夜空を燃えながら堕ちる星 作:XA-26483
苺プロダクション周りに関する捏造設定があります。ご注意ください。
「すまんが、あの時のことは忘れてくれ」
「……へっ?」
「アイドルにならないかって話だ。あれはなかったことにしてくれ」
予想外の言葉に意表を突かれ、私は思わず口を開けて可愛い間抜け面をさらしてしまった。
───時は日曜日。
アイドルになることを前向きに考えることにした私は、早速苺プロダクションに電話し、アポを取ってこうして事務所にやって来た。
電話だと通話料金がかかるし、詳しく話を聞くためには直接会って話した方が良い。幸い、事務所はそれほど遠くなかったから、小学生の足でも問題なく出向くことが出来た。
事務所に到着した後は、優しそうな雰囲気の事務の女性に応接室まで案内された。しばしお茶請けを摘まんでいたが、事前にアポを取ったおかげか程なくして斉藤さんが現れた。
猫にやられた怪我の件で軽く話をして(大事には至らなかったらしい)、次に早速スカウトの件を切り出して……と言った所で、冒頭の言葉である。
呆気に取られる私を余所に、斉藤さんは質問を投げかけて来る。
「……なあ、この事務所を見てどう思った?」
「事務所?」
「ああ。この応接室に来るまでに眺める時間はあっただろう。どう思ったか教えてくれ」
急な質問だったが、冷静になるためにも考える時間が欲しかったからちょうどいい。私は応接室の調度品を眺めながら思い返す。
この事務所は、東京都某所にあるビルのワンフロアを使用している。真新しさは感じないが、その分風情はあって、それなりに立派と言えなくもない。中小規模のビルだ。
事務所内も、内壁や天井など、ビルそのものにボロさは感じない。しっかりと管理されているのだろう。
ただ、事務所側が用意したと思われる備品に関しては別だ。いくつかの机、椅子、ソファ、パーテーション……どれもこれも使い込まれた印象を受ける。良く言えば歴史を感じるが、悪く言えば古臭い。
この応接室だけはまぁまぁ高級なものが使われているようだが、私にはわかる。これらも他の備品と同じ、かなり長く使っているものだ。よく見ると細かな傷や汚れがあるし、何よりも、染みついた臭いが私に教えてくれる。
これらの情報から導き出される私の答えは……。
「風情があるっていうか、長い歴史を感じるというか」
「正直に言っていいぞ」
「全体的に中古品?誰かのお下がりみたいな」
「…………」
わ、斉藤さん泣いちゃった……!
いや待て、泣いてはないか。俯いただけだ……なんかすっごい悲しみを感じるけど。
「……お下がりか。君の言う通りだな」
「と、言うと?」
「この事務所は、俺が一から立ち上げたものじゃない、ってことだ」
───彼が語るところによると、この事務所は先代社長から受け継いだものらしい。
先代社長が率いていた頃は、多数の実力派タレントを抱えた、それなりの規模の芸能事務所だったようだ。
若い頃の斉藤さんもここで経験を積むために働いていたらしいのだが、ある日、男性モデルの一人が異性関係で大きなスキャンダルを引き起こしてしまう。
相手は大手芸能事務所の売れっ子アイドル。当然、会社で一丸となって火消しに奔走したのだが……これに失敗。相手の事務所の怒りっぷりと、世間からのバッシングは凄まじいものだったという。
その後の対応も上手くいかず、追い打ちと言わんばかりに他のタレント達の異性関係も、ゴシップ目当ての記者連中の手によって暴露されてしまい、界隈での信用を大きく損なう事態になってしまった。
あまりにも素早い動きだったため、以前からマークされていた可能性が高く、他所の事務所がそれに協力したのではないか、というのが先代社長の見解らしい。当時のこの事務所は勢いがあったから、出る杭は打たれる要領でやられたのではないか、と。
「───結局、所属していたタレントは解雇か、自主的に辞めるか、他所の事務所に引き抜きされていなくなっちまってな。タレントがいなきゃ仕事も出来ねぇから、他の社員も皆辞めちまった」
「うわあ……」
「そんで、これじゃあ経営はもう無理ってことで、社長が会社を畳もうとしたところを、俺が頼み込んで引き継がせてもらったんだ。今は社名も変えて、従業員も新しく雇って再出発したばかり、ってところだな」
なるほど。だから人がいないのか。
事務所内にいた社員はほんの数人程度。さっき案内してくれた事務員さんと、後は掃除をしていた若い男性が一人だけ。彼はマネージャーだろうか。
使われている机の数的に、もう一人か二人はいそうだ。後の妻となるミヤコさんは……時期的にまだいないのかな。
とはいえ、社員がほんの数人程度ならば小規模と言っていいのではないだろうか。いや、芸能事務所には詳しくないから、私の感覚になるけど。
「今もタレントさんはいないの?」
「いや、今はいるよ。十人くらいな。だが、どいつもこいつも二流三流以下の売れないタレントばっかりだ」
「え、言い方酷くない?……その人達を雇ったのは斉藤さんでしょ?」
思わず責めるような語気で言ってしまったが、斉藤さんはあっけらかんとした様子で答えた。
「結果的にはな。実際のところは、他所の事務所で鳴かず飛ばずだとか、賞味期限過ぎた売れ残り共をうちで預かってるだけさ。こうすればとりあえず人員は確保できるし、相手の事務所に恩も売れて、仕事もある程度は貰えるからな」
あー……こういう言い方は良くないけど、ようは使えなくなった商品を引き取る代わりに、仕事を回して貰ってるわけか。いや、我ながらほんとに酷い例えだな。
しかし、結局何が言いたいのだろう。現在の苺プロが、おこぼれの仕事で何とか運営出来ている弱小事務所ということはよーくわかったが、それと私のスカウトにどう関係があるのか、これがわからない。
私が怪訝そうな顔を作ると、斉藤さんは「つまりな」と口を開く。
「今の状況で君をアイドルとして雇っても、意味がない」
「…………」
「スタッフの数が足りてないし、アイドルを育てるノウハウもない。曲は質を問わなければ作れなくもないが、ユニットはすぐには無理だ。今から君と同年代の子を集めるのは時間がかかりすぎるし、すぐにデビューは出来ない……十中八九、君を持て余すことになる」
……いやいや、じゃあなんでスカウトした。
あの時の熱意に溢れた言葉はなんだったのか。私はただ単に原作キャラとの邂逅に動揺しただけじゃなく、彼の言葉に乗せられた熱意に、情熱に心を揺さぶられたからこそ、ああまで動揺してしまったと言うのに。
それをなかったことになんて……せっかくこっちが前向きに考えようとしていたのに。何だか私だけやる気になって馬鹿みたいだ。
「……じゃあ、スカウトの話は無し?」
「ああ。せっかく来てもらったところ悪いが、君を
「むぅ……」
ま、まぁ?別にいいけどね?
今の収入では高校卒業が難しいってだけで、高校に入ってからバイト漬けの毎日を送ればいいだけだし?もしかしたら母がパートから正社員になって、お給料アップの可能性もなくもないし?原作キャラに関わるのもリスクが大きいとは思ってたし?
後は……ほら、母が金持ちのいい男捕まえて再婚して、突如としてブルジョワな生活が始まる可能性もあるから。広い庭と大きな白い犬とプール付きの豪邸で暮らす生活がやって来る可能性もなくもないから。
べ、べべ別にショックなんて受けてないよ。本当だよ?
……って、あれ?なんかひっかる物言いだったような……。
「───
えっ……モデルって、あの雑誌の撮影とかやる仕事?
ど、え、なんで?どういうこと?アイドルは?
「君のルックスならモデルでも十分通じる。まずはキッズモデルとしてうちに所属してもらって、業界関係者に君の名前と顔を売りつつ、経験を積んでもらう。そして、その間に俺はアイドルデビューまでの下地を整えるつもりだ」
「えっと……つまり、最終的にはアイドルデビューするけど、最初はモデルとして活動するからアイドルとしてのスカウトは無し……ってこと?」
「そういうことだ」
……な、なーんだ!そういうことか!
紛らわしい言い方しないでよ!びっくりしたじゃん!
しっかし、私がモデルかぁ。
うーん……あ、これ結構いいんじゃない?
私には、アイドル時に元モデルという経歴が付くわけだ。しかも、B小町の創設メンバーとしてデビューすることになる。
これなら、原作のアイのようにぽっと出の新人がセンター、という理由で他メンバーからやっかみを買うこともない。私の努力次第では、他メンバーと友好的な関係を構築して居心地の良いグループにすることも可能だ。
あくまで他メンバーが原作通りだった場合の話だけど。
あと、無名の新人アイドルとしてデビューするよりも、先にある程度知名度を稼いでからデビューした方が活動はやりやすい、かな。
モデル時代にファンを作れれば、物販やチケットの売り上げに貢献してくれるかもしれない。最初から売り上げに多少なりとも期待が持てるのは嬉しい話だ。
……いや、そもそもアイドルやらないパターンもありなのでは?モデルとして売れれば、斉藤さんも方針転換してアイドルデビューを取りやめて、私をモデル一筋の方向でやらせるかもしれないよね。
モデルかぁ……いいね!良い感じに華やかだし、原作の流れからも外れることが出来る。おお!テンション上がって来た!歩いちゃう?ランウェイ歩いちゃうか?
にわかに興奮する私を余所に、斉藤さんの説明は続く。
「それと、うちの事務所に登録する料金は無料だ。ボイトレ、ダンスレッスンの費用、現場までの交通費とかも……諸々の余計な出費は全部うちで持つ。ま、この辺の詳しい話は、君の
お、おお?え、なんか至れり尽くせりなんだけど。
大手事務所ならともかく、弱小事務所ならタレント側にも何らかの費用の負担がありそうなものだけど……それだけ私に期待してるってこと?
い、いやいやいや。待て、私に原作のアイのような魅力があるはずがない。原作の斉藤壱護がアイをスカウトしたのは、きっかけは外見だけだったかもしれないけど、彼女の内面や願望、経歴も全て聞いた上での正式なスカウトだった……はずだ。
私とはまだ会ったばかりだし、ここまで丁寧な対応は……って、
「……お母さんのこと知ってるの?」
「ん?……なんでそう思ったんだ?」
「普通こういう時って『ご両親』とか『親御さん』って言うでしょ?ピンポイントで『お母さん』って言われて、ちょっと不思議に思っちゃって。お金のことも……その、うちの経済事情を知ってるから、そういう言い方するのかなって」
そうだよね?もしも相手に母親がいなかったら失礼だし。
お金の件もそう。まるで私の家が経済的に大変なのを知った上で、色々便宜を図ってくれているような……気のせいだろうか?
そうした私の疑問に対し、「半分は当たってるな」と言いながら斉藤さんは口を開いた。
「この際だから正直に話しておくか……俺は君のお母さんとは知り合いじゃないが、君のことは色々知っている。調べたからな」
「調べたって、いつの間に……」
「会った時に言っただろう?『仕事で来た』ってな……俺は元々、噂で聞いた君のことをスカウトしに来ていたんだ。スカウト対象の情報を事前に集めておくのは当然だろ?まぁ、モデルとしてスカウトするところを、思わずアイドルとしてスカウトしちまったがな」
え、私って噂になってたんだ……。
アイちゃんモデルになります。
でもランウェイは歩きません。