― どこか“作り物”に見える瞬間がある。

 

笑っているのに、目が笑っていない。 心配してくれるのに、声に温度がない。

 

まるで“優しい孫悟空”という役を演じているみたいに。

 

私は、孫くんの本心を一度も見たことがない。

 

それが、怖い。

 

 

 

脳裏に過ぎるのはあのウーロンを殴り続けていたときの光景。

 

 

 

「ごめんなさい…ガッ!!ごめっ…!!なさっ…!!」

 

「孫くん!!やりすぎよ!!」

 

 

耳を塞ぎたくなるような肉を殴る湿った音と必死に謝罪を続けるウーロンの恐怖で震えた声が何度も…何度も何度も聞こえてきた。

 

見たくないと思いつつも,その惨状を見るとウーロンを殴り続けて拳を血で濡らした孫くんがいた。

 

その目は普段の呑気な少年とは違う。深く、暗く、底が見えない瞳だった。

 

 

 

「……敵だろ。倒さねぇと。」

 

その声は、冷たかった。 まるで“敵”という言葉だけで、相手を人間として見なくなるような。

 

「ちょっと女の子を攫っただけでしょ!?  殺す気なの!?」

 

「……殺す?  そんなつもりはねぇよ。やったことなんて関係ねぇ“敵”は絶対に倒さねぇと。」

 

その瞬間、私は悟った。

 

この子は、線引きが違う。 “敵”と判断した瞬間、容赦がなくなる。

 

そして―― その判断基準が、私には分からない。

 

 

 

けれどそんなことよりもその時思ったのは、ーーー普段の優しい孫くんは、一体誰なんだろうか。

 

 

そんな単純な疑問だった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

そんなことを思い出しながら、ちらりと横にいる孫くんを見ると、少し真剣な表情で私に問いてきた。

 

「ブルマ、願いはどうするんだ?  素敵な恋人ってのを頼むのか?」

 

孫くんは、私の顔を覗き込むように笑った。

 

その笑顔は、穏やかだ。 穏やかなのに――

 

心がまったく動いていない。

 

私はモテる。 だから分かる。

 

孫くんの態度は、確かに“好意”のように見える。 でもそれは、恋でも下心でもない。

 

もっと別の―― 義務感のような、決められた役割を演じているような。

 

「……ねぇアンタ、……」

 

聞こうとした。その根幹の部分を。

 

 

「…アンタは、私のこと……」

 

言いかけて、やめた。

 

なんでかって?

 

別に理由なんてない

 

 

ただ…ただただ

 

 

 

 

 

 

 

 

聞くのが、怖かった。

 

 

 

 

 

 

 

孫くんは、きっと悪い子じゃないと思う。

 

けど―――どこか歪な少年だ。

 

私を見ているようで、見ていない

 

話しているようで、心がない

 

笑っているのに、感情がない

 

まるで―― 機械みたい。

 

「……ブルマ、どうしたんだよ。 元気ねぇぞ。」

 

「……誰のせいだと思ってんのよ。」

 

軽口を叩くことでしか、恐怖を隠せなかった。

 

孫くんは笑った。 その笑顔は、やっぱり太陽のように眩しい。

 

だからこそ――

 

 

私は孫くんを嫌いになれない。

 

信頼もしている。 命を預けられるほどに。

 

 

荷物を持ってくれるし、気遣ってくれるし、危険な時は必ず守ってくれる。

 

 

だから私は孫くんのことを拒絶出来ない。

 

 

でも――

 

私はこの少年を“人間”として見られなくなりつつある。

 

 

 

それが、私の抱える恐怖だった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

これは、ある1人の盗賊の記録であるーーー

 

 

 

 

夜の荒野は静かだった。 風の音すら、まるで息を潜めているように感じた。

 

「……今日こそ……」

 

俺は自分に言い聞かせるように呟く。 何度負けても、何度折られても、俺には“盗賊ヤムチャ”としてのプライドがあった。

 

だが―― そのプライドが、今日で完全に砕け散ることになる。

 

 

 

 

俺の標的ーーー孫悟空は、月明かりの下で静かに立っていた。

 

無防備に見える。 隙だらけに見える。 だが――

 

一歩も近づけない。

 

理由は分からない。 ただ、あのガキの“気配”が違った。

 

「……来ねぇのか?」

 

悟空が、まるで退屈そうに言った。

 

その声を聞いた瞬間、背筋が凍った。

 

 

 

 

 

違う…こいつは…違う

 

 

 

 

 

 

俺がこのガキに戦いを挑んたのは今日だけじゃない。その前も、何度も、何度も何度も戦いを挑んできた。

 

その度に俺は敗北し、逃げ帰ってきた。

 

 

けどその時のガキーーー孫悟空は、ただ歳相応の子供のように見えた。仲間の女に明るく呑気に振る舞い、俺には容赦なくその力を振るう。ただ強さを持っただけの、呑気なガキ。それがコイツだったはずだ。

 

 

 

けど今日は違う。声が違う。 いつものガキじゃない。

 

「……お前……誰だ……?」

 

気づけば、そんな言葉が漏れていた。

 

悟空は笑った。 けれど、その笑顔は“感情”が欠けていた。

 

「何言ってんだよ。オラは孫悟空だろ?」

 

その言葉が、逆に恐ろしかった。

 

 

俺は震える手で構えを取る。 だが悟空は、構えすら取らない。

 

「……来いよ。  おめぇが来ねぇと、オラは“主人公”になれねぇ。」

 

意味が分からない。 だが、その言葉には“逃げ場のない圧”があった。

 

俺は叫びながら飛びかかった。

 

次の瞬間――

 

視界が回転した。

 

地面に叩きつけられた衝撃で、肺から空気が抜ける。

 

「……遅ぇな。」

 

悟空の声が、真上から降ってきた。

 

痛みよりも、恐怖が勝った。

 

 

 

悟空は俺を見下ろしながら、首を傾げた。

 

「おめぇ、なんでそんなに弱ぇんだ?おめぇは敵じゃねえのか?」

 

その声は純粋な疑問だった。 責めるでも、怒るでもない。

 

ただ―― 弱者を理解できない捕食者の声だった。

 

「……や……め……」

 

「弱ぇのに、なんで挑んでくんだ?  何回負けても、なんで来るんだ?」

 

悟空はしゃがみ込み、俺の顔を覗き込む。

 

その目は、まるで“人間”を見ていなかった。

 

「……分かんねぇんだよ。  オラには。  弱いのに戦う理由が。」

 

悟空は胸に手を当てた。

 

「オラは戦わなきゃなんねぇ。  主人公だから。  敵を倒さねぇと、地球が滅ぶから。"俺"が死んでしまうから。」

 

その言葉は、狂気ではなく“義務”だった。

 

だからこそ、恐ろしい。

 

 

 

「ヤムチャ様!!」

 

プーアルが駆け寄ってきた。 その瞬間――悟空の目が細くなった。

 

「……あぁ、そっか。おめぇら、二人で一つなんだな。」

 

悟空は立ち上がり、プーアルに歩み寄る。

 

俺は叫んだ。

 

「やめろ!!そいつは関係ない!!」

 

「関係あるだろ。  “敵”なんだから。」

 

悟空は、まるでゴミを拾うようにプーアルの首を掴んだ。

 

プーアルは悲鳴を上げようとしたが―― 声が出る前に、悟空は一撃を放った。

 

 

 

生き物が殴られる音が夜に響いた。

 

それは普段生きていたら聞くことがない。暴力の音。

 

残酷で恐怖心を煽る音だった。

 

プーアルの身体が、力なく垂れ下がり始めた。

 

悟空は興味なさそうに、プーアルを俺の前に落とした。

 

「ほら。 まずは1匹目だ。」

 

「ヤ…ヤム…チャ…様」

 

 

 

 

 

 

俺はプーアルの名を呼ぼうとした。 だが声が出なかった。

 

涙も出なかった。

 

ただ―― 恐怖で心が支配された。

 

悟空は俺を見下ろし、静かに言った。

 

「……おめぇ、もう戦えねぇだろ。 心が立ち上がれなくなっちまったらしい。」

 

悟空は背を向けた。

 

「安心しろよオラはおめぇに用はなくなった。 おめぇはもう“敵”じゃねぇ。 死んだ奴は…戦えねぇ奴は敵になれねぇから。」

 

その言葉が、何より残酷だった。

 

俺は―― その日、完全に壊れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はプーアルを治療した後、都へと逃がし、一人で生きることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう。これはただ一人荒野をさすらう、壊れた盗賊の記録だ。

ーーーもう誰にも知られることも見られることもない終わった記録だ。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

戦った。 戦って、戦って、戦い続けた。

 

ウーロンを。 ヤムチャを。 兎人参化を。 ピラフ一味を。

 

倒すたびに、胸の奥がざわついた。 恐怖か、興奮か、自分でも分からない。

 

ただひとつだけ確かなのは――

 

俺はこれからもこんな戦いを何度も、何度も、繰り返さらなければいけない。

 

そう思うと、憂鬱な気分になってしまう。

 

「……俺は、俺、なのか」

 

心は戦いを拒絶しているのに、戦うことから逃げられない。 呆れるほどの役割意識と生存本能だった。そして戦いを喜びとするこの肉体も血沸き肉躍る戦闘に武者震いを感じた。…俺の身体に眠るすべての本能が俺を戦いへと引きずっていくようだった。

 

 

 

 

 

ブルマは言った。 「アンタは私のこと……」と。

 

俺は答えられなかった。 答えられるはずがない。

 

俺はブルマが好きなんじゃない。 恋でも、友情でもない。

 

ただ――

 

ブルマは“ヒロイン”だと、俺の感覚が言っている。

 

ドラゴンボールを、探していたから。

 

守らなきゃいけない。 失わせちゃいけない。俺が主人公なら、ヒロインを守るのは当然だ。

 

それは優しさじゃない。 義務だ。 役割だ。

 

別に、何も考えなくていい。ただ守ればいい。与えられた台本を読み上げるように、ただ自然に。

 

 

 

ーーーでも、こんな俺を異常だと認識しながらも拒絶しないブルマには、少し罪悪感が湧いてしまう。

 

 

だって、俺は彼女にそこまでの情を抱いていないのだから。

 

 

 

 

 

 

ブルマとの旅が終わったあと、 俺は亀仙人の家へ向かった。

 

強くならなきゃいけない。 誰にも負けないように。 どんな敵でも倒せるように。

 

死にたくないから。 ただ、それだけの理由で。

 

「じっちゃん。オラに修行つけてくれ。」

 

亀仙人は、俺の目をじっと見た。 その目は、まるで“俺の中の何か”を見透かしているようだった。

 

「……そうじゃのう。  お主には、教えねばならんことがある。」

 

その声は、どこか覚悟を含んでいたーーー

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

俺は――主人公とは程遠い、ただの臆病者だ。

 

でも――

 

この世界は残酷だ。 敵は強く、容赦がない。 俺が立ち止まれば、誰かが死ぬ。 俺が逃げれば、世界が滅ぶ。

 

 

だから――

 

俺はやるしかない。この世界に生まれた異物だとしても、敵を滅する正義のヒーローとして。何よりも俺自身のために、やるしかない。

 

それが偽物の俺に残された、唯一の生き方だ。

 

 

ーーーこれは、 時の界王神すら認識できず、 タイムパトローラーすら介入できない、 “ありえない歴史”の物語。

 

ーーー偽物の男が、本物の主人公を演じ続ける物語だ。

 

そして俺は――

 

孫悟空として、生きてみせる。

 

 

 

 

 

 






あとがき


・憑依悟空の状態について

基本的に原作知識はないです。知っている記憶は
→ドラゴンボールという作品の世界であること。
→その主人公が孫悟空であること。
→孫悟空の大体の人物像。
の3点です。




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