探さないでください。
(……うるさい)
室外機の音が妙に耳障りで、テレビから流れる湊音と睦の声が聞こえない。
祥子を追い出した後、空はテレビにかじりつくように目を向ける。
(嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い!)
思い浮かぶのは、自罰的な祥子の顔だった。
祥子さえ居なければこんなことにはならなかったのに。
(でも……祥子ちゃんが居なかったら湊音くんは? 私と睦ちゃんじゃ湊音くんは手を取ってくれなかった……)
コンプレックスの原因なのだから当たり前である。
そんなことすら吹き飛ばしてしまった祥子に勝てる通りはない。
だから、自分はどうなったとしても、湊音だけは救い上げてくれると思っていたのに、そうではなかった。
(嫌い……睦ちゃんを消して、湊音くんも守れない。私自身が……)
産まれた時には、この身体が自分のモノじゃないことくらいわかっていた。
この肉の檻の中には沢山の『若葉睦』が居て、状況に応じた『若葉睦』が表に出てくる。
そんな中でも自分は『若葉睦』という器がストレスを感じた時に表に出る役割だった。
(時々、お母さんの目が冷たい気がする)
だけど、産まれる前にお腹の中で弟に命をあげたことは覚えている。
お腹の中で三つ子の名前を考える両親の会話も聞こえていた。
『若葉
自分からあげた命だ。そこに不満はない。
だけど、自分が表に出ている時の母の表情はヒトではないナニかを見るようなモノだった。
それに気付いてから空は両親の前で表に出るのを止めた。
自分がどう扱われているかはわからないが、産まれる前に消えた子供のことはあまり思い出したくもないだろう。
(湊音くん、私のせいで色々気にしちゃってるな)
身体をあげるということは、顔もあげるということ。
湊音は体格も女子に近ければ、顔は睦そっくりだった。
そうでなければ消えていたのは彼だったのだからこればっかりは仕方ない。
(まぁ、私のことなんて話しても信じてくれないだろうけどさ)
たまに湊音と会話するだけでも、それはそれで満足だった。
だから、睦も湊音も居ない今は苦痛でしかない。
(もう外も暗いし寝ちゃおう)
テレビと部屋の電気を消して空は眠りに着いた。
◇ ◇ ◇
気付けば夜道を歩いていた。
若葉家を出てからの記憶は曖昧で、どうしてこの場所に居るのかもよくわからない。
(……今更、帰る場所など──)
茫然自失で歩いていると、不意に軽く肩を叩かれた。
「君、豊川祥子だろ?」
振り向くと、癖っ毛の青年がひきつった顔をしていた。
「まーた年下拾ってきてんじゃないって言ってんの!」
「俺がどうせ面倒見るんだから良いじゃん!」
「湊音を人任せにして漁船乗ってたじゃん! それなのに何で二人目拾ってきちゃうかなぁ!」
「こんな時間に一人でふらついてたら危ないでしょうが!」
目の前で初対面の姉弟が自分の扱いを巡って口喧嘩をしている。
そんな状況に祥子は今までにないいたたまれなさに包まれていた。
「あ、あの……わたくしは大丈夫ですので──」
「祥子は黙ってて!」
「祥子は黙ってて!」
カズとリサ、二人から同時に怒鳴られて萎縮してしまう。
空に追い出されてから夜道をふらついてたら、カズに拾われて、今井家に連れ込まれたと思えば、これである。
「大体、女の子一人家に連れ込めるなら、さっさと友希那に告っちゃいなよ……」
「ぐあああああ!!」
痛いところを突かれたカズが胸の辺りを抑えて悶える。
「あ、姉貴だって、最近友希那さんが構ってくれないからってクッキー焼く頻度が増えたって紗夜さんから聞いたぞ!」
「ごはああああ!!」
カズのカウンターがモロに入った。
二人ともお互いを言葉で殴り合って、床に這いつくばる。
(本当にいったい何を見せられているの……?)
コント染みた姉弟喧嘩を見せられ、祥子はただただ困惑するのみだった。
「と、とにかく、お風呂入ってきなよ」
先に脇腹を抑えながら生まれたての小鹿のように立ったリサが祥子を風呂に入るように促す。
確かに、1日の間で嫌な汗を掻きすぎて、洗い流してしまいたかった。
(……何も見えていませんでしたのね)
湯船に浸かりながら、祥子はここ数日のことを回想する。
湊音を救い上げることもできず、空からは否定され、初華は見つからないまま。
あの日。春日影を、CRYCHICの思い出を上書きされた時より、失っているモノは増えるばかりだった。
自作自演の舞台の上で忘却を意味するオブリビオニスなどと名乗っておいて、何一つ忘れることなどできないでいた。
「お先にご無礼いたしました」
「いいよいいよ。ほら、紅茶とクッキー用意したから良かったらどうぞ」
風呂から上がり、用意されていた借り物の着替えに気後れしながら袖を通し、リビングに出ると、リサが紅茶とクッキーを用意して祥子を待っていた。
「洗濯まで勝手にやっちゃってごめんね?」
「いえ、こちらこそわざわざありがとうございます……」
頭を下げてから椅子に座り、紅茶を一口啜る。
「──美味しい……」
「ふふっ、ありがとう。バンドの皆に配ったり、人に教えたりしてるから、ついでに紅茶についてもアレコレ勉強してて良かったよ」
思わず声を漏らしてしまった祥子を見て、リサが微笑む。
友希那が昔を思い出すと言っていたのも頷ける。
「落ち着いて……そうだな」
二階の自室に行っていたカズがリビングに降りてきた。
リサの隣に座ってクッキーに手を伸ばそうとして、彼女に手を叩かれる。
「あんたのじゃないから」
「……え、姉貴のクッキー食べたい」
余程食べたかったのか、カズはしゅんとしてしまった。
祥子としては、別に独り占めしようともしていないのだが、何となくこの姉弟の関係性が見えてきた気がする。
「ええっと……」
「って、それどころじゃないか。かなりうまく行ってないらしいじゃん」
そんなことより、夜道をふらついていた理由を聞き出す方が本題だった。
「それは……」
この期に及んでなお、自分の愚かさを言葉にすることが、これほど恐ろしいとは思わなかった。