リーフにTS転生しちゃったけどせっかくなので楽しみたいと思います 作:七色レインボー
ハナダジムでトレーニングを開始してから五日が経過。
コイキングは少しずつだが確実に基礎能力を伸ばしていき、ついに“たいあたり"を習得するという成果を得た。
カスミによるとどうやらこれはコイキングに闘争心が芽生えたことを表しているようで、最低限戦えるだけの基礎能力を得たことで自信がついた結果らしい。
カスミのトレーニングは体作りももちろんだが、この闘争心と自信をつけさせるのが大きな目的だったようだ。
そも、コイキングという種族はその貧弱さ故に戦うという発想自体が無いらしく、低い能力をよく理由に挙げられるが、それ以上にその心持ちこそがバトルに向いていないと言われる所以なのだとか。
だからこそほとんどのコイキングは“はねる"ことしかできないし、野生で進化することもあまり無く、闘争心が芽生えてようやく“たいあたり"という攻撃手段を覚えることができる。
要するにギャラドスに至るコイキングの大部分はトレーナーの手持ちなのだ。
というか、そうでなければコイキングの生息域を考えるとそこら中にギャラドスが潜んでいることになるので、生態系が大変なことになるだろう。
たまたまコイキングの性質が温厚で助かったと言うべきか、それとも最初からかくあるべしと
ともあれ、こうして考えてみるとコイキングを普通に育てようとしても上手くいかない理由がよくわかる。戦う力が無いだけならまだしも、そもそも闘争心が無いのだからバトルに出しても大した経験値は得られないだろう。
やはりカスミを頼って正解だった。場所の提供や心構えも含めてカスミにはお世話になりっぱなしであるが、だからこそこれ以上甘えてはいけないとも思う。
カスミは気にしなくていいと言うし、ジム生の人もなんだかんだで受け入れてくれているのだが、それはそれとして何も返せていない現状に他ならぬ俺自身が納得できないのだ。
だから。
「──ジム戦? 今日?」
「うん。もうそろそろ挑戦してもいい頃かなって。みんなもかなり育ってきたしね」
トレーニング合間の休憩時間に、カスミにそう切り出した。
カスミはジムリーダーで、その仕事はトレーナーを育てることも含まれる。俺から返せるものは何も無いが、ならば成長を見せることがせめてもの恩返しになるのではと考えたのだ。
実際コイキングだけではなく、フシギダネやオニスズメもジムトレーナーたちとバトルを繰り返したことで順調にレベルが上がってきている。
相変わらず進化する気配は無いが、レベル的には十分戦えるはずだしそろそろカスミに挑戦してもいい頃合のはずだ。
「いいわ。リーフがその気なら受けてあげる。じゃあ早速──」
「あ、いたいた。カスミ、話してるところ悪いけど
「あれ、サクラ姉さん?
と、ジム戦を申し込もうとしていると、サクラがやって来てカスミにそう言った。
どうやら同じようなタイミングで他の挑戦者が現れたらしい。それはまた凄い偶然だ。
「ごめんねリーフ。対応に行ってくるから少し待っててくれる? サクラ姉さんはみんなにプールから上がるよう言っておいて」
「わかったわ。任せておいて」
「……言っておくけど、わたしがいない間にリーフに変なこと吹き込まないでよね! 絶対だからね!」
「ええ、もちろんよ」
「し、信用できない……!」
ニコニコと柔和な笑みを浮かべるサクラだが、カスミは疑心の目でそれを見ていた。サクラは一体カスミにどう思われているのだろうか。
確かに以前も何かカスミが隠したいようなことを言いかけていたようだが、これだけ警戒されるということはあれが初犯ではないのかもしれない。
「リーフ、サクラ姉さんに何か言われても信じないでね! 全部嘘だから! それじゃ行ってくる!」
「い、行ってらっしゃい……」
結局疑念は消えないまま、しかし来訪者を放置するわけにもいかないカスミはそう念を押してから受付がある方に走り──ではなく、早歩きで去って行った。
というか水着のまま行ったけどいいのか……? いや、でも俺の時もあの格好で出て来てたな。
あの時は上着を羽織っていたが今回はそれも無し。もし相手が多感な青少年だったら色々と悪影響だと思うのだが、まあそれはご愁傷さまということで。
「うふふ。二人っきりね、リーフちゃん」
「え? あ、そうですね、あはは……」
なんて考えながらカスミの後ろ姿を見送っていると、穏やかな声でサクラが話しかけてきた。
振り返って改めて見てみれば、やはりサクラも美人だなと思う。おっとりとした優しげな顔立ちに、腰まで届く美しく長い髪。よく見れば右目の目元にほくろがあり、そこはかとない色気を感じる。
毎日の水泳の成果であろう引き締まった細身の体は男なら目を奪われるだろうし、女性から見ても羨むものだろう。
同じ姉妹でも活発な印象を与えるカスミとは対照的だ。これも姉と妹という立場が生んだ違いだろうか。どうであれ、姉妹がこうなら両親もきっと美男美女の華やかな一家なのだろうなと思った。
「あら、そんなにわたしをじっと見つめてどうしたの? 何か気になるものでもあったかしら?」
「い、いえ、すみません。なんでもないです」
くすくすと笑うサクラの問いに目を逸らして返した。
ここで素直に見惚れていたと口に出すのは流石に恥ずかしいので胸に秘めておく。本当に男には色々と悪影響なジムだ。
「ふふ、遠慮しないでもっと見てもいいのよ? 見られるのは嫌いじゃないもの」
「い、いえ、大丈夫です!」
どきりとするような言葉を投げかけられ、反射的に語気を強めて返してしまうが、サクラはさほど気にした様子もなくクスクスと笑っている。
……俺、この人苦手かもしれない。
「……それより、さっきカスミが言ってたことをジムの皆さんに伝えなくていいんですか?」
「そうね、すぐ行くわ。でもその前にリーフちゃんにお礼を言いたくてね」
「お礼?」
あまり一緒にいると危険な気がしてきたので、それとなく離れてくれるよう話を誘導すると、サクラがそんなことを言った。
ここ数日でもサクラとはバトル以外であまり絡みは無かったはずだが、お礼とは何のことだろうか。
「ええ。最近のカスミは特に楽しそうにしてるから、きっとお友だちができたおかげだってアヤメやボタンと話してたのよ」
ドアの向こうにある受付の方へ視線をやって、慈しむような顔で話すサクラ。その顔には確かなカスミへの愛情が感じられた。
「こんなこと言うとまた怒られちゃうかもだけど、カスミってお友だちがあまり多くないのよ。あ、悪い意味じゃないのよ? ただ、立場が立場だから気安い間柄になれる人が少なくてね。だから最近楽しそうにリーフちゃんの話をしてるカスミを見て嬉しくなっちゃったのよ。ありがとう、リーフちゃん」
俺の手を取り、そのまま祈るように胸の前で手を組んで微笑みながらサクラはお礼の言葉を口にした。その姿があまりにも綺麗で俺はまたサクラに見惚れてしまった。
永遠にも似た数秒の中で、ようやくはっと我に返りなんとか言葉を紡ぐ。
「い、いえ、お礼を言われることなんてしてないです。むしろわたしの方こそ教えてもらってばかりで、何か返したいと思ってるのに……」
出会った時からカスミにはずっと親切にしてもらっているし、その恩に報いるためならなんでもするつもりだ。だが俺にできることなんてたかが知れていて、苦肉の策で『成長を見せる』なんてことしか思いつかなかった。
きっとカスミならそれでも喜んでくれるのだろうが、もっとちゃんとした形で何かを返したい。
せめてカスミが今欲しいものがわかればそれをプレゼントするという手段も取れるのだが、本人にそれを聞いてもはぐらかされてしまいそうだし……。
……いや、待てよ……?
「……そうだ。サクラさんに聞けばいいんだ」
「ん? どうしたの?」
目の前にいるではないか。カスミへのプレゼント選びを手伝ってくれそうな適任者が。
「あの、わたしカスミにお礼のプレゼントがしたいんです。だからカスミが喜びそうなものが何か知ってたら教えてほしいんです。お願いします」
どうしてもっと早く思いつかなかったのだろう。身内であるサクラならきっとカスミの欲しがりそうなものに目星を付けられるはず。
ここは是が非でも協力を取り付けたい。そう思って俺は頭を下げてサクラに頼み込んだ。
「あらあら。あなたから貰ったものならなんでも喜ぶと思うけど……」
「それじゃダメなんです。わたしができる限りで一番喜んでもらえるものじゃないと」
「そうねぇ……と言っても、カスミはわたしたちと違って物に執着しないから難しいわね……」
物憂げに軽く頬に手を当てて考え込むサクラは、その仕草も様になっている。しかしサクラ曰く、カスミはあまり物欲があるわけではないようだ。
困った。せっかく頼みの綱を見つけたと思ったのに……と、諦めかけたその時に、サクラがぽんと手を打った。
「……あ、思い出したわ。カスミが欲しがってたもの」
「え!? 本当ですか!? 教えてください!」
サクラの言葉に藁をも掴むような気持ちで飛びつく。降って湧いたこのチャンス、絶対に無駄にしたくはない。
果たして、カスミの欲しいものとは。
「うふふ。それはね──」
◓
サクラは話が済んだらすぐにカスミの伝言をジム生たちに伝えに行ってしまい、その場には俺一人が残された。
このまま待っていれば直にカスミも戻ってくるだろう。それまでは入口近くのベンチに座って待機しておくとする。
……それにしても。
「……あの話、本当なのかなぁ……」
思い返すのは先程サクラが言ったカスミの欲しいものの話。
高価なものを要求されたらどうしようかと考えたがその心配は杞憂に終わり、代わりに提示されたのはどうにも真実味の薄いものだった。
正直なところ、サクラの妙に温かい目も相まって俺をからかっているようにしか思えなかったのだが、どこまで信用していいものやら。カスミもサクラの言うことは信じるなと言っていたしなぁ……。
「……ま、いいか」
仮にからかわれていたとしても、その時失敗して恥をかくのは自分だけだ。一応、万一の確率で本当だった場合に備えて覚悟はしておいた方がいいかもしれない。
もちろんからかわれていた場合はサクラを恨むが。
「リーフ、お待たせ。サクラ姉さんに変なこと言われなかった?」
「あ、カスミ。ううん、大じょう──あれ、もしかしてレッド?」
「…………!」
それからすぐに戻ってきたカスミの後ろにいたのは赤い帽子に赤いベスト、そしてルビーのブレスレットを身に付けた、とにかく赤色が印象的な男の子──つまりレッドだった。
なんだか久し振りに会った気がする。と言っても一週間経ってないくらいなのだが。
「久し振りだね、レッド。ここにいるってことはタケシさんに勝ったんだ」
「…………」
相変わらずの無口で頷きながら、レッドはおもむろにバッグからバッジケースを取り出して中身を俺に見せてきた。そこにはタケシに勝利した証であるグレーバッジが燦然と輝いている。
あの不利な条件でよくタケシに勝ったものだ。多少仕込みは入れたが、結局どうやって勝ったのか是非話を聞きたいと思ったところで、レッドが腰につけているボールが震え、中から現れたポケモンが俺に向かって飛びついてきた。
「ピーカ!」
「リザァ!」
「わっ!? ピカチュウ……と、リザード? もしかしてあのヒトカゲ?」
「リザ!」
そうだよ、とでも言うようにニカッと笑って返事をするリザード。
ヒトカゲの頃はオレンジ色に近かった体色は濃い赤色に変化しており、体格も一回りほど大きく成長して、丸っこかった顔付きも精悍で凛々しいものになっている。
俺に抱き着いているピカチュウの方も姿は変わっていないが、タケシと戦ったのならきっと成長しているのだろう。
……こうやって人懐っこく擦り寄ってくる姿を見る限りでは、あまりそうは思えないけれど。
「よしよし、久し振りだね。元気だった?」
「ピカ!」
「リザ!」
元気よく返事するピカチュウとリザード。息災だったなら何よりだ。
特にリザードは随分と立派になったものである。男子三日会わざれば刮目して見よという言葉があるが、この変化はまさにそれだ。
ピカチュウを抱き留めつつ、リザードの頭を撫でてやる。ああ、本当に、格好よく立派になって──。
「……いいなぁ……」
「ピカ?」
「リザ?」
ぼそりと、口をついて出た言葉に二匹が首を傾げた。
「──ううん、なんでもない。また会えて嬉しいよ」
「ピカ!」
「リザ!」
誤魔化すように言って撫でを再開すると、リザードは気持ちよさそうに目を細めた。姿は立派になっても内面はあまり変わっていないらしい。
……ボールを持っていなくて、フシギダネたちが近くにいなくてよかった。今の呟きを聞かせずに済んだから。
一瞬生まれた暗い気持ちをかき消すようにして、別の話題をレッドに振る。
「ところでレッドはいつハナダに来てたの? まさか今日じゃないよね?」
「…………昨日の夕方。しばらくはニビ近くで鍛えてて、お月見山も……色々あって時間がかかった」
「ふーん、昨日か。ならここの水中ショーは見れなかったんだね。残念」
ハナダジム四姉妹による水中ショーはレッドが到着するその前日に行われている。あまりそういったものに触れてこない人生を送っていたが、見てみるとこれが非常に楽しいものだった。
内容はサクラが主役の人魚姫のようなもので、非常に見応えのあるショーだったが、もしこれを見ようと思うとまた一ヶ月近く待つ必要がある。
観光だけならまだしも、レッドもショーのためにそこまで滞在はしないだろう。俺もバッジ巡りの最中にたまたま時期が重なっていたから観覧できただけであるし、残念ながらレッドがショーを見る機会はまた持ち越しのようだ。
それにしても色々、ね……。
「…………ところで、なんでリーフは水着なの?」
「えっ? ……あっ」
そんな会話をしていると、今度は首を傾げたレッドから当然の質問が飛んできた。
確かにジムに挑戦しに来たら妹が水着姿で現れました、なんて意味不明な状況はレッドでなくとも困惑するだろう。
最近この姿でいることが多いのと、周りが水着姿なのとで違和感を持たなくなっていた。慣れというものは恐ろしい。
「え、えーと……似合う?」
「…………?」
そして何を言うべきか迷って焦った挙句に出力されたのはそんな言葉。何を口走っているんだ俺は。レッドもそこで困惑しながら頷かないでほしい。そりゃ似合うだろうけども。
「……ごめん。そうじゃなくてカスミにポケモンの育て方を聞いたんだけど、色々あって水着の方が都合が良くなって……」
「…………?」
ますますレッドが首を傾げる。
すまんレッド。俺も自分で言ってて何言ってるんだと思った。その色々が腑に落ちないんだよな。でも一言で説明するのが難しいんだ。
「…………ぼくも水着の方がいい?」
「いや、そんなことないんだけど……ごめん、やっぱり気にしないで……」
結局その場で説明するのは諦めることにした。レッドもこのままだと『このジムでは水着姿が正解』と間違った認識になりそうだしな……いや、ある意味では間違っていないのだけども。
「あなたたち知り合いなの? 随分仲が良さそうだけど」
そうしてレッドと話していると、カスミが割って入ってきた。そうか、まだカスミには言ってなかったか。
「ごめんねカスミ。前に兄がいるって話したでしょ? それがこのレッドだよ」
「あら、そうだったのね。ふーん……言われてみれば確かに目元とか似てるかも……?」
「…………っ!」
じろじろとレッドの顔を観察するカスミ。
それはいいのだが、そんな格好で近くに寄ると
「ま、いいわ。それじゃジム戦だけど……どっちから先に始める? わたしはどっちからでも構わないわよ」
カスミの言葉にレッドと顔を見合わせる。
特に拘りも無いので、ここはタケシの時と同じようにジャンケンで順番を決めようかと持ちかけようとすると。
「ピカピカ!」
「リザリザ!」
ピカチュウとリザードがレッドに向けて何やらアピールを始めた。これはもしかして……?
「…………先に行きたい?」
「ピカ!」
「リザ!」
レッドの問いに元気よく返事する二匹。どうやらやる気十分のようだ。
「…………リーフ、いい?」
「いいよ。前回はわたしが先だったしね」
「…………ありがとう」
もちろん快く承諾する。せっかく二匹がやる気を見せているのだ。それを止める理由は無い。
「決まりね。それじゃ準備するからちょっと待ってて……と思ったけど、そんなに待たなくてよさそうね。さすがうちのジム生は優秀だわ」
カスミの視線の先にはジム戦の準備のために忙しなく動き回るジム生たちの姿があった。プールの中にも既に人は残っていないし、直にフィールドも展開されるだろう。
「さて、レッドだっけ? リーフのお兄さんみたいだけど、だからって手加減なんてしないわよ。まずはうちのジムトレーナーたちを倒してみせなさい!」
「…………!」
カスミの口調はいつもと変わらない。なのにその言葉には不思議な威厳が感じられて、俺までなんだか気圧されてしまう。
しかしレッドはカスミの放つ圧力にも屈さず、力強く頷いてみせた。瞳の奥に闘志が宿り、赤い炎がメラメラと燃え上がっていくのを幻視する。
その姿は『リーフ』の知っているものとは違うもので、俺がイメージしているレッドーー
これもタケシを倒したせいだろうか。以前までのレッドとは違うと、そう感じさせる何かがあった。
さあ、そんな成長したレッドたちの力がどんなものか楽しみになってきた。お手並み拝見といかせてもらおう。
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