夜空を燃えながら堕ちる星 作:XA-26483
ある男のお話になります。
捏造設定注意。
───彼女と初めて出会った時の事?
……もちろん、覚えているとも。
二十年以上経った今でも、はっきりと思い出せるよ。
彼女と出会ったのは、僕がまだ小学三年生の頃。
当時の僕は、両親の仕事の都合で神奈川から東京へ引っ越してきたばかりだった。
あの頃の僕は、愛に飢えていた。
寂しくて、哀しくて、どうしようもない孤独を抱えた、小さな子供だった。
所謂、ネグレクトってやつでね。
幼い頃に実の両親を交通事故で亡くした僕は、伯母の家で育てられることになったわけなんだけど……これが酷い人達でね。子供に対して愛情の欠片もない、冷たい人達だったよ。
義父は仕事一筋で、家庭には興味がない。
伯母でもある義母は、旦那に隠れて若い男に夢中……つまりは不倫をしていたわけさ。
案の定、後に離婚することになるんだけど。
お見合い結婚は離婚率が低いというけど、うちの両親にその説は当てはまらなかったらしい。
……さて、当然のことながら、そんな家で育った僕は親の愛情に飢えていた。
転んで泣けば、手を差し伸べてくれる。お腹が空けば、おやつを買ってくれる。優しく頭を撫でてくれる。抱きしめてくれる。手を繋いで、一緒に家へ帰ってくれる。
……当たり前のように親から愛される周りの子供達が、羨ましくて羨ましくてたまらなかった。だから、幼いながらに必死に考えたよ。どうしたら自分も他の子と同じように、親に愛して貰えるのかって。
結論として、僕は『良い子』を演じることにした。
だってそうだろう?
良い子は褒められるけど、悪い子は叱られる。小さい子供にだってわかる常識さ。
両親だって、僕が良い子になればきっと愛してくれる。テストで良い点を取って、たくさん友達を作って……面倒事を起こさない、真面目で良い子になれば、僕も皆と同じ様に愛して貰えると、そう信じたんだ。
僕は頑張ったよ。
勉強も、運動も、交友関係も。
「───君は良い子ね」
「───君は頭が良いね」
「───君は優しいね」
「───君はしっかり者だね」
……努力の甲斐あって、皆から褒めてもらえるようになった。僕に好意を寄せてくれて、僕を可愛がってくれる。それが本当に嬉しかった。
これならきっと、両親も愛してくれる。そう思った。
……でも結局、意味はなかった。
あの二人は、僕を褒めるどころか、僕の変化に気付いてすらいなかったんだ。
よく言うだろう?『愛の反対は憎悪ではなく、無関心である』って……まさにその通りだよ。両親は僕に興味がない。良い子であろうと、悪い子であろうと、どうでもいい。無関心から愛は生まれないんだ。
そんな状況だったから、当時の僕は外面だけは良かったけど、内心ではいつも寂しい気持ちを抱えていた。
その日、僕は一人で出かけていた。
義母に「外で遊んで来たら」って、強く言われて仕方なく外へ出たんだ。不倫相手を家に入れたくて、僕が邪魔だから追い出したかったんだよ。よくあることだから、もう慣れっこだったね。
一人でふらふらと街中を彷徨って、時間を潰す。
僕はこの時間が嫌いじゃなかった。一人でいる時だけは、良い子を演じなくて済む。空っぽな自分のまま、フラットなままでいられる。だから友達の家にも行かず、僕は一人で過ごすようにしていたんだ。
何も考えず、ただぼーっとしながら散歩していると、少し気分が良くなる気がした。
けど、途中で雨に降られてしまってね。
天気予報を見るのを忘れていたんだ。突然降りだした雨に、僕は慌てて近くの店先へ駆け込んだ。
───そこで、僕と彼女は出会ったんだ。
★・ー・★・ー・★・ー・★
少女が話しかけて来たから、僕は咄嗟に『良い子』の仮面を被った。
心の中に抱えた黒いものを隠すように、人好きするような笑顔を作る。話し方は柔らかく、穏やかに、そしてハキハキと。もう慣れたもので、僕の
取り留めのない話の中に、自然と嘘を混ぜる。
友達の家になんて行ってない。けど、小学生が休日に一人で街中をぶらついてるなんて、ちょっと変だから。友達と遊んでいた方が、模範的な『良い子』って感じだと思ったから、そう言った。
少女がモデルをやっているというから、顔の良さを褒めてあげる。可愛いと言われて気分を害する女の子はいない。機嫌をよくして少女がべらべらと話してくれれば、僕は適当な相槌を打てばいいから楽が出来る。
『良い子』を演じたまま、お喋りをするのは疲れるから。
それに、この少女が可愛いのは嘘じゃない。学校で一番可愛い子よりも、テレビで見る芸能人よりも、その誰よりも少女は整った容姿をしていたから。
まぁ、別に興味はないけど。
ある程度話が弾んだ時。
少女のお腹から、「くぅ」という間抜けな音が鳴った。
「あはは、お腹空いちゃった……ご飯食べてもいい?」
そう言って彼女は、手に持ったビニール袋から紙に包まれた丸い何かを取り出した。
ご飯、というからには食べ物なのだろう。彼女は手に持ったそれの包み紙を開き……なぜか、僕の方へと差し出した。
上下をパンに挟まれた、肉と野菜、少し固まったチーズ。
どうやら、これはハンバーガーだったらしい。
それを僕に食べろと。そう言って来る。
その申し出を、僕は反射的に断った。
『知らない人から貰ったものは食べちゃいけません』……そう親に注意される子供を見た事がある。だから見知らぬ他人から貰ったものは食べない。良い子は大人の言う事を聞くものだから。
でも、正直にそう言ったら気分を悪くするかもしれない。
だからまた、嘘を吐く。
「友達の家で食べて来たから」
───嘘だ。お昼を食べ損ねたから、お腹はペコペコだ。
「ハンバーガーが苦手だから」
───これも嘘。僕はハンバーガーが好きだ。
そんな僕の嘘は……しかし、少女には通用しなかった。
僕の言葉を「嘘だよ」と断言する少女の目からは、はったりではないという凄味が感じられた。彼女は間違いなく、僕の嘘を見破っていた。
結局、強引にハンバーガーを口に入れられた僕は、観念して食べることにした。
ハンバーガーは美味しかった。
確かに、チェーン店のものとは違う。肉厚で、ジューシーで、バンズも噛めば噛むほど味が出る。少し冷めているのが気にならないくらい、とても美味しかった。お腹が空いていたこともあって、つい勢いよくパクパクと食べてしまう。
しばし二人で食べていると、少女が突然、奇妙なことを言い出した。「赤の他人だからこそ、話せることもある」……言いたいことがわからず、困惑する僕を余所に、少女は語りだした。
「私……片親なんだ。貧乏だし、お母さんにはあんまり好かれてないけどさ。私が手間のかからない良い子でいれば、いつかは愛して貰えるって思ってた。普通の親子みたいな関係になれるって、そう信じてた」
「私がモデルになるって言った時、意外だったけど、お母さんは喜んでくれたの。私てっきり、お母さんは私のこと結構好きなんだな、応援してくれてるんだなって思った……でも、本当は違った」
「……最近ね。私が仕事から戻ると、お母さん、嫌そうな顔するの。『どうして帰って来ちゃったの』って感じで。あからさまに態度には出さないけど、さすがにわかっちゃったよね」
「結局さ、お母さんは母親じゃなくて、女だったんだよ。義務として私を育てているだけ。モデルになることを応援してくれたのも、早く自立して、母親って役から解放してほしいから……それに気づいちゃって。お母さんの人生にとって、私は重荷でしかないんだって……」
「それが辛くて、悲しくて……」
「……私はただ、今度こそ愛して貰いたかっただけなのに」
───ああ……そっか。
この子は僕と同じなんだ。
★・ー・★・ー・★・ー・★
……その後のことかい?
そうだね。僕も話したよ。
胸の内に抱え込んでいたもの。僕を苦しめる悩み事を、彼女に打ち明けた。
そうしたら彼女、僕の頭を撫でてくれたんだ。
久しぶりだったよ。人前で泣くのも、頭を撫でられるのも……両親が亡くなって以来だった。それも、あんなに優しく、まるで壊れ物を扱うかのように、繊細な手つきで。
嬉しかったなぁ……。
……僕達は、雨が止んだタイミングで別れた。
最後までお互いの名前は名乗らなかった。
僕は本当は知りたかったよ?
去り行く彼女の背中に、何度声をかけようと思ったことか……でも、結局出来なかった。勇気がなかったから。
だからそこで、僕達の関係は一度終わったんだ。名も知らぬ赤の他人として出会い、お互いの悩みを聞き、共感し、抱えている感情を吐き出して、僕は心が軽くなった。
この広い世界で、自分と同じ子がいて、その子と出会い、語らうことが出来た。心が晴れたような、救われた気分だったよ。
……そう、ここで終わるはずだったんだ。僕と彼女の関係は。
彼女と別れた後、両親の離婚で、家庭環境が以前にも増して悪化してね。精神的に苦しい時期だった僕は、もう一度彼女に会いたくて、子役の事務所に応募した。彼女がモデルをやっていると言ったから、芸能界に行けばまた会えるんじゃないかって思ったんだ。可能性は限りなく低いものだったけれど、僕はどうしても会いたかった。
もちろん、それだけが理由じゃないよ。
僕が役者の世界に飛び込んだのは、演じることに魅力を感じたからだ。板の上では、古今東西、時代も、人種も、地位も立場も超越して、様々な役を演じることになる。
『良い子』を演じれば、人に好かれたように。空っぽな素の自分は誰にも愛されないけど、観客に愛される役を演じれば、板の上でなら喝采という名の愛を感じることが出来るんじゃないかって、そう思ったのさ。
……結果的に言えば、この選択は正解であり、そして間違いでもあった。すぐに後悔することになったからね。
『劇団ララライ』───事務所の伝手で入ることになった、あの場所で。そこで僕は、
……地獄のような日々だったよ。もしも彼女と再会出来なかったら、僕は遠からず命を絶っていたかもしれない。それくらい、辛くて、苦しい毎日だった。
ララライにいた頃が、僕の青春だった。
良い思い出も、苦い思い出もある。
まるで、天国と地獄を反復横跳びしているような、そんな不思議な日々が続いたのは……ほんの1年程。
ああ……本当に、懐かしいね。
今でも偶に思うことがある。
出来るならば、叶うのなら。あの頃に戻って、もう一度やり直せたら、って。
何もかも、手遅れになってしまった今だからこそ───。
全てが終わった後のお話でした。