リーフにTS転生しちゃったけどせっかくなので楽しみたいと思います   作:七色レインボー

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※前回の最後でリーフのジム戦が始まるように書いてましたが、話の都合上レッドがやる方がいいと思ったので書き直してます。ご了承ください。


レッドが挑戦するらしい

 プールの上に展開された半透明のフィールドで、レッドとヨウヘイが向かい合いポケモンを繰り出す。

 ヨウヘイが繰り出したのは俺と戦った時と変わらず、水色のタツノオトシゴのような姿のポケモンであるタッツーだった。

 ……理屈はカスミから聞いてわかっているが、改めて見ても宙に浮かぶタッツーというのは意味不明な光景だ。ポケモンという種の適応能力の高さが窺える。

 それはともかくとして、ここはセオリー通り『みず』タイプの弱点を突けるピカチュウで戦うべきだろう。実際レッドもピカチュウのボールを手に取ってフィールドに振り被った……のだが。

 

「…………?」

 

 不意にその動きを止めて、レッドは腰に目線を落とした。よく見ればそこに付けられたボールが小刻みに震えている。まるで『自分を出せ』と言っているように。

 

「…………わかった。いいよ」

 

 その意図を汲み取ったレッドがピカチュウのボールを引っ込め、改めて腰のボールを手に取り直してその姿を解き放つ。

 中から現れるのはもちろん──。

 

「リザァー!」

 

 炎のような赤い体のリザードが、気合いを見せつけるかのように力強く吠える。どうやら一番手はリザードに譲るようだ。

 しかしやる気があるのはいいが、この対面はリザードが不利だ。進化して強くなったとしてもタイプ相性が変わるわけではない。

 さあ、どうやって戦うつもりなのか、早速見せてもらおうじゃないか。

 

「ではマサラタウンのレッドとハナダジムトレーナーのヨウヘイ、試合開始!」

 

「へへっ! リーフちゃんにはやられたがお前には負けないぜ! タッツー、“あわ"だ!」

 

「たっつー!」

 

 審判の号令がジム内に響き渡り、先に仕掛けたのはヨウヘイだった。

 一見ただの泡に見えるものでも紛れもない『みず』タイプの技。『ほのお』タイプのリザードに直撃すれば大きなダメージを負うことは間違いない。

 

「…………“ひのこ"!」

 

「リザッ! リザァッ!」

 

 しかしリザードは小さな炎を口元に灯し、その火の粉を吐き出してその尽くを焼き払ってみせた。

 自らの弱点となる攻撃にも動じないその胆力は見事なものだ。進化を遂げて勇猛さにも磨きがかかっている。

 

「おおっ、やるな! よし、タッツーもう一度──」

 

「…………飛び込んで“ひっかく"!」

 

「リザァ!」

 

「たっ!? つぅ〜!」

 

 ヨウヘイが再び“あわ"で攻撃しようとした瞬間、レッドの鋭い指示が割り込んだ。

 相手の態勢が整う前にリザードはタッツーの懐まで急接近。素早い動きにタッツーは咄嗟に反応できず、“ひっかく"をまともに食らってしまう。

 痛烈な一撃を受けたタッツーは技を出すことができず、その隙を突いた二度目の“ひっかく"であえなくダウン。本来不利なはずの『みず』タイプのポケモンを一方的に倒してしまった。

 

「ぬおおっ!? まさか俺のタッツーが!?」

 

 頭を抱えてタッツーをボールに戻すヨウヘイ。そしてリザードはというと、俺の方を向きながら両手と尻尾をブンブンと振って喜びを表していたので、俺も軽く振り返しておく。……可愛いなぁ、もう。

 さておき、不利な相性をノーダメージで覆されたという事実はヨウヘイにも少なからず精神的なダメージを与えただろう。初心者トレーナーであればここで動揺の一つも見せそうなのだが。

 

「いや、まだだ! お前のリザードは物理攻撃が得意と見た! いけ、シェルダー!」

 

「しぇる!」

 

 そこは流石にジムトレーナー。ヨウヘイの立て直しは早く、次に繰り出したのは紫色の二枚貝のような姿をしたシェルダーだ。

 シェルダー自体には詳しくないが、進化形のパルシェンの防御種族値が180もあることを考えれば、進化前のこのポケモンも物理耐久は相応のものがあると予想できる。

 実際、フシギダネの“つるのムチ"でも一発は必ず耐えてきたほどだ。弱点を突いてそれなのだから、普通の物理攻撃で突破を考えるとどうなるのかは推して知るべし。

 

「さあ、こいつの防御を破れるかな!? シェルダー、“かたくなる"だ!」

 

「しぇるっ!」

 

 更に防御を固めるため、シェルダーは自らの貝殻を硬化させる。これでいよいよ力押しでは倒すのが困難になってしまった。

 だがそれはあくまでも物理防御の話。

 

「…………戻って、リザード。いけ、ピカチュウ」

 

「ピッカァ!」

 

「あっ」

 

 レッドは冷静にリザードを戻し、特殊攻撃かつ『でんき』技を得意とするピカチュウを繰り出して“でんきショック"を指示する。

 見た目通りに動きが鈍いシェルダーはその攻撃を避けることができず、電撃に焼かれて一撃で倒された。

 

「そこまで! 勝者、マサラタウンのレッド!」

 

「…………よくやった、ピカチュウ」

 

「ピッカ! ピーカー!」

 

 試合終了が宣言されてレッドの勝利が決まると、先程のリザードと同じくピカチュウも小さな体で跳ねながら手を目一杯に振ってこちらに笑顔を見せてくる。なんなんだこいつら、可愛すぎるだろ。もう俺の手持ちになれよ。

 そのままの勢いで二人目のトレーナーであるコズエのトサキントも同じく“でんきショック"で一撃KO。意外なほどにすんなりとジムトレーナー戦を突破してしまった。

 正直なところ、最後に見たレッドの戦いがニビジムでの苦戦だったのでそれに近いものを想像していたのだが、今回はいい意味で裏切ってくれた。

 尤も、ニビジムはあの時点でのレッドと致命的に相性が悪かったのも大きな要因ではあるが。

 

「へえ、なかなかやるじゃない。いいわ、合格よ。このまま望むなら挑戦を受けてあげるけど、どうする?」

 

「…………」

 

 カスミの問いにレッドがこちらを向く。

 ここで連戦をする必要は無いし、ポケモンがダメージを負っているのなら回復装置を使ってもいい。だがリザードもピカチュウもここまでほぼノーダメージだ。

 ならばここで勢いを止めなくてもいいだろう。俺は小さく頷いて、レッドの戦いを見守ることにした。

 

「…………挑戦、お願いします」

 

「ふふ、わかったわ。ならルール説明をしておくわね。わたしが使うのは二体。ポケモンの交代は挑戦者(チャレンジャー)のみ。どちらかのポケモンが全て戦闘不能になるか、降参を宣言したところでバトル終了。いい?」

 

「…………」

 

「よし。それじゃ始めるわね」

 

 レッドがこくりと頷いたのを見て、カスミが移動する。

 俺はこれまでジムでトレーニングをさせてもらっていたが、実のところカスミがバトルしているところはほとんど見ていない。

 基本的には俺に付き合ってもらっていたし、バトルの時間も他人の試合を見て軽いアドバイスをするくらいだったからだ。

 だからカスミがどんなバトルをするのか、そしてレッドはカスミを相手にどう戦うのかが見れるこの試合は本当に楽しみだ。

 

「ねえレッド。あなたはポケモン育てる時、何かポリシーはある?」

 

「…………?」

 

 定位置についたカスミが不意に投げかけた質問に、レッドは怪訝そうに首を傾げる。その表情はカスミの意図を測りかねているようだった。

 

「わからないって顔してるわね。いいわ、教えてあげる。ポケモン育てるにも、ポリシーのあるやつだけが上に行けるの。あなたはポケモン捕まえて育てる時、何を考えてる? わたしのポリシーはね──」

 

 ボールを取り出し、そして構えて。

 

「──『みず』タイプポケモンで、攻めて攻めて……攻めまくることよ!」

 

 カスミの溌剌とした声がジム内に響き渡り、バトルの火蓋が切って落とされた。

 

「行きなさい、ヒトデマン!」

 

「ヘアッ!」

 

「…………っ! 行け、リザード!」

 

「リザァッ!」

 

 お互いにフィールドにボールを投げ入れる。

 レッドの先発はリザードのようだ。てっきり最初はピカチュウを出すものかと思っていたが、まずは温存する作戦らしい。どういう意図があるにせよ、リザードの活躍に期待だ。

 対するカスミが繰り出したのは、五芒星の形をしたヒトデのような姿に、中心部分に赤く光る丸いコアを持ったヒトデマンだ。

 ポケモン全体で見ても中々独特な姿をしていると思うが、妙に特徴的な鳴き声が印象に残り、コアなファンも多い印象がある。

 

「先手必勝! ヒトデマン、“みずでっぽう"よ!」

 

「ヘアッ!」

 

「…………避けて、リザード!」

 

「リザッ!」

 

 カスミの指示が飛び、ヒトデマンの頭部から水流が勢いよく放たれるが、リザードは見事な身のこなしでひらりと躱した。

 先程タッツーに急接近した時も感じたが、やはりリザードになったことで身体能力が大幅に上昇しているようだ。

 あの“みずでっぽう"の弾速は決して早くないし範囲も狭い。今のリザードならそうそう当たることは無いだろう。

 

「なるほど、単発じゃ当たらなそうね。それならヒトデマン、連続で“みずでっぽう"よ! 数撃ちゃ当たるわ!」

 

「ヘアッ! ヘアッ! ヘアァッ!」

 

「リザッ!? リ、リザッ! リザァッ!」

 

 だがカスミは何を変えるわけでもなく、それどころか更に攻めを加速させた。

 一見ただの力押しに見えるが効果的な一手だ。単発であれば楽に避けられる攻撃でも連射されると話は変わる。

 一発受ければ大ダメージ確実の攻撃の嵐に、リザードは避けることで精一杯。動きはどんどん大きくなり、焦りが滲み始めていた。

 このままではスタミナも必要以上に消費してしまうし、被弾してしまうのも時間の問題だろう。

 

 これがカスミの戦い方か。相手に反撃の隙を与えず、一気に押し切ろうというスタイルはまさに怒涛。彼女の勝ち気な性格がバトルにも表れていると言えるだろう。

 

「…………大丈夫。落ち着いてよく見て。今の君なら避けられるはず」

 

「リ、リザッ!」

 

 そんなカスミとは対照的に、レッドは静かな声でリザードに指示を送った。

 そう。落ち着いて観察すればヒトデマンの攻撃は正確さに欠け、ただ技を連射しているだけだとわかるのだ。

 目の前の危機に振り回されず、戦場全体を見て情報を集め、それを元に必要な指示を出す。それはトレーナーに必要な能力の一つだ。

 

 グリーンは既に高いレベルで持っていた能力だが、レッドにもその片鱗が芽生え始めている。ポケモンはもちろん、トレーナーとしてのレッドの成長も感じられる瞬間だ。俺はそれを嬉しく思う。

 レッドの声で荒れた動きになっていたリザードも徐々に落ち着きを取り戻し、避け方に無駄が無くなっていく。

 そして生まれた余裕が反撃の一手へ繋がった。

 

「…………! そこだっ!」

 

「リザァッ!」

 

 攻撃の合間を縫うようにしてリザードが走り抜ける。

 みるみるうちに距離を詰めたリザードが硬く握った拳を引き絞り、真っ赤なコアを目掛けて一気に振り抜いた。

 

「──“メガトンパンチ"!」

 

「リザァ──ッ!」

 

「ヘアッ!? ヘアッ──ッ!?」

 

 強烈な一撃がヒトデマンを貫き、大きく吹き飛ばされた体がフィールドを二度三度とバウンド。

 コアが弱々しく数回瞬き、一瞬起き上がる素振りを見せたものの、すぐに倒れてぴくりとも動かなくなった。誰が見ても明らかな戦闘不能だ。

 

「リザァーッ!」

 

 リザードが歓喜の咆哮を上げる。そしてまたもや俺の方に向かって両手をブンブンと振ってアピールしてきた。……俺じゃなくてレッドにしてやれよ、可愛いけども。

 さておきあのリザード、“メガトンパンチ"を覚えていたのか。ということは……レッドもあの格闘王に絡まれたんだな。その上で技を習得させてもらっていたと。

 ゲームでもヒトカゲ、ないしリザードでハナダジムを突破しようと考えるなら実際に使う手だ。偶然なのか狙っていたのか、どちらにせよ『みず』タイプを相手に戦える技を持っていたのは見事だ。

 

「リザード、カッコイイよー」

 

「リザッ!? リザァ〜!」

 

 少し褒めてやるとリザードが嬉しそうに身をくねらせる。

 チョロいやつだなあいつ、なんて思っていたらレッドが腰のボールを押さえ付けていた。

 おそらくはピカチュウが自分も出せと中で暴れているのだろう。まあハナダジムはピカチュウの活躍場所でもあるからな。その気持ちはわからなくもない。

 ……にしても相当暴れてるな。そこまでバトル好きだっただろうか。それともタケシ戦でバトルの楽しさに目覚めた、とか? 

 うーん、わからない。まあいいか。

 

「へえ、“メガトンパンチ"ね。いい技持ってるじゃない」

 

 ヒトデマンをボールに戻しながら感心したように言うカスミ。その表情はどこか楽しげだ。

 

「リザ、リザリザ!」

 

 そんなカスミに対してリザードは褒められて気分を良くしたのか、調子に乗って手の平を上にし挑発の仕草を取る。

 進化して頼もしくなっているが、同時に傲慢さも生まれているらしい。そういうのは良くないぞ。

 

「…………ごめんなさい」

 

「いいわよ、これくらい可愛いもんだわ。でもちょっとお仕置きが必要かしらね。まだバトルは終わってないわよ! 来なさい、マイステディ!」

 

「フウッ!」

 

 リザードの代わりにレッドが謝るが、カスミは大して気にした様子もなく、ついにエースを繰り出した。

 紫色の五芒星を二枚重ねたような姿に、八角形の赤い宝石のようなコアを持ったヒトデマンの進化形、スターミーだ。

 このポケモンも図鑑説明が妙に印象的なので記憶に残りやすいのだが、初代やFLRGをプレイした人間なら記憶に刻まれているのはそこではなく、ただただシンプルなその強さだ。

 

「さあ行くわよ! スターミー、“スピードスター"!」

 

「フウゥッ!」

 

「…………! 避けて、リザード!」

 

「リザッ!」

 

 スターミーのコアが妖しく輝き、無数の星型の弾丸を生み出してリザードへと放った。

 弾速は先の“みずでっぽう"よりやや速いが、それでも避けられないものではない。レッドの指示通りリザードは軽やかに跳び、星の奔流を躱した──かに見えた。

 

「甘いわね!」

 

「…………っ!? リザード、後ろ!」

 

「!? リ、リザッ!」

 

 完全に避けたはずの“スピードスター"がUターンし、リザードの背後から襲いかかる。

 レッドの叫びに反応したリザードは危ういところで回避に成功したが、星の弾丸はまるで意志を持つかのようにリザードへと追い縋った。

 

「…………くっ! “ひのこ"だ!」

 

「リザ! リーザァ!」

 

 逃げ切れないと判断したのか、レッドが迎撃を選ぶ。リザードの口から“ひのこ"が飛び、“スピードスター"を相殺していく。

 ぶつかり合った技の残滓がキラキラとした光となり、空気に溶けて消えていく様を見てどこからか感嘆の声が漏れ出たのが聞こえた。

 

「あら、惜しいわね。もう少しだったのに」

 

 カスミはそう言うが、言葉に反してまだまだ余裕が伺える。対するレッドはリードしている状況だと言うのに、その表情は穏やかではない。

 先程倒したヒトデマンとは格が違うことを今の攻防で悟ったのだろう。緊張した面持ちで赤の帽子を被り直していた。

 

「…………気を付けて、リザード。あの技、追尾してくる」

 

「リザ!」

 

 レッドも最初は知らないようだったが、流石に今ので気付いたらしい。

 これが“スピードスター"という技の特性だ。ゲーム内では必中技というカテゴリに属し、その名の通りごく一部の特殊な状態を除いて必ず相手に命中する技である。

 流石に現実ではそこまでのチート性能ではないものの、ある程度の追尾性能を有しているため、半端な避け方では当たってしまうのが厄介な技だ。幸い威力は高くないので、適当な技をぶつければ相殺できるのが救いか。

 

「どんどん行くわよ! スターミー、もう一度“スピードスター"!」

 

「フウゥッ!」

 

 再び星の弾がリザードに殺到する。しかも今度は正面から放つだけの単純な軌道ではなく、追尾性能を活かして四方八方から曲線を描くように襲いかかる形だ。

 これは……範囲が広すぎて“ひのこ"じゃ相殺し切れない。かといって避けるのもほぼ不可能。何もしなければ確実に当たる。

 

「…………リザード、“メタルクロー"!」

 

「リザァ!」

 

 リザードが硬化した両爪を振り回し、星型弾を次々と叩き落とす。どうにか被弾を防いでいるが、このままではジリ貧になるのは明白だ。何か手を打たなければならない。

 

「ほらほらどうしたの!? 守ってばかりじゃ勝てないわよ!」

 

 カスミの挑発的な声が響く。しかしレッドの表情に焦りの色は無く、帽子の奥の瞳は何か突破口を探っているようだった。

 スターミーがやや優勢な膠着状態が続く中、ついにレッドが反撃に打って出る。

 

「…………リザード、正面だ!」

 

「! リザアァ!」

 

 驚くべきことに、レッドが下した判断は正面突破だった。星の弾幕が迫る中、リザードは爪を構えて迷いなく突進していく。

 やけくそのような無謀にも思える作戦。しかし案外理にかなっているかもしれない。

 あの“スピードスター"は孤を描くように飛んでくるため、真正面から突っ込むことで被弾するリスクはむしろ下がる。

 更に言えば攻撃範囲を広げた代わりに弾幕そのものの密度は薄く、どこか一箇所をこじ開けてしまえば、そこがそのままスターミーへの道となるのだ。

 

 星を切り裂きながらリザードが突き進む。時折捌き切れなかった星に被弾しながらも、怯むことなく猛烈な勢いでスターミーの元へと迫っていく。

 そうしてようやくスターミーを射程圏内に捉えたリザードが、右手を硬く握り締めた。

 

「…………“メガトンパンチ"!!」

 

「リザァァァッ!!」

 

 雄叫びを上げながらリザードが拳を振りかぶる。赤い宝石を思わせるコアを撃ち抜こうと、渾身の力をその一撃に込めて。

 

「──かかったわね?」

 

「…………っ!?」

 

 カスミが薄く笑う。それはまるで罠にかかった獲物を見るかのような目だった。

 

「…………っ、そのままいけ、リザード!」

 

「ザアッ!」

 

 レッドの声に焦りが滲む。今更引くことはできない。ならばせめて何かされる前に先に攻撃を当てる。そんな思惑が彼らの表情から見て取れた。

 だが相手は百戦錬磨のジムリーダーだ。おそらくは既に何かしらの作戦に嵌められている以上、その術中から逃れることはできない。

 スターミーのコアがギラリと輝く。

 

「スターミー、“バブルこうせん"!」

 

「フウゥッ!!」

 

「リザッ!? リザァ──ッ!?」

 

 完璧なタイミングで放たれたそれは、リザードに回避も防御も許さなかった。威力も規模もその威力も規模も“あわ"とは比較にならず、リザードは泡に呑まれていく。

 等倍で受けても二発で落とされかねないその攻撃を『ほのお』タイプのリザードが耐えられるはずがない。審判の判定を待つまでもなく、リザードは戦闘不能に陥っていた。

 

「…………くっ、戻ってリザード。よく頑張った」

 

 リザードを労いながらも、悔しそうな表情でリザードをボールに戻すレッド。

 せっかく苦労してスターミーの目前まで辿り着いたのに攻撃が届かなかったのだ。その心中は察するに余りある。

 しかし今の反撃、咄嗟に行ったにしてはタイミングが完璧すぎる。最初から想定していたとしか思えない動きだった。一体どうやってリザードの動きを読んだのだろうか。

 

「ふふん。あなたとリザードなら“みずでっぽう"を潜り抜けて来たように、“スピードスター"でも同じようなことをすると思ったわ。弾の薄いところを作ってやれば、そこを狙って動いてくるってね」

 

 カスミが腰に手を当てて得意気に解説する。なるほど、弾幕の密度を薄くしたのはわざとだったのか。

 レッドがその隙に気付き、正面突破を選ぶことを見越した上で、ルートを制限してカウンターのタイミングを整えた。

 変則的な攻撃は相手を誘い込む魅せ札で、リザードはその術中にまんまと嵌ってしまったわけだ。

 

 こうして見るとカスミの実力が改めて侮れないものだとわかる。攻撃に偏っているかに見えて、相手の実力を加味して自分の戦略に組み込む柔軟さも持ち合わせている。カントーの中でも最年少でジムリーダーになったその実力は伊達ではない。

 

「さあ、次のポケモンを出しなさい。それとももう諦める?」

 

「…………いいや。まだまだこれから」

 

 そうだ。策に嵌められたとはいえ、まだレッドの負けが決まったわけじゃない。むしろ『ほのお』タイプのリザードがスターミーの情報まで引き出したのだから大健闘と言えるだろう。

 

「…………頼んだ、ピカチュウ!」

 

「ピッカァ!」

 

 ピカチュウがフィールドに飛び出し、頬からパチパチと電気を放出する。

 小さな体に大きな闘志。ここが踏ん張りどころだ。頑張れレッド、ピカチュウ。

 

「…………ピカチュウ、“でんこうせっか"で撹乱だ!」

 

「ピカ!」

 

 お互い二匹目。先に動いたのはレッドだった。

 ピカチュウの武器であるスピードを活かして戦うつもりなのだろう。すぐに攻めにいかないのは、先程のようにカウンターを合わせられることを危惧してか。

 ともあれ、あれだけ早く動けば狙いを付け辛いだろうし、“スピードスター"ですら振り切れるはずだ。

 

「ふーん、スピード勝負ってワケ? いいわ、乗ってあげる! スターミー、“こうそくスピン"!」

 

「フゥッ!」

 

「…………なっ……!?」

 

「ピカ──ピカッ!?」

 

 そんなピカチュウに対し、カスミは真っ向から勝負を挑んできた。

 ギュララララッ! とスターミーがまるでコマのように猛回転を始め、フィールドを高速で移動する。

 その速度たるや、“でんこうせっか"を発動しているピカチュウと遜色無いほど……どころか、みるみるうちにその距離を縮めていく。

 おいおい、そんなのアリかよ。

 

「驚いてる暇なんて無いわよ! スターミー、そのまま“スピードスター"!」

 

「フウゥッ!」

 

 回転しながら星の弾丸が乱射される。

 普通あんな状態で技を撃っても狙いなんて付けられないだろうが、追尾性能を持つ“スピードスター"なら話が別だ。本人が狙わずとも、弾が勝手に標的を追ってくれる。

 

「…………くっ、ピカチュウ“でんきショック"だ!」

 

「ピーカチュウ! ──ピカッ!?」

 

 ピカチュウが反転して星の弾丸を電撃で撃ち落とす。しかしその直後、後ろから回転しながら迫るスターミーにピカチュウが弾き飛ばされた。

 この勝負、一見すればピカチュウが有利なように思えるが、実のところ完全に有利というわけでもない。

 もちろん技を当てさえすればピカチュウが勝つのだが、ピカチュウの耐久が低いので逆に技を当てられると一気にピンチになってしまうのだ。

 

「…………ピカチュウ、大丈夫?」

 

「ピカピカァッ!」

 

 ピカチュウが手を上げてまだやれることを示す。

 今みたいに“こうそくスピン"だったり“スピードスター"であればまだいいが、“バブルこうせん"を受けてしまえば一撃でやられてもおかしくない。

 やるかやられるか。これはそういうカードなのである。

 

「…………よし。ピカチュウ、“でんきショック"だ!」

 

「ピカ! ピーカチュウ!」

 

「あら、今度は力比べね。いいわよ、受けて立つわ! スターミー、“バブルこうせん"!」

 

「フウウゥッ!」

 

 お互い動き回るのをやめて、その場で技を放つ。電気と泡がぶつかり合い、幻想的な光景を生んだ。

 そんな数秒の拮抗の末──打ち勝ったのはスターミーの方だった。

 

「ピカ!? ……ピカ──ッ!?」

 

「ピカチュウ!」

 

 ピカチュウが無数の泡に呑み込まれ、レッドが悲鳴じみた声を上げる。

 元よりスターミーはピカチュウよりも圧倒的に高い種族値を誇る*1。更に言えば技の威力も“バブルこうせん"の方が上。

 如何に相性で有利を取れていたとしても、能力と技威力に差があれば押し切られるのはピカチュウの方だ。

 

「……ピ……カ……」

 

 それでも、ピカチュウはなんとか立ち上がった。完全にとはいかずとも、いくらか技威力を減衰できていたのが功を奏したか。

 だがフラフラの状態に変わりは無い。体力は既に危険域に突入しており、次に何か食らえば戦闘不能は免れないだろう。

 

「…………まだだ。まだやれる……!」

 

「ピ……カァ……!」

 

 されど彼らは諦めない。立つのがやっとの状態だとしても、最後まで抗うことをやめない。

 その不屈の姿を目の当たりにしたカスミは、ふっと柔らかな笑みを浮かべた後──すうっと目を細めた。

 

「……そう。ならわたしも無粋なことは言わないわ──最後まで、全力でいくわよ!」

 

 カスミの凛とした宣言にレッドが帽子を被り直し、真っ直ぐ前を見据える。ピカチュウが頬から放電を開始する。

 避ける体力は残っておらず、“でんきショック"も既に破られている。それでも彼らの心は折れず、最後の一滴まで振り絞る覚悟を決めていた。

 

「スターミー、最大パワーで“バブルこうせん"!」

 

「フウゥ──ッ!!」

 

「ピカチュウ、全力で“でんきショック"!」

 

「ピ──カァァァ──ッ!!」

 

 互いに叫び、これまでに無い規模の“バブルこうせん"がピカチュウの“でんきショック"と激突した。

 フィールドの中央で電撃と泡が煌めき弾ける。観客席の方から息を飲む声が聞こえ、誰もがその壮絶なぶつかり合いに目を奪われた。

 しかしやはり能力差は如何ともし難く、徐々にピカチュウ側が押され始める。

 

「…………頑張れ、ピカチュウ!」

 

「ピ……カ……ァ……!」

 

 相手の力に対抗するため、ピカチュウが更に電圧を上げる。しかし傷付いた体には(こた)えるようで、目を閉じ歯を食いしばって必死に体を持たせていた。

 

「頑張るわね。でも──これで終わりよ! スターミー!」

 

「フゥゥ!」

 

 ただでさえピカチュウが押し負けかけていたのに、“バブルこうせん"が更に圧力を増した。

 瞬間、一気に拮抗が崩れる。電撃が泡に押し返されていく。

 

 ──これは、流石にもう……。

 

 そんな諦めの言葉が脳裏に浮かんだ時、俺の目がピカチュウから立ち上る何かを捉えた。

 それはいつか見た黒いモヤのような何か。あの時のものよりもかなり希薄だが、電撃とは違う何かがピカチュウを包み込んでいるように見える。

 

「チュ……ウゥ……!」

 

「……! まさか、押し返して……!?」

 

 カスミの顔に驚愕が浮かぶ。

 それもそのはず、押されていたはずの“でんきショック"が息を吹き返していく──どころか、今度は逆に押し返し始めたのだから。

 際限無く強まり続ける電撃は最早“でんきショック"の域ではない。そう、あれはもう──。

 

「ピィ……カァ……チュウゥゥゥ──ッ!!」

 

 そうして一際大きく絶叫したピカチュウの電撃が、ついに泡の奔流を打ち破った。

 そのまま勢いは止まらず、凄まじい威力となった“でんきショック"──いや、“10まんボルト"がスターミーに襲い掛かり──。

 

「フウゥ!? フウゥ──ッ!?」

 

 雷鳴にも似た轟音を響かせながらその体を呑み込んで、一瞬で焼き付かせた。

 焼け焦げた体から煙を発し、スターミーの体がぐらりと揺れて倒れ伏す。

 結果は──確認する必要も無いだろう。明らかな戦闘不能だ。

 対するピカチュウは本当にギリギリだが、まだその足でしっかりと立っている。ということは──。

 

「す、スターミー戦闘不能! よって勝者、マサラタウンのレッド!」

 

 審判の高らかな宣言。激闘の末、ここに勝者が決定した。

 

「…………やった……やったぞ、ピカチュウ!」

 

「ピ……カ……! チュウ……」

 

「…………! ピカチュウ!」

 

 レッドが歓喜の声を上げる。しかしその直後、糸が切れたかのようにピカチュウがパタリと倒れた。

 俺の頭に一瞬嫌な想像が浮かぶ。レッドが慌ててピカチュウを助け起こして名を呼んだ。

 そうして──。

 

「……ピッカ。ピカチュウ」

 

 弱々しいながらも確かな返事をしたピカチュウを見て、レッドが安心したようにふっと表情を和らげた。よかった。どうやら大事無いようだ。

 ほっと胸を撫で下ろしていると、遅まきながらにそこかしこで歓声が湧いているのに気付いた。『あいつやるな』とか『凄い電撃だったね』といったような声が耳に入ってくる。

 そんな祝福ムードの中、ピカチュウを抱いたレッドの元へとカスミが歩み寄って軽い会話を交わしていた。

 

 ──やったな。レッド、ピカチュウ。

 

 胸中で祝福の言葉をかける。しかしその一方で謎のモヤのことが引っかかり、手放しで彼らの勝利を喜べない自分もいた。

 今はもう見えないが、あれは一体なんだったのか。非常に気になるのだが、あの二人や観客の様子を見る限りモヤに気付いた様子は無い。

 それならば余計なことを言って勝負にケチを付けるようなことはしない方がいいのではないか。レッドを不安にさせたくないし、俺の気のせいならそれに越したことはないのだが……。

 

 話すべきか、黙っているべきか。誰かに相談したい気持ちもあるが、その相手がいない。

 複雑な心境のまま、俺はレッドがブルーバッジを受け取るのを見届けた。

*1
ピカチュウが合計320に対してスターミーは520。『とくこう』の数値だけで比べても50と100であり、倍の差がある。




ポケポケ楽しすぎて遅れた
廊下に立ってた人ごめんね
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