ツインズ・リーフ   作:効果音

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祥子の好物チョコレートなのは卑しか女すぎませんか???


are you there

(湊音くん、帰ってこないなぁ……撮影長引いてるのかな?)

 

 祥子に自身の正体を明かした後、帰宅した途端に天気が崩れ、大雨が降り始めていた。

 昨晩聞いた予定では既に戻ってきているはずなのだが、帰ってくるどころか連絡すらない。

 

「湊音くんのアイス食べちゃえ」 

 

 湊音がストックしているバニラバーを勝手に持ち出して、部屋のテレビでサブスクの映画を垂れ流す。

 睦はあまり娯楽に触れなかったせいで中に居た空は映画を見たくても、間食をしたくても、できずにいた。

 

(これくらいはしても良いよね)

 

 睦が消えたという不安から目を逸らすために、今は自分のやりたいことを優先した。

 湊音が居ないことだけが残念だが、別に一人で楽しむことだってできる。

 

 冷たさと甘さが舌に広がる。

 

(なんか、思ってたよりつまんない……)

 

 映画にもバニラバーにもいまいち集中できず、ただ時間だけが過ぎていく。

 気がつけば雨も止んでいて、晴れ間が差していた。

 

(湊音くんが居たら──)

 

 そう思うと勝手に身体が動いて、家の外へ出ていた。

 もう雨は止んでいるのに、空の心は晴れないままで、彼が居そうな場所を探し回ってもどこにも居ない。

 

 コンビニ、散歩コース、駅前、ジム。

 どこを探しても湊音は見つからなかった。

 

「電話にも出ないし! 何処居るの! もー!」

「アレ? ムーコじゃん。オフに何してんの?」

 

 難航する湊音捜索にイラついていると、動画撮影のために外に出ていた若麦と出くわす。

 

「……散歩」

「その割には汗だくだけど?」

「にゃむちゃんには関係ないでしょ」

 

 元を辿れば、どうしてこんな状況になったかといえば、若麦の行動のせいである。

 ふん。と冷たくあしらおうとするも、若麦から差し出されたハンドタオルを邪険にすることもできずに、引ったくるように汗を拭う。

 

「そういえば湊音とは一緒じゃないんだ。てっきり撮影は終わってもう帰ってきてると思ったけど」

「……困っちゃう、よね」

 

 まだ壊れる訳にはいかない。

 若麦に悟られまいと必死に平静を保つ。

 

「まぁ、ムーコからしたらそうだろうけどね。私は撮影あるから帰るわ。じゃあね」

「うん、バイバイ……」

 

 足音が遠ざかり、急に周囲から音が消える。

 

(今、何してたんだっけ)

 

 息が、うまく吸えない。

 

(湊音くんを探してて)

 

 一度、大きく吸うが、うまく空気を取り込めない。

 

(それで、えっと──)

 

 もう一度、吸う。それでも足りない。

 何をすれば良いのかすらわからなくなる。

 

(──帰る)

 

 立っている意味すらわからなくなり、足に力を入れて靴底を地面に擦らせながら帰る。

 

 足は動いているのに、どこを歩いているのか分からない。

 睦の中で見慣れたはずの道が、少しだけ違って見える。

 

(……こっちでいいんだっけ)

 

 立ち止まりかけて、やめる。

 止まったら、そのまま動けなくなる気がした。

 

 だから歩くしかない。

 

 

 二日後。

 湊音が塞ぎ込んでいても世界は時の歩みを止めることなどない。

 

(……また水しか飲んでないな)

 

 下げた皿を見て、カズは軽く息を吐く。

 そのまま、冷めた料理を自分の朝食として口に運んだ。

 

 この二日の間、用意した食事に手はついておらず、会話らしい会話はない。

 はいかいいえ、もしくは沈黙しか湊音からは返ってこなかった。

 

(まだニュースにはなっていないけど、親御さんや双子ちゃんは心配してるだろうし……このままじゃ不味いよなぁ)

 

 芸能一家の子供が失踪。双子の片割れは良くも悪くも今話題の仮面バンドのギターと来た。

 これが広まれば、それなりのゴシップになることは容易に想像できる。

 

(あそこに頼るの嫌なんだよなぁ……)

 

 カズは顔をしかめながらメッセージアプリを開く。

 連絡先をスクロールし、指を止めて数秒思考する。

 短くメッセージを打ち込み、リビングに一度戻る。

 

「ごめん、俺ちょっと出掛けてくるわ。お腹空いたら冷蔵庫開けちゃって良いから」

 

 それだけ湊音に言い残してカズは家を出た。

 

(……スマホ鳴りっぱなしだ)

 

 取り残された湊音は、スマホが絶えず通知を知らせているが、名前を確認する前に煩わしくなって電源を落とした。

 

(……仕事)

 

 あの撮影以降、何も入っていない。

 

(どうでも良い……)

 

 Ave mujicaの仕事以外は予定がなく、そのAve mujicaも睦専属のメイクという裏方でしかない。

 

(……今は誰とも話したくない)

 

 二日前から思考が前に進むことはなく、沼のように沈んでいって、同じ場所でもがき苦しんでいる。

 時間もちっとも経ってないようにしか感じない。

 

(……)

 

 浮かぶのは祥子の顔で、輪郭を思い浮かべた辺りで霧散して、もう一度別のことを考えようとして、また彼女の顔が過って止めるのを繰り返す。

 

「お邪魔しまーす」

 

 ガチャりと鍵の開く音がして、明るめな女性の声が聞こえてくる。

 途端に湊音はカズが用意してくれた毛布に身を包んで、ソファーの上で寝たふりを始めた。

 

「カズー? あー、出掛けてるっぽいな……あっ」

 

 リビングを見渡したリサがソファーで寝る湊音の背中を見つけてハッとする。

 寝ていたのなら独り言で起こしてしまったら申し訳ない。

 できるだけ、音を出さないようにそっと椅子に座る。

 

(アレが確か今匿ってる子かぁ。ご飯食べてくれないって言ってたっけ)

 

 弟のカズから事情は聞いていたが、実際にどうしていいかわからないのも無理もない。

 

(うーん、カズが色々頑張ってるなら、私が手を出すのも野暮かな)

 

 カズが具体的な相談をしてこなかったということは、まだ自分でどうにかしたいのだろう。

 弟の成長は喜ばしいものの、頼ってくれなくなる寂しさもある。

 

(──でも)

 

 チラとソファーに目を向ける。

 

(アレをどうにかできるとは思えないんだよねぇ)

 

 リサは毛布にくるまったままの湊音を放っておける人間ではない。

 

「ねぇ……起きてる?」

 

 少しだけ間を開けて湊音に軽い声を掛ける。

 やはり、寝ている振りなのか僅かに身体が動いた。

 

(こりゃ相当やられてるっぽいなぁ)

 

 リサはカズが苦戦してる理由を察した。

 たまにRiNGで見掛けてることはあったが、一緒に居た女子や双子の睦ほどの関わりはない。

 

(何も言わないなら、言いたくなるまで待つしかないか……)

 

 そう思いつつも、リサは情報をもってそうな人物に心当たりがあった。

 個人的に情報を集めるくらいはしても良い。

 

「ちゃんとご飯食べてあげてね」

 

 やることができたリサが一言だけ声を掛けても返事はない。

 

 扉の閉まる音がして、部屋の中の音が無くなる。

 

 時間だけが無意味に過ぎていく。

 目を閉じて、開く。

 

 何も変わっていない。

 もう一度、目を閉じる。

 さっきより少しだけ時間が経っているはずなのに、違いが分からない。

 

 喉が渇いている気がする。

 けれど、起き上がる気力が湧かない。

 

 手を伸ばせば届く距離にあるはずの水すら、遠く感じる。

 毛布の中で指先だけが僅かに動く。

 それだけで、疲れる。

 

(……何もしてないのに)

 

 そう思ったところで、続かず途切れる。

 何かを考えようとして、途中でやめる。

 

(……)

 

 どれくらい時間が経ったのかわからない。

 わからないままでも、別に困らない。

 困らないことだけは、わかる。

 

 毛布の中で、目だけが開いたまま、何も変わらない。

 

 このままでいいはずがないのに。




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