森みなみにプロットは破壊されました。
「あのさ……二人に聞きたいこと、あるんだけど」
祥子との公園デートを終えて帰宅した湊音は久しぶりに一家が揃った食卓で湊音が両親に問い掛ける。
できれば、睦が居ない方が聞きやすかったのだが、この機を逃してしまえばと次は何時になるかわからない。
湊音は神妙な顔をしていたが、睦は特に気にすることなくカニの殻から肉をほじり出していた。
「……何か、隠してることない?」
「隠してること? え、もしかしてバレちゃった……?」
「湊音は鋭いなぁ」
みなみがハッとした表情で隆文の方を見る。
それに対して隆文もついにバレてしまったかと、バツの悪そうに左頬を掻く。
「来週たあくんとロケ被ったから折角だし旅行しようって話だったんだけどね。ごめんけど二人にはお留守番お願いね?」
「……え、あ、りょ、旅行?」
「そうそう、来週地方ロケでね。急いで色々準備とかで言うの遅れちゃってね。折角だから旅館の部屋も一緒にしてもらったんだよ。いやぁ、ADくんには気を遣わせてしまって……」
てっきり、睦ではない何かが言っていた通りのことを白状されるのかと思ったが、どうやら違うらしい。
一瞬だけ、みなみの目が鋭くなったことには気付いてしまったが、それについては今触れることではないと、一度思考の隅に放り投げた。
「あ、あぁ。そう……」
そこからはどうでも良かった。
双子がメディアには出なくなってから、両親のおしどり夫婦アピールが増えてきた。
メディアに向けたポーズをしなければならないことには理解はあるが、親のそういうところをカメラ前でもなく、モニターの中でもない場所で見たいかと言われると話はまた別である。
(可愛くない……)
一瞬だけみなみの目が人間ではない何かを見る目になったことも含めて、湊音に言わせればそれに尽きる。
そして翌日。
「……信じらんない」
「ごめんて。というか急に出てきたなお前」
何がトリガーかわかないが、急に睦ではない方の人格に切り替わってしまって絶賛不機嫌オーラを振りまく睦と地獄みたいな空気のまま電車に乗っていた。
「睦ちゃん。昨日の夜は二人きりだと思って楽しみにしてたんだよ? そういうの事前に言わないのどうかと思う」
「それは全面的に俺が悪かったとして、どうすればいい?」
あと少しでライブハウスの最寄り駅で祥子と合流するため、それまでには機嫌を直すか元の睦に戻ってほしい。
祥子に相談しようにも、彼女に今以上の重荷を背負わせたくなかった。
「デート一回で手を打ってあげる」
「あ、うん。そのくらいなら」
「あ、そ。じゃ、戻るね」
睦とデートなどいくらでもしてきた。それくらいは可愛いお願いだった。
二つ返事で了承されたことが面白くないのか、腹立たし気な表情をしながらも睦は目を瞑って湊音に身体を預ける。
「あ、ちょっと……」
「……湊音。おはよ」
以前と同じように、びっくり人間もかくやという速度で文字通り人が変わったように、いつもの調子に戻ってしまった。
睦ではない何かに詳しく聞きたいこともあったのだが、それを睦に話したとして、
(解離性同一性障害。本人がこんなんじゃ、話せる訳ないよな……)
外的精神負荷から心を守るために、自分が生み出してしまう。もう一人の人格。
空き時間にほんの少しだけ調べた程度の知識しかないが、恐らく今の睦に起きていることはそういうことなのだろう。
何が原因でそうなったのかは検討もつかない。ずっと双子一緒だったのに、ギターを目の前で弾いてる時も、ショッピングをしている時も、わかりにくいが睦は笑ってはいた。
自分が知らないもっと睦の心の深いところにあるのか。それとも先天性として元からという話なのか。
(あっちの睦が言う通り、居る筈だったお姉ちゃん。ってのが本当だったら先天性なんだろうけど、それもちょっと意味がわかんないし……)
全部理解してあげているつもりで、何も理解できていなくて、それが睦の負担になっているのであれば、約十年振りに彼女のことが怖くなる。
睦も湊音の全てを知っている訳ではないし、勿論彼も隠していることもある。
「……大丈夫?」
「え、ああ、大丈夫。今日も可愛い」
ほんの少しだけ脂汗を掻いてしまったようで、それを心配した睦が湊音の額をハンカチで拭う。
化粧が崩れてしまわないか心配だったが、コンパクトミラーで問題がないことを確認した。
そんなやり取りをしている間に、ライブハウスの最寄り駅に到着した。
駅の改札を出てすぐの場所にあるランドマークまで向かうと無事に祥子とも合流できた。
「こうして三人で会うのは久方ぶりですわね」
「確かに……って、どっかで睦とは会ってた?」
「……乙女の秘密」
「乙女……? 乙女?」
常日頃、睦のことを世界で二番目に可愛いとは言うものの、乙女などというワードが彼女から出てくるとは思わず湊音は二度見しながら言葉を反芻する。
「ま、いいや……先にチケット渡しとくね」
祥子と睦にライブのチケットを渡す。
ライブハウスに向かえばちょうど開演時間になるように調整はしていたため、入場に時間を食われることはなかった。
(系列とは聞いてたけど、CiRCLEで活動してたバンド多いのか……)
以前にバイトをしたことがあるCiRCLEで見たことがあるバンドやそのファンが多く見られる。
(燈のとこの……名前は迷子のバンドだったっけ。やっつけというかなんというか……)
「湊音、始まる前にその帽子貸してくださる?」
「はい、どうぞ」
祥子が湊音が被っていたキャペリンを指差す。
解散した時に突き放すようなことは言ってしまった後ろめたさはある以上、できれば顔を隠しておきたかった。
それに対して湊音は何を聞くでもなく、キャペリンを祥子に渡す。
祥子が目深にキャペリンを被ると、ライブの幕が上がった。
オープニングアクトが終わってすぐが迷子のバンドの出番だった。
燈と愛音以外のメンバーの話は特に聞いていなかったが、ステージの上に並んだ顔に見覚えがあった。
「っ……」
ベースの長崎そよとドラムの椎名立希。
その二人はCRYCHICの元メンバーでもあった。
迷子のバンドの五分の三が元CRYCHICで、残りの二人が今湊音の隣に居る。
祥子から動揺の声が漏れかけるのが聞こえてくる。
あそこには居られなくなった祥子は、自分を除いてCRYCHICが存続することを望んでいたが、いざそれを目の前にすると心臓が絞まっていく感覚がした。
(燈……)
燈の歌声を聴けば、その感覚も薄まっていく気がする。
あそこに立っていないだけで、若葉双子が居てくれる。
燈とそよと立希も新しい居場所を見つけられた。
それで良い。と言い聞かせることで、祥子は自分の未練を隠した。
何事もなく、ライブも終わった帰り道、途中の駅で別れる祥子を見送ってから帰宅する。
(……満足そうにしてたし、さっちゃんも喜んでくれて良かった)
化粧を落とすついでに入浴していると、別れ際に少し口角の上がっていた祥子のことを思い出す。
色々大変なことにはなってしまっているけれど、彼女が微笑むことができるのであれば、今回のライブに誘って良かったと思える。
「睦のこともあるし……あ゛ー、可愛くないことばっかりだ……声も可愛くない!」
思わず漏れ出た声が可愛くないことに気付いて、思わず浴槽の中で背筋が伸びる。
常日頃可愛いを心掛けている自分がそんなヘマをしてしまうということは、疲れが溜まっているのだろう。
そんな時はさっさと必要な栄養を摂取して眠るに限る。
洗面所で着替えた後、ヘアメンテナンス用の道具一式を持って、トリートメントやヘアオイルを並べてソファーで髪のメンテナンスを行っていると、若干眠たそうにしている睦がふらふらと湊音の隣にちょこんと座った。
「……毎日それやってる」
「可愛くなれるならできるだけ可愛くなっておきたいからね。まぁ、可愛い云々抜きに身嗜みが整ってる方が相手からの印象良いし」
「私もやってみたい……湊音ので」
髪を解かしている湊音からブラシを強奪した睦が見様見真似でブラッシングを始める。
「自分のでやれば良いのに……睦も自分でちゃんとやったらもっと可愛くなるぞ」
「湊音がやってくれるから良い」
双子の体質は同じ部品を使った複製品のように共通していることが多い。
髪質にあった化粧品を湊音が見つけてきたら、そのまま睦にも使えてしまうせいで、肌も髪のメンテナンスも全て睦は湊音に丸投げしている。
勝手に湊音がやっているように見せかけて、やらないとそれはそれで睦が無言で道具を並べ始めるので結局は無言の圧に負けることになるため、仕方なくやっているのだった。
「……湊音の髪、綺麗」
「睦も同じ髪だけどね」
髪を解かす程度なら睦にもできる。
既にトリートメントとオイルは終わっていたお陰で解かし終わったらドライヤーで乾かすだけで仕上げるだけでいい。
「私、湊音に嫌なことした?」
「へ? いや、何の話?」
「……悩んでること、ありそうだったから」
「あー……ちょっと最近可愛い服が多くてクローゼットが足りなさそうかなぁって」
湊音が睦の考えていることをある程度察することができるように、睦も湊音の考えていることを察することができる。
故に、睦の心の奥の古傷が痛み始める。
クローゼットが足りないことも、それで悩んでいることも湊音の本心であることはわかる。
だけど、本当に悩んでいることは、きっと誤魔化して、ずっと昔に飲み込んだ振りをしている。
「うそつき」
可愛いと言ってくれるのに、ギターを聴いてくれるのに、何処かで彼の一番にはなれないことに、心が鬱血して至近距離でも届かない音として漏れ出た。