リーフにTS転生しちゃったけどせっかくなので楽しみたいと思います 作:七色レインボー
一度も振り返ることなく迅速にトキワシティに戻ってくると、見覚えのある赤い姿が目に入った。
精神は既に崖っぷちギリギリのところであり、何か一つきっかけがあればあっさりと涙腺が壊れてしまうほどに追い詰められていた俺は、その姿を見るなり全速力で駆け寄ってレッドに泣き付いた。
当然レッドは何のことかわからず目を白黒させて困惑していたが、事情も聞かずにずっと背中をさすりながらポケモンセンターまで連れてきてくれたのでとても優しいと思う。
しばらくしてからようやく落ち着いたところで、俺はサカキがどれほど恐ろしい存在だったのかを力説した。
「本っっっ当に怖かったんだから! 突然現れるし顔怖いしなんか色々聞かれるし! 殺されるかと思ったよ!」
レッドは俺の魂の叫びを無言でこくこくと頷きながら聞いているが、果たしてあの恐怖がどれだけ伝わっていることやら。
いや、言葉だけではあの恐怖は説明しきれない。実際に対峙してみて初めて俺の言ったことが理解できるだろう。
まあレッドは実際にその恐怖に立ち向かうことになるんだろうけど、何かの間違いで心を折られたりしないよう、事前にどれほどのものか伝えておくに越したことはあるまい。
「いい? サカキ……さんはめちゃくちゃ怖いの。裏で悪いことしてるの。だからレッドがもしサカキさんと本気で戦うことになったら絶対に負けないでね」
「…………」
しれっとサカキの正体について話したが、この町のサカキファンに聞かれたら『サカキさんがそんなことするわけないだろ!』と怒号が飛んで来そうだ。少なくとも今の彼は『トキワシティジムリーダーのサカキ』なのだから。
実際レッドもよくわからない、というような顔をしながらとりあえずといった感じで頷いている。
まあわからないだろうな。それだけ上手く溶け込んでいるということだ。
しかしそれを無理に正そうとも思わない。ストーリーの流れになるならどうせそのうち正体が露見してレッドに潰されるのだから、余計な手出しはせずに放っておけばいいのだ。俺は俺で気ままにこの世界を楽しむことにする。
そう、楽しむ──。
「……ねえ、レッド」
「…………?」
「レッドは、夢ってある?」
レッドが首を傾げる。
そうだよな、いきなりこんなこと聞かれたらそうなるよな。
「サカキさんに聞かれたの。君に夢はあるかって」
思い出すのはあの時の問い掛け。
結局あの場ではサカキの雰囲気に呑まれて答えを返すことができなかったが、そうでなければ俺はなんと答えていただろうか。
「グリーンならきっと迷わず『最強になる』って答えるよね。いっつもそう言ってたし」
サカキは夢のことを魂の輝きだと形容した。夢があるから人は動き、そして輝かせるのだと。そしてそれはグリーンの夢を知る『リーフ』の記憶から見ても正しいと思える。
オーキド博士にしたってそうだ。あの歳にしてあの活力。その源になっているのが夢だ。
「いいよね、語れるような夢があるって。グリーンもサカキさんも、夢の話をしてる時はなんだか輝いて見えたから」
そう。夢を語る時の彼らは確かに輝いていたのだ。そして善悪の違いはあれど、そんな彼らを俺は素直に羨ましいと思う。
「レッドにはある? 何かこれがしたいっていう夢」
サカキが俺にしたように、改めて同じ問いをレッドに向ける。
正直に言うと、レッドに答えは期待していなかった。そもそもレッドは無口だし、『リーフ』として見てもレッドが何かに夢中になっているところは覚えが無かったから。
「…………夢、かはわからないけど」
しかし俺のそんな予想は外れ、レッドはぽつりと呟いて。
「──グリーンに、勝ちたい」
はっきりと、そう告げた。
「……それがレッドの夢?」
「…………」
こくりと頷く。
それは夢というよりは目標に近い。だがその二つは限りなく同じものだ。
掲げるものの規模に差はあれど、それを成すために努力するという点は変わらない。サカキの言い分からしても真に大切なのは夢そのものではなく、それを叶えるための努力のことを言ったのではないかと思う。
夢を語るだけではただの妄想だ。それを現実にするために努力するからこそ意味がある。
おそらくはきっと、その努力こそがサカキの言う『魂の輝き』なのだろう。
「……そっか。じゃあ頑張らなきゃね」
「…………」
またレッドが頷く。
レッドの中にも夢があったのだ。
ゲームをプレイした者として、その夢の先のことは知っている。けれどそれは、あくまでもレッドの努力があってこそなのだということを改めて認識した。
「…………リーフは?」
「え?」
そうやって二人の関係を眩しく思っていると、今度はレッドから問い掛けられた。
「…………リーフには、何か無いの? 夢とか目標」
自分が聞かれたから相手にも聞き返す。至極当然で自然な会話の流れだと思う。
だけど。
「うーん……どうだろ。やってみたいことはあるけど、夢ってほどではないかなぁ」
ポケモンとの旅。図鑑集め。ジムやリーグへの挑戦。いずれは他の地方にも行ってみたいし、コンテストやポケスロンなんかにも興味がある。
やってみたいことはいくらでも思い付くけれど、それを絶対に叶えようとまでは思わない。明確にこれだというものが無いのだ。
それにそもそもの話、夢というのなら俺のものはもう既に叶っている。
本物のポケモンと触れ合いたい。あの世界に行ってみたい。それが幼い頃からの俺の夢だった。そしてそれは今、現実のものとなっているのだ。
だから俺の夢にこれ以上は無い。彼らと同じ輝きを宿すことはもう無い。
夢が人を輝かせるというのなら、俺のそれはもうウイニングランなのだから。
強いて今の目標を挙げるなら『楽しむこと』がそうだと言えるだろう。そのための努力は惜しまないつもりだ。
「ま、しばらくは博士の夢を手伝いながらかな。とりあえずカントーのバッジは全部集めたいと思ってるけど」
「…………それなら、まずはここのジムに挑戦?」
「……いや、それはどうしようかな……」
レッドの質問に煮え切らない答えで返す。
実はこの世界はゲームとは違って、ジムへの挑戦に順番や制限が無い。当然といえば当然の措置である。そうでなければ生まれた場所によって格差が生じてしまうからだ。
ジム側も挑戦者が持つバッジの数に合わせて手持ちや戦術を調整するので、例えば一番最初にトキワジムに挑戦したとしてもいきなり最終進化形が出てくることは無いし、逆にニビジムを最後に回せばゴローニャ辺りで相手されるだろう。
なのでトキワジムに挑む選択自体は悪くない。タイプ相性の面で言ってもトキワジムは『じめん』を専門とするジムなので、初手で挑むにはむしろ好都合とさえ言える。だが今回に限っては事情が異なるのだ。
「あんまりサカキさんと会いたくないんだよね……次は何されるかわからないし……」
あんなことがあった手前、ジムに挑戦して再び顔を合わせるのはできる限り避けたい。別に本当に何かされるとは思っていないが、会うにしてももう少し期間を置いてからだ。
あと単純にちゃんと戦える自信が無い。恐怖で指示どころじゃなくなりそう。
「よう、リーフ──と、レッドも来てたんだな」
そんな話をしていると、いつの間にか近くに来ていたらしいグリーンが声をかけてきた。
ここにいるってことは、コラッタとの追いかけっこも一段落したということだろうか。
「グリーン、結局あの後どうなったの?」
「おう、ちっとばかし手こずったがどうにか捕まえたぜ。明日からはこいつも鍛えていくつもりだ」
「…………?」
何のことかわからない、といった様子でレッドが首を傾げる。ああ、レッドはその場にいなかったもんな。
「グリーンとお昼ご飯食べてた時に凄いコラッタがいたんだよ。そのコラッタ追いかけてグリーンはどっか行っちゃったけど」
「仕方ねーだろ。こんなコラッタはそうそういねぇんだ。ボヤボヤしてたら逃げられるし、誰かに取られちまうかもしれねえんだからよ」
今思い出してもあの動きは凄かった。攻撃を見切る力と動きの精度がそこら辺にいるコラッタとはまるで違う。いわゆる個体値*1が高いコラッタなのだろう。
そんなコラッタがグリーンの手持ちになった。これは手強いライバルになるだろう。
「んで、二人で何話してたんだ? マサラに帰る相談か?」
「違うよ。どこのジムから挑もうかなって。わたしもトキワは飛ばそうかと思ってるからさ」
グリーンの挑発は軽く聞き流して質問を返す。一々この手の挑発に付き合っていたらキリがない。
「へえ、お前も──って、ん? オレ、トキワを飛ばすってお前に言ったっけか?」
「え」
……しまった。ゲームじゃ当たり前のようにトキワを飛ばしてるからその前提で話してた。なんとか誤魔化さねば。
「い、言ってたよ、うん。だってそう聞いたからわたしも覚えてるわけだし」
「まあ、そりゃそうだな。んで、リーフはなんでトキワジムに挑まねーんだ? フシギダネなら余裕だろ」
幸いグリーンは特に突っ込まずに済ませてくれた。まあ一々会話の内容なんて覚えてないだろうしな。あ、危なかった……。
さておき、理由の方を尋ねられたので、レッドに言ったことをそのままグリーンにも話すことにした。
「……お前、そんなくだらねえ理由で……」
「し、仕方ないでしょ!? ホントに怖かったんだから!」
案の定バカにされたが、俺にとっては切実な問題なのだ。何を言われようと変えるつもりは無い。
「あのなぁ。強い人間ってのは多かれ少なかれオーラがあるもんだってのはオレ様を見りゃわかんだろ。ましてサカキはカントー最強のジムリーダーだぞ。覚悟が
「いきなり現れてなんか語り出して挙句に根掘り葉掘り聞かれる恐怖がグリーンにわかる!? やってることが完全に不審者じゃない!」
「知らねーよ。確かにちっと強面だとは思うが……ビビりすぎなんだよ、お前は。そんなんで殺されるわきゃねーだろうが」
「死ぬよ! 殺せる目してたもん!」
おのれ、サカキの一面しか知らないくせにわかったような口を聞きおってからに。俺の感じたことが全てで真実なんだからお前の感想なんかどうでもいいんだよ黙って頷いてろ。
「ふん。そんなこと言って、グリーンだってサカキさんが怖いから後回しにしてるんでしょ。人に言えた口?」
「一緒にすんな。オレは最強のジムリーダーを倒してからリーグに挑みたいんだよ。実力を出さねえ一つ目で挑んだって意味が無え」
売り言葉に買い言葉で安い挑発を挟んだがなるほど、それがグリーンがトキワを最後に回す理由か。なんともグリーンらしい。
そうなると俺はむしろ一つ目で潰しておきたいまであるが……いや、やっぱり無理だな。ちゃんと体が動いてくれる気がしない。
「で、ビビリーフはあんなこと言ってるが、お兄ちゃんはどうするのかな?」
こいつは挑発を交えないとまともに話せない呪いにでもかかっているだろうか。
まあこうなった以上、レッドの答えは決まっているだろう。
「…………ぼくも、最後にする」
「はっ、やっぱ兄妹揃ってビビリか。ま、記念にテキトーなジムに挑んで華々しく散れば思い出くらいにはなるだろうよ」
グリーンはレッドが怖気付いてトキワジムを最後に選んだと思っているらしいが、実際はその逆だろう。
レッドはグリーンに対抗意識を燃やしている。それはさっき話を聞いた通りだ。だからレッドはグリーンと同じく、あえて難しい道を進もうとしている。
尤も、その意志を汲み取ってやれなんて言うのは今のグリーンには酷な話だ。こんなデリカシー無さ男に細かな感情の機微を読み取れるはずが無いのだから。
「……お前はまたなんかムカつくこと考えてやがんな。それはそうと、オレに何か言うことがあったんじゃねーの?」
「言うこと……?」
何のことだろうか、と少し考えてそれに思い至る。
まさかあんな小さいことを気にしているのだろうか。やれやれ、器の小さい男だ。
「グリーン……確かにグリーンが残していった食べ物はわたしとフシギダネで食べちゃったけど、あのままにするのももったいなかったしそれを責められる謂れは──」
「ちげーよ! 誰がんなこと気にするか! コラッタが出る前に何か言いかけてただろうが!」
どうやら違ったらしい。はて、他に何かあっただろうか。
「…………博士のことは?」
「あ、それだ」
「あん? じいさん?」
レッドの呟きでようやく思い出した。元々そのことを話すつもりでグリーンを追いかけたんだったっけ。ナイスだレッド。
「えっとね、博士からの伝言。初めてのバトルだったのに凄かったって。それと厳しく言ったのもごめんってさ」
「……は? そんだけ?」
「そうだよ? 博士結構気にしてたし、直接謝りたがってたからできれば早めに連絡してあげてね」
よし、ちゃんと伝えたぞ。これで博士とその孫の関係は保たれるだろう。全く、仲を取り持ってやるのも一苦労だ。
「……くっだらね。聞いて損したぜ」
「ちょっとグリーン? ちゃんと連絡してあげてよ?」
「うっせーバーカ! お前も紛らわしい言い方してんじゃねーよ! クソッ、なんの話かと思えば……」
博士の伝言を伝えると、グリーンは肩を怒らせながら宿泊スペースがある二階へと上がって行ってしまった。
うーむ、まだあれだけ怒りが残ってるのか。時間が経てば少しは落ち着くと思っていたが、完全な和解にはもう少しかかりそうだな。
構われなかったのが余程気に入らなかったと見える。そういうところはやはりまだまだ子どもなんだなと思った。
「さて、じゃあわたしたちも休もうか、レッド。色々あって疲れたしね」
「…………」
俺の言葉にレッドが頷く。
まだ時刻は午後六時にもなっていないといったところだが、この時間に外に出ても特にやることは無いだろう。それよりは早めに休んで明日への英気を養う方が良さそうだ。
ポケモンセンターの二階にはトレーナーのための宿泊スペースがあり、申請すればそこを借りることができる。
基本的には早い者勝ちなので、そういう意味でもここは休みを取るべきだろう。
明日は……そうだな、どうせここで合流したのなら、全員でニビシティに向かうのも悪くないんじゃないだろうか。
グリーンは嫌がるかもしれないが、無理に突き放そうともしないだろう。なぁに、俺たちが勝手に着いて行けばいいのだ。
他にはフシギダネのレベルも上げたいな。少なくとも“つるのムチ"をマスターするところまではやっておきたい。ニビジム挑戦はその後の方がいいだろう。
考えれば考えるほどにやることはいっぱいだ。やはりこの世界は素晴らしい。
「ねえレッド、明日のことなんだけど──」
そうと決まれば明日は早い。グリーンを待ち伏せするために、頑張って早起きしよう。
作戦会議をしたあと、回復のためにポケモンをジョーイさんに預けて部屋の鍵を貰い、俺たちはそれぞれの部屋に向かった。