天下一武道会の会場は、朝から熱気に包まれていた。 観客のざわめき、屋台の匂い、地面を揺らす歓声。 全部が“非日常”で、全部が“戦い”を求めていた。
「すっげぇ人だな……!」
クリリンが目を輝かせる。 その横で、俺は静かに深呼吸をした。
(……とうとうきちまったか。)
身体は軽い。 むしろ“戦いたがっている”。 だが心は――重い。
そう考えているとふと聞き覚えのある声が聞こえた。その声の方向を見ると ブルマが大きく手を振っていた。
「孫くーんっ!!こっちこっち!!」
クリリンが驚いた顔で振り返る。
「悟空、あの人知り合いか?」
「あぁ、ブルマっていうんだ。」
俺は短く答えた。
ブルマは駆け寄ってきて、 俺の顔を覗き込んできた。
「孫くん!久しぶりね!あのスケベじいさんのところに修行に行くって言ってたからもしかしたらこの大会に出るんじゃないかと思ったのよね〜。 それにしてもあんた、背伸びたんじゃないの?」
「そうか?」
早口で興奮したように捲し立てるブルマを見て、自然と呆れたようなどこか嬉しいような笑みが零れた。
だがブルマは一瞬だけ固まった。
(……あれ?)
ーーー前よりちょっと自然になった?
ブルマは眉をひそめた。
「なんか……雰囲気変わった?」
「?よくわかんねぇけど」
俺は首を傾げる。
クリリンが割って入った。
「悟空、紹介してくれよ! この人、誰なんだ?」
「あぁ、ブルマっていってな。ドラゴンボール探す旅で一緒だったんだぞ。」
クリリンは丁寧に頭を下げた。
「初めまして!クリリンです! 悟空の……えっと……友達です!」
ブルマは微笑んだ。
「孫くんに友達ができるなんてねぇ…… ちょっと感動だわ。」
その言葉に、俺の胸が少しだけ痛んだ。
(……友達。)
その概念が、まだ俺は確信出来ていない。
ブルマはクリリンを見て、 次に俺を見て、 またクリリンを見た。
「ねぇ孫くん…… あんた、クリリンくんと仲良いの?」
「んー……どうだろな。…けどオラ…は友達だと思ってる。…たぶん」
そう答えると、 ブルマは少し驚いたように目を見開いた。
(……ふーん。)
ーーーそれでちょっと変わったのかな
前の取り繕ったような笑顔も
空っぽな優しさも
必死になにかの役割を果たそうとする狂気も
少し自然になったように見えたのはーーーきっとその友達のおかげってわけね。
ブルマはクリリンによって少し変わった悟空を見て無意識に腕を組んだ。
(……なにそれ。)
私には一度も本心を見せなかったくせに、 なんでその子と出会ってからはそんな自然な笑顔見せるのよ。
胸の奥が、じわっと熱くなる。 それが嫉妬だと気づいた瞬間、 自分で自分に驚いた。
「おーい!悟空、クリリン!そろそろ受付に行くぞい!!」
そう声をあげる武天老師の声が聞こえた。
「はい!!よし!悟空いくぞ!!」
クリリンは元気よく返事をする。
俺も歩き出す。 だが歩きながら、 周囲の戦士たちに対して無意識に不安を覚えた。
ブルマはその様子に気が付いた。
「……孫くん。」
ーーーどうしてアンタはいつも、戦う前にそんな怯えた表情するのよ。
アンタならそこらのヤツに負けないでしょ。…とブルマは思わず声をかけた。
「孫くん……大丈夫?」
「ん?大丈夫だぞ。」
悟空は笑った。
先程の自然な笑みじゃない。ブルマがよく知っている何かを模倣したような気味の悪い笑顔だった。
ブルマは思わず息を呑んだ。
(……アンタは何を抱えてんのよ)
悟空は受付へ向かう。 その背中は、 戦いに向かう“何か”の背中だった。
ーーーーーーーーー
「次、孫悟空選手ー!」
呼ばれた瞬間、すぐに前へでた。 足取りは迷いがないからだ。ーーー 心は迷っているのに
相手の男が構える。 筋肉質で、明らかに強そうだ。
(……どうすりゃいいんだ?)
ーーー戦うってどう動けばいいんだ?
俺が知ってる戦いは、ウーロンやヤムチャ、ピラフ達との戦いだけ。…けどあんな残酷な戦いは武道会では適していないだろう。
「へへっ…ビビって動けなくなっちまったか?そんじゃさっさと終わらせてやるか…」
「…」
ーーー来る。
そう確信し、ただ牽制程度に殴ろうとした。
そうして一歩踏み込んだ瞬間、 俺の身体が“想像を超えて”加速した。
(……え?)
拳を突き出した覚えはある。 だが、出した“感覚”と“結果”が一致しない。
気づけば相手は壁にめり込み、 会場がざわついていた。
「勝者、孫悟空選手ー!」
周りが湧く、俺はただ拳を見つめた。
(……今の、俺の動きか?)
今まで以上に混乱した。何故か今までよりももっと身体の動きと心のイメージがズレた感覚があった。
結局、予選は全て似たような結果で全勝し、俺は本選へ行った。
(……どうなってんだ?)
ーーー尤も、心は置いていかれているのだが。
「悟空、すげぇじゃん!予選全部一撃じゃねぇか!」
クリリンが笑う。 その笑顔は眩しい。
だが、次の瞬間――
「悟空……さっきの試合、ずっと見てたんだけどさ。」
クリリンは真剣な顔で言った。
「お前……なんか、動きが変だぞ。」
「変?」
「うん……強いんだけど…… “なんかぎこちない”っていうか…… 上手く身体を使えてないみたいな……」
(……うるさいな。)
その言葉に、胸がざわついた。
クリリンは続けた。
「でもまぁ、強いのは本当だし! 決勝まで行こうぜ悟空!」
「…クリリンもそんなこといって負けんなよ」
「わかってるよ!」
動揺を隠しながらそんな軽口をいうので精一杯だった。
予選を突破し、本戦のトーナメント表が貼り出された。
クリリンは興奮していた。 ブルマが俺たちを応援してる姿が見えた。 観客は盛り上がっていた。
その中で―― 俺だけが、静かに震えていた。
(……くそ、このままじゃ……)
乖離する心体に不快感が溜まっていく。
何となく原因は分かった。
単純にじいさんとの修行で肉体が成長しただけだ。
ただ、その成長が俺の並程度の思考じゃ測れない程度に急激だったというだけ。
本当にこの肉体は宇宙人なんじゃないか?とつい考えてしまう。
…尤も、そんな面白くない冗談も、酷い焦燥感を抑えるための薬代わりでしかないのだが。
(…ヤムチャやウーロンを倒した時は、そんなことなかったはずなんだがな。)
まぁあの時より肉体は間違いなく成長しているが。
…しかし今まで自身の肉体スペックに驚くことはあっても、そんな身体を上手く使えないなんてことはなかったはずだ。
ーーー何が違うんだ??
そんな一抹の疑問と不安を残したまま、俺は本選へと進んだ。
ーーーーーーーー
本戦二回戦。 アナウンスが響く。
「次の試合!孫悟空選手 VS クリリン選手!」
観客が沸く。 クリリンは拳を握りしめ、俺の方を向いた。
「悟空……手加減すんなよ。」
その目は真剣だった。 友達としての信頼と、戦士としての覚悟が混ざっている。
俺は静かに頷いた。
(……クリリン。)
軽く準備運動をすると肉体が充実していることが分かった。 何も出来ない心に対して身体だけは何でもできる気がした。
そこに鋭い審判の一声が響いた。
「はじめ!」
クリリンが一気に距離を詰めてくる。 速い。 でも見える。
避けようと思い、 身体を動かすと、 クリリンの視界から俺の姿が消える。
「い!?は、はや!!ってあれ?」
「……」
「ご、悟空!な、なんでお前攻撃しなかったんだよ!!手加減してるのか!?」
「……くそが、ちげぇよ。」
「え?悟空…なのか?」
つい口調が崩れてしまうくらい、焦りが生じた。
なんで攻撃をしなかったのかって?
しなかったんじゃない。できなかったんだよ。
理由は単純。
クリリンが俺の速さで姿を見失ったように、俺自身も肉体に思考が追いつかずクリリンを見失ったからだ。
馬鹿みたいな話だが、事実だ。
(……くそ )
そこからは、御粗末な光景がただ繰り返された。
牽制程度で殴ろうと思って殴れば、クリリンは苦痛の表情を浮かべてその威力を耐える。
蹴れば、それだけでクリリンは焦ったかのように大きく飛び退く。
そんな俺の攻撃でクリリンは吹き飛ぶが、すぐに立ち上がる。
ただ身体能力に任せただけの戦闘だ。技術も駆け引きもない――否。できない。そんな見どころも何もない戦闘が繰り返された。
やる気が出ない。それは面白味のない戦いだから、という訳じゃない。何故かーー傷つくクリリンの姿を見てどんどん戦う気が失せていった。
「はぁっ……はぁっ……悟空…… お前……なんでそんな顔してんだよ……」
「え?」
クリリンは眉をひそめた。
「なんか……悲しそうっていうか…… 戦いたくなさそうっていうか……」
胸が痛む。
(……戦いたくねぇよ。戦いを好んでする奴なんてイカれた奴くらいだろうが。けど、俺は戦わなきゃねぇんだよッ!!)
ーーーそうだ何を迷っている。
仲間だからって手を抜く必要はない。
全力を出すべきだ。俺が果たすことはそういうことなのだから。
今まで淘汰してきた敵のように、やればいい。
(俺は主人公だ。クリリンは仲間だ。これは“力を高め合う戦い”のはずだろ。 迷うな。やるんだ。 そうするよう……この世界はできているんだ。)
クリリンは構え直す。
「……来いよ悟空。 オレは……お前と本気で戦いたいんだ。」
その言葉に、俺は少し心が動いた気がした。
クリリンが再び飛び込んでくる。 拳が迫る。
(……あぁやってやるよ。本気で…敵を潰してきたようにな。)
そう思った瞬間、 何かがピッタリとハマった感覚があった。攻撃を避け、そのままクリリンの背後へ回り込んだ。思い通りに、身体が動く。だからぎこちなさのない完璧な動きができた。
(……勝った)
今度は見失っていない。はっきりとクリリンの姿を捉えた。
クリリンの背中が無防備に見える。 殴れば終わる。
でも――
「悟空…!!」
「…!!」
拳が寸前で止まる。なにかに阻まれているかのように拳が動かなかった。
クリリンが語りかけてくる。
「悟空……お前…… なんでそんなに迷ってんだよ……」
俺は答えられなかった。
クリリンは息を整えながら言った。
「悟空…… お前、強いのは分かってる。でも……なんか…… “戦いの時だけ別人”みたいなんだ。」
ドクンっと俺の胸の奥が震えた。
「……どういう意味だよ。」
「だって……お前の目…… 戦ってる時だけ、すげぇ冷たくなるんだよ。」
クリリンは笑おうとしたが、 その笑顔は震えていた。
「友達として言うけどさ…… 時々知らない奴みたいだ ちょっと怖ぇよ、お前。」
俺は、その言葉が酷く刺さった。…怖がられたことへの悲しみじゃない。どちらかと言えば、喜びだ。そうクリリンが俺をーーー
(……友達か。)
ーーー躊躇するに決まってるよな。
(オラは…主人公だ。)
ーーーけど
(クリリンは…"俺"の友達だ。)
ーーー殴れるわけねぇよ。
決して主人公の仲間なんて存在じゃない。俺の初めて出来た友達だ。傷つけたくねぇよ。
俺が勝たなきゃ全てが破綻すると分かっていても、俺はーーー
そう考えているとクリリンが最後の力を振り絞って突っ込んでくるのが見えた。
「悟空ーーーっ!!」
(……クリリン。)
その瞳は「迷うな」そう俺に伝えてきた。
ーーーそうだな…。
クリリン。
俺は、お前を裏切らない。
お前の期待を、お前の全力を、裏切るわけにはいかない。
(…友達、だからな)
俺の意思に従って肉体が一気に加速し、クリリンの一撃を避ける。
「くそっ!避けられたッ!」
焦るクリリンを冷静に捉えた。
「悟空ッ!!」
クリリンが再び向かってくる。
「か…め…」
躊躇してしまう。本当にクリリンに撃つのか。
だが負ければどうなる?
俺は、どうなる?
「は…め…」
その自問自答で迷いが、消えた。恐ろしいくらい何も無かったかのように消えた。
それは自己保身のために。
それは自身の存在価値のために。
「…!まさか」
武天老師が何かに気づいた。
「波ぁぁぁぁぁッーーーーー!!!!」
青白い極光がクリリンを包んだ。
クリリンはそのまま場外に吹き飛ばされ、地面に倒れた。
「勝者、孫悟空選手ーーー!!」
観客が沸く。 クリリンはボロボロになって苦笑しながら手を伸ばしてきた。
「悟空……やっぱお前、強ぇな……!最後の"かめはめ波"びっくりしたぜ…!」
俺はその手を取った。 だが――笑えなかった。
(……できちまった。)
俺が初めて撃った必殺技は敵でも、ましてや"主人公の仲間"でもない俺の友達に対してだった。
笑って喜ぶべきだ。勝利を。自身の成長を。
ーーーけど
(ごめんな。クリリン…お前を傷つけちまって…)
クリリンは少し困ったように話した。
「でもさ……悟空。 お前……無理してないか?」
その一言で、何かが決壊しそうな気がして強く押さえつけた。
(……無理してるよ。 ずっと……ずっとだ。クリリン…)
ーーーーーーーー
本戦決勝。 アナウンスが響く。
「次の試合!孫悟空選手 VS ジャッキーチュン選手!」
観客が沸き立つ。 クリリンとの戦いの余韻がまだ胸に残っている。
(………勝たねぇと。どんなに苦しくても俺に負けは許されない)
身体が自然と震えた。理由は単純だ。自身の目の前にいる圧倒的強者の存在。
それが、本能か、俺の勘か、自身の肉体に武者震いを与えていた。
リングに立つと、 ジャッキーチュン――いや、亀仙人が静かに俺を見つめていた。…そんなバレバレの変装で誤魔化せるかよ。
「悟空……お主の力、確かめさせてもらうぞい。」
その声は穏やかだが、 どこか“覚悟”を感じた。
そして今開戦の火蓋が落とされる。
「はじめッ!!!」
俺は一気に距離を詰めた。 殴る。 蹴る。
だが――
全部、避けられる。
避けられた、じゃない。 “当たる未来が一度も見えない”。
たった数手で理解した。 俺の攻撃は、この人には届かない。
「遅いのぉ。」
亀仙人は軽くステップを踏み、 俺の攻撃を紙一重でかわす。
(……なんでだよ。)
大きく身体能力で負けてる気はしない。 反応も俺の方が速いはずだ。 でも――
攻撃が当たらない。
クリリンとの戦いでは感じなかった“壁”が、 目の前に立ちはだかっていた。
俺は拳を振るう。 蹴りを放つ。 飛び込む。
だが――
「単調じゃのぉ。」
亀仙人の拳が俺の腹にめり込んだ。
「ぐっ……!」
息が詰まる。
(……なんでだよ。 なんで当たらねぇんだよ。)
身体は孫悟空だ。ーーーだから勝てたんだ今までは。
でも心は凡人。ーーー本来は何も出来ない臆病者だ。
戦い方が分からない。 読み合いもできない。 経験もない。
ただ身体のスペックに任せただけの戦いしか出来ない。
けどこのレベルだと…
それだけじゃ――勝てない。
「悟空……お主は強い。じゃが精神がそれを望んでおらん。心が戦いを拒んでおる。ーーーそのままでは勝てんぞ。」
亀仙人の言葉に酷く苛立ちが募った。…図星だったからだ。
(……分かってんだよ。 そんなこと分かってんだよッ!!)
ーーーまだ短い年月ではあるが、もう分かっていることがある。
きっとこの身体には大きな大きな可能性が含まれているのだと。この身体は何処までも羽ばたいていけるのだと。
俺みたいな凡人でもこの肉体という下駄を履けば、それなりの戦いができるレベルには。
クリリンとの戦いで感じた敗北する可能性に面したときの“迷い”が、 今は“恐怖”に変わっていた。
(……負ける。)
初めて、心の底からそう思った。
「では……これでどうじゃ!」
亀仙人の蹴りが俺の顎を捉え、 視界が揺れる。
(……くそっ!)
身体は反応する。 でも攻撃が当たらない。
俺の動きは速い。 でも“読まれている”。
(……きっと悟空なら勝てる。でも俺は悟空じゃない。 けど、ならねぇと。俺は…っ!!)
ーーー悟空なら、どう戦う?
ーーー主人公なら、ここからどうやって勝つ?
「俺は…!!!だあぁぁッ!!」
「勝てんよ、お主は」
「ごふッ!!」
我武者羅に突き出した拳は、何気ない簡単な動作で避けられ、
カウンター気味にジャッキーチュンの蹴り足が俺の頭を揺らした。
「…勝た…ねぇ…、と」
「………何をそんなに苦しんどるんじゃ」
脳が揺れたからだろうか。ジャッキーチュンの、言ってることが聞こえない。
「こんな…ところ…で負けれ…ねぇ…」
ーーー俺は主人公…だから
(で…も…)
ーーー俺はきっと"悟空"のようには戦えない
(あぁ…)
その現実に、目の前が真っ暗になった気がした。
ーーーーーー
何度も、何度も何度も俺は向かっていった。相手を倒すために、勝つために、折れそうな心を奮い立たせて何度でも立ち向かった。
フェイントは読まれた。
カウンターは逆に崩された。
歯が立たない、相手の動きが何も分からない。どんどんボロボロになっていく自身の身体と心に俺はふと疑問に思う。
ーーーなんでこんなに必死なんだろう
必死にここまで戦うのは勝つため?それとも負けないため?別にただの格闘試合で死ぬ事なんてないのに、なんで俺は。
その瞬間。俺は悟った。そうだ、俺はいつも演じているだけなのだと。
勝ち負けなんてどうでもよかった。
俺は自分の頑張りを肯定したかっただけ。
"孫悟空"として"主人公"として負けても、俺は「仕方なかった」「どんなに頑張っても俺は主人公にはなれなかった」そう言い訳するために、役割から逃げるために。
俺は……拳が震えているのに気づいた。 逃げたい。 でも逃げられない。
そうだ。だから 俺は“孫悟空から逃げる理由”を探していたんだ。
ーーー諦める理由を得るために、勝ち目のない戦いへ必死に縋る。
「ははっ…つえぇなぁ…じっちゃん」
「もう諦めてしもうたのか?……いや"ようやく諦められた"と言った方が正しいかのぅ…」
「…何でもお見通しなんだなぁじっちゃんは」
「いつもの演劇が始まったようだからのぉ…嫌でもわかるわい。」
「ははっ…演劇か。確かにそうかもな。くそったれ。」
「ほっほっほ。それがお主の本心というわけかのぉ…」
「あぁまた口調が……今のは完全に悟空っぽくなかったよなぁ。」
俺は深くため息をついて武舞台に大の字に転がって空を眺めた。
「負けたよ。オラはじっちゃんには、勝てねぇや。」
「……お主は本当は戦いなんて好んでおらん。違うか?」
「………戦いなんてしたくねぇよ。けど"俺"は死にたくねぇんだ」
そうだ死にたくない。それが原点だから敵を倒す時は身体を上手く動かせたのだろう。あぁ…でもここで負けたら、もしかしてもう俺は敵にすら勝てなくなっちまうのかな。
何となくこの世界の強さの頂きを見て、俺は思ってしまった。俺はこの先主人公として敵を倒せるのかな…と。
ーーーあぁもうなんも考えらねぇや。
ダメージを受けすぎたのか知らないが、頭が回らなくなってきた。俺が大の字に倒れて動かないのを見て審判がカウントを始めてるのが見えた。ーーーこのまま動かなければ俺は負ける。
呆然と空を眺める。途方も無い空を。広大な世界を。その先にある無限大の宇宙を。そして……………
ーーー燦然と輝く満月を