リーフにTS転生しちゃったけどせっかくなので楽しみたいと思います 作:七色レインボー
リーフになったらしい
じりりり、とけたたましいベル音が響き渡る。
「う……ん……」
耳障りなその音で楽しい夢の世界から強制送還された俺は、半分眠った頭で手を伸ばす。
手が幾度も虚空を切りながらも、どうにか元凶を見つけてボタンを押せば、ようやく部屋に静寂が訪れた。
さて、このまま二度寝と洒落こみたいところだが、世界はそれを許してくれない。二十代の冴えない男には労働の義務というものが付きまとうのだ。
布団の誘惑を振り切り、眠気眼をこすりながら体を起こそうと──したところで。
「……あれ?」
違和感に気付いた。
布団が柔らかい。指先がふかっと沈み込む感触は、俺が愛用している薄っぺらい安物の敷布団とはまるで別物だ。
被っていた掛け布団も俺が使っていた飾り気の無いものではなく、可愛らしいピンクのカバーが付けられている。敷布団だと思っていたものも、どういうわけかベッドに変わっているようだ。
辺りを見渡せば子ども用と思わしき小さな机に可愛らしい小物入れが置いてあり、棚の上では妙に見覚えのある架空の動物を模したぬいぐるみがこちらを見つめている。
「……夢、か?」
呟き、頬を抓ってみると鋭い痛みが走った。夢ではない。なのにこの異常な状況を当たり前のものとして受け入れている自分がいる。
不思議な感覚に戸惑いながらベッドから降りてドアを開ければ、階段の下から
そしてすぐ近くのリビングへのドアを開けると、そこに立っていたのはエプロン姿の女性だった。状況から察するに、朝食を作っているところなのだろう。
声をかけるべきか迷っていると、女性がこちらを振り向いて。
「──あらリーフ、起きたのね。もうすぐご飯ができるから顔を洗ってらっしゃい」
にっこりと微笑みながら、
リーフ。そう、リーフだ。それがわたしの名前──。
──わたし? リーフ?
なんだかさっきから変な感じだ。まだ寝惚けているのかもしれない。早く顔を洗って目を覚まさないと。
ドアを閉めて廊下の奥の洗面所へと向かう。電気をつけて洗面台の前に立つと、鏡には冴えない二十代男性のいつも通りの顔が──。
「……んん!?」
慌てて鏡に張り付くようにして姿を再確認する。何かの間違いだと思ったのだ。きっとまだ寝惚けているのだと。
だが頭ははっきりしているし、見間違いでもない。何度見ても、そこに映っているのは茶髪を長く伸ばした少女の姿だ。
しかもその容姿は服装こそパジャマだし寝癖もついているものの、間違いなく世界的に有名なゲームタイトル『ポケットモンスター』に出てくる女主人公──通称『リーフ』そのものであり、それが鏡に映っているということは……。
ぺたぺたと自分の顔に触れると、鏡に映った姿も同じ動きをする。体を動かしたり、表情を変えたりしても寸分違わず再現してくる。
これは、俺だ。
「……おい……マジかよ……」
鏡の少女が可愛らしい顔を引き攣らせた。それは今まさに俺がしている表情と同じものなのだろう。
信じられない。だが信じるしかない。だって、足裏から伝わる床の冷たさがこれが現実だと突きつけてくるのだから。
どうやら俺は『リーフ』になってしまったらしい。
◓
「さあ、いっぱい食べてね。今日は記念日なんだから」
「は、はーい……」
混乱していても腹は空く。曖昧に返事しながらもそもそとパンを食べると、焼きたての温かさとバターの香りが口いっぱいに広がった。
さて、どうしてこんなことになってしまったのやら。状況的には異世界転生とかそういった類のものだと思うが……理由が全く思い当たらない。
とりあえず現状を軽く整理しておくと、この世界はポケットモンスター……縮めてポケモンの世界であることは間違いないらしい。というのも、実際にこの世界にはポケモンがいるという認識が俺の中にあるからだ。
どうしてそんなものがあるのかというと、この体の持ち主である『リーフ』の記憶が原因だ。
どうやら俺は『リーフ』の記憶や体験を引き継いでいるらしく、それを自分のものであるかのように思い出せるようだ。
起きてから今に至るまでに度々起きた妙な感覚は『俺』と『リーフ』の記憶が中途半端に混ざったせいで起きた現象なのだろう。
今はだいぶ落ち着いてきたが、不思議と未だに『俺は『リーフ』である』という感覚が抜けないし、何故かすんなりと受け入れられる。本来の『俺』と『リーフ』は似ても似つかない別人のはずなのに、だ。
ともあれ、それによってわかったのはざっと四つ。
一つはこの世界にポケモンがいるということ。そして二つ目は──。
「…………」
そしてこの少年の名前が『レッド』なのである。そう、初代における主人公であるあのレッドだ。
自分が『リーフ』であると自覚してから『そういえばこの世界のレッドってどうなってるんだろう』と少し疑問だったが、どうやらそういうことらしい。
いずれこの少年がカントー地方のチャンピオンを破り、やがては
話を戻して、三つ目に『リーフ』の性格について……なのだが。
記憶によるとこの『リーフ』という少女、とんでもないおてんば娘だったらしい。
というのも、クソ田舎で子どもが少ないこのマサラタウンという土地において『リーフ』は周囲の大人から非常に可愛がられていたようだ。
また遊び相手も兄とその友人である『グリーン』くらいしかおらず、女の子らしい遊びというものをほとんど知らずに育った。
結果、野を駆け木に登り土に塗れるわんぱく少女が爆誕したらしい。
その有り様たるや、レッドとグリーンが二人揃って振り回されるほど。まあこの頃の子どもって女の子の方が成長早いって言うしな……。
……で、何が問題かというと、この『リーフ』に転生した以上は俺もそれを再現しなくてはいけないということである。
……先行きがとても不安だ。
現実逃避の四つ目。これが個人的には一番大きい。
先ほどリーフの母親が『今日は記念日』と言っていたが、今日この日こそがレッドとグリーン、そして
元よりポケモンと名の付く作品は、外伝含めて一通りプレイしているくらいには筋金入りな俺である。
残念ながら肌に合わずプレイを止めたものもいくつかあるが、とにかくそんな俺にとってポケモンがいる世界というのはまさに夢の世界なのだ。
この世界に来たからにはポケモンと旅してみたいと思うし、本物のポケモンバトルだって体験してみたいし、チャンピオンだって目指してみたい。それに例え強くなれなかったとしても、ポケモンと一緒にいられるだけで絶対に楽しいはずだ。
特にこの博士から初めてのポケモンを貰うイベントというのは、一生に一度しか体験できない貴重な経験である。このチャンスを逃す手は無い。
まあこれは俺でなくともみんなそうなんだと思う。現にレッドからも抑えきれない興奮が滲み出ている──気がする。
旅支度も『リーフ』が昨日のうちに済ませていたようだし、あとはこの朝食を食べて博士のところに向かうだけだ。
一つ懸念点があるとすれば『リーフ』の代わりに俺がそれをやってしまってもいいのかというところだが……こうなってしまっては仕方ないだろう。
ここで『リーフ』に遠慮して旅を辞退したところで何かが変わるわけでもないだろうし、それならいっそ全力で楽しんでやろうと思う。
それにこうやって俺が『リーフ』の記憶を引き継いでいるのなら、何かの拍子に『リーフ』が戻ってきた時に思い出だけでも渡してやれるかもしれない。
少なくとも何もしないよりはいいだろうと強引に自分を納得させながら、パンの最後の一欠片を口の中に放り込んだ。
「ごちそうさまでした」
「…………ごちそうさま」
「はい、お粗末さまでした。さ、着替えてらっしゃい」
ほぼ二人同時に食べ終え、食器を流し台へと運ぶ。
さあ、これであとは着替えて博士のところへ向かうだけ──。
「……ん? 着替え?」
ふと気付く。
ポケモンに会えることで頭がいっぱいで今までそこに頭が回らなかったが、今の俺の体は『リーフ』だ。おおよそ十歳くらいの女の子だ。そしてその精神たる『俺』はといえば二十代の成人男性である。
……これは、ちょっとよくないのではないだろうか。
母親の方へ顔を向ける。
「ん? どうしたの?」
「……いや、なんでもない……」
一瞬この人に着替えを任せるべきかと思ったが、『リーフ』はそんなことをしないので怪しまれてしまうかもしれない。
となるとやはり自分で着替えるしかないのだろうが……。
「……犯罪じゃない……よな?」
リビングを後にし、自室に戻りながら呟く。
大丈夫……のはずだ。だって俺の認識でも『自分は『リーフ』だ』と言っているのだから。
それに俺はロリコンではない。十歳少女の着替え程度でどうこうなったりはしない──はず。
そのはず……だが。
「……なるべく見ないようにしよう」
実情がどうであれ、知らない男に肌を見られるのは女の子としては嫌だろう。
俺は可能な限り視界情報を遮断しながら着替えることを決意した。
◓
どうにか目隠し着替えという苦難を乗り越えて外に出ると、既に準備を終えていたらしいレッドが待っていた。
「ごめんごめん! 遅くなった!」
「…………」
「ご、ごめんってば……」
無言でこちらをじっと見つめてくるレッド。
怒っているのだろうか? いまいち考えが読めないが、とりあえず謝っておく。
「ふふふ、違うわよ。レッドはリーフが来るのが遅かったから心配してたのよね?」
レッドがこくりと頷く。そ、そうだったのか? 怒ってないならいいけど……。
それにしても、なんでこの人はレッドの考えてることがわかるんだろうか。母親になるとそういう能力が身に付くとか? うーん、不思議だ。
ともあれ、そんなレッドの装いはトレードマークの赤いキャップ帽に黄色のリュック、黒いTシャツと赤いベストを合わせ、下は青のジーンズという『FRLG』仕様の姿だ。
もちろん俺も白い帽子に肩掛け式の黄色いバッグ、水色のノースリーブに赤いスカート、更には黒いリストバンドに青のルーズソックスという『FRLG』の女主人公の服装と同一のものである。
準備は万端。いつでも来いだ。いや、行くのは俺たちの方なんだけども。
「うん、二人ともバッチリね。じゃあ気を付けて行ってくるのよ。時々でいいから連絡もちょうだいね」
「わかってる。それじゃ、行ってきます!」
二人で手を振りながら家を後にし、オーキド博士の研究所を目指して歩き始める。
ゲーム内では十数歩程度の距離であった自宅と研究所だったが、現実となるとそうはいかない。
ましてここは広さだけは無駄にあるド田舎中のド田舎、マサラタウンである。歩きだと少なく見積っても三十分はかかるだろう。
まあゆっくり進めばいいかと思っていると、突然レッドが駆け出した。
「レッド?」
「…………」
少し先のところで振り返ったレッドはやはり何も言わない。けれど抑えきれていないその表情から言いたいことは伝わってくる。
すぐに行こう。走って行こう、と。
「……そうか。待ち切れないよな」
それだけ楽しみにしていたのだろう。もちろん答えなんて決まっている。
「よし! 行こう!」
力強く大地を踏み締める。体が軽いのは、きっと子どもの体に戻ったからだけではないだろう。
ああ、本当に楽しみだ。もちろんカントー地方の冒険はゲームではしているが、現実に行けば全く違う感動があるはずだ。
ワクワクが止まらない。心臓がドキドキする。
この転生にどんな理由があるのかなんてわからないけれど、この世界に連れて来てくれたことには心からの感謝をしたいと思った。