ツインズ・リーフ   作:効果音

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Alter ego

(流石にこの生活を続けていくのは……不味いですわね)

 

 朝に目が覚めると、祥子は未だ見慣れない天井を眺めながらパイプ椅子を並べて作った簡易ベッドからバキバキになった身体を起こす。

 

 武道館以来、ボロアパートにも屋敷にも帰っていない祥子は事務所のオフィスで寝泊まりしていた。

 

 Ave mujicaに割り振られた部屋は基本的には人が寄ることはなく、風呂や洗濯は周辺施設でどうにかしていたが、睡眠の質だけは劣悪と言わざるをえない。

 

(今日は──)

 

 頭の中に叩き込んだスケジュールを思い出しながら、祥子は湊音が表紙を飾っている雑誌を眺めつつ柔軟を行う。

 何もかもが予定外になってしまい、悩みの種は増え続けるばかりだが、そうも言っていられない。

 

「夏は着る服が限られるから苦手だな……」

「露出とかあんまり抵抗無さそうだったから意外だなぁ」

「そういうのじゃなくて、膝とか喉仏とか出してると可愛くないからさ」

 

 湊音と初華の声がする。

 二人は朝早くからAve mujicaとは別の仕事が入っていた覚えがある。だからこんな時間に来ているのかもしれない。

 祥子は特に気に留めない振りをして直近で必要な書類仕事をしていると、二人が入室してきた。

 

「さきちゃん?」

「……」

 

 初華は驚き、湊音は気まずそうに顔をしかめていた。

 祥子がここにいるからではなく、二人より先にここに居るからである。

 

「さきちゃん、あのね。mujicaのことを頑張るのは良いけど、お家にはちゃんと帰った方が良いと思うよ。

 な、何なら私の家、スペース余ってるから全然来ても良いから!」

 

 初華が祥子の手を取って彼女を労る横で、湊音は興味無さそうに、SNSにアップするでもない自撮りをし始めた。

 

「こんなとこで、寝てるなんて演者としても総指揮者としても失格じゃない?」

「み、湊音くん!」

「初華も良くないって思ってるから、家に連れていこうとしてるんだろ?」

 

 詳しい事情は知らない。

 けれど、湊音と祥子の間が上手く行っていないことは知っている。

 だから、初華は彼の挑発するような言葉を諌める。

 

「二人とも、これはわたくし個人の問題ですわ。心配しなくて結構。それより湊音、睦は一緒ではありませんの?」

「後から来るってよ」

 

 珍しい。

 湊音と祥子の思うことは同じだった。

 自分の予定が後だろうと湊音が居ればついてくる。それが睦だというのに、よほど疲れが溜まっているのだろうと楽観視してしまった。

 

「おはよー!」

 

 元気すぎる挨拶に三人が振り向くと、普段とは明らかに雰囲気が違う睦の姿があった。

 

「ちょっと来ようか!」

 

 付き合いの浅い初華ですら今までの睦と違いすぎて呆けている。

 場が凍る中でも動いた湊音が睦を外に連れ出す。

 

「どういうつもり?」

 

 廊下を少し進んだ自販機の辺りで足を止めた湊音は、空を問い質す。

 今まではこういう場面では現れなかった空の目的が読めずにいた。

 

「睦ちゃんが起きないから代わってるだけだよ。あっ、皆には今までは役作りのためにキャラ作ってたってことにするから口裏合わせてね」

「それって、もしかして──」

「別に、湊音は悪くない……」

 

 湊音の言葉を遮った空の声が普段の睦のような声音に感じる。

 それがあまりに自然すぎて睦が起きたかのように錯覚させる。

 

「睦?」

「なーんてね。睦ちゃんが起きた時に違和感なく過ごせるようにはするから安心してよ」

「帰ったら詳しく聞くからな……」

 

 話は終わりだと言わんばかりに、部屋の方に戻っていく空を湊音はセットが崩れない程度に後頭部をかく。

 

「えーと……大丈夫、なんだよね?」

「うん! 心配させちゃってごめんね、初華ちゃん」

 

 部屋に戻ると不安そうな表情の初華を見て、睦が人懐っこい態度で距離を詰める。

 それを祥子がデスクから動かずに怪訝な表情で観察している。

 

(本当に睦なの……? 湊音はわかっていて、この状況を?)

 

 祥子は睦の異変に気付いているのに、ただ困惑してながら仕事に行く前に睦に化粧を施している湊音を睨む。

 

(……もう少し様子を見ましょう)

 

 今の睦は何かがおかしいことは祥子にも理解できる。

 そんなことを湊音がわからない筈もない。祥子は一先ず手を出さないことにした。

 

 それから、湊音と初華は自身の仕事に向かい、入れ替わる形で海鈴、続いて若麦がやってきた。

 

「お疲れ様ー。ありゃ、今日は居ないのか。折角復帰した『桜』に色々聞こうと思ったのになー」

 

 若麦の策略通りに湊音が芸能界に復帰せざるを得ない状況にはなったものの、完全にとは行かずもどかしく思っていた。

 

「復帰した。と言っても役者としての活動は無く。専らモデル業ばかり。とても桜花嵐の『桜』の復活とは程遠いですけどね」

「あり得ませんわね」

 

 二人の会話を聞いていた祥子はあの夜がフラッシュバックしてしまい、少し怒気が籠った声が漏れ出てしまった。

 

「祥子ちゃん。そんなにかっかしてると皺増えちゃうよ? それより今日のお仕事だけどさぁ」

 

 一色即発の空気を塗り替えたのは睦の一言だった。

 一挙手一投足が全てが注目を集めるそれは全員の視線が祥子から睦に集めるには十分な動作。

 ただ、祥子だけには役を演じているようにも見えた。

 

「初華ちゃんだけとはいえ全員揃う仕事少なくない? 折角バンド組んでるんだし一緒が良いよね!」

「ムーコ、そんなキャラだったっけ?」

「いや、今まで演劇に合わせてキャラ作りしてただけだよ。ああいうの本当に疲れちゃう」

 

 やれやれと言った調子で睦を見ながら祥子の中で疑念が確信に変わりつつあろうとしていた。

 

(それより……? 睦が湊音のことを?)

 

 昔から何をするにしても湊音と共に行動している睦が、彼をそれよりと言うことはあり得ない。

 あの二人は、互いの半身のような存在だったはずなのに。

 

「……時間ですわね」

 

 本当であれば睦を問い詰めたいところであったが、それが原因で今日のスケジュールに支障を来されでもしたら堪ったものではない。

 

 その後の初華を欠いたまま妙な雰囲気のAve mujica四人のインタビューは滞るどころか、睦らしからぬトーク力で無事に終了した。

 

「久しぶりに沢山おしゃべりすると疲れたね。ちょっとお腹も空いてきたかも」

「確か近くにファストフードがありましたね」

「私、今制限中なんだけどー」

 

 帰りの道中、睦達三人の少し後ろを歩きながら祥子は観察する。

 三人の会話は第三者が見ればただの日常でしかない。

 

(睦は器用な子ではありませんわ……なのに)

 

 今の睦は人と円滑にコミュニケーションを取れるし、仮面を外した今のAve mujicaだからこそ、役と素顔のギャップも注目を集めるだろう。

 

「じゃあ、シェアしたらカロリーもその分減るし、にゃむちゃんも行こうよー!」

「えぇ……それ結局お無く空くし、その分余計にカロリー増えちゃうじゃん」

「湊音くんなら残ったやつ全部食べてくれたのになぁ……そういや、湊音くん今日帰ってくるのかな?」

 

 本来なら、良いことのはずだった。

 けれど、顎に人差し指を当てて首を傾げるその仕草は、祥子の知る『若葉睦』とは決定的に違っていた。

 

(睦、今のあなたは一体誰なの……?)




この作品の祥子、なんだかんだ血筋だなとなるので読み直すとうわぁ……となりがち。
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