リーフにTS転生しちゃったけどせっかくなので楽しみたいと思います 作:七色レインボー
レッドのジム戦が決着したその後のこと。
俺とレッド、そしてカスミはポケモンセンターへやって来ていた。
「ごめんねリーフ。せっかく待っててもらったのに」
「ううん、大丈夫だよ。無理させるのも良くないもんね」
申し訳なさそうに手を合わせて謝るカスミ。というのも、俺のジム戦は明日まで待つよう言われたからだった。
どうしてそんな話になったのかと言うと、原因はピカチュウが最後に放った電撃でスターミーが予想以上のダメージを受けていたからだ。
実はジムに備え付けられている回復装置は簡易版ともいえる代物のようで、軽い傷なら十分完治させられるのだが、あまりに大きなダメージは回復し切れないらしい。
確かにあの電撃は凄まじい威力だったが、まさかそこまで大きな痛手を負わせていたとは思わず、スターミーの容態はそんなに深刻なのかとカスミに尋ねてみたところ。
『あら、心配してくれるの? ありがとう、でも大丈夫よ。すぐにバトルするのが無理ってだけで、命に別状は無いから』
と、明るく答えてくれた。
話を聞いた瞬間は血の気が引いたが、大事には至らなそうで少し安心した。ゆっくり休んでまた元気な姿を見せてもらいたいと思う。
ともあれ、そういう事情で俺のジム戦は一旦お流れになったのだ。元より急ぐ旅というわけでもないし、一日二日待つくらいはなんでもない。
それに──。
「…………」
「レッド、心配?」
「…………うん」
ソワソワして落ち着かない様子のレッドに声を掛けると、俯きながら小さく頷いた。
カスミのスターミーはもちろんなのだが、ヒトデマンやリザード、そしてピカチュウも現在はこのポケモンセンターで治療を受けている。
中でもピカチュウはスターミーのように大きな外傷があるわけではないが、如何せん消耗が非常に激しくバトルの直後にすぐに倒れてしまい、歩くことすらままならないという状態に陥っていた。
カスミは強力な電撃を撃った反動が来ているんじゃないかと言っていたが、実際のところは検査を受けてみないとわからない。
謎のモヤのこともあるし、まずは専門の機関で診てもらうのが先決だと思った。
それにあんな状態のピカチュウを見てしまっては、仮にジム戦を行ったとしても集中できなかっただろう。だからカスミの申し出は俺にとってはむしろ有難い。
そうしてソファに腰掛けて治療が終わるのを待っていると、おもむろにカスミが口を開いた。
「それにしても、あのピカチュウ凄かったわね。まさか“バブルこうせん"が押し返されるとは思わなかったわ」
「…………うん、凄かった。ぼくもピカチュウにあんな力があるなんて知らなかった」
「ふふ、想像以上の力を発揮したってことね。びっくりした?」
「…………うん」
レッドが小さく答える。その声には戸惑いが混じっていた。
そもそもあの時レッドは“でんきショック"を指示していたのに、実際に出たのはそれを遥かに凌駕する威力の“10まんボルト"だ。
カスミは当然のことながら、レッドたちにとっても予想外の一撃だったということだろう。
「そうよね。でもああいうことって、実はそんなに珍しいことじゃないのよ。ほら、よく絆の力だとか言うじゃない? トレーナーとポケモンの信頼関係が強いと、たまにああいうことが起こるのよ」
「…………信頼……関係……」
「そう。トレーナーがポケモンを想うように、ポケモンもトレーナーの気持ちに応えようと全力を尽くす。その関係性こそが限界を超えた力を生み出すのよ」
確かにそういう力もあるのだろう。レッドとピカチュウの間にある絆は俺にもわかるし、それを疑う余地は無い。
だけど……。
「……じゃあ、ピカチュウのあの力は絆が生み出したものだってこと?」
「わたしはそう思うわ。まあ、それにしてもちょっと強すぎるような気もしたけどね。“バブルこうせん"を押し返した上でスターミーにあんなダメージを与えるなんて、よほど能力差がないと起こらないはずなんだけど……」
俺の問いにそう答えつつも、カスミは不思議そうに首を傾げた。
どうやらあのパワーについてはカスミなりに理由を付けているようだが、それでも違和感を持っているらしい。
そこまで気付いているのならピカチュウを包んだモヤにも言及しそうなものだが、何故かそこに触れる気配は無い。
となると、やはりあれは俺の気のせいや錯覚という可能性の方が高いが……まあそれも検査の結果を待ってから判断するべきだろう。
もしかしたらポケモンセンターなら何か異常が見つかるかもしれないし。
『レッドさん。カスミさん。受付までお越しください』
「…………!」
「あ、呼ばれたね──って、待ってよレッド!」
なんて考えていると、ようやくレッドの名が呼ばれた。
弾かれたように立ち上がったレッドが足早に受付へと向かい、その様子を見て俺とカスミも慌てて後を追う。
そうして受付に着くと、カルテを手にしたジョーイさんが笑顔で出迎えてくれた。
「はい、レッドさんとカスミさんですね。検査の結果が出ましたのでお伝えいたします」
言ってジョーイさんがカルテのページに指を沿わせ、心地よく柔らかな声でその内容を読み上げ始めた。
「まずカスミさんのスターミーですが、大きな火傷は見られるものの、他に目立ったダメージは無かったので明日には完治する見込みです。後遺症もありませんので、また明日引き取りに来ていただければと思います」
「はい、ありがとうございます」
その説明を聞いてカスミがほっと息を吐き、安堵の表情を浮かべた。
先程聞いた時は大丈夫だなんて言っていたが、内心は気が気じゃなかったのだろう。きっと俺たちが変に気負わないよう、あえて明るく振舞ってくれていたのだ。
その気遣いに心が温まる一方で、少しの申し訳なさも湧いてくる。改めてカスミという人間の芯の強さと優しさを感じた。
「次にレッドさんのピカチュウですが──」
「…………はい」
レッドが背筋を伸ばし、緊張の面持ちでジョーイさんを見つめた。ジョーイさんはカルテのページを捲り、次の言葉を紡ぐ。
「大きな外傷はありませんが、極度の疲労に加えてエネルギーの枯渇が見られます。本来扱える以上の強い電撃を放ったのでしょうね。その反動で電気袋が疲弊してしまい、電気を作ることができなくなっているようです」
「…………!」
レッドが顔を強ばらせ、服の裾をギュッと握った。何かを言おうとして口を開き、しかし言葉に詰まる。
「あの、それって大丈夫なんですか?」
そんなレッドに代わり、俺が質問を投げかけた。
まさか電気を作れなくなるほど消耗していたとは思わなかった。尤も、今思えばそれくらいの反動があってもおかしくないくらいの威力ではあったが。
もしもピカチュウが今後も電気を使えなくなったら。そんな不安が頭に浮かんだのを振り払い、次の言葉を待っていると。
「──はい、ご安心ください。電気を作れないと言っても一時的なものですので、十分な休息を取れば数日ほどで回復します。その間は激しいバトルやトレーニング等を控えていただければ大丈夫ですよ」
俺たちを安心させるように穏やかに微笑んで、そう答えた。
「……だってさ。レッド、よかったね」
「…………うん」
肩の力がすっと抜ける。知らず握り締めていた拳から汗が滲んでいたのに気付いた。
視線をレッドの方へ移せば、まだ硬さの残る表情であったが、先程よりはほっとした様子が伺える。
とにかく、ひとまずは安心して良さそうだ。
「では検査の報告はこれで以上ですが、他に何か聞きたいことはありますか? 無いようでしたらスターミー以外のポケモンたちはお返しいたします」
「……あれ? ピカチュウもいいんですか?」
安堵している最中に聞こえた、ジョーイさんのそんな言葉に思わず聞き返してしまう。
ついでに預けていたリザードやヒトデマンはともかく、ピカチュウはまだ全快していないような話ぶりだったと思うのだが。
「はい、大丈夫ですよ。電気を作れないのは電気袋の酷使が原因なのですが、回復に必要なのは充分な休息と栄養なのでセンターの設備を使う必要は無いんです。もちろんご希望でしたらこのままお預かりしてもいいのですけど、どうしますか?」
レッドと顔を見合わせる。どうせなら回復は早い方がいいが……。
「このまま預けてれば回復が早くなる……ってわけでもないんですよね?」
「そうですね。センターに預けてもらっても安静にして待つだけなので、劇的に回復が早まるわけではありません。それよりはトレーナーの元にいる方がリラックスできるでしょうし、回復にはそちらの方が効果的かと思います」
俺の質問にそう返すジョーイさん。
まあ返すと言われてからなんとなく予想はしていたが、やはりそういうことらしい。
レッドは少し悩んでいるようだったが、やがて決意が固まったのかジョーイさんを真っ直ぐ見つめて。
「…………わかりました。引き取ります」
はっきりとそう答えた。
その姿を見てジョーイさんがふわりと微笑み、カルテを閉じる。
「はい、わかりました。それではすぐにボールをお持ちしますね」
「あっ、すみません。ちょっと待ってください」
言ってジョーイさんがボールを取りに奥に行こうとしたが、それを俺が引き止める。
まだ一つだけ聞きたいことが残っていたからだ。
「はい、どうしましたか?」
「あの……検査した時にピカチュウに何か変わったところは無かったですか? それこそ電気袋に何か異常があったりとか……」
「変わったところ……ですか? そうですね……こちらでは今お伝えした以上の検査結果は見られませんでしたが……」
ジョーイさんがもう一度カルテを開き、見直すようにパラパラとページを捲る。しかしやはりこれといった異常は見つからないようで、電気袋の件以外は至って健康体とのことだった。
ピカチュウのあのパワーや消耗はあの謎のモヤが関係しているのではと思っていたのだが……。
「何か心当たりがあるんですか? 気になるようでしたら精密検査をすることもできますよ。その分お時間をいただくことになりますが」
そんな提案を受けて少し考える。
本音を言えばしてもらいたいところだが、具体的にどのくらい時間がかかるものなんだろうか。
「あの、それってどれくらいかかるんですか?」
「そうですね。検査自体は一時間程度で終わるのですが、結果が出るまで一週間ほどかかるかと思います」
「一週間……ですか……」
返ってきた答えは長すぎるわけではないが、決して短くもない期間だった。
これが俺の手持ちならいくらでも預けるが、ピカチュウはレッドのポケモンなのでそういうわけにはいかない。
レッドはハナダシティに訪れた大きな目的の一つであるジム戦を終えているわけだし、仮にこの話を受けるとしても、このためだけに一週間もハナダに留まってもらうというのは気が引ける。
何より現段階でも必要な検査は十分に行っているはずで、それでも何も見つからなかったのだから、おそらく精密検査をしても結果は変わらない気がする。
それに俺の判断なんかよりも、ジムリーダーであるカスミの目とポケモンセンターの検査結果の方が正しいに決まっているのだから、やはりおかしいのは俺の方だと受け止めるのが妥当だ。
ならば確かな根拠も無いのに不安を煽るようなことを言うべきじゃない。ここは引き下がっておくべきだろう。
「すみません、やっぱり大丈夫です。ありがとうございます」
「そうですか? 気になることがあればいつでもお申し付けくださいね。それでは他に何か聞きたいことはありますか?」
ジョーイさんの言葉を聞き、三人で顔を見合わせて頷く。どうやら質問は無さそうだな。
「大丈夫です。お願いします」
「はい、わかりました。ピカチュウに関しましては、軽いマッサージのやり方もお教えしておきますので、是非やってあげてください。それではボールを取ってきますね」
そう言ってジョーイさんは今度こそ奥に引っ込んで行った。
ともあれ、全員無事に回復しそうで何よりである。これで俺も明日のジム戦に集中できそうだ。
「さて、これで用事は終わりね。二人共、この後予定はある?」
「ううん、わたしは特に無いけど……レッドは?」
「…………」
尋ねるとレッドは首を横に振った。レッドもこの後は暇らしい。
「そう。それならカフェにでも行かない? わたし、バトルの後は甘いものを食べるって決めてるのよね」
「え? でもすぐにジムに戻らなくていいの?」
そんなカスミの提案。
それ自体は構わないが、遊んでいると思われないだろうか。
「平気平気。みんな知ってるから文句は出ないわよ。それに疲れた体や頭には甘いものが一番なんだから」
「そう? カスミがいいならいいけど」
一応カスミの言うことにも一理あるし、本人がいいならそれ以上は突っ込まないでおく。
まあハナダジムのあの気質なら確かに誰も文句は言わなさそうだし、必要ならお土産でも買って帰ればいいだろう。
「決まりね。それじゃ、ボールを受け取ったら行きましょうか」
「うん。ならレッドの話も聞きたいな。どうやってタケシさんに勝ったのか気になるし」
「…………」
小さくレッドが頷く。
欲を言えばここにグリーンもいれば男女比も揃っていたし、話もより盛り上がっただろうが、まあいないものは仕方がない。
そういう話は次に会った時の楽しみにしておこう。尤も、あいつが素直にこういう誘いに乗るかは甚だ疑問だけれど。
さて、レッドの意向があったとはいえ、その場に居合わせられなかったから話を聞くのが楽しみだな。