夜空を燃えながら堕ちる星 作:XA-26483
アクアとルビーが高校入学時点で五十半ばくらいな感じで。
「どうしたもんかなぁ……」
「みゃ」
「おろ、どしたーちびすけー」
私がぐるぐると頭を悩ませていると、お腹の上に一匹の子猫が乗って来た。一瞬、何か用があるのかと思って見守っていたが、子猫はすぐにお腹から降りてしまった。
猫は気まぐれである。私は感情が読めるとはいえ、猫は気分屋で感情がコロコロと変わるから、行動が読めないことがままある。
それが煩わしくもあり、しかし愉快でもある。猫は何をしても可愛いし面白いのだからズルい。次も転生出来るとしたら猫になってみたい。と、ちょっぴり思う。
「それに、人間よりは動物の方が一緒にいて気が楽なんだよねー。やっぱ将来は動物関係の仕事がいいかなぁ。動物園、ペットショップ、トリマー……あ、お馬さんのお世話とかいいかも。未来のサラブレッドをお世話する仕事とか」
我ながら悪くない考えだ。
華やかと言っていいのかどうかちょっとわからないが、工場で代わり映えしない作業を毎日黙々とこなすよりかは明るい仕事と言えるだろ。いや、工場の仕事を悪く言ってるわけでもないから、そこは誤解しないでほしいが。
前世でも、仕事そのものはそれなりに楽しんでいたのだ。経験を積み、資格を取り、日々出来ることが少しずつ増えていく。自分の成長を実感出来るのが楽しかった。
「(なんやかんやで、もう小学三年生だし。今の内に将来についてしっかり考えた方がいいよねぇ。子供の内からやれることはやっておかないと)……よいしょっと」
私はゆっくりと上体を起こし、傍にいる猫達が驚かないよう、静かに地面に足をつけて立ち上がる。私がこの公園に来ているのは、何も猫達とのんびりお昼寝したり、頭をぐるぐるさせて悩むだけではない。将来に向けて自分を鍛錬するために来ているのだ。
まずは軽く準備運動をした後、鉄棒の所へ行く。
錆で怪我をしないよう、子供用の小さな軍手を両手に付ける。両手を肩幅くらいに広げ、鉄棒をしっかり握り、膝を曲げてぶら下がる。
「いーち、にーい、さー、んっ、しー……い───」
そのまま、背中を中心とした上半身全ての筋肉を総動員し、体をゆっくりと持ち上げ、そしてゆっくりと下げる。それを繰り返す。
すなわち懸垂だ。懸垂は良い。上半身の筋肉全てを満遍なく鍛えることが出来るし、鉄棒は公園にも学校の校庭にもあるから、小学生の今なら鍛え放題だ。
将来のために出来ること、その一つがこの筋トレだ。
女性らしい豊かな体型は見て触れる分には嫌いじゃない。でも、自分自身のこととなると話は変わる。出来れば女性らしさは控え目で、その分しなやかで筋肉質な体が欲しい。一般人とアスリート体型の中間くらいがベスト。
それに、子供の内に鍛えておく習慣を身に着けておきたいし、身長も伸ばしたい。眉唾だが、子供の内に懸垂をやっていれば身長が伸びる、とどこかで聞いたことがある。
私は同年代の中では大人びた容姿だけど、身長だけは低めだから、伸びる可能性が僅かでもあるならやってみる価値はあるはずだ。
「───ごー……おっ。っと……ふぅ」
何とか5回×2セットをこなす。
少ないと思う人もいるだろうけど、これでも同年代の中ではかなり出来る方だ。子供だから体重は軽いけど、筋力も相応だからね。負担も考慮してこの辺でやめておく。
本当はもっと筋トレしたいけど、小学三年生の体はまだまだ未成熟で、そして脆い。やり過ぎて体を壊したくないし、筋トレにエネルギーを持ってかれて、体の成長に回すエネルギーが不足すれば本末転倒。
うちは豊富な栄養が摂取出来るほど恵まれた家庭ではないから、たくさん鍛えてもエネルギー補給が間に合わない。鍛えすぎれば逆に貧相な体になってしまう可能性もある。何事もほどほどが一番だ。
筋トレを終えたら、次は有酸素運動。
やるのはダンス。なぜダンスかというと、うちは家庭保育で、幼少期はあまり外に出る機会がなかったからだ。幼少から運動神経を鍛えるためにも、どうにか家の中で運動したかった私は、テレビでやってる歌番組などに出演するタレント……主にアイドルを参考にして家で踊っていた。
アイドルのダンスは本格的なダンスに比べれば簡単で、初心者にも優しい。その分、負荷は控え目だけど、体育や学校の休み時間にも体は動かしているから、これぐらいがちょうど良いのだ。
ダンスは本当に素晴らしい。全身運動で身体全体が引き締まるし、体幹、下半身を中心とした筋力、スタミナ、心肺機能などなど、様々なものをいっぺんに鍛えることが出来る効率の良い運動だ。ダンスに合わせて歌も歌えば、心肺機能をより鍛えることも出来る。
ちなみにアカペラだ。ウォークマンやラジカセなんて持ってないし。でも、曲や歌詞は一回聞けば大体覚えることが出来るので問題ない。人の顔が覚えられない分、音や匂いに関しては記憶力がずば抜けてよいのだ。
……っていうか、頑張って覚えざるを得ないんだけどね。覚えないと人間関係がどうにもならないし。
「んーっと……今日の観客はゼロ、か」
「んみゃ!」
「みぃ……?」
「おっと、そういえば君達がいたね。ごめんごめん、忘れてないよ」
たまーに、公園近くに住んでいる暇を持て余したお爺ちゃんお婆ちゃんが、散歩がてらに見学しに来たりするのだが、今日は誰も来ていないようだ。
見られるのは少し恥ずかしいけど、飴や駄菓子をくれたりするからありがたいと思っている。糖分は貴重なエネルギーなので、もっと貢いでほしい。
とはいえ、いないならいないで別に構わない。その方が集中出来るから。今日は猫ちゃん達を観客にして、歌と踊りを披露しましょうかね。
「───~♪」
左手にその辺で拾ったちょうどいい感じの木の枝を持ち、マイク代わりにして歌い始める。テレビで最近見た流行りのアイドルグループ、そのセンターの子の真似をしながら、右手で振り付けを、足でステップを踏む。
子供の体は軽く、そしてエネルギーに満ち溢れている。ステップもターンもキレッキレで、前世の頃とは運動性能が全く違うことを実感する。単純に体重が軽いから、若いからっていうよりは、この体が生まれ持った運動神経が優れているのだと思う。
「…………」
「(……ん、誰かいる?)」
2曲目を終えた頃、視界に映る人影に気が付いた。
相変わらず顔はわからないが、体格と髪型から察するに恐らく男性。サングラスをかけているようだ。服装は白いYシャツに黒のスラックス。片手に持った、これまた黒いジャケットは肩にひっかけている。
「(初見さんかな。この辺じゃ見ない人だけど……こっちを見てる、よね)」
この辺は人通りが少ない方だけど、買い物帰りの主婦や帰宅中の学生等、ちょこちょこ誰かが通りかかる。私に気が付いた人がチラチラ顔を向けてくることは今までもあったけど……さすがに、立ち止まってまで見られたことはなかった。
顔見知りのご老人方ならそういうこともあるけど、シルエット的に違うのは明らかだ。年齢は……駄目だ、わからない。服装からして成人はしているだろうけど。
ちょっと気になるけど、今は条件が悪い。私の聴覚と嗅覚は特別だけど、有効範囲に関しては人間の域を出ない。ここからは絶妙に距離がある上に、運悪く私が風上にいるので匂いがわからない。声も発さないから、これでは外見からしか情報を得られない。
「(金髪は染めたもの、かな。セットが雑。背筋はそれほど曲がってないし、高齢って雰囲気じゃない。二十代から三十代が妥当。スーツにサングラスってのが気になるね)」
現場仕事ならともかく、スーツを着た仕事でサングラスOK、というのはちょっと違和感がある。金髪に染めた髪も、なんかなぁ……多様性が認められるようになった後の時代ならともかく、平成が始まって間もない今の時代では少し浮いてしまうような……。
何か怪しい。
具体的に言うとヤクザっぽい雰囲気を感じる。
今は上を脱いでるけど、上下黒のスーツにサングラス。雑にセットされた染めた金髪という点からそんな気がした。物凄い偏見であることはわかっているけど、温和な人が好むような恰好ではないことは確かだろう。
「……はー!お腹空いたー!今日はもうかーえろっと」
ヤクザ(仮)にも聞こえるように声を上げ、撤収準備を始める。ただの見物人ならこれで立ち去ろうとするはずなんだけど……あ、近づいて来た。
「(私の美少女フェイスに釣られた?来るなら来い!私はいつでも逃げられるよ!)」
ヤクザ(仮)に背を向けつつ、ランドセルから予備の防犯ブザーを取り出す。キーホルダーに偽装してランドセルの横に取り付けたものと、さらにポケットにも一つある。
三つ全てを手に取り、ピンに繋がった紐に指を引っかける。いざという時は一斉に外して二つをそこらへんにポイし、ランドセルを奴にぶん投げ、最後の一個を持って私は逃走だ。
最寄りの交番までの最適なルートは頭の中に叩き込んである。足の速さはそこそこだけど、スタミナには自信がある。この辺は入り組んだ細い道が多いし、小柄で小回りも利く私に有利だ。
地の利はこちらにある。大丈夫、私なら逃げ切れる。
「…………」
「(き、来た!)」
ヤクザ(仮)は無言で真っすぐ近づいてくる。
距離が縮まるごとに情報が頭に入って来る。力強い足音、微妙に荒い息遣いと鼻息……興奮しているようだけど、嫌な感じはしない。
私は美少女なので、
「(不快じゃない。なんだろうこの感じ。純粋というか、情熱というか、熱血というか……あ、あれかな?前に陸上クラブの子に勧誘された時、こんな感じだったような気がする)」
こちらを害そうとする意志は感じない。それよりも好意の方が大きく、それも何となく爽やかなものを感じる。逃走意欲がちょびっと薄れ、ヤクザ(?)に興味が沸いた私が振り向いた瞬間だった。
小さな公園の中に、種族の異なる二つの声が響いた。
「シャーッ!」
「うぅお!?猫───!?」
「(あっ)」
ヤクザ(?)が猫に襲われていた。
……たまたま。そう、たまたま偶然、三匹の子猫達がじゃれ合いながら、奴と私の間に出て来てしまったのだ。それに気づかなかったヤクザ(?)は不用意に子猫達に接近してしまい、母猫の怒りを買ってしまったらしい。
突如として飛び掛かって来た猫に驚き、ひっくり返ったヤクザ(?)に対し、母猫は顔を集中的に狙って鋭い爪で攻撃していた。
「あだだだだ!ちょ、やめ、頼むから顔はやめてくれ!」
「フーッ……!」
ひとしきり攻撃した後、母猫は去っていった。
なお、子猫達は母猫の怒り様にビビり、とっくに逃げ出している。
「うおおおぉ、痛ってぇ……!」
「(うわぁ……)」
血は流れてないけど、猫のひっかき傷が真っ赤な線として残っているのが見て取れる。表情はわからないものの、痛みに顔を歪めていることは想像がつく。
しばし男は蹲っていたものの、素早く立ち上がって服についた砂埃を払った。ズレたサングラスの位置を指で直し、震える声で呟く。
「ふぅ……ったく。と、とんだ邪魔が入っちまったな」
「えっと、おじさん大丈夫?」
「へっ、別に大したことねぇよ。このぐらい、唾でもつけときゃ治る……あと、俺はまだおじさんじゃないから、そこんとこ気をつけてくれ」
「あ、うん」
いかん、気を抜くと吹き出してしまいそうだ。
言葉では強がっているが、内心では泣きそうになのが手に取るようにわかる。ひっかき傷が痛いのも原因だけど、情けない姿を小学生に見られたのが恥ずかしいのだろう。
可哀想とは思うが、それよりも面白いと感じてしまう。何も言わずにこの場を立ち去ればいいものを、わざわざカッコつけて強がって見せて……おもしれーおっさんだ。
でも、病院には行った方がいいからね。マジで。野生動物の牙や爪を侮ってはいけない。
「ゴホンッ……ま、俺のことはいいんだ。それよりもお嬢ちゃん……っ。あー、その、俺は決して怪しい者じゃない。だからそれを鳴らすのは勘弁してほしいんだが」
「?」
「なんで不思議そうな顔するんだよ……手に持ってるそれだよ、それ」
おっさんが両手を上げながら冷や汗を流している。何をそんなにビビッているのかと思ったが、どうやら私が手に持っている防犯ブザーが怖いらしい。でも素性も目的もわからない以上、これを仕舞うわけにはいかない。
このおっさんが悪い人ではない、ということはわかっているけど、反応が面白いからもうちょっと揶揄ってみることにする。
私は三つの防犯ブザーの紐を軽く引っ張るふりをした。
「んっ」
「!?お、おま!ま、待て待て待て!鳴らすな!頼むから鳴らさないでくれ!俺は……ほら!仕事で来てるだけだから!名刺もあるから!不審者じゃないから!な!?」
慌てたようにスラックスのポケットをごそごそと探り、そこから四角い名刺入れを取り出した。そして一枚の名刺を抜き取って差し出して来る。
私は防犯ブザーを全て左手に握り、その内の一つの紐を口でしっかり咥える。そのまま差し出さえれた名刺を素早く手に取り、内容に目を通した。
「(仕事で来た、ね。こんな所に仕事で来るなんて、いったいどこの誰さんなんだか。えっと、なになに……)」
『株式会社苺プロダクション』……芸能事務所かな?苺とは、随分と可愛らしい名前をしている。あ、仕事ってスカウトの仕事って意味かな。それならこの時間帯にこの辺にいても不思議じゃない、か?
さてさて、役職とお名前は……。
「(代表取締役、斉藤……壱護?あ、名前が壱護だからプロダクションの名前も同じ読みの苺にしたのか。なるほどねー。推定だけど、まだお若いのに芸能事務所社長とは、恰好の割に仕事は案外出来るタイプなのかも……って、ちょっと待て)
『株式会社苺プロダクション』『斉藤壱護』……それらの名前に聞き覚えのあった私は、思わず名刺から顔を上げておっさん……斉藤壱護を見上げる。
「(苺プロダクションと、斉藤壱護!?嘘……実在したなんて……)」
───衝撃。混乱。困惑。戸惑い。
この世界に転生し、私の名前と母の名前を知った時から、もしやと思っていたことはある。もしかしたらこの世界は、私の知っている
でも、私は早々にその可能性を捨てた。だって……まさか、
既に、『転生』という非現実的な現象を体験しているにもかかわらず。
「───俺の素性はそれに書いてある通りだ。記載してある住所も、電話番号も実在のもの。確認して貰ってもいい。嘘は吐いてない。本当だ」
「(い、いや。いやいやいや。え?そんなことある?)」
「さっき披露していたダンスと歌。素晴らしいものだった。それに君の容姿……俺はこの業界じゃあまだまだ若造だが、そんな俺にも一目でわかった。君には才能がある!」
「(ま、待って。ちょっと今考えるので忙しいから、待って!)」
時間が欲しかった。考える時間が。
しかし、頭の中が混沌としている私を余所に、目の前の男……斉藤壱護は、堂々と胸を張って言うのだった。
「君、アイドルになってみないか?」
……その言葉を受けた、私の返答は───
「───病院行ってね☆」
「……えっ?」
「あっ」
あ、間違えた……。
野生動物には気を付けよう!