だからってなんだよ。
投稿時間変えたから全然放送前やん。
「はだざむ……」
湊音は春だというのに、季節外れの肌寒さを感じて、薄く目を開けて意識を起こすのに数秒使って腰を起こすと左側に自分の顔があった。
「睦かぁ……」
正確には自分の顔ではなく、湊音から毛布を奪って自分だけぬくぬくしている睦の顔である。
わざわざ枕まで持参して、忍び込んで来るあたり行動原理が良くわからないが彼女の顔にかかった髪を指で払ってみると小さい呻き声が聞こえる。
(起こしちゃ悪いな……)
可愛い顔で熟睡しているのなら、わざわざ起こす必要もない。
もう少し寝ていたい気持ちもあるが、日課のためには起きなければならない。何より生活リズムを崩しても良いことは何一つない。
ベッドから降りようとすると後ろからパジャマを掴まれてベッドの上に尻餅をつく。
「睦、危ないからやめような」
「……おきるの、まってた」
誰が犯人かは明白で、大の字で寝そべった湊音の目の前に姿を顕にする。
その犯人はまだ少し眠たそうな表情で舌足らずになっていた。
「はいはい、3万可愛いポイント。それで、どうかした?」
用件が何であれ、寝起きのリスキルをするために待っていたということに雑な可愛いポイント付与をした。
「……ん、明日どっか行きたい」
「珍しい……」
あまり目付きは変わっていないが、スイッチが入って目が覚めた睦の要望を聞いた湊音は思わず感想が口から漏れる。
バンドを組んでいた時はバンドメンバーと練習しに行く際に利用していたが、解散した今となっては珍しいことだった。
「……何となく」
湊音から目を逸らして、睦が細い声を出す。
露骨に聞かれたくないというモーションを取られるのであれば、それ以上聞く気はない。
「そ、どうせ明日はライブにお呼ばれしてたから誘おうと思ってたし、それで良い?」
「……行く。もう少し寝る」
「変な時間に起きるなよ。俺はちょっと出掛ける」
またしても毛布ににくるまって二度寝に入ってしまった睦を置いて、その日は用事があった湊音は出掛ける仕度を始める。
「今日は少し、気合い入れるか……」
コーディネートで手を抜いているつもりはないが、この日だけは話が別だった。
久し振りに会うとか、相手が自分の中で特別だとか。色々理由は並べられる。
けれど、一番強い理由を挙げるとするなら、湊音を初めて可愛いと言ってくれた相手だから、一番可愛い状態で会いたいと思った。
◇ ◇ ◇
「お待たせいたしましたわ」
数時間後、電車に揺られて目的地の最寄り駅を降りたすぐ近くの噴水広場で何時もより気合いの入ったおめかしをした湊音と祥子が合流した。
「全然待ってないよ。そっちは変わらず?」
「高校に進学してから、多少はマシにはなりましたわ」
「……歩きながら話そっか」
祥子の父親が仕事でのミスを理由に勘当されてから、彼女は豊川の屋敷を出ていき、父親とボロのアパートで二人暮らしをしている。
そのせいで、色々苦労をしている祥子のことを湊音は気に掛けているのだが、どこまで行っても子供の域を出ない彼にできることは何もできない。
「燈、新しいバンド組めたってさ」
「それは……!」
燈の詩に惚れた祥子が始めたバンド『CRYCHIC』の活動はたった一度のライブで終わってしまった。
始めたのも祥子であれば、終わらせてしまったのも祥子である。
本来進学する筈だった月ノ森の高等部ではなく、羽丘に進学して、幼馴染の双子以外とは連絡を絶っていた。
「良かった。ですわね……」
「知ってたんじゃないの? 高校一緒だったなら……その……」
それで何をどうしろと言うことでもないのだが、気不味さがあったとしても知らない振りをするのは少しだけ冷たいと感じた。
湊音の知る祥子であれば、陰ながら応援するくらいはしていたと思うのだが、余裕がないとはいえ彼女の笑顔が陰っていることが心苦しい。
「ところで、どうしてこちらを見てくれませんの?」
「あ、いや……それは、あれ、あのチェーンのバーガーショップ、ハンバーガーにお米を入れるなんて変だなぁって……」
実のところ、湊音は祥子の顔を見ることができないでいる。
祥子の目から見てわかるいつも以上に気合を入れておめかしをした湊音が露骨に顔をこちらに向けずに、アーケード街向かいの某バーガーショップを指さして誤魔化そうとしていることに腹が立っていた。
「そちらが呼び出した癖に、何ですの、その態度は」
「その、前会った時に……アレ、だったから」
「前に……?」
恥ずかしそうに左の頬を指で掻く湊音の歯切れの悪さにムッとするが、一刻遅れて今年の
アレから湊音から一切連絡が来ず、流石に引かれたのかと思っていたのだが、どうやら純粋に照れて連絡が取れなかっただけのことらしい。
(勢いとはいえ、わたくしは何とはしたないことを……! というか、どれだけ前の事を引き摺って……!)
あの時の祥子にできる最大限のお返しだった。
それが理由で勝手にぎくしゃくされてしまうのは本意ではない。そんな彼を一瞬で振り向かせるワードを祥子は知っていた。
「なるほど。湊音は相変わらず
祥子の言葉に嘘偽りはない事実である。
湊音の見た目が『可愛い』のは勿論のこと、彼の生き方が『可愛い』のである。
普段から可愛い可愛いと自画自賛をするくせに、本当に大事に思っていることに対しては臆病で、不器用なところが『可愛い』とすら思える。
だから、本来は一目見た時に彼に対して思った賞賛の言葉を送るのである。
「それ……今日のコーデのこと言ってないだろ」
「いえ、きちんと見た目
「だから、いや、いいや。俺が可愛いのが悪い」
ジト目で不貞腐れて諦めた様に顔を祥子に向けて、いつものセリフを吐く湊音もまた可愛いと言うと口を聞いてくれなくなる可能性があるため、彼女は内心に留めておく。
信号の色と湊音の頬が赤ではなくなったことを確認して交差点を渡る。
「話が逸れた。今日は単純にお散歩に誘ったんじゃなくて……明日、燈のとこのバンドがライブ出るみたいだから一緒に行かない? 睦も一緒だけど……いや、どっちかっていうと、見に行ってあげてほしい。かな」
歩き出してから数分、噴水のある公園のベンチに二人で座って今日の本題を切り出す。
CRYCHICで何があったかは、祥子も睦も湊音には話してくれない。事情は知らなくて、何をしてあげるのが良いのかはわからないけれど、何かはしてあげたい。
直接会わせることは、無理だとしても一回でも良いから、今の燈がどう歌うのかを見せてあげたいと考えた湊音の精一杯のお節介だった。
「急な話ですわね……」
初めてのバンドだった。
母が亡くなって精神的に参りそうになっていた時にできた初めての運命共同体。
それがCRYCHICで、寄り添ってくれた湊音とは別の拠り所。
「CRYCHICの音楽は……燈の歌はお好きで?」
洗練された心の叫び。という意味らしい。
その名の通り、CRYCHICは燈の心を歌に落とし込んで叫ばれたそれを湊音は音も奏者も輝いて見えて魅了された。
(あの時の睦はどっちだったんだろうな……)
あの時の光景を思い出すのと同時に、いつもスタジオでギターを弾く時とは違う雰囲気の睦が居たことを思い出した。
アレがつい先日の睦ではない何かだったのかはわからない。
ライブの前に二人を見送ったが、その時はあんな喋り方ではなく、いつもの睦だった。
「湊音?」
「……好きだよ」
それでも、湊音の目に一番輝いて見えたモノは祥子の笑顔であることは間違いなかった。
「わかりましたわ……どうせ断っても貴方達双子はそういうところありますもの……」
数秒の沈黙の後に真っ直ぐ祥子の目を見て答えると、彼女は仕方なさそうに承諾してくれた。
承認欲求のケダモノなので、ここまで来て反応ないと苦しい。