(お腹空いたな……銀河で良いか)
学校の期末試験も終えて、時間が少しだけ空いた湊音はラーメン屋に立ち寄って小腹を満たすことにした。
店の中に入って食券機で塩ラーメンチャーシュートッピングと無料ライスの食券を発行して空いているカウンター席に座ると、やや斜めに眉を傾けた愛音がお冷やを彼の前に置いた。
「いらしゃいませー」
「……何してんの」
ラーメン屋のカウンターの中では、他の従業員に比べると一人だけキャピキャピしていて浮いている愛音に湊音は驚きのあまり思わず三度見してしまう。
「りっきーに騙された」
「ドンマイ」
もう少し同調しろよという目線を受け流しながら食券を愛音に渡す。
不服ではあるものの、仕事はきちんとしているようで、オーダーを口に出してカウンター内で作業を始める。
「あ、そうだ。もうすぐバイト上がるからさ。カラオケにでも行かない? 近況も気になるし」
湊音が今のうちに、とヘアゴムで髪を後ろで結っていると調理中の愛音が声を掛けてくる。
「この後、睦と合流する予定だから、それでもいいなら行くけど」
「じゃあそれで!」
答えは想像に容易いが念のため睦にメールを送ると二つ返事で『行く』とだけ返信が来た。
前にカラオケに行った時は楽しかったとは聞いていたが、そもそも自分以外の人前で睦が歌うことをあまり想像できない。
ラーメンを完食した後、愛音がバイトから上がってから睦と合流し、カラオケへ向かい、受付を済ませて三人で案内された部屋に入る。
「睦ちゃん何歌う?」
「……パスパレ」
「へぇ、なんか意外~」
睦と愛音が会うのは久しぶりで、こういう風にカラオケに遊びに来るというのは初めてだった。
ある程度は湊音や祥子と世間話をする時に聞いた情報で睦のことは知っていた愛音だが、あくまで本人とはそんなに絡みがないため初耳っぽい反応を見せておく。
「確かパスパレはデュエットの曲あったよね。湊音くんとのデュエットしたら映えそうだよねー」
何か言いたげに湊音の方を見る愛音に溜め息が漏れそうになる。
「却下。どうせANON TOKYOのアカウントでアップしようとしてんだろ」
湊音は楽器を持つことはなく、睦は音楽関連のことで彼と一緒に何かをやることは基本的にはない。
それに素顔の動画がSNSに流れるとAve mujicaの活動にも影響が出る恐れがある以上は湊音一人ならともかく、睦の姿を撮らせるわけにはいかない。
「ええー……じゃ、普通に私と睦ちゃんで歌おうよ。彩ちゃんのパート歌ってもいい?」
愛音が機械を操作してゆら・ゆらRing-Dong-Danceを入れる。
ちゃっかり自分が丸山彩のパートを歌う辺りに目立ちたがりを隠せてないなと湊音は心の中でジト目を作って向ける。
(さて、折角来たんだし俺もなんか歌うか)
睦と愛音のデュエットをBGMにしながら歌う曲を選ぶ。特に迷うことなく、カラオケに来たら自分がこれを歌わなければ嘘だろうという曲が一つだけある。
(……ちょっとセットしてこよーっと)
思い付きで湊音はハンドバッグを持って手洗いへ向かって簡単にではあるものの、ヘアセットを変える。
ついでにドリンクバーの横にあるソフトクリームの機械を使って人数分のカップに入れてから部屋に戻る。
「あ、戻ってきた……って、なんでセット変えてんの?」
「すぐわかる」
急に消えたと思った湊音がお決まりのハーフツインを巻いて戻ってきたのだから愛音も困惑の表情を浮かべてしまう。
「……」
「睦ちゃんも無言でさっきまで持ってなかったマラカス両手に持ってるの止めてね? ツッコミ追い付かないから」
睦も睦でいつの間にか音もなくマラカスを軽めに振ってシャカシャカと音を鳴らしていた。
「……ダメ?」
「ダメじゃないんだけどさぁ……」
こてん、と小首を傾げてマラカスを振る睦を見た愛音は彼女はどちらかといえば妹なのだろうなと思うことにした。
「Chu! 可愛くてごめん」
「あー、うん。それ言いたいだけだよね。普通に上手いのもムカつく」
「ムカついちゃうよね? ざまあw」
わざわざこのためにハーフツインを高速で巻いてきて、歌がそこそこ上手いことも変に歌詞と会話が噛み合ってしまい愛音は思わずムカッと来てしまう。
(何がムカつくってちゃんと可愛いんだよなぁ)
マイクを持ってノリノリで歌う湊音の姿は間違いなく『可愛い』という言葉が相応しい。
それだけの努力もしているだろうが、それ故に勿体ないとも感じてしまう。
(こんだけ上手いなら睦ちゃんと何かやれば良いのにって思っても、何かあるんだろうなぁ。私の周りそういう人多すぎない?)
バンドマンにろくなやつは居ないという話もあるが、それはそれとして全員ちょっと面倒くさい部分がある顔ばかりが愛音の頭に思い浮かぶ。
「あ、そうだ。次これ歌ってみてよ」
「これ? 知ってる曲だから歌えるかな」
次の曲を入れる前に直感的に歌えそうというイメージの曲を湊音に提示してみる。
以前にそこの事務所のアイドルの曲は好きと言っていたので、知っていたのだろう。
(……何となく寂しい曲なんだよな。本当の自分は出せないけど、そうじゃない自分を演じてて、それでも本当の自分を誰かに知ってほしい。そんな曲)
歌詞を思い出しながらイントロを聴くと、自然と心臓の辺りが絞まる気がした。
『桜』を演じた頃に似たようなことを思ったからだろうか、あの頃のことを思い出してしまう。
「誰かに合わせた仮面つけて、「私」を隠してた。傷つくことのないように……」
さっきまでとは打って変わって、アンニュイな雰囲気の方が自然体に見える。
微笑みを浮かべているのに冷たい目をしていて、楽しそうなのにどこか冷めているような歌い方に目が離せない。
(うわ、これが噂の『桜花蘭の桜』? やっばー! にゃむちが雑談配信で話してたけど、こんななんだ……!)
たまたま目が合ってしまった愛音はその瞬間に総毛立つような感覚に身震いしてしまった。
「違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う!」
最早歌ではなく、慟哭とも言える叫びに愛音とは逆に睦は目を伏せてしまった。
(……空、この歌が終わるまで変わって、お願い)
(辛いよね……起きたくなったらでいいよ。お休み)
耐えられなくなった睦が空に交代すると、途端に睦の身体が重たく感じて、この曲が始まってから相当無理をしていたことが嫌でもわかる。
「本当は伝えたくって寂しくって、深い心の中、もし素直になれたなら受け止めていつか本当の「私」をねえ……」
心臓の締め付けに何とか耐えながらラストのフレーズまで来た湊音は最後の最後に、祥子の顔を思い出してしまう。
やはり初めて可愛いと言われた時の思い出すと、今の自分が仮面を付けた姿だとしても、可愛くありたいと何度でもその姿を選び取ってしまう。
そうして『世界で一番可愛い若葉湊音』に戻る。
「なんて、ね。ah……」
一つ前の曲のようなとびきりの笑顔を浮かべて、その曲を歌いきる。
中々にカロリー消費の凄まじい歌唱をしてしまったせいか、急に空調が異様に寒く感じてしまう。
「え、湊音くん、本当に歌手とかやんないの? いや、やんないんだろうけどさぁ。勿体なくない?」
「やんないやんない。芸能人になったら顔隠すのとか面倒じゃん? 変なファンとかついても嫌だし」
普通にしていてもナンパされることもあるというのに、芸能人になってしまえばストーカーが出てくる可能性は拭えない。
何より世界一可愛い自分に、ストーカーが出てきて当たり前だと湊音は思っている。
そうなったら、家族や周りにも迷惑が掛かってしまう。それだけはどうしても嫌だった。
知ってたと思うんですけど、推しは愛音なんですけど、ちょっと前まで自覚なかったので面倒臭くなったら千早愛音が全てかっさらって貰うか~というカスの思考を片隅に置いてます。
ある意味祥子の最大のライバルは愛音。ほんまか?