リーフにTS転生しちゃったけどせっかくなので楽しみたいと思います 作:七色レインボー
ポケモンセンターの宿泊スペースはトレーナーなら無料で借りられる分、それほど広いわけではない。それでも一人で使う分には全く問題無いし、小さながらもシャワールームもある。
決められた時間内なら食事も出してくれるようで、俺は早速夕食を頼むことにした。
料理が届くまでの間は、せっかくなので
後からでも今日のことを振り返れるように、思い出せる限りで自分の感じたことを書き綴っていく。もちろんフシギダネやオニスズメのことも忘れない。
そうこうしているうちにドアからノック音が聞こえてきた。一度作業を中断し、ドアを開けてお礼を言いつつ料理を受け取った。
今回頼んだのはオムライス。見た目はよくあるような普通のオムライスだが、果たして味はどんなものだろうか。
早速スプーンで掬って一口食べてみると、口の中に広がる卵とケチャップライスの味。……うん、普通のオムライスだ。
まあ無料で提供しているものだしこんなものだろう。むしろ温かいものが食べられるだけでも十分すぎる。
ともあれぱくぱくとオムライスを食べ進めていき無事完食。腹も脹れたところでレポートを再開し、適度に区切りを着けて一休みする。
そしてあとは風呂に入って寝るだけというところまで来て、ようやく気付いた。自分がこの旅最大の危機に直面していることに。
そう、風呂だ。
風呂に入るということは即ち、衣服を全部脱ぐ必要がある。それだけではなく、手を体に触れさせて汚れを洗い落とさなければならない。
……さて、どうしたものだろうか。
ぶっちゃけ俺としては一日くらい入らなくてもどうってことは無いが、それはただ問題を先送りにしてるだけだし、そもそもこの体は『
となるとやはり入るしかないわけだが、まさか目隠しして入るわけにもいかないし、かといってジョーイさんに頼むにしても体を洗う手伝いなんてどこのお嬢様だという話だ。
何かいい解決策があればいいのだが、焦った思考ではいい解決策なんて出てくるわけもなく。
……いや。
そもそもの話、そんな都合のいい方法なんてあるわけが無いのだ。
この場を凌いだところで同じ状況はこれから毎日来る。だったらここで覚悟を決めて、さっさと慣れておくのが一番だろう。
「……ごめんな、リーフ」
誰に届くわけでもない謝罪の言葉を呟き、俺は意を決して脱衣所へと向かった。
その後はなるべく
どうあれ、リラックスどころか風呂に入る前より疲れたのは言うまでもないことである。
◓
朝目が覚めて、少しの間ぽけーっとする。
時刻は七時より少し前。まだ軽く眠気が残ってはいるが、作戦のためには仕方ない。
ベッドから出たがらない体に鞭打ち、ゆるゆるとした足取りで洗面所の方へ向かって顔を洗い、寝癖でぼさぼさになった髪を櫛で丁寧に梳いていく。
男の時は寝癖がついていても適当に手でガシガシとやって直していたが、流石にこの体でそんなことをしてはいけないだろう。
髪は女の命とも言うし、何より『リーフ』も自分の髪が好きだったみたいなので、できる限り大事に扱っていくつもりだ。
……風呂の時もリンスとかトリートメントとか使った方がいいだろうか? まあそっちはおいおい慣れてきたらにしよう。
「……よし、と。こんなもんでいいかな」
何度も鏡を確認し、ようやく満足のいく出来になったのを見て櫛を置く。
しかし改めてこうやって見ると『リーフ』という少女の器量の良さがわかるな。顔は小さいし目もぱっちりしてるし、かなり水準の高い美少女だと言える。
この容姿だとどうしても男の目を引くだろうし、変な輩に絡まれた時に自分の身を守れるよう、なるべく早く強くなっておきたいところだ。
さて、寝癖を直したら次は歯磨きと着替えだ。まあ着替えに関しては昨日のアレより余程マシなのでさくっと終わらせることにする。今後のことを考えれば、この程度でどうこう言ってる場合じゃなさそうだし。
そうして諸々の準備を終えたので、今の時刻を確認するために時計を見る。
レッドと待ち合わせした時間は七時半で、現在時刻が七時三十四分。ふむ。
「……遅刻じゃねえか!」
慌ててバッグを引っ掴んで、最後に忘れ物が無いか部屋の中をチェックする。大丈夫そうなので足早に部屋を出ていき、大急ぎで下の階へ降りた。
キョロキョロと当たりを見回せば、ソファのある一角にレッドの姿が見えたのでダッシュ……は怒られるので、早歩きでそちらに向かう。
「ご、ごめんレッド! 思ったより時間かかって……!」
「…………」
無言でこちらを見つめるレッド。ああ、なんかデジャブだ。
「お、怒ってない……よね?」
「…………」
こくりと頷く。昨日も特に気にした様子は無かったし、今日もそうじゃないかとは思ってたけどやっぱり少し不安になる。
それにしても、女の子って準備に時間かかるんだな……確かに髪を梳かすのに手間取ったけど……。
男の時と同じ感覚じゃダメだな。今後待ち合わせする時はもう少し早い時間に起きよう。
「ところで、グリーンはまだ来てないよね?」
「…………」
またレッドが頷く。まあレッドがまだここにいる時点でそうじゃないかとは思ってたけど。
「よかった。それならちょっとご飯食べてもいい? 慌てて出てきたから食べる時間無くて……レッドはもう食べたの?」
「…………」
この質問にもレッドは同じく首を縦に振る。
どちらの意味で肯定したのかはわからないが、まあ多分両方だろう。食べてないなら一緒に注文来るだろうし。
どうあれ、食べるにしても手早く食べられるものがいい。あと調理も簡単そうなもの。
グリーンがいつ起きてくるかわからない以上、あまり時間がかかる料理だと都合が悪いのだ。
となると……サンドウィッチ辺りが無難かな。
「よし。じゃあレッド、ちょっと行ってくるね」
立ち上がり、ジョーイさんに注文をして料理が運ばれてくるのを待つ。
そして数分後にはサンドウィッチが届けられ、それを食べ終えたのがだいたい八時頃だった。
そのタイミングでグリーンが上から降りてくるのが見えたので声を掛けにいく。
「ん? リーフとレッド? こんな朝っぱらから何してんだ?」
「グリーンを待ってたんだよ。一緒にニビシティに行こうかと思って」
「はぁ?」
案の定というか、『何言ってんだお前ら』という顔をされたので、俺たちの目的を説明してやる。
「ほら、どうせ三人とも目的地は一緒なわけだし、そこまでは一緒に行くのもいいんじゃないかなって」
「アホか。なんでオレ様がお前らにペースを合わせてやんなきゃいけねーんだよ。行くなら二人で勝手に行け」
これも予想通りの反応だ。
やれやれ、グリーンの言動は簡単に読めてしまうな。
「別にグリーンの好きなように行けばいいよ。わたしたちは後ろから勝手に着いていくから」
「ああ?」
そう。一緒に行くとはいうものの、形としてはグリーンの一人旅の後ろにわたしたちが着いていくという
これならグリーンもわたしたちを気にする必要は無いから、着いてくるのを止める理由も無いというわけだ。
「だからグリーンは何も気にしなくていいよ。あ、でもわたしたちはもしグリーンが怪我とかしたら助けてあげるからね」
「……足引っ張んじゃねーぞ」
「もちろん。じゃあわたしたちも行こっか、レッド」
「…………」
憎まれ口を叩きながらポケモンセンターを出ようとするグリーンに着いていく俺たち。
さて、トキワの森はどんな感じかな。そもそも森なんて入ったことが無いから楽しみだ。
◓
トキワの森は虫ポケモンが多く住む場所だ。
キャタピーやビードルを始め、それらの進化系であるトランセルやコクーンはもちろん、これら虫ポケモンを捕食するためかポッポやピジョンの姿も見受けられる。
また今のところ見つけられてはいないが、ゲームと同じならピカチュウもおそらくこの森に住んでいるだろう。レッドもいることだし、リアルピカチュウには是非ともお目にかかりたいところだ。
さて、トキワの森に来てから既に約一時間ほどが経過している。距離でいえば半分に届くかといったくらいだろうか。
「ゼニガメ、“あわ"だ」
「…………ヒトカゲ、“ひのこ"」
「ぜにぃっ!」
「かげぇっ!」
「ぴきゃーっ!」
何度目かの襲撃。草陰から飛び出してきたキャタピーとビードルを、ゼニガメとヒトカゲが撃退する。
ゼニガメももちろんだが、特にヒトカゲは『むし』タイプに対して滅法強いため、非常に頼りになる。レッドたちに会わなければ一人で入るつもりだったけど、こうなると行動を共にしたのは正解だったかもしれない。
「二人ともナイスー! ゼニガメとヒトカゲもかっこよかったよー!」
「…………」
「……おい」
俺の歓声にレッドはサムズアップを向けてくるが、ゼニガメを戻したグリーンは無反応──どころか、白い目でこちらを睨みつつ言った。
「な、何かな……?」
「何かな、じゃねーよ。お前全然戦わねえじゃねーか」
「そ、そう……?」
バレてる。
そう、ここまでの道中で俺は一度もポケモンを出していない。それは二人があっという間に相手を倒すから──ではなく、意図して二人に虫ポケモンの相手を押し付けているからだ。
「だってグリーン、邪魔するなって言ってたじゃん。だからわたしは一歩身を引いてグリーンが動きやすいように……」
「既にそこの赤いのが前に出てきてる以上、その理屈は通んねーんだよ。ちょっとぐらい自分で戦いやがれ」
そんなこと言われても……そうだ、思い付いた。
「そ、そんなにわたしの助けが欲しいの? だったら素直に言えば加勢してあげるよ。助けてリーフって」
プライドの高いグリーンなら死んでもこんなことは言わないはず。だいたい二人でなんとかなってるんだし、俺が出る必要なんて──。
「おう、じゃあ助けてくれよリーフ」
「え」
と思ったのにまさかの返答。
え、嘘だろ? なんでプライドの塊みたいなお前がそんな……ちくしょうニヤニヤしてんじゃねえよはっ倒すぞ。
「レッドも手ぇ出すなよ。大丈夫だ、こいつはオニスズメを持ってる。普通にやりゃ負けやしねーよ」
「…………」
レッドに助けを求めようとするもグリーンに言いくるめられ、ヒトカゲを戻して後ろに下がってしまった。
おい待て行くな。信頼した目を向けるんじゃねえ。横のやつの目ぇ見ろ騙されてんぞ。
「じゃあこれからリーフが先頭な。いやー、助かるなぁ。困った時はお互い様だもんなぁ」
「…………」
レッド、頷くな。そいつはそんなこと思ってないぞ。頼むから気付いてくれ。
さておき、ここまで状況を作られては逃げられない。ここはポケモンに襲われないよう祈りながら進むしかないだろう。クソッ、ゲームじゃ何も思わなかったのに……!
そうして歩くこと十数分。草むらががさりと揺れた。その音に思わず体が跳ねてしまう。
「お、ついにお出ましだな。期待してるぜ、リーフ?」
「…………」
咄嗟に二人の方を振り向いたが、完全に俺に任せる気だ。なんでこんな時ばかり息が合うんだこの二人は。レッドは助けろよちくしょう。
とはいえどうにもならないので仕方無しに覚悟を決め、草むらの方を向く。
「ぴぃー!」
「うっ……! おっ、オニスズメっ!」
そこから出てきたのは緑の芋虫のようなポケモン、キャタピーだった。俺も応戦のためにオニスズメをすぐにボールから出す。
正直、全く強いポケモンではないので撃退するのは簡単だ。オニスズメの“つつく"を当てればいい。たったそれだけ。それだけで勝てる。だから──。
「つっ、“つつく"っ! 早くつついて倒してっ!」
「くぇー!」
「ぴきゃあっ!?」
効果は抜群。オニスズメの一撃でキャタピーはすぐさま逃走していった。
か、勝った……! ふぅ……。
「……ね? 余裕でしょ?」
「そうだな。じゃあまた頼むわ」
「うそうそ無理無理嘘だから先行ってっ! わたしが悪かったからっ!」
本気でグリーンに懇願する。これ以上は本当にダメだ。泣いてしまうかもしれない。
「ぶははははっ! お前、虫ポケモンダメだったんだな! いやー、いいこと知れたぜ。こりゃ収穫だな」
グリーンが大声でバカ笑いするも、何も言い返すことができない。下手なことを言えばまた先頭を押し付けられるかもしれないからだ。そんなことになるくらいなら、この程度の屈辱はいくらでも受け入れてやる。
ここまでの道中でわかったことだが、どうやら俺は虫ポケモンが苦手らしい。いや、この感じは俺というより『リーフ』の方か。
確かに俺も虫は得意ではないが、ここまで取り乱すほどではない。実際に戦うのはポケモンだし、そのポケモンに指示を出せば何とかしてくれる。
そう頭では理解しているのだが、どうにも本能というか、魂レベルで虫ポケモンを拒否している感じがする。これではまともに指示を出すことはできないだろう。
「これならリーフのためだけに虫ポケモンを捕獲するのもアリかもな。勝負が勝ち確になる」
「絶対やめてよ!? そんなことしたらレッドに焼き払わせるからね!?」
どこまで本気なのか、グリーンが空のモンスターボールを取り出したので全力で阻止する。
もしグリーンが俺とのバトルで虫ポケモンを繰り出してきた場合、その命を奪うことまで視野に入れなければいけなくなるかもしれない。
……というか、パニクって本当にそういう指示を出しても不思議じゃないからお互いのためにやめてくれ。
「はっ、冗談だよ。今のところはな。けど──」
先ほどまでのおちゃらけた雰囲気が消え、グリーンの目が真剣なものに変わる。
「噂は本当だったみてーだな。ここまで襲われるのはおかしい」
「…………」
グリーンの言葉にレッドが頷く。俺もその意見に同意だ。
トキワの森の前にはゲートがあるのだが、そこにいた人たち曰く、どうやら最近トキワの森に異変が起きているらしい。
というのも、本来積極的に人を襲わないはずの虫ポケモンたちが攻撃的になっているんだとか。
特にキャタピーは大人しく、新米トレーナーの最初のパートナーにも選ばれやすい種族の一匹なのだが、ここまでの道中でも何度か襲われているため、やはり森がおかしくなっているのは間違いなさそうだ。
噂では森の主が代替わりしただとか、縄張り争いが起こっているだとか聞くようだが、どれも憶測の域は出ないとのこと。
ともかくその真偽がどうであれ、森の中に入るなら気を付けろと忠告されたわけだ。少なくとも今のここは長居するような場所ではない。
「余計なトラブルはゴメンだな。さっさと抜けちまおうぜ」
「そうだね。わたしも賛せ──」
い、と言おうとしたその時、再び草むらからガサガサという音が聞こえた。
咄嗟にその方向を向いて身構える。またキャタピー? それとも今度はビードル? 頼む、ポッポとかであってくれ。
胸中に様々な思いを抱えてそれが出てくるのを待つ。果たして、飛び出してきたのは黄色い影だった。
小さく黄色い体。円錐のような形状の長い耳。稲妻を模したようなギザギザの尻尾。
間違いない。あれは、あのポケモンは。
「ピ……」
「ピカチュウ……!?」
誰もが名前を知っているポケモンの代名詞、ピカチュウだった。
ただ、その様子は尋常ではない。
「酷い傷……!」
「随分ボロボロだな……縄張り争いにでも巻き込まれたか?」
ピカチュウの体はどこもかしこも傷だらけだった。もはや動くのもやっとといった感じで、足取りもふらふらと覚束無い。むしろ何故動けているのかと言いたいくらいだった。
「…………っ!」
その様子を見てレッドが慌ててピカチュウを抱き留め『キズぐすり』を吹き掛ける。染みるのか少し苦しそうな声を出していたが、抵抗する気力も無いらしく暴れることはなかった。
これでいくらかはマシになったかもしれないが、一刻を争う事態に違いは無い。
「と、とにかく急いでポケモンセンターに連れて行かなきゃ! このままじゃ死んじゃう!」
「だな。ここからなら……ニビまで突っ切った方が早そうだ。レッド、そいつボールに入れとけ。外に出してるよりはマシだ」
「…………!」
頷き、レッドがピカチュウをボールに入れる。本来であれば三回は揺れるはずのボールも、その時は一度しか揺れずにカチッと音が鳴った。
ゲーム的に言えば捕獲クリティカル──なのだが、この世界ではギリギリまで弱ったポケモンに対して発生するものなのかもしれない。
どうであれ、ボールの中に入ったことでピカチュウの体力はもう少し保てるだろう。モンスターボールにはポケモンの状態を沈静化する機能があり、状態異常の影響を最小限に留めてくれる。
しかしそれも万能では無いので、可能な限り早い治療を受けさせないといけない。
「よし、行くぞ──って、今度はなんだ?」
俺もオニスズメをボールに戻し、急いでニビへと向かおうとした矢先、ブブブという羽音の様なものが聞こえてきた。
嫌な予感しかしない。危機察知能力が全力で警鐘を鳴らす。律儀に待ってる場合じゃない!
「今すぐ走って! 逃げるよ!」
「だな! 行くぞレッド!」
「…………!」
その場から全力ダッシュ。そうして森の奥、ピカチュウが出てきた先から飛び出して来たのは、両手が鋭い針になったスズメバチのようなポケモン──スピアーの群れだった。
ピカチュウをやったのもあいつらか!
「チィッ! とんでもねーもん連れて来やがって!」
「いいから走って! 止まったら死ぬよ!」
「…………っ!」
「スピィィィッ!!」
一匹でも今の俺たちじゃ手に負えないのに、それが十数匹の群れで現れた。こんなの逃げる以外の選択肢なんて存在しない。
即座に判断を下してよかった。少しでも遅れてたら今頃あの針で滅多刺しだ。
「クソッ! ゼニガメ、出てこい!」
グリーンがゼニガメをボールから出し、腕の中に抱える。
何をする気かと思えば、グリーンはそのままゼニガメの顔がスピアーに向くように小脇に抱えて。
「“あわ"だ!」
「ぜにぃ!」
顔を向こうに向けさせて技を放つ。なるほど、その方法なら逃げながら応戦できる!
いいアイディアだと思ったがしかし、“あわ"はその鋭い針で突き破られてしまう。
「チッ! 足止めにもならねえ!」
「…………ヒトカゲ、“ひのこ"!」
「かげぇ!」
グリーンを見てレッドも同じことをするが、やはり攻撃は当たらない。“ひのこ"も簡単に避けられてしまった。
俺も何かできればと思うが、フシギダネの攻撃じゃ大したダメージにならないし、オニスズメも攻撃するには接近する必要がある。今のレベルでスピアー相手じゃ死にに行くようなものだろう。
それにしてもあのスピアーたち……。
「なんか……目が赤いような……?」
「ああ!? スピアーの目なんか赤いに決まってんだろうが!」
「そうなんだけど……なんか濃いというか……」
赤は赤でも、血みたいなドス黒い赤に見える。それに何か黒いモヤみたいなものを纏っているような気もするし……恐怖で目がおかしくなってしまったのだろうか。
「つーかそっち見てる余裕なんかねえだろうが! コケても知らねえぞ!」
「……うん、わかってる」
気にはなるが、今は逃げ切ることが先決だ。振り向くのをやめて走ることだけに集中する。
とはいえ、子どもの足とスピアーの飛行速度とでは向こうの方が上だ。ニビまではまだまだ距離があるし、体力だってそこまで持つかわからない。
このままでは追い付かれてしまうのは明白だ。ピカチュウを助けようと思うなら誰かが足止めをしなければならないだろう。
そう、誰かが。
「……仕方ないか」
「あ? なんか言ったか──」
足を止めてスピアーの方へと体ごと向き直る。
そりゃ俺だって死にたくないけど、『リーフ』ならこうするような気がした。
「バカ野郎、何やってんだ! さっさと──」
グリーンが言い終える前に、ロックを掛けたボールを二つ投げ渡す。フシギダネとオニスズメのものだ。
「その子たちをお願い。さあ、早く逃げて」
「ふざけんな!! こいつらはお前のポケモンだろうが! お前が責任持ちやがれ!」
「…………リーフ!!」
二人が呼び掛けてくるが、今更行動を変える気は無い。一度止まった以上、どうせもう逃げ切れないのだから。
「いいから逃げて! そのピカチュウ助けるんでしょ!? 大丈夫、すぐ追い付くから!」
そんなことできるわけが無い。全員がわかってる。
それでも、こうでも言わないとレッドは絶対に動かない。グリーンもなんだかんだ言いながら残ってしまうだろう。あれでグリーンはお人好しだから。
「…………っ! ぼくが……っ!!」
「グリーン! レッド連れて走って! わかるでしょ!?」
「──っ! レッド! 行くぞ!」
「待って、グリーン……っ!」
なおも何か言いかけて残ろうとしたレッドだったが、グリーンが無理やり引きずる形で連れ去って行ってくれた。
そうだ、それでいい。こういう時に冷静な判断ができるグリーンだからあの子たちを任せられる。
「あーあ、短い夢だったなぁ」
覚悟を決めれば案外恐怖も無いものらしい。あるいは一周して感情が麻痺しているだけか。
まさかこんなに早くゲームオーバーになるとは思わなかった。まだまだやりたいことはいっぱいあったのに。
それに『リーフ』にも悪いことをしてしまった。尤も、『リーフ』だとしても同じ行動をしたかもしれないけれど。
「スピィィィッ!!」
血のように赤い目が俺を捉えた。両手の針に殺意を滾らせる。
逃げ場は無い。数秒後には穴だらけになった
目を閉じる。死の気配が濃厚になった気がした。
何かを振り被る気配を感じ、そして俺はその運命を受け入れて──。
──ガギィンッ!
と、何か硬いものが衝突する音がすぐ近く──というか、目の前から聞こえた。
偶然にも付けていたペンダントがスピアーの針から俺を守った……なんて都合のいい展開ではない。そもそも俺はそんなものを身に付けていないのだから。
目をゆっくり開けてみる。
そこには、さっきまではなかった丸い岩のようなものがあった。スピアーの針はそれで止まったらしい。
だがこんなもの、一体どこから──?
「──間に合った」
後ろから声がする。振り返ってみれば、そこには黒と橙を基調にした半袖に緑のズボンを着用し、逆立った髪を短髪にした糸目の男がいた。
息が荒い。走って来たのだろうか。
「もう大丈夫だ。あとはおれに任せろ」
ポンと頭に手を置かれる。人を安心させるような優しい声だった。
「いくぞ、ゴローニャ。こいつらを追い払う」
「ゴロ」
ゴローニャと呼ばれた丸い岩が返事をし、糸目の男がその技名を叫ぶ。
「──“ストーンエッジ"!」
ゴローニャが腕を振り上げ、勢いよく地面に叩きつける。すると鋭く尖った岩が無数にせり上がり、スピアーたちを突き刺していく。
その凄まじさたるや、群れのスピアーほぼ全てがその一撃で戦闘不能になるほど。
難を逃れたわずかなスピアーもその強さに恐れをなしたのか、仲間を置いて逃げ去って行く。
なんという強さ。
あんなに絶望的だったのに。死をも覚悟したのに。
その男はポケモン一匹、技一つで状況をひっくり返してしまった。
「さて、大丈夫だったか? 怪我が無いといいんだが……と、その前に自己紹介からだな」
男は名乗る。
「おれはタケシ。ニビシティでジムリーダーをやっている者だ。怪しい者じゃないから安心してくれ」
強くて硬い石の男が、そこにいた。