↓
遅刻しそうな気がするし今から書くべ!
↓
なんかできたので出産。
この作品書いてて自分の中で時系列はしっかり決めてるものの、作中で一切説明する気がないの同かと思うにゃわん。
(何か街中が赤くて可愛い感じになってると思ったら……そっか、そろそろバレンタインか)
未だ寒い季節の中。睦がスタジオに籠ってギター弾きっぱなしモードに入ってしまったため、家でやることもない湊音は今季お気に入りのベルテッドロングコートを羽織って散歩に出掛けていた。
街中はバレンタインシーズンで赤やピンク、チョコレートの意匠の物が多く目に入る。
毎年このシーズンになるとクラスの男子から湊音に向けられる視線が飢えた物になるが、男にそれを求めるのか? という思わなくはないが、それだけ自分が可愛いということで特に気にしていない。
(バレンタインライブ……これもまだ睦がバンドやってたら見に行ってたのかな?)
たまたま通り掛かったライブハウスCiRCLEの入口に、バレンタインライブのフライヤーが配られていて、それを手に取る。
どうやら一枠分空きが出てしまったらしく、その穴埋めの募集も行っているとのことだった。
(まぁ、今は関係ないか。睦も一人でこういうの出ないだろうし)
フライヤーを丁寧に丸めて手持ちのバッグに入れて夕食前に睦の演奏を一曲くらいは聴くために帰ろうとすると、いつの間にか背後を取っていた友希那に声を掛けられる。
「
「え、あぁ……ちょっと前まではこういうの来てたんですけど、最近はあまり……」
真顔というか仏頂面というか、表情の動きが少なく何を考えてるのかよくわからないまま、友希那は少し考えてから頷いた。
「そう。なら、こちらに来なさい。手続きしてもらいましょう」
「え、何の?」
「何って決まっているじゃない。ライブの出演の手続きよ」
そのまま手を引かれてライブハウスの中に入ると受付まで連れて行かれそうになったところで手を振りほどいて一歩距離を取る。
「楽器なんてやったことないですし、そもそも俺、男ですよ? ガールズバンドのライブに男混ざってたら変でしょう?」
「男……? この前ガールズバンドでギターを弾いていたじゃない」
「それは俺じゃなくて双子の睦ですね。俺は湊音です」
フリル付きのチョーカーを下げて喉仏と持ち歩いている学生証も取り出して見せる。
あの時の睦は制服を着ていたこともあって、通う学校が違うことも証明すれば向こうも納得すると思った。
「……それは、失礼したわ。ごめんなさい」
「俺も間違われるし、睦も間違われるし……これも俺が可愛すぎるせいでね。何はともあれ慣れっこなんで大丈夫です」
双子にしてもここまで似るものなのかと驚きはあるものの、友希那にはまた別のことが気がかりであった。
(双子……ギター、昔は来ていた……なるほど、流石にこれを見て見ぬふりはできないわね)
氷川姉妹を知ってしまっているせいで、若葉双子から見え隠れする爆弾が起爆してしまう前に何処かでガス抜きをさせておくべきだと考えた。
要するに、お節介である。
昔の友希那であれば、そんなことは考えはしなかっただろうが、何処かの姉弟に影響されたのか、そういうことを考えるようになってしまった。
「……お詫びとして、何か奢らせてちょうだい。だから、少しだけ話を聞かせてもらっても良いかしら?」
「少しだけなら、喜んで」
湊音も今になって目の前に居る女性がプロ入り間近の超人気バンドRoseliaのボーカル湊友希那だと気づく。
ファンというわけでもないが、曲を聴くと良い曲だなと思える程度の認識しかなかったせいで、気づきが遅れた。
友希那の好意を無下にする理由もない。
あまり時間は使えないものの、二人分のコーヒーとクッキーを注文した友希那とテーブルを挟んで席に着く。
「Roseliaのメンバーには姉や妹、家族も楽器をやっている人間が多いから、というのは印象があると思うのだけど……珍しいわね」
「うーん、そこは別に。幼馴染の子がピアノ、睦がギターを幼い頃からやってはいるものの、それに引っ張られる必要はないと自分では思ってますし、それに……」
もう、あのバンドは存在しない。
発起人に誘われはしたものの、睦に言ったことがある手前、バンドマンになるのはそれは違うような気がして断った。
だけど、別の約束を一つだけしたことも、まだ覚えている。
「それに?」
「見てる方が好きですし。楽しそうだったんですよね。彼女が辛いことを乗り越えるために、新しいひだまりを見つけてそこで微笑んで……可愛い姿を見せてくれるなら」
それで良かった筈だった。
だけど、どうにもうまくは行かないのが世界で、そのせいで考えなしに差し伸べようとした手を降ろしてしまった。
ハーブティーが入ったカップの縁を指で触って、微かに反射する自分の顔が微かに映った。
今日も可愛くはあるものの、男としては情けない顔をしている。
「きっかけはいつでも誰にでも来るものよ。連絡先を交換しておきましょう。貴方が音楽を始めたくなったら相談できるように」
友希那は少しだけ、懐かしいモノを見た気がした。
ずっと見ていてくれて、本当ならば手を伸ばしたくて仕方なかったのに、自分で解決できる問題じゃないと諦めて、それをその相手にぶつけてしまう。
そんな風な姿が誰かに重なって見える。
「ところで、今の男子は苗字は変える方か渡す方か、どちらが好みか聞いても良いかしら?」
「えっ? はい? 何の話ですか?」
「私の男の話よ」
それはそれ。これはこれ。
この時はまだその『男』とは交際関係ですらないということはまだ湊音は知るよしもなかった。
同時刻。
若葉家のキッチンで睦は目の前にある無残なカカオ色のクッキーを見て流石に不味いと思った。
ついでに味も焦げとコーヒーの苦味が強すぎて不味い。
「これは……」
バレンタインデー。
意中の男子にチョコレート、もしくはチョコレート味の何かを渡すイベントのために睦はお菓子作りに精を出していた。
とりあえず市販のチョコレートを湯煎して、そこから型に流すだけでも様にはなるし、きっと湊音であれば「可愛いじゃん。6億可愛いポイント」とでも言ってくれはするだろう。
しかし、毎年見てくれだけは良いものを作れているのは祥子に手伝ってもらっていたからであって、睦一人では精々綺麗にきゅうりに飾り包丁を入れるくらいが限界である。
『祥子様がいらっしゃいました』
だから救援を要請した。
内線がキッチンに届くと、キッチンに居ると伝えて睦は業務用チョコレートをバリボリと貪りながら祥子を待つ。
「睦!!」
「祥、いらっしゃい」
肩で息をするほどに呼吸が乱れた状態でキッチンの扉を乱暴に開けた祥子を呑気に睦が迎える。
気が付けば材料として使った分も含めて袋の半分はチョコを消化してしまっていた。
「いらっしゃい。じゃありませんわ! 唐突に助けてとだけ連絡を飛ばして急いで来てみれば……! 平気そうですわね!」
色々あって音信不通になっていた祥子だが、睦から突然SOSを出された瞬間に身一つで飛んできたのに、能天気にチョコレートにかじりつく睦の姿を見て安心と呆れが混ざった溜め息を吐いた。
「いや、そろそろ材料がなくなりそう」
「摘まみ食いをお止めなさい! このおバカ!」
摘まみ食いを止めない睦からチョコレートの袋を奪い取って残りを確認する。
(何とか一回分の量は残ってますわね……それにしても、一人とは言えここまで失敗するとは……)
睦がギターのこと以外は不器用なことは把握はしていたとしてもこれは酷い。
物があちらこちらに散乱したキッチンを見て、幼馴染のものぐささに更に呆れて溜め息が出る。
「一度片付けましょう。こんな状態で作れるとは思いませんわ」
一先ず、片付けからチョコレート作りを始めることにした。
使い分けなどできないくせに、無駄に種類ばかり並べて散らばっている材料の開け口を閉じて各種必要な量だけ計って取り出してようやく作業が始まる。
「二人分は作れそうにないですわね。今年も湊音に渡すのでしょう。手伝ってあげますので、帰ってくる前に終わらせましょう」
「祥は……祥の分は作れなくていいの?」
我ながら無神経だ。と睦は自分の口から出た発言を悔いた。
祥子に嫉妬心を抱いていないと言えば嘘になるが、応援していないというのも嘘である。
お菓子作りどころではない彼女を騙すような形で呼び出し手伝わせるような真似をしておいて、そういう心配をしてしまう自分が嫌になる。
「どの口がおっしゃいますの?」
「いふぁい、いふぁい」
材料が足りないのは睦が考え無しにチョコレートを食べてしまってせいであって、作れるのであれば作ってはいる。
祥子が無駄に材料を浪費した睦の頬を痕が残らない程度に引っ張る。
「この口ですのね! この食いしん坊の口ですわね!」
愛を伝える手段の一つとして、バレンタインが利用されることはあるものの、それが恋である必要はない。
敬愛、博愛、信愛、慈愛、隣人愛、家族愛。
どれも等しく愛である。
だから、二人分の愛を混ぜたとしてもそれは愛に変わりない。
伝わらなくても良い。自分の愛を少しでも混ぜられたのなら、それで祥子は満足だった。
「とにかく作ってしまいましょう。わたくしの分の気持ちも込めて一緒に渡しておいてくださる?」
「……わかった」
祥子からしてみれば、睦は自信の無い手の掛かる妹のような存在である。
正直な話、今回も自分から距離を取ってしまったとはいえ、頼ってもらえることは嬉しい。
そんな様子が見てとれるほど、根が腐りきっていない祥子には敵わない。自分はそんな綺麗なことは考えられない。
ドロりとした感情が睦の心の器のそこに溜まっていく気がした。
◇ ◇ ◇
そして、バレンタインデー当日。
二月の寒空の下、湊音は手作りチョコをCiRCLEの入口で大量の手作りチョコレートを配っていた。
「ハッピーバレンタイン! 楽しんでいってくださいね! これ最後のチョコレートなのでどうぞー」
毎年、バレンタインデーには学校の下駄箱付近で全校生徒ほぼ全員にチョコレートを配っていて何割かの男子生徒を勘違いさせていたのだが、その年のバレンタインデーは土日で学校が休みとなっていたこともあって、臨時バイトとして働いていた。
顔の良さと寒さで鼻を朱くしながら笑顔で手渡しをするとそのままライブハウスに入って行ってしまう通行人は少なくない。
「湊音くんお疲れー」
「あ、お疲れ様です! 今のでチョコレート無くなっちゃいました」
中からCiRCLEのスタッフが出てきて、軽く会釈をしてから空っぽになったバスケットを見せる。
「いやぁ、まさかここまで集客できるとは思わなかったよ。これからもイベントごとにバイト頼んじゃおうかな?」
途中から噂を聞き付けた同じ学校の生徒が湊音とその手作りチョコレート目当てで来ていたというのはあるものの例年より集客が良かったらしい。
「俺の可愛さが役立つなら喜んで……とは言いたいんですけど、今回はちょっとだけ特別な理由もあったんで、そこは応相談ですが」
「へぇー……好きな子にプレゼント。とか?」
「当たらずも遠からず。とだけ言っておきます」
実際に急ぎで金銭が必要ではある。
可愛いを振りかざして、給金も貰えるのであれば湊音にとってこれ程割りの良いバイトはない。
「ふぅん。じゃあもうその子のために上がっちゃっていいよ。湊音くんも学生のバレンタインはちゃんと大切に過ごしなね」
「では、お言葉に甘えて……お疲れ様でした。ありがとうございます」
スタッフの言葉通りバイトを切り上げた湊音は腕時計を見ると約束の時間まであまり余裕のないことを確認する。
(この後、予約してたケーキを受け取って、電車は……間に合うな。駅から待ち合わせ場所に行って……)
月の小遣いが足りないということはあり得ない。
しかし、今回は労働の対価として得た金銭を得る必要があった。
そのためなら鼻を朱くするほどの寒空の下で働くことも厭わない。
「さっちゃん。お待たせ」
湊音が指定の場所に向かうと防寒具に身を包んで少し寒そうに手袋で口を覆って息を吐く祥子の姿があった。
今日はバレンタインデーでもあるが、祥子の誕生日でもある。
毎年彼女にはチョコレートではなく、別のプレゼントを渡していて、今年は彼女の状況も考えて控えようとも思ったが、それは可愛くないと湊音が判断した。
「急に何の用で?」
「誕生日おめでとう。これは働いて買ったチョコレートケーキ。ホールじゃないけど、ちゃんと誕生日プレートは乗せてもらったから……貰ってくれると嬉しい」
湊音が自分なりに、自分ができることを最大限やろうとした結果がこうなったのだろう。
毎年毎年、山ほどチョコレートを手作りしている彼が趣味で作ったチョコレートを全て配る時間と手間暇を対価に得た金銭で渡すたった一つのケーキが祥子に差し出された。
湊音が今日バイトをすることを睦から聞いていた祥子だから知っていることではあるが、不器用というか遠回りというか。
そういうところも『可愛い』と思えてしまう。
「……こんなモノ。貰っても困りますわね」
「そうだよね、困るよね……時間取らせちゃってごめん。持ち帰──」
拒絶の言葉に受け取った湊音がいたたまれなくなって、踵を返そうとしたところに、祥子が左手で彼の頬に手を添えて、右手でケーキ箱を持った彼の手を握って捕まえる。
年に一度の勇気を振り絞るのは乙女である自分の方であると主張する様に頬に口づけをした。
「返せるモノはこれくらいしかありませんもの……ありがとうございます。しっかりいただきますわ。今日は温かくしてお休みなさい」
頬が朱くなった気がするのは、きっと寒さのせいだと決めつけた。
湊今井さん(検閲済)これがちゃんと恋愛するってことっすよ。