「で、話って何? 私忙しいんだけど」
「……睦の話ですわ」
湊音と初華が悪天候のせいで離島で足止めを食らった翌日、祥子は睦を某バーガーチェーンに呼び出して、今の『睦』の正体を探っていた。
「私?」
「違いますわ。貴女は睦ではありません」
「まぁ、気付くよね。祥子ちゃんなら」
自身で注文したポテトに手を付けながら睦が目を細める。
流石に付き合いの長い祥子にはバレてしまっていても、そんなことは関係ない。
「祥子ちゃんはさ。バニシングツインって知ってる?」
「……双子が胎内で片割れを吸収してしまう現象のことですわね。それが何なんですの?」
睦の唐突な質問に戸惑いながらも、過去に読んだ本にも出てきた単語を思い出す。
消えてもいないのだから、二人がバニシングツインということはないということにはすぐに答えが出た。
「私の名前は空。若葉空。湊音くんと睦ちゃんと私で三つ子で、私がお姉さんだったんだよ」
「そんな話、二人から聞いたこと──」
「だって、湊音くんと睦ちゃんは知らないもん。あ、湊音くんは信じてくれなかったんだっけ」
ちゃんと言ったのに。と付け足しながら空はナゲットのソースにポテトをディップする。
どうやら好みではなかったようで、渋そうな表情を浮かべていた。
「湊音くんが消えそうになってたから、私の身体をあげたの。ただそれだけのことなんだよ」
空が両手でハンバーガーを二つ持って交互に齧りつく。
「こうして私が睦ちゃんの中に居るのはよくわかんないけどね」
「睦は今、どうなっているの?」
睦と空が多重人格のようなモノとしても、今まで出てこなかった空が表に長時間出ていて、睦が一切表に出てこないことに祥子は一抹の不安を感じる。
「死んじゃったよ」
「……は?」
ハンバーガーをトレイに置いて、冷淡な表情の空が呟く。
「……なーんて、冗談冗談」
「ふざけないで!」
「私は本気。本気で今を生きてる」
「──っ!」
睦が居ない今、若葉睦として存在しているのは間違いなく空である。
それは睦も変わらない。と反論するべきなのに、祥子はその言葉が出なかった。
「……ごちそうさまでした。何もないなら、私は帰るから。じゃあね」
完食した空は失望したような目で祥子を射貫いて、そのまま帰ってしまった。
このまま居座っていても仕方ないため、祥子もすぐに帰って、また嫌な顔をされるだろうが、愛音に湊音への連絡を繋いでもらうかを考えながら、やるべきことのために店を出た。
本気を今を生きている。
空の言葉が祥子の中でやけに反響していた。
◇ ◇ ◇
(……あーあ、服も化粧もぐちゃぐちゃ)
何とか離島から帰ってきた湊音は昼頃から降っている雨を浴びながら家とは逆方向に歩いていた。
(帰りたくない。帰ったら……また──)
二つの夜のことを思い出して背筋が凍る。
睦はもちろん、空のことも心配だが、それ以上に祥子と初華に対する恐怖が勝ってしまう。
「──っ」
雨で足を滑らせて、ぐるりと回った視界を曇天が覆う。
そのまま背中が地面にぶつかる前に人の腕の感触がした。
「あっぶねぇ……! 大丈夫か? あ、いや、こんな濡れ鼠で大丈夫な訳ねぇか……」
湊音をすんでのところで助けたのは、茶色で癖のある髪をした青年だった。
青年が湊音を支えて立ち上がらせ、傘を渡すと、その手を引っ張った。
「え、あの……」
「あー、名乗ってなかったっけ。俺は今井カズ。高三な。俺の家近いから、シャワーと洗濯機使っていけ」
「いや、そんな……」
見ず知らずの人間にそこまでしてもらう必要などないと言いたかったが、不思議とカズからは甘えても大丈夫そうな雰囲気を感じ取っていた。
戸惑いながらも徒歩五分も掛からないうちにカズの家に通され、風呂場に押し込まれていた。
着替えまで用意されていて、理由のない優しさが逆に怖くもあった。
(……温かいな)
冷えきった身体を湯が温めていく。
「さあて……いや、どうすっかな。とりあえず紗夜さんに相談すっか」
湊音がシャワーに入っている間に着替えと洗濯の用意を終えたカズはいの一番に紗夜に通話を掛けた。
『もしもし、今井くん。また湊さんがまた何かしましたか?』
Roseliaのギター、氷川紗夜。
一番尊敬している人は? と訊ねられたら彼女の名前をあげるだろう。
「あのですね。さっきコンビニ行ってたんですけど、帰りに男の子を拾いまして」
『……続けて』
「はい、それで、その子多分最近話題のAve mujica? ってやつのギターの子の双子ぽくて……ほら、昔にテレビとかに出てた『
一度ツッコミたくなる気持ちを抑えた紗夜にカズは簡潔に事を報告する。
『桜花嵐の桜……若葉湊音。だったかしら』
「俺が小学生くらいの時の話ですね」
『……今井くん。報告するのは良いのだけど、私に報告してどうするのよ。半同居している人にするべきだと思うのだけど?』
ため息混じりに紗夜が冷静に指摘する。
紗夜の言うとおりなのだが、半同居人にこの話をすると拗れそうなので避けた。という以外に理由はなく、カズは渋面になる。
「いや、だって……ほら! 面倒になるじゃないですか……」
『言いたいことはわかるけど……! まぁ、とにかく落ち着いたら家に送るなり、してあげなさい。私はこれから用事があるから』
「あ、はい。お疲れ様です。また何かあったら連絡します」
通話を切った後、この時間ちょうどに炊けるようにセットした炊飯器の音が鳴る。
炊いた米の量は二人分。もちろん、湊音の分として炊いた訳ではない。
「友希那さん。ちょっと今日は自分の家に帰ってくださいっと、これで解決!」
友希那にアプリでメッセージを飛ばすことによって何とか食い扶持を確保した。
(どれくらい食うんだろうか。そもそも食えるのか?)
冷蔵庫の中を吟味しながら、湊音に対する対応を考える。
何があったかは知らないが、放っておけない顔をしていた湊音を勢いで保護してしまったことに姉の影響だとため息を吐く。
(とりあえず筑前煮で良いか)
そんなことを考えていたせいか、姉の得意料理を作ることにしてしまった。
「あの……シャワーありがとうございました」
「おう、さっぱりしたか?」
「……おかげさまで」
着替えてキッチンに顔を出してきた湊音を調理をしながらカズは大昔にテレビで見たイメージと違ってちゃんとしてる子だという印象を抱く。
「飯食うか?」
「……遠慮しておきます」
「そっか。なら、これ持ってって適当なとこで休んでていいよ」
枝豆の入った小鉢を湊音に渡して、カズが調理に戻ると足音が耳に入ってきた。
少し冷たい気もするが、きっと無理に救おうとしなくて良いのだろう。
「いい匂いね」
「ちょっと……!」
音もなく現れた友希那のせいで慌ててコンロの火を止めて、友希那を一度家の外に追い出す。
「何よ?」
「いや、俺今日はあっちの家帰ってって言いましたよね!?」
不服そうな友希那にアプリの画面を見せながら問い詰める。
読んでいないのならアプリに意味などないし、わざとなら質が悪い。
「あんなメッセージ来たら普通は浮気を疑うわよ」
「そもそも俺ら付き合ってないだろ!」
その台詞にさらに不服そうな友希那だが、改めて訳を聞いた彼女は一応納得はした。
が、それはそれである。
「急なことなら素直に電話しなさい。あと、カズは私の寝具を使いなさい」
「嫌だよ! 普通に来客用のを使わせるわ!」
「勝手にしなさい。じゃあ私は帰るわね」
嵐のように去っていった友希那の背中を見送って、カズは家の中に戻る。
キッチンに行く際にリビングを覗くと、枝豆には手をつけず、カズが用意していた手拭いを頭に掛けて部屋の隅で小さくなっている湊音の姿が見えた。
(うっわ、相当なんかヤバいことあったな……双子ちゃんと揉めたか、もしくは、この前のバ先の件か。千聖さんにもやんわりと聞いとくか)
音を立てないようにキッチンに戻って調理を再開する。
何となく、昔落ち込んだいた時に姉がやってくれていたことを思い出して懐かしくなった。
そろそろ章を区切ってもいいかもなと、思ったり思わなかったり。