夜空を燃えながら堕ちる星 作:XA-26483
今回はモデルとしての初仕事です。
撮影の内容についてはツッコミどころ満載だと思いますが、スルーして貰えると助かります。
現役キッズモデルの方、アドバイスお待ちしております。
それは、とある土曜日の朝のこと。
私がモデルになってから二週間が過ぎた頃だった。
私が事務所に顔を出してから間を空けず、「仕事に行くぞ!」という社長からの要請があった。
あれよあれよという間に車に乗せられた私は、斉藤社長の運転で現場まで向かうことになった。
仕事の内容はファッション誌の撮影だ。
クライアントの要望は、『大人っぽいけど年相応に可愛らしく、笑顔が素敵な女の子』らしい。髪は黒髪で、最低でもセミロング以上の長さが欲しいとのこと。
私にぴったりの条件だ。
マイナー誌だから、ギャラも得られる知名度も大したことないけど、初仕事にはちょうどいい。撮影時間も最長で二時間程度と、短いのもグッド。いきなり丸一日拘束の撮影とかやらされても出来る気しないし。
しかし、前日に何の連絡もなかったのが気になるので、赤信号の待ち時間中に後部座席から社長に問いかけた。
「しゃちょー」
「なんだ、気の抜けた呼び方して。せっかくの初仕事なんだからもっと気合入れてけ」
「気合って言われても、なんか急すぎてテンション上がんなーい。てか、お仕事始まるのは来月からって言ってなかった?何かあったの?」
うちの事務所でキッズモデルは私一人だ。
そっち系を専門とする事務所ならすぐに仕事を持ってこれるだろうけど、うちのようなただの弱小事務所ではそうはいかないからね。
「ああ、それな……何でも、今日来るはずだった子が発熱で来れなくなったんだと。今頃は病院かもしれねぇな」
「ふーん。じゃあ、私は代役ってこと?」
「そうなるな。向こうの事務所で代役が見つからなくて困ってたらしいんだが、今回の現場責任者が俺の大学時代の先輩でな。お前の宣材見せたら気に入ったみたいで、撮らせてほしいってよ」
つまりコネで取った仕事ってことか。
いいじゃんいいじゃん。私はコネでも何でも気にしないよ。お金が貰えて、合法的なお仕事なら大歓迎だ。
そのまま車を走らせること十数分。
目的地であるこじんまりとした撮影スタジオに到着した私達は、意気揚々と乗り込んだ。が、しかし……。
「……アイ、予定変更だ。今回は二人で撮るぞ」
急な予定変更である。
まぁ、こういうことはどんな仕事でも起こりうるから、別に驚いたりはしない。
それよりも気になるのは、さっきから感じる視線のこと。
私がスタジオに入ってから、強い敵意と共にこちらを見ている一人の女の子がいる。その子の傍には妙齢の女性が付いているが、親し気な様子なので母親かもしれない。今は現場責任者のディレクターと何事かを話しているのが見える。
「あの子が今回の相方だ。何とか代役が見つかったからって、事前連絡なしで連れて来たらしい。
ついさっき、ね。そりゃそうだ。
私が知る限り、
幸い、撮影自体はスケジュール通りに行われることとなった。本来なら一人で撮影するところを、二人の撮影に変更する。私と相手の子は小物を除けばほぼ同じ服装だ。
向こうはツリ目で勝気なクール系。私はくりくりッとしたお目目がキュートな可愛い系。二人とも異なるタイプの女の子だから、どっちが着ても似合いますよーって言うのを宣伝する方向性で行くらしい。
しっかし、ディレクターさんも大変だね。
本来はこっちが正式な代役なんだけど、向こうの事務所の圧に膝を屈したようだ。とはいえ、私達の仕事をキャンセルせず、ギャラも払ってくれるそうだし、優秀で良い人だ。
衣装は複数種類あるため、個別に撮影、二人一緒で撮影、着替えて個別に撮影……といった感じに撮影が進むことになる。私は衣装に着替えさせられ、軽くメイクを施されてから一時待機。
順番は相手の子が先。
向こうも私と同じ新人モデルなんだけど、現在は所属事務所のマネージャーとして働いている母親が、モデル経験もある元女優だそうだ。将来は娘も女優になることを目指して、幼い頃から色々特訓していたらしい。
確かに、初めての撮影だろうに物怖じすることなく堂々としている。少々まごつく場面はあったものの、概ねカメラマンの指示通りに動き、ポージングも中々に綺麗なものだ。
「……新人にしては上出来だな。向こうがゴリ押しするだけの実力はあるってことか」
「そうだねー。でもよかったよ、先に撮影してくれて」
「なんだ、あの子を参考にするのか?でもお前は……」
きっと、今の斉藤社長は訝し気な表情をしている筈だ。
彼には当然、私の障害のことは話している。先に撮っている子を参考にしようにも、表情がわからないのでは意味がないと思っているのだろう。
その通り、私は別に彼女を参考にしているわけではない。
カメラマンさんの感情の動きを観察しているだけだ。
モデルの撮影において最も重要なのは、如何にカメラマンと息を合わせるかだと、母は言っていた。撮影のプロであるカメラマンと息を合わせ、撮って欲しい姿、撮影コンセプト、カメラマンが撮りたい姿、それぞれを摺り合わせていくのが大切だと。
だから、あの子が先で良かった。
カメラマンさんの心の動きが事前に把握出来れば、私はそれに合わせて動くだけでいい。
それに、私にはこの耳と鼻以外にも武器がある。
「大丈夫だよ。私、相手が望む
「……今でも信じられねぇな。あの時公園で見た笑顔が、全部作り物だったなんてよ」
「けど、作り物にしか出せない魅力もある。そうでしょ?」
私が初めて事務所に行ったあの日。
障害のこと、そして私がいつも意図的に
「へっ、そうだな……客はいつだって、醜い
「苺プロさん、お願いしまーす!」
出番だ。
「行ってきます」
「おう、行ってこい」
★・ー・★・ー・★・ー・★
男はカメラを構えながら、内心で「面倒な子が来たなぁ」と思っていた。
個性を出すため、あるいは現場スタッフに顔を売ろうとして、独自のアクションを起こすモデルはそれなりにいる。言われるがままに撮られただけでは現場の印象に残らないと、そう思っているのだろう。
まぁ、中にはただ単に自己主張が強いだけの目立ちたがり屋もいるのだが。
この少女もその内のどれかだ。
なぜかって、撮影の直前になって申し出があったから。
『私、これからたくさんポーズを取るので、それをテンポよく撮っていってほしいんです。私って他人に合わせるの苦手だから、こういうやり方が合ってるかなって』
馬鹿じゃないか、と思った。
確かに、逐一指示しなくても最適なポージングをしてくれるモデルはいる。だが、それは相応の経験があればの話であって、同じことが小学三年生の子供に出来るとは思えない。
しかも、この子は今回が初撮影だ。どう考えても、自力で最適なポージングをするなんて無理だろう。単に自己主張が強いだけの一番面倒なタイプだ。
最初に撮った子は気難しそうな見た目に反して、こちらの指示にすんなり従ってくれるいい子だった。親が元女優だと言うし、モデルとしての常識は弁えているのだろう。大成するかは知らないが、良い所までは行くんじゃないだろうか。
「カメラマンさーん。そろそろ始めていいですかー?」
男が考えている間に、少女の準備が整ったようだ。
気乗りはしないが、モデルをその気にさせるのもカメラマンの仕事だ。ここで申し出を断ったらやる気をなくすかもしれないし、その結果仕事に悪影響が出たとして、迷惑を被るのは自分だ。
仕方なく愛想笑いを作り、少女の機嫌を損ねないように「いつでもどうぞ!」と明るく、にこやかに声をかける。
その声を合図に、少女が動き出す。
首を傾げ、左足を軽く曲げて右手を肩に付ける。
両手を後ろに回し、上半身を僅かに前かがみする。
上半身を戻し、片足を軽く蹴り上げるように動かす。
次々とポージングが変わっていく。
リズミカルに、テンポよく、まるで踊るように。
少女のポージングは素早く、的確だった。
それだけではない。ポージングの全てが、男にとって「撮りたい」と思わせるものだった。だからこそ、少女の早さに男は付いていく事が出来たのだ。
考えるよりも先に、指が勝手にシャッターを押す。
体に染みついたカメラマンとしての本能が、経験が、勝手に体を動かすのだ。
あの
コンセプトを意識してか、少女は常に笑顔だったが、ポージングの度に必ず笑顔の種類が変わっていく。
まなじりを下げ、静かに微笑む大人の顔。
上の八重歯を僅かに見せる、やんちゃな顔。
口を大きく開けて、無邪気に笑う子供の顔。
まるで仮面を素早く付け替えるかのように、次々と
経験豊富な大人のモデルならともかく、少女の年齢でこれが出来るのは大したものだ、と素直に感心する。
何より、あの目。
吸い寄せられるかのような、独特の輝きを帯びた目をしている。人の目を惹きつけるような、妖しい、魔性の輝きだ。
面白い。そして、楽しいと思った。
まるで、初めてカメラを買ってもらった、幼い子供の頃のワクワクする心が戻ってきたような、そんな気さえする。
カメラマンをこうまで乗り気にさせるなんて、よっぽど経験豊富か、もしくは───天性の
彼女は間違いなく、後者だ。
「こんな感じで行こうと思うんですけど、いいですか?」
こちらの様子を伺う少女に対し、男は「この調子でどんどん行こう!」と言葉を返した。
★・ー・★・ー・★・ー・★
「それじゃあ、次はもうちょっと躍動感ある感じで……そうそう!いいね!」
興奮した様子のカメラマンの指示に応え、くるっと回れば、スカートがふわりと舞う。
下着が見えない程度に抑え、一回転してまだスカートが浮いている間に瞬時にポーズを決める。そして、その瞬間を逃さず、カメラマンはシャッターを押してくれる。
母から教わった基本的なポージングに、アイドルの振り付けをアクセントとして加える。アイドルのダンスは可愛い振り付けが多いから、こういう所で応用が利く。さらに、最初に撮っていた子の姿も参考にして、カメラマンの感情を意識しながら、彼が望む姿と
私には武器がある。
自分の顔すら見えない私は、人一倍表情の作り方に拘って来た。原作のアイはミリ単位で笑顔を調整していたようだけど、表情の作り方に関してだけは、私の方が得意だという自信がある。
生まれつき難聴の人は、うまく言葉を話せないという。
これは、人が話せるのは自分が見聞きした言葉だけだから、という理由がある。程度にもよるが、自分の声すら聞いたことのない人は、まともな発声が出来ないのだ。
私もそれに近いのかもしれない。
自分の顔が見えず、人の顔も見えない私は、感情を表情に表すのが苦手だ。自分では心から笑っているつもりでも、それが本当に笑えているのかどうか、鏡を見てもわからないのだから。
引き攣った顔になっているかもしれない。
歪んだ醜い顔になっているかもしれない。
気持ち悪い顔になっているかもしれない。
自分の感情をそのまま表情に出力することが、私には出来ない。怖くてたまらないのだ。
だから必死に練習した。
唇、眉、瞼、眉間、頬の筋肉……表情を作り出すそれぞれのパーツを意識的に動かして、意図的に表情を作る。
他人から向けられる感情を意識しながら、いくつものパターンを作った。最初に基本的な喜怒哀楽の四種類を作り、そこから枝分かれするようにしてその場の状況に合わせた顔を作るのだ。
最初は母を練習台にして、次は病院の人達、次は近所の人達、次は学校の友達や先生、次は通りすがりの他人……といった感じに、出会う人から向けられる感情を意識し、無数のパターンを作っていった。
この顔は母を怒らせる。
この顔は同情を誘う。
この顔は年上に好かれる。
この顔は同性に嫌われる。
この顔は男性の欲情を誘う。
この顔は人を惹きつける。
この顔は、この顔は、この顔は、この顔は───。
自分の感情ではなく、自分を見ている相手の感情を基準にして、その場に適した
しかし、あれだね。
アイドルのライブってこんな感じなのかな。
私がアイドルで、観客はカメラマン。
私がポージングを取れば、カメラマンはそれに応えてシャッターを押す。撮影が始まってからどんどんお互いの息が合って、撮影速度も上がっていく。
シャッターを押した際の音から、『楽しい』という感情が伝わって来る。釣られて私も楽しくなって、どんどん調子が上がっていくのだ。
だからほら、
……実際のライブはもっと楽しいのかな?
それとも、何か違う刺激を得られるのかな?
モデル一筋も捨てがたいけど、アイドルをやるのも……うん。興味が沸いてきたかもしれない。
私の撮影はあっという間に終わった。
さっきの子が20分近くかかったのに比べて、私は10分以下。だからどうしたって話だけど、新人の、それも子供のモデルは最初の撮影で時間がかかる子が多いらしい。そう考えると、まぁまぁ上手くやれたのだと思う。
中身は成人だろって?
モデルの仕事が初めてなのに変わりはないからさ。初めての仕事で上手くやれたんだから、少しくらい胸を張ったっていいでしょ?
軽く休憩したら二人一緒の撮影。
衣装を変えて次の撮影……と、時間は進む。
途中、相手の子が調子を崩したみたいだけど、最終的には何とかスケジュール通りに終了。
斉藤社長と一緒に現場の人達に挨拶をしたけど、最重要目的である『顔を売る』ことには成功したと思う。ディレクターさんも、また機会があったら呼んでくれるって言うし。斉藤社長も嬉しそうだ。
スタッフさんへの挨拶が終わったら、最後に相手の子へ挨拶をする。
「
「…………」
「また一緒にお仕事出来たらいいね!」
「…………」
「えっと……じゃあ、また学校でね」
母親の後ろに隠れたまま、俯く少女に笑顔で手を振り、私は現場を後にしたのだった。
彼女はどうなるのだろう。
あの母親が娘に向ける感情は、ゾッとするほど冷たいものだった。失望し、侮蔑し、そして興味を失っていた。
客観的に見て、西園ちゃんは上手くやっていたと思う。
けど、母親も西園ちゃん本人も、そうは思わなかったのだろう。弱小事務所の新人モデル、それもド素人に差を見せつけられ、母親は怒り、娘は心が折れた。
……私はただ、初仕事なので出来ることを精一杯やっただけ。ただそれだけだ。他意はないし、後悔もない。
あの子が落ち込んでいる姿を見て、喜びなんて感じていない。いじめっ子に仕返しが出来てすっきりしたなんて、思っていない。私はそんな子供っぽい性格じゃなかったはずだ。
初めての仕事で得たのは、僅かなギャラと、それなりの達成感……そして、自分自身へ抱いた違和感だった。
アイちゃん、ようやく自分の変化に気づきました。
西園ちゃんはもう二度と登場しないと思います。多分。