夜空を燃えながら堕ちる星 作:XA-26483
こんな駄文まみれの作品を評価してくださって、ありがとうございます。
のんびりとした更新になるかと思いますが、うちのアイちゃんの短い人生を見守っていただけたら幸いです。
「はあ……」
あくる日の昼休み。
季節は春。本日の天気は快晴なれど、風強し。そんな中でも校庭で元気に遊ぶ同級生達に対し、半ば尊敬の念を抱きながらも、私は思わずため息を吐いた。
最近になって、また悩み事が増えてしまった。
手元にある名刺に視線を落とし、「はあ」と私は再びため息を吐く。
思い返すのは先日の出来事。行きつけの公園で出会った、ヤクザのチンピラみたいな恰好をしたおっさんとの会話の内容である。
『───君、アイドルになってみないか?』
……あの時は動揺した結果、失礼な返しをしてしまった。
だが勘違いしないでほしい。『病院行ってね☆』とは猫にひっかかれた傷を心配しての発言であって、頭の病院に行った方がいいよって意味ではない。断じて違う。これは絶対、嘘じゃない。
なお、新たな悩み事というのは、スカウトされたことじゃない。私ってば可愛いし、むしろ今までそういうお誘いがなかったことの方が驚きなんだから。
私の悩みの中心はそっちではなく、この世界のことだ。なんだか壮大に聞こえるかもしれないけど、実際割と壮大な話ではある。少なくとも私にとっては。
前世では『推しの子』という漫画があった。
アニメ化、実写化もされたこの作品は、多方面から多大な支持と人気を集め、主題歌やアニメの出来が良かったことも相まって、一躍流行りに流行った超有名な作品である。かく言う私も、漫画は全巻読んだし、アニメも見た。
知らない人のため、ストーリーを掻い摘んで説明しよう。
『推しのアイドルの子供として転生した二人の主人公。双子の兄妹、兄のアクアと、妹のルビー。二人はお互いの前世を隠しながらも、共通の推しのファンとして母親を慕い、公私ともにサポートしながら順風満帆な生活を送っていた。
が、転生してから四年。
迎えたドーム公演の当日。母親がとち狂った厄介ファンに殺害されてしまう。
……犯人は自殺したものの、事件には謎が残った。
アクアは真犯人がいると推理し、母親の敵討ちのために。ルビーもまた、母親のようなアイドルになるために。復讐と、夢。それぞれが異なる理由を持って、芸能界へと足を踏み入れる。
───果たして真犯人は誰なのか?
復讐の道を突き進む、アクアが迎える結末とは?
ルビーは夢叶え、母親のようなアイドルになれるのか?
登場する一癖も二癖もあるキャラクター達。
美麗な絵で描かれる、芸能界の闇深い裏側。
恋愛、ギャグ、シリアス、サスペンス、ファンタジー。
躍動する筋肉、飛び交う銃弾。
右往左往する物語の方向性。
今明かされる衝撃の真実ぅ!
矛盾、炎上、賛否両論。
全てを飲み込み、物語はクライマックスへと突き進む!』
……ってな感じのストーリーだ。搔い摘んでるかこの説明?
なお、この説明は私の主観が多大に混じっているので、あまり信じすぎないように。気になる人は原作やアニメをチェックだ!
で、重要なのはここからなんだけど。
双子の主人公であるアクアとルビー。
彼等の母親の名前は『星野アイ』という。そう、私と同姓同名だね。さらに『星野アイ』の母親の名前は『星野あゆみ』という。そう、私の母と同姓同名だね。
じゃあ、この世界は『推しの子』なのか?私は星野アイに転生してしまったのか?創作の世界の主人公の母親に?
……いやあ、まさかそんな。私の名前も母の名前もそんなに珍しいものじゃないし、まぁ偶然だろうと。まさか創作の世界に入り込むなんてあり得ないだろうと……そう結論づけた。
先日、斉藤壱護に出会ったその時までは。
「(私とお母さんの名前が原作と同じってだけなら偶然で済んだ。でも、原作に登場した芸能事務所が実在していて、おまけに社長も原作と同じ名前。年齢はまだ若いから少し声の感じが違うけど、容姿の特徴は原作と同じ……こんな偶然ある?どういう確率?)」
偶然にしては出来過ぎている。そう感じる。
私と原作の星野アイには相違点がいくつもある。
私は彼女と違って母親に虐待されてないし、人の名前はしっかり覚えることが出来る。その代わり、人の顔が認識出来ないけど、逆に原作のアイはきちんと人の顔を認識出来ているから、やっぱり私とは違う。
声は似てるかもしれないけど、容姿は……どうだろうか。私は自分の顔もしっかり認識することが出来ないから、他人の評価やパーツの形から判断するしかない。でも原作のアイは二次元の世界の住人なので、パーツを比べて似ているかどうかの判断は不可能だ。
とはいえ、アイが斉藤壱護にスカウトされたのは11歳だか12歳だか、それぐらいの歳だったはず。今の私はまだ8歳だ。時期が違う……でもでも、中身が違うことによるバタフライエフェクトってやつかもしれないし。それで色々と違いが出てる、みたいな可能性も?
「(私が斉藤壱護と出会ったのは偶然ではなく、物語上の必然。世界の修正力的な力が働いてこうなった、と仮定しよう。その場合、私はアイドルになって、16歳で妊娠して子供を出産。20歳の誕生日に死ぬと言う事に……)」
じ、地獄すぎる……。
確かに私は、今生でこそ華やかな人生を送りたいと思っていた。日本を代表するアイドルになって、ドーム公演開催にまで至るなんて、それはそれは華やかな人生だろう。スポットライト浴びまくり、あっつあつで眩しい人生だ。
でも芸能界はヤバいでしょ。闇が深すぎる。
枕営業、ハラスメント、過労死、虐待、ドロドロとした異性間・同性間の恋愛事情……一般社会しか経験していない私の偏見が入っているとはいえ、表沙汰にされている問題だけでも相当ヤバい世界だということはわかる。
しかも十代で妊娠?相手の男には一方的に別れを告げて、愛憎の果てに殺されるって?冗談もほどほどにしてほしい。
うん、決めた。お断りの返事をしよう。
先日は斉藤壱護を病院に行くように促してから別れたけど、その際にスカウトに対する返事をしていなかったのだ。
家に帰ったら、名刺の番号に電話して……。
「(……でも、もしもこの世界が『推しの子』の世界だとするなら。私が、星野アイがその役割を放棄した場合の影響は大きい)」
主人公が生まれないのだから当然だ。
ひとまず、プラスの影響から見て行こう。
星野アクアの前世である産科医、雨宮吾郎が厄介ファンに殺されない。厄介ファンこと菅野良介が殺人者にならないからだ。彼を唆した黒幕である神木輝も……まぁ、姫川愛梨との関係は拗れるかもしれないが、サイコパス殺人鬼にはならないはず。
神木輝が黒幕にならないなら、彼の言葉に操られ、殺人に手を染める者は現れないし、結果的に多くの人の命が助かる。
次に、マイナスの影響。
これは特に、メインヒロイン達が受ける影響がデカい。
アクアが不在なので、重曹ちゃんこと有馬かなは鼻っ柱を折られないから、傲慢なまま。子役が出来ない年齢になれば仕事が減って、否応なく原作と同じ成長を遂げる可能性はある。けど、それが間に合わなかったら……早々に芸能界から脱落するかもしれない。
黒川あかねも、恋愛リアリティショーで自殺する寸前にアクアが助けてるし……あれ、これはかなりマズイのでは?
……とはいえ、だ。
先のヒロイン二人に関してはあくまで予想。アクア不在の状況で進行して、その時になってみないと実際どうなるかはわからない。もしかしたら原作より良い方向へ行くかもしれないし、悪い方向へ行くかもしれない。可能性はいくらでもある。
「(そうなると……明確に不幸になると分かっているのは一人だけ、か)」
───天童寺さりな。
星野ルビーの前世である彼女は、幼い頃に退形成性……なんちゃらかんちゃら、という病気によって、人生のほとんどを病院のベッドの上で過ごすことになる。
愛娘の痛ましい姿に心を病んだ母親は、娘と距離を置くようになってしまう。そしてさりなは孤独な入院生活を送ることになり、12歳という若さでこの世を去ってしまうのだ。
原作で星野ルビーが救われた大きな要因は四つ。
一つは、アイドルグループ『B小町』のファンになったこと。その中でもアイの虜になり、ドルオタとして推し活をするようになったから前向きになれた。
二つ目は雨宮吾郎との出会い。当時研修医だった彼との出会い、そして交流が、孤独だった彼女の精神を癒す大きな要因となった。
そして、推しのアイドルであったアイの子供に転生。健常な体で生まれ、推しのアイドルに甘える日々……幸福で満たされた、宝物のような幼少期を送る。これが三つ目。
最後は雨宮吾郎との再会。兄のアクアの前世が雨宮吾郎であったことを知り、彼女は闇堕ち状態から抜け出し、光のアイドルとなった。
……まぁ、最後はアクアも亡くなって、ルビーは結局アイと同じように嘘を吐き続けるアイドル生活を続けることになるのだが……あれ、ルビーは転生して本当に救われたのか?かなりお労しい状態になってないか?
で、でも、満足に歩くことすら出来なかった前世に比べれば、充実した人生は送れたはずだ。支えてくれる人も周りにいっぱいいるし、大丈夫だったんでしょ、たぶん。
「(アイというアイドルがいなければ、さりなちゃんはドルオタにならないかもしれない。それが雨宮吾郎との交流に悪影響を及ぼす可能性もある……そして、転生しないなら病死で彼女の人生は終わってしまう)」
私は原作キャラの中ではルビーが好きだった。さりなだった頃の悲惨な境遇があるから、彼女には幸せになってほしいと思いながら、漫画を読んでいた。
覚醒してからはアイの真似ではなく、明るく天真爛漫なルビー本来の魅力と才能で、アイを越え、トップアイドルに駆け上がるのだろうと、そう思っていた。それがまさか、あんな結末を迎えるなんて……。
……いや、私の個人的な思いは今は関係ないか。
「(うん、原作の流れ云々はひとまず置いておいて、私がアイドルになる場合のメリットを考えてみよう。よく考えたら悪いことばかりじゃなさそうだし)」
そうなのだ。女としてのコミュニケーション能力不足や、大人の社会における女性としての振る舞いへの不安、女に関する知識不足などなど……これらの悩みは、アイドルとしての経験を積むことにより、克服することが出来るのではないだろうか?
だって、アイドルほど『女の子』してる職業って他にないと思う。アイドルとして活動し、経験を積むことは、すなわち『女の子』としての経験を積むことに他ならないのでは?
そして活動する世界は、曲がりなりにも芸能界という大人の社会。だったら、母から学んだ大人の女性としての振る舞いを試すことも出来るし、そうやって経験を積んで行けば、同年代とのコミュニケーションのズレも修正出来るかもしれない。
私は同年代の女子より一歩も二歩も遅れているのだから、一般社会に出る前に社会を体験する機会があるのは大きな助けとなる。
……あと、お金の問題もある。うちは貧乏なので、少しでも収入を増やしたい。ぶっちゃけると、今の母の収入だけでは、私が高校卒業まで行けるかどうかも怪しい状態なのだ。
お金が欲しい、でも今はまだ小学生だし、正規の手段でお金を稼ぐことは出来ない。だが、芸能活動なら稼ぐことが出来るし、不足している経験と知識を積むことも出来る。
うーん、考えれば考えるほど、アイドルになった場合のメリットが大きい。もちろん、芸能界の闇に飲まれる危険性はあるけど、中身の私は成人だ。悪い大人に簡単に騙されたりはしない。
悪意を感知出来る、優秀な耳と鼻もあるしね。
「(というかそもそも、私は原作のアイと違って凡人なんだから。同じなのはガワだけ。これじゃ、ドーム公演どころか武道館にだって行けやしないでしょ)」
そうだ。中学卒業くらいまで適当に活動して、そこそこ稼げればいいんじゃないか?そして、中学卒業と同時にアイドルも卒業、高校に入ったらバイトでもすればいいんだ。
アイドルとしての経験は接客業なら活かせそうだし、就職でも元アイドルという肩書は何かに使えるかもしれない。少なくとも話の種くらいにはなるだろう。
母の説得は大変かもしれないが、家での私は我儘を滅多に言わない良い子だ。少しくらいの要求なら通せるはず。娘の我儘を聞けば、母の罪悪感もある程度は解消されるかもしれないし……なんだなんだ、良いこと尽くめじゃあないか!
それに……ときめいた、ってわけじゃないけど。あの時の斉藤さんの言葉は、意外と胸に響いたっていうか……。あの時の斉藤さんの言葉には、真摯さと、熱意と、情熱が感じられた。彼は心の底から私を欲しがっている。
「(こんなに強く他人に求められるなんて初めてだな……うん、悪くない気分かも。彼が原作通りの人物なら、自分でスカウトしたタレントを雑に扱うこともしないだろうし。アイドルかぁ……少しくらいなら、やってみるのもあり、かな)」
───こうして、私はアイドルになることを前向きに考えることにした。原作の流れにならないように注意し、中学卒業までという期間を設ければ、『アイドル』は私に欠けたものを埋める手段になると……この時はそう思えたのだ。
承認欲求が満たされてちょっと浮かれてるアイちゃんです。
アイちゃんとしては、原作にあんまり関わらないようにしつつ、うまい汁だけ吸えればいいなって感じ。
そんな上手くいきますかね……?