ツインズ・リーフ   作:効果音

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Affectus imperfecti per carmen contexti.
4:34~


(……さっちゃんに可愛くないとこ見られた)

 

 祥子が家を出た後も、湊音は相変わらずソファーから動けないままだった。

 けれど、毛布に潜ったまま顔を覆って呻く程度には余裕が戻っている。

 

(嫌すぎる……)

 

 それはそれとして酷く落ち込んでいた。

 誰とも話したくなくて、全部放り出して閉じこもっていたのに、ぼんやり祥子のことを考えていたら本人が現れた。

 しかも、すっぴんで、髪もぼさぼさで、まともに手入れもしていない状態を見られた。

 

 端的に言って最悪だった。

 

 戻ってきた友希那も湊音の前に新しい水を置いた後、真顔でテレビの猫特集を見ているだけで、湊音に何も言わない。

 

(……もう無理)

 

 思考がまとまらないまま、とてつもない眠気に引きずられる。

 抗う気力もなく、湊音はそのまま目を閉じ、そのまま眠りに入った。

 

 一瞬で深い眠りに入ったかと思えば、次の瞬間には目が覚めていて、気だるそうに湊音が瞼を開けると、時計は午後の三時を示していた。

 

 腰を起こしてソファーの上で体育座りをする。

 ラップの掛けられたスープとゼリー飲料が目の前のテーブルに置かれていた。

 

「いい加減、ちゃんと栄養を摂らないと……死ぬわよ」

 

 少し離れた位置で猫の動画をテレビで再生しているにしては、淡々と友希那が告げる。

 言う通りなのは間違いなく、このままではいけないのも頭では理解している。

 

「昼に豊川さんが来て、あなたのために具無しの味噌汁を作ったのよ。一口くらい飲みなさい」

 

 恐る恐るカップに手を伸ばした湊音はぬるい味噌汁の温度を手に感じる。

 

(……さっちゃんのならって、我ながらちょろいな……かわいくない)

 

 昨日まで全く元気がなかったくせに、祥子の顔を見た途端にこうなる自分を扱き下ろして、一口だけ味噌汁を口に含んだ。

 

 口当たりは良くて、胃の負担にならない温度がちょうどいい。

 一気に飲まずにゆっくり、時間を掛けて一杯の味噌汁を飲み干す。

 

(気持ち悪い……)

 

 動き始めた胃が食事を求めようとしている。

 湊音の気持ちと逆行したその感覚が気持ちの悪さを増幅させる。

 

(……ダメだ。身体がだるい……もう少し寝よう)

 

 何もかも足りていない身体は睡眠を求めていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「うーん……」

 

 愛音は天文部の部室で唸っていた。

 

「ぉ……」

 

 燈もそんな愛音の様子を見て、何か考え事をしていそうな彼女に声を掛けていいものか。

 目の前にある活動日誌を進めなければ行けないのだが、どうにも気になる。

 

「あっ、そろそろ時間だ。ともりん、ごめん! ちょっと私行ってくるね!」

「え、あっ……うん」

 

 愛音は鞄も持たずに部室の外へ行ってしまい、結局燈は一人残されてしまった。

 

(機嫌良さそうな音だこと……)

 

 音楽室の前に着くと、愛音の耳には少しテンポが早めのピアノの音色がうっすらと聞こえてきた。

 Ave Mujicaの素顔が世に晒された後、程なくして活動休止が発表された。

 詳細は公には知らされていないが、おおよその察しはついている。

 

「なんか良いこと、あったんでしょ?」

「……ご期待に添えるかはわかりませんが──」

 

 愛音が音楽室に入ると、ピアノの音が止まる。

 けれど、祥子の指先はまだ余韻を追うように鍵盤の上へ残っていた。

 いつもなら人が入ってきた時点で、視線と身体をこちらに向ける。

 

(あー、わっかりやすいなぁ)

 

 湊音の現状を聞きながら、深刻そうなのにどこか浮わついているようにも見える祥子に愛音は呆れを隠していた。

 

「なるほど……結局、湊音くんとはちゃんと話せてないけど、通い妻してきた。と」

「言い方……!」

 

 大まかに湊音の事情を聞いて愛音が漏らした言葉に、祥子は思わず眉を寄せ単語でツッコミを返してしまった。

 以前の自分なら、こんな軽口に反応する余裕など無かった気がした。

 

 こほん。と祥子が咳払いをして話を仕切り直す。

 

「とにかく、心配なさらなくとも──」

「いや、するでしょ。私はともかく、ともりんやそよりん、リッキーは心配してると思うけど?」

「それは……」

 

 CRYCHICのメンバーの名前を出されると、言葉が出なくなる。

 始めたのも終わらせたのも自分であるからこそ、MyGO!!!!!という新しい居場所を見つけられたことだけは喜ばしい。

 だけど、自分の弱みを見せたがらないのは一種の傲慢である。

 

「逃げんなよ! 気になるし、また進展あったら報告よろしく!」

 

 別に祥子のことをいじめたいわけではない。

 が、これくらい言っておかないと、逃げるような気がした愛音は釘を刺して、音楽室から出ていった。

 

 それからもう少しピアノを弾いた後、祥子は湊音の居るマンションへ向かう。

 祥子を迎え入れたのはまたしても友希那だったため、疑問が沸いてきた。

 

「あの、ふと気になったのですが……」

「何かしら?」

「ベースの今井さんと同居なさっているのですか?」

 

 郵便受けや玄関には『今井』と書かれたネームプレートがあり、Roseliaのリサと同居しているにしては家具や内装が男性向けのものであることが気になっていた。

 

「リサは実家住みよ?」

「……ここの家主の今井さんは一体どなたで?」

「今井カズ。リサの弟で……私の耳に穴を開けた男よ」

 

 青薔薇のピアスに触れながら放たれた友希那の言葉に祥子は違和感を覚えて思わず足を止めてしまう。

 何故、バンドメンバーの弟の家に当然のように居着いているのか。

 

 踏み込んではいけないような、されど後ろ髪を引かれるような気持ちで再び歩みを進めた。

 

「今はマグロの一本釣りをしているそうよ」

「はい……?」

 

 廊下の扉を開けた友希那が二人の邪魔はしまいと、別の部屋に行ってしまった。

 色々聞きたいことがあるのだが、そんなことよりは湊音をどうにかしろと言われているようだった。

 

 相変わらず毛布で顔を隠しているが、しっかり起きている湊音の姿に祥子は安堵した。

 

「良かった……起きれるようになりましたのね」

「……何で、来たの」

 

 湊音の隣に腰を落とすと、彼から弱々しい声が漏れた。

 何故と問われると答えに詰まってしまう。

 

「それは……」

 

 一度目とは違う答えを探して、何度も自問自答してきた。

 だけど、はっきりとした答えは出ないまま、ここに来た。ここに来てしまった。

 

「……ちゃんと飲んでくれましたのね」

 

 露骨に話を逸らして、湊音の前に置かれたお椀が空になっていることに少しだけ場違いな嬉しさを感じてしまった。

 湊音から返事はない。

 毛布に半分埋もれたまま、ぼんやりと床を見ている。

 

「……その、味は大丈夫でしたの?」

「……」

「そう……なら良かったですわ」

 

 そこで会話は途切れる。

 祥子は次の言葉を探そうとして、やめた。

 睦の話はできない。

 Ave Mujicaの話も聞かせたくない。

 何故居なくなったのかを問い詰められる状況でもない。

 

「わたくしは──」

 

 当たり障りのない話題を探そうとして、そんなものが二人の間に残っていないことに気付く。

 

「……また来ますわ」

 

 自分の言葉が湊音をどうにかしてしまう前に、祥子は立ち上がって、彼から離れていく。

 

 リビングを出る際に、もう一度振り返って何かに期待して湊音に視線を向けてしまう。

 呼び止められるはずもないのに、そんな期待だけが胸の奥に残っていた。




平成ギャル豊川祥子にあのさきの波動を不正受給したので次回はそういう話にします。させてください。自分あのさき行けます。
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