「長いようで短いですわね……」
中学二年生の最後の登校を終えた祥子は湊音と合流して、今日は来年度に向けた服を見るためにショッピングモールに向かっていた。
「何が?」
「卒業までもう残り一年ですわ。そうしたらわたくし達も高校生ですのよ」
「でも、さっちゃんのとこって中高一貫だよね?」
湊音が冷静にツッコミを入れると、水を差されたことに不満なのか祥子は少し頬を膨らませる。
「そうですけれど、特別な一年になると思いますわ」
「……俺はあんまり変わらないと思うけど」
湊音の発言に祥子がニヤリと口角を上げる。
「なら、やっぱり特別な湊音にとっても特別な一年になりますわ。だって、わたくしがそうしてあげますもの」
「それは……いや、何でもないや」
祥子に出会ってからの毎日が湊音にとってはと言う話をしようとして口を噤む。
ただ、今のぬるま湯のような微睡みに甘えて、それを告白するだけの勇気が湊音にはなかった。
「人が多いですわね」
「春休みシーズンだしね」
道中の人が多くなってきて、そんなやり取りをしつつも二人の距離は変わらないまま、目的の店まで歩いていく。
祥子の手が一瞬だけ湊音の袖に触れて、すぐに離れた。
「あっちも新調しようかな」
「そっちは一人の時にしてほしいですわ……」
「なんで?」
「……なんでも、です」
湊音がちらりとランジェリーショップの方に目をやると、祥子は何ともいえない表情にさせられる。
そういう仲でもないのに、異性が下着を選んでいるところを見るのは、複雑な気持ちになってしまう。
「今日はどういうのにしようかなぁ……お花見に行くこと考えると安易にピンクは選べないよなぁ」
「このよもぎ色のスカート。いいですわね」
祥子は上着を物色している湊音の腰にロングスカートをあてて、うんうんと頷く。
「じゃあ、これを軸にして……上は白のブラウスで──」
二人であーでもない。こーでもない。と話ながらセットアップを考えて決まったところで湊音が試着室に入る。
「どうどう?」
「そうですわね……」
試着室から出てきた湊音を頭から爪先まで舐め回すように見る。
白のカットソーにパステルカラーのカーディガン、それに祥子が選んだよもぎ色のスカート。
(控えめに言って可愛いですわね……)
パッと見は普通の女子にしか見えないのだが、よく観察すると男特有の身体のパーツが見えてしまう湊音の姿に祥子は何かが込み上げていた。
「いいですわね」
「ふふん、やっぱり世界一可愛いからね」
妙なことを口走る前に無難に褒めてみると、湊音はご満悦な様子だった。
「ただ……もうワンポイントほしいですわ。そう例えば──」
祥子は近くにあったベレー帽を手にとって、湊音の頭に乗せ、彼の身体を姿見の方へくるりと回す。
「このベレー帽なんて、良いと思いますわ」
「さっちゃんはあまりこういうの外さないから、信頼してる」
社交ダンスでもするかのような姿勢で、湊音を支えて祥子は目を細める。
鏡の中の二人の距離に気付いた湊音がゆっくりと祥子から一歩離れて微笑む。
「おん?」
スマホに着信があり、試着室のハンガーに掛けてある上着から取り出して通話に出る。
着信画面は睦であることを示していた。
『今どこ?』
「今? ショッピングモールでさっちゃんと服見てるけど」
『私も行く』
睦はそれだけ伝えると通話を一方的に切った。
仕方ないな。と湊音が苦笑いすると祥子はおおよそを察したらしい。
「睦、ですの?」
「こっち来るってさ」
湊音としては二人きりが良い。ということはない。
むしろ、睦も祥子も自身にとっては半身のような存在で三人が揃うことは喜ばしいことである。
「というかさ、一緒に来たら良かったんじゃない?」
「そういうとこですわよ……」
世界一可愛いを自称する割に、こういう機微に疎い湊音にため息が出る。
祥子としても二人は半身のような存在と言っても過言ではないが、二人きりになりたい時だってある。
それから試着を終えて服の会計を済ませて待つと、程なくして睦が合流した。
「お腹空いた」
「来て早々何を言うかと思えば……」
「まぁ、お昼前だし」
マイペースな睦に祥子が呆れる。
時計もちょうどお昼過ぎを過ぎていたこともあり、フードコートに向かおうとすると、無言で祥子が湊音の右腕に絡み付いてくる。
それを見た睦が湊音の左腕に絡み付く。
「あの、二人とも、歩きづらいんだけど?」
「右手がお留守でしたので……構いませんわね?」
「行かないの?」
二人はこの形でエスコートされる気満々らしく、湊音は諦めのため息を吐いて一歩を踏み出した。
その途端に祥子の腕の力が少し強くなって、ふと、腕に柔らかい感触が当たりドキッとして思わず視線だけ彼女の方に流す。
「ふふっ、やっぱり湊音は世界で一番可愛いですわね」
「そういうとこ!!」
それすらも祥子の計算通りだったのか、いたずらっぽく笑う彼女に顔を真っ赤にさせられる。
湊音は照れ隠しで二人を振りほどいて、早足で先を行く。
各々フードコートで注文を済ませて再度テーブルに集まる。
丸型のテーブルで三人が向き合う形になって、他愛のない会話で時間が過ぎていく。
来年も、その次も、ずっと、こんな日々が続いていくのだろう。
それだけではほんの少しだけ物足りないと感じてしまったことに、祥子は気付かないふりをした。