「湊音のレッスン終わりに姉貴に拾ってもらって友希那さんを楽屋入りさせたら、その後はRiNGで打ち合わせして、終わったら洗濯回しながら夕飯作って明日の準備して、あ、ががががが」
急に降ってきたタスクの数々にカズは忙殺されていた。
そもそも直前まで漁船に乗っていたにも関わらず、その疲れを癒す暇すらない。
「ところで、貴方ここ数日漁船に乗っていたみたいだけど、何をしていたの?」
「あー、その話? 端的に言えば、女の子に会いに──いたたたたた!! 友希那さん痛い!!」
家を空けていた理由を説明しようとしたら、友希那がクリストを掛けてくる。
どこでそんな格闘技を覚えてきたのかは気になるが、今はそれどころではない。
「私を放置して、異性に会いに行くなんて良い度胸してるわね」
「最後まで聞いてってば……会いに行ったってのは、三角初華。Ave Mujicaのフロントにちょっと用があったんだよ」
「そう……」
カズの言い訳を聞いた友希那は更に締め上げる。
ただの浮気ならまだしも、他のバンドのフロントに会いに行くなど言語道断だった。
◇ ◇ ◇
時は遡ること、約一週間前。
カズは漁船の上で釣竿と格闘していた。
「うおおおお!! フィッーーシュ!!」
「こりゃあ、三日前に源さんが落としたやつだなぁ」
カズが渾身の力を込めて釣り上げたそれは、ゴムの長靴だった。やたら重たく感じたのは、海藻がびっしりと絡みついていたかららしい。
「ち、ちくしょうめ……!」
たかだか一回ハズレを掴まされた程度で折れていられない。
カズは負けじともう一度竿を振る。
「そういえば、あんちゃんなんでこんなとこまで来たんだ?」
「人探し! 三角初華って女の子がこの島に居るって聞いたんだけど! おっちゃん知らない?」
「あー、三角さんのとこの。この間東京の方に越していったよ?」
「へ? 東京?」
聞いた話と違う。
信用できる筋から仕入れた情報だ。間違っているとは思えない。
だからといって、目の前の漁師が嘘をついているようにも見えなかった。
「また掛かった! 今度こそぉぉぉぉぉ!!!」
「今度は源さんが昨日落とした手袋かぁ」
この後、何度も竿を振るものの、魚は一匹も釣れなかった。
「かぁ~マジかぁ……三角が居ないんだったら何のために来たんだ?」
カズは港に戻ってきて、ホタテのバター醤油焼きを七輪で焼いてもらい、それを眺めながら今後どうするか頭を悩ませる。
「うっまぁ!?」
悩んでいても仕方がない。
一口かぶりつくと新鮮なホタテがここまでとは思わず声をあげてしまう。
「お、坊主! 今日もタダ飯食らいか?」
「源さんの落とし物多すぎて上から下まで一式揃う方がおかしいんですよ!」
「源さんはおっちょこちょいだからな!」
因みに源さんという人物にはカズは会ったことがない。
何かの隠語なのかとも思ったが、存在する人物らしい。
「ま、それだけ喜んでくれるなら、うちで今朝獲れたての刺身食ってくか?」
「マジっすか!? ゴチになります!!」
早朝に叩き起こされて昼過ぎまで船の上だったせいで、いくら食べても食べたりないくらいだった。
(て、いかんいかん。三角を探さないと! 絶対ここに居る筈なんだがなぁ……)
こんなことをしている場合ではない。
さっさと出された刺身を平らげて、三角初華探しに戻る。
(ほとんどの場所は見て回ったし、もう一度調べてもらうにしても、現地でもやることはやらないとな)
結局は足で探すことにして、気合いを入れ直して手始めに近くを横切った高校生くらいの女子に声を掛ける。
「そこの君、ちょっといいか?」
金髪のショートカットヘアーに、アメジストを思わせる紫色の瞳。見覚えがあるどころではない。
Ave Mujicaのフロントが、何食わぬ顔で目の前を歩いていた。
「今、三角初華って、人を……」
「……えっと……それは──」
「お、お前だー!!」
カズは思わず指を差して叫んでしまう。
そのせいで初華も驚いて肩が跳ねる。
「ち、違います!」
「んなわけあるかっ!」
そのまま走って逃げる初華をカズも走って追いかける。
土地勘の差もあってなかなか距離は縮まらない。だが、
(体力は余裕、だけど、一回撒かれたら次いつ会えるかわっかんねぇからぜってぇ逃がさねぇ!)
今回、何故こんなところに来ていたかというと、湊音の件を勝手ながら探りに来たからだった。
Ave Mujicaの活動休止と同時にsumimiの活動も止まって、それが湊音を拾ったタイミングに近いとなれば無関係には見えない。
「自分を訪ねられて逃げるってことは何かやましいことがあるんだよな!?」
「違います!」
「なんで島の人が『三角初華』は東京に行ったなんて言ってんだよ!!」
追いかけているうちに整地されていない坂道へ入り込み、余裕のあったカズの体力も猛烈に削られていく。
しかし、それは向こうも同じだった。丘の頂上に辿り着く頃には、初華も程よい高さの石に腰をおろして息を切らしていた。
「……こんな、追いかけ回して、何なんですか?」
「捕まえに来たとか、そういうんじゃなくて、湊音のことを聞きに来たんだよ。知らないわけないよな。若葉湊音のこと」
「……それは」
話せるわけがない。
自分の身の上は、決して他人に明かしていいものではない。
まして、湊音にしてしまったことなど、今会ったばかりの相手に言えるはずもなかった。
「全部言えなんて言わないけど……湊音との間に何かあったか、教えてくれればいい」
これで素直に教えてくれるとはカズも思ってはいない。
逆にさらっと言えてしまうのであれば、それまでのことでさっさと本人に吐き出してしまえとすら思っている。
「……まぁ、どっちでもいいや」
カズは服が土に汚れることを気にせず、初華の前で足を開いて座る。
聞ければ何かできることはあるかもしれないが、自分が何かしてやれるかは別問題ということは、友希那や氷川姉妹のことで経験済みだった。
「湊音くん……今、どうしてるんですか?」
「俺の家で引きこもってる。飯もろくに食わねぇし困ってんだよ」
「そう……ですか」
自分から聞いておいて初華の顔が曇る。
それだけでも、初華と湊音の間に何かあったことは察せられる。
相手を心配して後悔する心があるのであれば、少なくともそんな相手をカズが責め立てることではない。
「私のこと、何か言ってました?」
「完全に塞ぎ込んでて、ほぼ会話してないな」
「……っ」
それを聞いた初華が更に表情を暗くする。
普段の湊音からは想像もできない状態だった。それが自分のしたことと無関係だとは、初華には到底思えない。
「私は……さきちゃんのためなら何でもしてあげたかった」
「……だから?」
「でも……私には何もできなくて……湊音くんならさきちゃんを笑顔にできると思って……」
初華が途切れ途切れに言葉を絞り出す。
リサがベースを辞めてしまったあの頃、自分もこんな絶望を抱えていたような気がして、カズは何も言えなくなってしまった。
◇ ◇ ◇
「……で、結局三角さんはどうするの?」
拘束を解いて静かにカズの話を聞いていた友希那が彼に問う。
湊音達に対するカズのスタンスから答えは察していたが、それでも本人の口から確認しておきたかった。
「……少なくとも俺達が手を出す話じゃないのは変わんないし、今は湊音達のライブに集中する」
この曲も使うし。と付け加えながらカズはパソコンにUSBメモリを差す。
その楽曲データは、いつか『歌う覚悟』を持った誰かが現れた時に託すため、友希那からカズに預けられていた。
それを湊音に託すというのだから、カズとしても半端なことはしたくない。
「久しぶりに歌ってあげるわよ?」
「ステージの上に居ない友希那さんに歌われてもな」
ディスプレイに表示されたLOUDERの文字を眺めながら友希那の生歌という誘惑を受け流す。