リーフにTS転生しちゃったけどせっかくなので楽しみたいと思います 作:七色レインボー
さて、ハナダジムの大きな特徴といえば、なんといってもジム内の面積のほとんどを占める巨大なプールの存在である。
ニビジムが普通のジムだったこともあり、一見すれば入る場所を間違えたかと思うほどの様相であるが、ハナダジムの専門が『みず』タイプなことを考えればむしろ理想的な環境と言える。
ジムの内装はある程度自由が効くらしいが、ここまで思い切った改装をしているジムもハナダくらいのものだろう。これもカスミの『みず』ポケモンに対する並々ならぬ熱意の表れか。
あるいは『みず』タイプを専門とするジムはみんなこうなのかもしれないが、趣味と実益が噛み合った形とはいえ色んな意味で豪快である。
さておき、張り紙のことを伝えるためにカスミを呼んでもらうことにする。そうして受付の人に話しかけて待つこと数分。
「はーい、お待たせ。わたしがカスミだけど、何か用かしら?」
ジムの奥から、短めの髪をサイドテールのように結んだ快活そうな少女──カスミがやってきた。
服装はゲームでも着ていたセパレートタイプの青い競泳水着に、その上から白い上着を羽織っている。髪が濡れているところを見るに、つい先程まで泳いでいたのだろうか。
水も滴るいい女とはまさにこのことだが、些か視線のやり場に困る格好だ。
「初めまして。わたしはリーフです。実はここに来る前に見た張り紙の中に妙なものがあったので、カスミさんに確認しようと思いまして」
「妙な張り紙? ……あ、もしかしてそれって変なバイト募集とかじゃなかった?」
「あれ、ご存知でしたか?」
「もちろんよ。まーたどっかに張られてたのね」
溜め息をつきながら呆れたようにカスミが言う。
どうやらカスミも同様の張り紙を見たことがあったらしい。しかもこの言い方だと昨日今日の話ではなさそうだ。
「最近よく報告に上がってくるのよ。わたしも見掛ける度にひっぺがしてるんだけど、懲りずに何度も張ってくるんだから嫌になるわ。全く、誰の仕業か知らないけどわたしの町で勝手なことして……犯人を見つけたらただじゃおかないんだから」
怒りを滲ませた声で言いながらカスミが拳を握った。
タケシやカスミを見ていればわかるように、ジムリーダーは自分の住む町をとても大切に思っている。故に自らが管轄する町でこんなことをされては、憤りを感じるのも当然なのだ。それはきっと他の町のジムリーダーも同じだろう。
町の平和のためにも
「──っと、あなたにこんなことを言っても仕方ないわね。それよりわざわざ教えに来てくれてありがとう。あなたのためにも犯人は必ず捕まえてみせるからね。それで、要件はそれだけかしら?」
「あ、いえ、実はもう一つあって……コイキングの育て方について聞きたいんです。
ここでもう一つの目的であるコイキングの育成方法について尋ねてみる。ゲームでは単に経験値を与えてレベルを上げればいいだけだったが、この世界においてはそう単純でもないだろう。
そもそも何をすればコイキングにとって経験になるのか、それを理解しておく必要がある。
ちなみに買った、とは言わないのがポイントである。ポケモンの売買がどんな扱いになっているのかよくわからないし、余計なことは話さないのが吉だ。
「あら、コイキング? いいわね、そういうことならお安い御用よ。お礼ってわけじゃないけどなんでも聞いてちょうだい。でもそうね、まずはコイキングの状態を確認したいからプールの方まで来てくれるかしら。あ、靴は脱いで来てね」
「わ、わかりました」
カスミがプールの方へ歩いていったので、俺も靴と靴下を脱いでからその後ろを追いかけた。
その時に走ると監視員らしき人に『プールサイドは走らない!』と怒られたので、早歩きくらいの速さでカスミのいる場所へと向かう。
そうして一番奥、人の少ない区画にてカスミはプールの中で俺を待っていた。
「さ、それじゃ早速コイキングを出してくれる?」
「はい。では──出ておいで、コイキング!」
ボールを取り出し、プールの中にコイキングを解放する。
昼間はうっかり悲劇が起こってしまったが、水中であればそんな心配も無い。コイキングも元気に泳ぎ回れて嬉しそうだ。
「うん、なかなか活きのいいコイキングね。……あら? この子、もしかしてジョウトのコイキングかしら」
「え? そんなことまでわかるんですか?」
「ええ。ほら、カントーのコイキングと比べて鱗の赤みや
「すみません、わからないです」
少し触れ合っただけなのにカスミはコイキングの出身について言及してきた。なんで『見ればわかるでしょ?』みたいな顔してるんだ。そんなこと俺だって知らないが?
どうやら『みず』タイプのエキスパートともなれば簡単に見分けがつくようだ。俺には髭が黄色だからオスだということくらいしかわからない。
「まあいいわ。じゃあちょっと一緒に泳いでくるから少し待っててもらえる? 行くわよ、コイキング!」
「コッ!」
言って、カスミとコイキングがプールのコースを泳ぎ始めた。あれがカスミなりの確認方法なのだろう。
その姿を見送ることしかできないのがなんだか疎外感だが、この服のまま水に入るわけにもいかないので仕方ない。
しかし流石はおてんば人魚だ。泳ぐスピードが速い速い。いくらコイキングとはいえ仮にも『みず』タイプのポケモンと並泳するとは、カスミは水泳の才能の方も大したものである。
そうしてしばらくその様子を窺っていると。
「──ぷはっ。いいわ、大体わかったわよ」
ある程度の判断がついたのかカスミが泳ぐのを止めた。さて、悪いことになっていなければいいのだが。
「あの、どうでしたか?」
「そうね。ちょっと神経質みたいだけどいいコイキングよ。育てれば立派なギャラドスになると思うわ」
「そ、そうですか。よかった……」
カスミが言うのなら間違いないだろう。とりあえずコイキング自身に問題は無さそうで一安心だ。
「それで、コイキングってどうやって育てればいいんですか?」
「ええ、任せなさい。そうね、まずは──」
うんうんと頷きつつ、カスミの次の言葉を待って。
「その敬語をやめなさい」
「……はい?」
ビシッと指を突き付けて告げられたそのセリフに、思わず疑問符を返した。
「わたし、堅っ苦しいの苦手なのよねー。そりゃあ最低限の礼儀は必要だと思うけど、あんまり
「え、でも、カスミさんはジムリーダーですし……」
「わたしがいいって言ってるんだからいいの! 少し前に来た男の子なんて敬語のケの字も使わなかったわよ? まああれはあれでどうかと思うけど」
……少し前に来た男の子?
なんだろう。脳裏にとあるクソ生意気な幼馴染の姿が浮かんだ。まさかとは思うが、一応確認を取ってみる。
「……それって、わたしと同い年くらいのツンツン頭の男だったりします?」
「あら、そうだけどもしかして知り合い? そうよ。確かグリーンって名乗ってたわね」
予想的中。あの男は本当に……!
「すみません……グリーンが失礼なことを……」
「あら、どうしてリーフが謝るのかしら。確かに生意気だとは思ったけど大口叩くだけの実力はあったし、ポケモントレーナーならあれくらいの気概があってもいいと思うわ。ま、それはそれとしてこのカスミ様に生意気な口を効いたからには、その自信はへし折ってやるつもりだったけどね」
「……ホントすみません……」
グリーンが挑発的な態度でカスミに挑んでいる姿がありありと浮かぶ。そしてその物言いに憤慨したカスミがグリーンをボコボコにしようとするところも。
どちらも自信家で負けず嫌いという点で共通しているこの二人は、もしかすると相性が悪いのかもしれない。同族嫌悪というやつだろうか。
「で、どうなったんですか?」
それはさておき、バトルの結果を聞いてみる。
するとカスミは露骨に嫌そうな顔になった。あまり触れられたくなかったらしい。
「……悔しいけど負けちゃったわ。途中からは許される範囲でかなり本気でやったんだけどね。あの子、今まで見てきたトレーナーの中でも抜群のセンスだったわ」
嘆息し、渋々といった様子でカスミが言った。結果に不満はあれど、グリーンへの評価自体はタケシと同様に相当高いようだ。
本来ジムリーダーの役割とはトレーナーにとっての壁になることであり、挑戦者がバッジを持つに値するかどうか──つまりトレーナーとしての能力が一定の水準を満たしているかどうかを判断し、問題無いようであればその証としてバッジを授けるというものだ。
いわば認定試験のような側面が大きいもので、ジムリーダーという存在は
にも関わらずその感情が芽生えたということは、カスミはおそらく
それはつまり、カスミはジムリーダーという壁としてではなく、一人のトレーナーとしてグリーンと相対したということだ。
もちろんジム戦の規定内という制限はあっただろうが、それでも許される範囲で本気を出したということは、バッジを一つ所持したトレーナーに対して切れる手札を全て切ったということになる。
恐るべきは私情交じりとはいえ、途中からでもジムリーダーが本気を出していいと思わせるだけの実力が既にグリーンには備わっているという事実。しかもその上でグリーンが勝利したのであれば、グリーンはバッジ一つ持ちとしての最大値を叩き出したということを意味する。
その成長の速さは流石にレッドのライバルといったところか。それにしても早熟過ぎるとは思うが。
「……やっぱり、グリーンって凄いんですね」
「まあ、才能があるのは確かよ。戦術はもちろん育成もバッチリだったし、特にポケモン選びのセンスは光ってたわね。とてもいいカメールだったわ」
恍惚とした表情でカスミが言う。最終的にそこに着地する辺り、カスミの『みず』ポケモン好きも筋金入りだと思う。
しかし今のが聞き間違いでなければ、グリーンのゼニガメはカメールに進化しているのか。順調に育っているようで何よりだ。
それで言うなら俺のフシギダネもレベル的にはそろそろ進化が始まる頃のはずなのだが、何故かその前兆が見えない。進化を拒んでいるわけではなさそうだが、何がいけないのだろうか。もしかしたらただレベルを上げるだけでは足りないのかもしれない。
「それにしても随分あの子を気にしてるのね。知り合いみたいだったし、もしかしてボーイフレンドか何か?」
そうして俺が少し考え込んでいると、若干声色が変わったカスミが問うてきた。
その呼び方には妙な違和感があるが、確かに
「はい、同じマサラで出発した幼馴染なんです」
「あら、そうだったのね。いいなぁ、そういうの。こんなに可愛い女の子に気にかけてもらえるなんて、あの子も幸せ者ね。あーあ、わたしもイケメンで幼馴染の彼氏が欲しいわ」
「あはは……ん? 彼氏?」
カスミの冗談めかした言葉に苦笑を返して、続いた単語に引っかかりを覚えた。
確かに
「あの、カスミさん。彼氏ってどういう……?」
「ん? だってあなたたち付き合ってるんじゃないの? ボーイフレンドなんでしょ?」
カスミが不思議そうな顔で問い返してきた。
ああ、さっきのボーイフレンドってそういう意味だったのか。単なる男友だちって意味かと思ってた。
「……違います。いや、確かに友だちではあるんですけど、カスミさんが思ってるような関係じゃないです」
「あら、そうなの? じゃあリーフはあの子のことなんとも思ってないわけ?」
「はい。全然全くこれっぽっちも恋愛感情は無いです」
即答する。俺はもちろん、『リーフ』もグリーンに対してそういった感情を持っている感じは無かった。
痛くも無い腹を探られてもお互い時間の無駄だし、グリーンからしてもいい迷惑だろう。そういう話が楽しいのはわからないでもないがな。
「……うーん、照れ隠しとか嘘をついてる感じはしないわね……。ここまで脈ナシだとむしろあの子が可哀想になってきたわ……」
勝手に勘繰られて勝手に憐れまれるグリーンを少しだけ気の毒に思った。
これ以上この話を続けても何も生まれないし、さっさと本筋に戻るとしよう。
「まあそれはいいんですよ。それよりコイキングの育成方法について教えてくれませんか?」
「ああ、そうだったわね。というか敬語やめなさいって。育て方教えてあげないわよ?」
「ええっ!? それは、その……困る」
確かにカスミは『リーフ』より歳上といってもせいぜい二、三歳くらいだろうし、俺の事情まで考慮すればむしろ歳下になる。
この世界において実績を持っているのは間違いなくカスミの方だし、ただ精神年齢が上だからといってタメ口を効く気にはなれないのだが、コイキングを盾にされては仕方がない。これ以上の適任はそうそういないし、話し方一つで受けてもらえるのならそうするべきだろう。
「……はぁ、わかりま──じゃなくて、わかった。努力する」
「うん、それでよし! それじゃ、早速教えてあげるわね。と言ってもやること自体は簡単よ。ひたすら泳がせるか跳ねさせればいいの」
「……え? それだけ?」
てっきりもっとしっかりしたトレーニング方法を教えてくれるのと思っていたが、予想外にシンプルな回答に思わず聞き返してしまう。
「ええ、それだけよ。まあ言いたいことはわかるけどね。でも複雑な練習メニューを組んだところで、それをこなせる能力が無ければ意味が無いわ。そして残念ながら今のコイキングにはそれが無い。だからまずは基礎的な力を付けるために、泳いだり跳ねさせたりするのが一番効果的なのよ」
「な、なるほど……」
つまり、バトルさせて経験を積ませる以前の問題だと。
理屈を聞けば確かにその通りだ。無理に背伸びして育成論をこねくり回す前にまずは体力を付けろと、そういう話らしい。
「それと、できれば食べるものにも気を遣ってあげられるとなおいいわね。と言っても高いものを買えってわけじゃなくて、体作りのために必要な栄養を補給できるものを選びなさいってことよ。まあそこはわたしがよく行くお店があるから教えてあげる」
話を聞きながら、カスミが懇意にしているという店の名前と場所のメモを取る。
こうして話を聞いていると、まるでアスリートを育てるトレーナーになった気分だ。実際それに近い形ではあるのだけども、より実感を伴った気がする。
「後は……そうね、訓練場所かしら。この辺りなら場所に困ることは無いだろうけど……ねえリーフ、あなたがよければこのジムでそのコイキング育ててみない?」
「えっ、いいの!?」
「ええ、構わないわよ。あ、でも一応立場上タダで使わせるわけにはいかないから、ちょっとだけわたしのお願いを聞いてもらうことにはなるけどね」
「それでいいなら是非! お願いします!」
カスミの提案は、俺からすれば願ってもないものだった。
ちょっとしたアドバイスが貰えればいいと思っていたのに、最高クラスのトレーナーから直に育成について教われる上に、最適な環境まで提供してくれるとはまさに望外の幸運と言える。
カスミのお願いとやらが何かはわからないが、この様子で無理難題を吹っ掛けてくるようなことも無いだろうし、それを聞くだけで本来お金を払わなければ使えないジムの設備を使わせてもらえるなら安いものだ。
「決まりね。それじゃ今日はもうすぐジムを閉める時間だから本格的な指導は明日からしてあげるわ。その時にプールに入れた方が都合がいいから水着も用意しておくこと。まあ水着はここでも買うかレンタルできるけどね。それと──」
「それと?」
「──スカート。ずっと見えてるわよ。気を付けなさい」
「へ? ……〜〜〜っ!?」
指摘され、一瞬空白になった思考の後でようやく言葉の意味を認識し、今更ながらにスカートの裾を押さえる。
そうだ。言われてみればプールの中にいるカスミと、プールサイドの縁に立っている俺との位置関係だと中が丸見えではないか。今までスカートの見え方なんて意識したことが無かったから考えが及ばなかった。
顔が熱い。今頃俺の顔は羞恥に染まっているのだろう。
「……なんか、あなた心配になるわね。無防備というかなんというか……今はわたししか近くにいないからいいけど、ここには男もいるんだから本当に気を付けなさいよね」
「あ、あはは……お見苦しいものをお見せしました……」
スカートを押さえながらプールから少し離れる。……これからはもう少し自分の振る舞いに気をつけよう。俺はまだいいが『リーフ』が可哀想だ。
いっそズボンにするのもアリなのだが、この服装は『リーフ』自身が可愛いと思って選んでいるものなので、俺の都合で変えるようなことは可能な限りしたくない。……どうしても改善しないようならスパッツくらいは購入するかもしれないが。
「それじゃ、片付けとか色々あるからわたしはもう行くわね。明日待ってるわよ、リーフ!」
言って、カスミがジム生たちに声を掛けて解散を促し始めたので、俺もコイキングをボールに戻してジムを後にする。その前に水着が必要と言われたし、ジムでも買えるらしいので帰りに買っていこう。
……でもなんでだろうな。女性物の、しかも小学生くらいの子が着る水着を買うのにとんでもない罪悪感があるのは。
……あまり考えないようにしよう。